_宣戦布告
まさにそう形容するのがふさわしい挨拶だった。だが、不思議と嫌な気はしなかった。
並大抵の人間なら自分がそこまで出来ないということを知っているから普通はあそこまでのことは言えないものだ。
だが彼女は臆面もなく言い放った。それはきっと彼女の実力に裏打ちされた自信があるからだろう。実際、クラスメートが話しているのを聞いたところこの学園の生徒会長は最強の称号も兼ねているらしい。
俺は初めて本物の実力者というものを目の当たりにし素直に心の底から敬意を抱き感心した。
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入学式が終わり、授業が始まった。雪菜様の家庭教師も兼任していた関係上数学や英語などの普通の科目では何の問題もなかったのだが、ISとなると話は別だった。
俺の入学が決定したのがちょうど一か月前。必読、と表紙に書かれた広辞苑みたいな参考書を渡されたのもその時である。
一応全て読破し、詰め込めるだけ詰め込んできたのだが早い人間だと小学校の低学年から学び始めるくらい時間がかかる学問だけのことはあり、ついていくのがやっとの状態だった。
誰かに教えてもらわないと本格的にまずいかもしれない。
とりあえず一夏に訊いてみるか、なんて考えていると頼みの綱(仮)が頭を叩かれていた。どうやら奴は参考書を古い電話帳と間違って捨ててしまったらしい。
・・・うん、なんとなく分かっていた。そんな奴に一瞬でも頼ろうとした俺が馬鹿だった。
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昼休みになり一夏と飯でも食うかと思っていると、ポニーテールの少女にどこかに連れ去られてしまった。
仕方がないので一人で食堂に向かうことにした。
食堂はかなり混雑していた。気配を消していたつもりだったが、やはりこの空間で一人だけ男というのは目立ちすぎる。さっきから痛いほど周りの視線を集めていた。
味噌サバ定食を注文し、適当に空いている席に座る。かなり混んでいるにも関わず俺の周りの空席に誰も座ろうとしないのが逆に非常に居心地が悪い。ここはさっさと食って教室に戻るのが賢明だな。そう考えていると不意に声をかけられる。
「隣いいかな?」
そう言いながら座ってきたのは更識さんだった。
「いいも何も返事する前に座ってるじゃないですか・・・」
「細かいことは気にしないの。男の子でしょ?」
「これは俺の性格なので性別は関係ありません。で、わざわざ天下の生徒会長様が何をしに来たんですか?」
昼飯を妨害された腹いせにわざと嫌味っぽく言うが、彼女はそんなことはどこ吹く風といった様子で答える。
「あらっ、私のことを覚えていてくれているなんて光栄ね」
「いや、普通忘れませんよ。あんな挨拶されたら忘れるほうが難しいでしょ」
「あんな挨拶、ね・・・」
俺の何気ない返事に更識さんの表情が曇る。が、それも一瞬のことで次の瞬間には元の人当たりのいい笑みを浮かべていた。
「じゃあ君はそんな挨拶を聞いてどう思った?」
「それは挨拶に対しての感想ですか?それとも更識さん個人に対する?」
「へー、私についての感想もくれるんだ?私はただ挨拶の感想を聞きたかっただけなんだけどなー」
更識さんは意地の悪い笑みを浮かべている。完璧にヤブヘビだったらな・・・
「じゃあ挨拶のほうだk「折角だし両方聞こうかしら。むしろ私についての感想の方が気になるなー」
どうやらこれは答えなければ逃げられないやつのようだ。まあいいか。別に隠すようなことでもないし。
「俺は更識さんのことは白鳥みたいな人だなって思いました」
「白鳥?」
俺の返答が予想外だったのか更識さんはきょとんとしている。
「今まで猫に例えられたことは多かったけど白鳥ははじめてね・・・」
そして彼女はにこやかに訊いてくる。
「それってひょっとして私が陰で努力していることを水面下で必死に足を動かしている白鳥に例えているってことかしら?」
「それもありますけどもう一つは見た目と違って実は好戦的なところですかね」
「私が好戦的?心外ねー」
そういう彼女は笑顔を崩さないものの目は笑っていなかった。
「すみません、ちょっと言い方が悪かったですね。訂正します。自分に匹敵するような相手を求めているって感じですかね」
「なんでそう思ったのかな?」
「あの挨拶ですよ。最初は新入生に発破をかけるためにわざとあんな挨拶をしたのだと思っていました。でも考えてみれば新入生に危機感を持たせるだけなら挑発はする必要はなかったはずです。じゃあなぜそうしたのか?」
そこで俺はいったん言葉を切って水を飲む。喋るのが苦手なわけではないのだが、目の前から感じるプレッシャーで喉がカラカラになっていた。いつしか彼女の顔からは笑みが消えていた。
「あなたは誰も相手にならない現状に退屈していて、ああ言って新入生に自分に対する敵意を持たせることでそんなつまらない現状を打開してくれる人間が出てくることを期待した。俺はそう思います。あの挨拶はいわば新入生に対する宣戦布告だったんじゃないですか?」
俺の言葉に耳を傾けていた更識さんは表情を緩め感心したように言う。
「初対面でここまで見抜く人は初めてよ。流石は六角家の執事ね」
「どうしてそれを?」
俺は自分が執事だなんて一言も言っていない。どうして更識は知っているんだ?
「六角家の当主とは仕事上の付き合いがあるの」
さらっとそういうがそれでもなお疑問は残る。旦那様の仕事の手伝いをしていたりもしたが取引相手の中に更識といった名前は記憶になかったからだ。
そんな俺を気にも留めず彼女は続ける。
「まあ、それは良いとして君の考察には一つだけ訂正したい部分があるわ」
「どこですか?」
「白鳥ってね、君が言うようなイメージを持たれがちだけどそれは間違いなの。実際は羽の間に空気を含ませて浮袋にしているから実際はそれほど努力しているわけじゃない。だから私は白鳥じゃないわ。どっちかっていうと猫って言われる方が方が好きかな」
「それは知りませんでした。申し訳ありません」
ってかこの人物知りだな。ソースは大事。
「うん、素直でよろしい。ってもうこんな時間か。私はそろそろ戻るわ。じゃあ、また後でね」
そう言って更識さんは去っていった。あの人、いつの間に昼食を食べたんだ?
そんなことを考えながら俺も残りの味噌サバを食べ・・・られなかった。さっきまであったはずのサバが忽然と姿を消していたのだ。
「猫は猫でも泥棒猫じゃねーか・・・」
俺はひとり呟きながら食器を返却する。しばらくこの恨みは忘れない。
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午後の授業ではクラス代表について決めることとなった。自薦、他薦は問わないらしい。
クラス代表とはいわば学級委員みたいなものだが、ここはIS操縦者を養成する世界で唯一の学園。他の学校と違うのはクラス対抗戦などで代表としてISによる戦闘を行わなければならないのだ。
もちろんそんなものはなから俺はやる気がないのでひたすら気配を殺して代表が決まるのを待っていた。
状況は一夏が推薦を受けて、クラスの中でもそれに同調する意見が出始めていた。いいぞ、その調子だ。
すると一夏が突然とんでもない発言をしてきた。
「俺はダイチを推薦する」
「はっ、何言ってんだこいつ?」
思わず心の声が漏れる。
__スパーン
次の瞬間小気味のいい音とともに俺の頭に無慈悲な出席簿による一撃が加えられていた。
「自薦他薦は問わんといっただろうが。推薦されたらさっさと立て」
俺は頭を押さえながら立ち上がる。マズイことにクラスの一部からは俺を推す声も出始めていた。
俺がこの馬鹿にどうすれば代表を押し付けられるかを全力で考えていると教室の後ろの方から声が上がった。
「そのような選出、納得いきませんわ!」
声の主はイギリス代表候補生のセシリア・オルコットだった。
「だいたい男子生徒がクラス代表なんていい恥さらしですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか?」
オルコットの典型的な男性蔑視発言に一夏がかみつく。おいおい、このご時世これくらいの発言なんてよくあることだろ。適当に流しておけばいいものを・・・
そんなことを考えながら俺は二人のやり取りを静観する。途中で織斑先生の方をちらっと見たがこちらも静観を決め込んでいるようだ。いやっ、あんたは止めろよ
「なあダイチ、お前も何か言ってやれ!」
そういうのはお前の担当だろうが・・・
まあ俺もいい加減うんざりしていたのでそろそろ話の決着をつけるために話し始める。
「なぁ一夏、お前はクラス代表をやりたいのか?」
「えっ、俺?」
一夏は驚いていた。まあ流れ的に俺がオルコットに話しかけるものだと思っていただろうし仕方ないか。
「俺は別に・・・」
「じゃあ決まりだな。オルコット、お前がクラス代表だ」
「はっ、何をおっしゃっているの?」
オルコットはあっけに取られているようだ。
「いや、お前クラス代表がやりたいんだろ?俺も織斑もやる気がないんだからやる気があるやつがやるのは当たり前だ」
オルコットはようやく言っている意味が分かったようで蔑みの目で俺を見てきた。
「はあ、男性なんて碌な人がいないと思っていましたが日本の男性は別格のようですわね。そんなに勝負するのが嫌なのですか?」
「いわせておけば・・・」
「ああ、嫌だな」
一夏の反論を遮って俺は言うと驚いた表情で俺を顔を見てきた。そんな信じられないものを見るみたいな顔するなよ。流石にちょっと傷つくぞ。
「争いは同じ次元の人間同士でしか起こらないんだ。性別だけで相手を平然と馬鹿にするような奴は相手にするだけ時間の無駄だ」
「残念ながら私には専用機がありましてよ。あなたは専用機持ちということがどういうことか分かっていらして?」
オルコットは馬鹿にするように尋ねてくる。
「ああ、専用機という浮袋にかまけて水面下で努力することをおざなりにする見た目だけは立派な白鳥のような連中だろ?」
俺が嫌味たっぷりに答えるとそれまでの空気は一変し場は一触即発の状態になる。
「そこまでおっしゃるならいいでしょう!決闘ですわ!まさかここまで来て逃げるなどとはおっしゃいませんわよね?」
「俺はいいぜ!ダイチ。お前ももちろんいいよな?」
降りかかる火の粉は払わねばなるまい。
「ああ、やってやるよ」
「よし、決まったようだな。三名ともいったん座れ」
事態を静観していた織斑先生がようやく面倒くさそうに口を開く。もうちょっと早く介入してくれてもよかったんじゃありませんかね・・・
「一週間後に模擬戦を行い、その勝者をクラス代表とする。異論反論は一切認めん。以上だ」
そう言って通常授業が再開する。こうして俺はクラス代表決定戦に出ることになってしまった。
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「何やってんだよ、俺・・・」
寮の廊下を歩きながら思わず溢す。なんであんな目立つことをしてしまったのか自分でもわからない。だが激しく後悔していた。
とりあえず自分の部屋に戻って落ち着こう。俺はそう決意し真っ直ぐ部屋に向かう。
地図を参考に部屋の前にたどり着いたのは良いがなんだか嫌な予感がする。中から人の気配がするのだ。ちなみに一夏が同室でないことは確認済みだ。
予感が外れてくれることを祈りつつドアを開けると案の定先客がいた。それもとんでもない姿で。
「ご飯にします?お風呂にします?それともわ・た・し?」
そこにいたのは一見裸エプロンに見える水着を着た更識さんだった。
俺は無意識にドアを閉めていた。うん、きっと今のは幻覚に違いない。疲れているせいで見えるはずがないものが見えてしまったんだ。
気を取り直して俺はもう一度ドアを開ける。
「わたしにします?わたしにします?それともわ・た・し?」
俺は再びドアを閉じ、ため息交じりにつぶやく。
「俺の平穏は一体どこにあるんだ・・・」
誤字修正させて頂きました。