最初準備編も含めて1話で纏まるかなと思ってたんですがとんでもなかったですね…
学園祭当日。
朝から校内は普段とは比べ物にならないほどの熱気に包まれていた。廊下を歩けば呼び込みの声が飛び交い、あちこちの教室から準備に追われる喧騒が聞こえてくる。
そんな浮き足立った空気の中、俺は重い足取りでクラスの更衣スペースへ向かっていた。
別に執事の仕事そのものが嫌なわけじゃない。むしろ俺の人生そのものでもある。
ただ、不特定多数に見られながらそれを見せ物のようにするというのはどうにも落ち着かないのだ。
とはいえ、今さら逃げる訳にもいかない。
腹を括るしかないだろう。
慣れた手つきで着替えを済ませ、最後に白手袋を嵌める。職業病というやつだろうか、この姿になると嫌でも気合いが入る自分がいて思わず苦笑する。
ちなみに一夏は先に着替え終わって外で案の定歓声に包まれている。
「上代君、着替え終わった〜?」
「ああ、今出る」
そう言ってカーテンを開けて外に出るとクラスメートの視線が一斉にこちらに集まる。
「…」
誰もが俺の姿を見てるにも関わらず誰も言葉を発しない。うん、何もおかしい所はないはずだが?
「シャル、何か変か?」
近くで固まっていたシャルに確認する。
「あっ、いや…一夏の執事服も似合ってたんだけど普段のダイチとのギャップがあって本職というか何かオーラが溢れてて…つまりはめちゃくちゃ似合ってるってこと」
「そうか、シャルにそう言ってもらえたなら安心だ。さて仕事の時間だ!みんな気合いを入れていくぞ!」
「「「「おっ、おぉ!!!!」」」
柄ではないが皆の士気を鼓舞して仕事を開始する。経緯はどうであれこの執事服に袖を通したのだ。六角家の執事として恥ずかしくない完璧な仕事をするだけだ。
こうして俺の学園祭が幕を開けた。
____
当初は一夏と俺の指名は3:1くらいだったので楽だったが、時間が経つにつれて徐々に俺の指名も増え始めた。どうやら口コミで評判が高まっているようだ。こんなことになるなら少し手を抜けばよかったかとも思うが、まあこの執事服を着ている以上そんなことは出来ないし仕方ないか。
「上代君、3番テーブルオーダー待ちだよ〜」
「今行きます」
メニューを持って3番テーブルに向かうと、そこにいたのは今一番遭遇したくない人物だった。
「やあやあ、仕事頑張っているかしら?」
「少なくとも普段のあなたよりは頑張ってますよ。で楯無さん、何にするんですか?」
「お嬢様」
「はい?」
俺は聞き返す。
「楯無さんじゃなくてお嬢様でしょ?ここはご奉仕喫茶で私は客なんだから」
楯無さんは意地の悪い笑みを浮かべている。その様子は心底楽しそうだ。
悔しいが今の俺に反論することは出来ない。なんとか営業スマイルを浮かべメニューを差し出す。
「失礼致しました、何になさいますか?お嬢様」
「うーん、何かオススメってある?」
「それでしたらこちらのミックスサンドはいかがでしょうか?お嬢様には特別なミックスサンドをご用意いたしますよ」
さっきからセシリアが厨房を覗いてはサンドイッチを作りたそうにウズウズしている。頼めば喜んで作ってくれるだろう。
「んー、じゃあこの執事にご褒美セットを一つ」
…絶対知っていて言ってるな、この人。
ならせめて一矢報いてやらないと俺の気が済まない。
「ご一緒にミックスサンドはいかがでしょうか?」
「ダイチ君も一緒に食べるなら頼むわよ?」
どうやら俺の完敗のようだ。
「出過ぎたことを申しました。執事にご褒美セット一つですね?かしこまりました」
ブローチ型マイクでオーダーを通し一旦席から離れる。
厨房に向かうとシャルがどこかむっとしたような、それでいて少し困ったような表情でセットを渡して来る。
「ダイチも大人気だね〜」
「全く嬉しくないんだがな」
目立つことが苦手な俺にとっては苦行に等しいものだ。
「そんなこと言っちゃって〜。かわいい女の子にいっぱいご褒美もらって嬉しいんでしょ?」
「俺への指名が増えればその分一部専用機持ちの悲鳴が少なくなるからその点では嬉しいかな」
「むぅ…」
なぜかシャルは少し頬を膨らませる。
「どうした?」
「……いや別に。ダイチのそういう格好、本当に似合うなって思っただけ」
「そうか?それを言うならシャルのメイド服姿もよく似合ってる」
「…ほんとそういうとこだよ」
「ん?何か言ったか?」
「ううん、何でもない!楯無先輩を待たせちゃダメだから早く行って!」
慌てるシャルからセットを受け取り3番テーブルに戻った。
「お待たせしました。執事にご褒美セットでございます」
俺はアイスハーブティーと冷やされたポッキーを楯無さんに渡す。
「では、失礼します」
そう言って俺は楯無さんの向かいの席に座る。
「それで?この『ご褒美セット』って具体的には何をするのかしら?」
満面の笑みで聞いてくる楯無さん。絶対この人内容知ってるだろ…
「お嬢様が執事にお菓子を食べさせるサービスですね」
「へぇ〜?」
楯無さんは楽しそうに笑う。
嫌な予感しかしない。
「ちなみに拒否権は?」
「任意ですのでお嬢様がお気に召さなければご自分でお召し上がり下さっても問題ありません」
「違うわよ。執事君にはあるの?」
心底意地悪い、楽しそうな笑みを浮かべて聞いてくる。
「ありません」
「即答なのね」
「仕事ですので」
「ふふっ、プロ意識高いわねぇ。おねーさん感心しちゃう♪」
そう言って楯無さんはパフェグラスからポッキーを一本摘み上げる。
それを見た周囲の女子が騒ぎ始める。
「ねぇ見て、始まるよ…!」
「織上推しだったけど生徒会会長副会長コンビもヤバいかも…‼︎」
「スマホ、スマホ…‼︎」
おいやめろ、撮るな。
「はい、ダイチ君。あーん?」
「…」
恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じる。正直帰りたい。
だが、この執事服を着ている以上仕事を放り出すなんて真似は出来ない。
俺は覚悟を決めて身を乗り出す。
その瞬間、楯無さんの目が面白そうに細められる。この人心の底から今楽しんでるな?
ポッキーを咥えようとした瞬間、楯無さんがわざと少しだけ引く。
「…楯無さん?」
あら、執事失格よ?お嬢様を待たせるなんて」
「……っっっ‼︎」
周囲から悲鳴みたいな歓声が飛ぶ。
羞恥心で死にそうになりながら、俺はなんとかポッキーを咥えた。
「はい、よくできました♪」
「それはどうも……」
もう二度とやりたくない。
一方楯無さんは、妙に満足そうな顔でハーブティーを飲んでいた。
____
「上代君、5番テーブルがオーダー待ちだよ」
「了解、今行きます」
メニューを持って向かうと、そこにいたのは意外な人物だった。
「タニスさん⁉︎一体どうしたんですか?」
「なに、後輩の晴れ姿を見に来ただけさ。よく似合っている」
「はぁ…ありがとうございます。別に晴れ姿って訳じゃないんですけどね」
楯無さんと違いタニスさんは茶化す訳でなく本心で言っているのが余計タチが悪い。
「で、何かオススメはあるか?」
「セシリアが淹れる紅茶とかは本場だけあって美味しくてオススメです」
楯無さんの時と違って本当のオススメメニューを勧める。試飲させてもらったが虚さんの紅茶に勝るとも劣らない素晴らしい紅茶であった。
「ふむ。ではそれと執事にご褒美セットをもらおうか」
「へ?」
「だから紅茶と執事にご褒美セットだ」
「…分かりました。失礼します」
そう言って俺はキッチンに引き返し、紅茶とセットを受け取り再び席に戻る。
「お待たせしました。紅茶と執事にご褒美セットです」
「ああ、ありがとう」
タニスさんは自然な動作でポッキーを一本手に取る。
「それで、これはどうすればいいんだ?」
「えっ?」
「説明を受けていない」
どうやら本当にどう言ったものか分かっていなかったらしい。
「えっと…その、お嬢様が執事にお菓子を食べさせるサービスですね…」
「なるほど」
タニスさんは合点が言ったように頷く。
やめてくれ。理解しないでくれ。
「では口を開けたまえ」
「いや待ってください」
こっちにも心の準備というものがある。それに対して心底不思議そうにタニスさんは首を傾げている。
「?」
「いや“?”じゃなくてですね」
「ルールなのだろう?」
「そうですけど!」
この人真面目な顔でやるタイプだ。楯無さんももちろんやりにくかったが、こっちはこっちでめちゃくちゃやりにくい!
周囲の女子達もその空気を察したのか、ざわつき始める。
「なんかリヴィエール先輩本気でやってない?」
「距離近くない…?」
「上代君、なんか顔赤くない?」
否定したいが、自分でも顔が熱くなっているのが分かる。
「ほら、ダイチ」
タニスさんは少しだけ身を乗り出す。
その距離が妙に近くて、思わず動きが止まる。
「仕事なのだろう?」
「……っ」
逃げ場がない。俺は観念して口を開ける。
「いい子だ」
タニスさんはどこか満足げ表情でポッキーを差し出した。
そして俺が咥えたのを確認すると、小さく微笑む。
「うむ。やはり似合っているな」
「?」
「いや、こちらの話さ」
そう言ってタニスさんは紅茶に口をつける。
「しかしなるほど」
タニスさんはカップを置きながら静かに呟く。
「こうして君とゆっくり話すのも悪くないな」
「え?」
「何でもない」
そう言う彼女の表情は、珍しく少しだけ柔らかい顔で笑っていた。
「ところでダイチ、その様子だと文化祭を回れていないのではないか?」
「あっ、はい」
「なら私が案内してやろう。楯無もそれで異存ないな?」
「お任せあれ♪」
そう言ってどこからかメイド服を調達してきた楯無さんが胸を叩く。
「ですが俺が抜けるとクラスに迷惑が…」
「そこも大丈夫。私が上手く誤魔化しておくから」
自信満々に言う。確かに楯無さんの人気なら問題なさそうか。
「じゃあお言葉に甘えさせてもらってもいいですか?」
「うん、楽しんできてね」
_____
最初にやってきたのはお料理部であった。
「タニスさん料理とか興味あったんですね?」
「ほう、それは私に対する侮辱と捉えていいのか?」
「いえ、過ぎたことを申しました…」
「私とて料理くらいはするさ。それにその国の料理を知ることは、その国の心を知ることになるだろう?」
「確かに。そういった見方も出来ますね」
「そうだろう。ではこの肉じゃがをもらおうか」
そう言ってタニスさんは近くにいた料理部員にお金を払う。ついでに俺も同じものを頼む
「おぉ、美味い」
しっかりとした味付けだが味が濃過ぎることもない、誰もが好む万人受けする味だ。
「確かに美味しいな。ホッとするような優しい味だ」
そう言ってタニスさんの表情が和らぐ。どこか懐かしむような、そんな優しい笑顔だ。普段の鬼教官のイメージが強くて忘れていたが、この人もまだ高校生なんだなってことを実感する。
「でも私は、もう少しジャガイモが煮崩れているくらいが好みだな」
「あっ、俺も同じです!これでも十分美味しいんですけど、個人的にはもう少し柔らかくなって味が染みているのが好きですね」
「なるほど、覚えておこう」
そう言ってタニスさんは上機嫌に箸を進め残りを食べ進めていった。
______
次にやってきたのは剣道部であった。
「おっ、リヴィエール先輩と上代君のスイス代表コンビ‼︎ようこそ!」
「失礼するぞ。ここは何をやっているんだ?」
「剣道体験コーナーをやってたんですけど中々人が来なくて。それでちょっと趣向を変えて今100人抜きで出来たら豪華景品贈呈ってやってるんですけど余計に人が来なくなって困ってるんですよ…」
「100人抜き?そんなに部員いるんですか?」
「居ないわよ。だから暇を持て余した部員10人でやってるんだけどそもそも10人抜きすら出来る人がいなくて結局暇だから何か別の出し物に変えようかと思ってね」
「ふむ、ちなみに豪華景品というものはなんだ?」
「おぉ、流石リヴィエール先輩‼︎景品はなんと戦国時代の名工がスランプの中息抜きに作ったら過去一の出来になったと伝説のあの名刀『霧払』です!」
なんだその微妙なエピソードは。それに刀をもらっても置き場所に困って嬉しくないだろうしそもそも銃刀法的大丈夫か?出し物としてもそんなことやるって聞いてないし問題が起こる前に止めなければ。
「申請書にはそんなこと…」
「ダイチ、イケるな?」
「はい?」
「あの名刀『霧払』だぞ⁉︎やらない理由があるのか?いやない」
興奮して即断するタニスさん。確かに武人肌だし好きそうではあるな。
「では参加して頂けるんですか⁉︎」
パッと剣道部部長の顔が明るくなる。
「ああ勿論だ。ただこちらは2人でいかせてもらってもいいか?」
「連携の練習とかしてないですよ?」
「大丈夫だ。君の背中は私が守るから好きなように戦うといい。それでいいかな?」
「はぁ…」
「勿論です!代表候補お二人とはいえ負けませんよ!」
そうして俺たちは着替えを済ませ百人斬りに挑戦することになった。
____
「それにしてもいい刀だな…知識としては知っていたが実物を見ると惚れ惚れする」
「本当にお好きなんですね」
そう言って興奮を隠しきれない様子のタニスさんの横で俺は苦笑する。
百人斬りの結果としては圧勝であった。訓練はつけてもらっていて戦闘もしたことがあったので実力は知っていたが合わせるのが抜群に上手かったのだ。まるで長年コンビを組んでいたかのようなスムーズさに本当に驚かされた。
「俺結構独特な戦い方してると思うんですがめちゃくちゃ合わせるの上手かったですね」
「君に教えているのが誰だと思っている?これくらい当然さ」
そう言ってタニスさんは笑う。どうやら今日はかなり上機嫌のようだ。
「それにしても剣道部大丈夫なんですかね?」
景品がなくなったからか、さらに迷走した剣道部は何やら占いでもするかと言っていたような気がするが…
「さあな。だが物騒な景品をかけた催しじゃなくなった分よしとしようじゃないか」
「まあ確かに」
「そう言えば、生徒会は何か催しはやらないのか?」
タニスさんの問いかけに俺は思わずこめかみを抑える。
「やりますよ…とびきり大掛かりで面倒くさい企画を」
「ほう?」
「観客参加型演劇、名付けて『シンデレラ』。簡単に言えば優勝者に織斑との同室権を与えるって企画です」
一瞬タニスさんが無言になる。
「…なるほど?」
「ちなみに発案者は楯無さんです」
「だろうな」
即答だった。
「一応俺も止めたんですけど、『せっかくの文化祭なんだしこれくらい派手じゃないと!』って押し切られまして…」
「君も苦労しているな」
「本当にそう思います」
心の底から同意する。決して楽しくないわけじゃないが、苦労していないかと言われると別だ。
「で、君は参加しないのか?」
「する訳ないじゃないですか。一夏との同室の権利なんて別にいらないですし」
「ああ、そっちじゃない。君の同室の権利を賭けて参加しないのか?」
「絶対嫌です。何のためにこんな面倒な企画の運営側に回ってると思ってるんですか」
「フッ、それもそうか」
タニスさんは理解したと言った様子で笑う。
「今頃、虚さんとかが準備の最終段階でバタバタしているはずですよ。俺も後で戻って手伝わないといけませんし」
「なら、それまでは付き合ってもらおうか」
「え?」
「せっかくの文化祭だ。まだまだ周るべき場所は沢山ある」
そう言ってタニスさんは歩き始める。
どこか上機嫌そうな背中を追いながら、俺は小さく苦笑した。
「タニスさん、思ったより文化祭を満喫していますよね」
「悪いか?」
「いえ、少し意外だったもので」
「たまにはこう言うのも悪くないさ」
その声は、いつもの鬼教官というより年相応の少女のように柔らかかった。
_もっとも、この時の俺はまだ気づいていなかった。
この人がただ文化祭を楽しんでいるだけではないということに。
______
ダイチ君とタニスさんを見送った私は、約束通りダイチ君のクラスを手伝っていた。
せっかくの文化祭だししっかりと楽しんでるといいな、そう思いながら接客をこなしていると思いがけない人物が来店した。
「おや、楯無。ここはダイチのクラスだと思ったのだが」
「あれ?タニスさんこそダイチ君と一緒じゃないんですか?」
「ん?私は後輩の晴れ姿を見に来たのだがここにいるのではないのか?」
「えっ、さっき一緒に出て…っ‼︎そういうこと⁉︎」
そこで事態を理解しさっと血の気が引く。
さっきのはタニスさんに化けた何者かだったのだ。
私は思わず駆け出そうとするが、タニスさんに手首を掴まれ静止させられる。
「なんですか⁉︎早く行かないとダイチ君が‼︎」
「少しは落ち着け」
静かな声だったが、有無を言わせない圧があった。
「確認だが君の反応を見るに、私に変装した何者かがダイチを連れ出した、それで合っているか?」
「はい…」
「君は今織斑の護衛で、そしてダイチの護衛は私だ。君は君のすべきことをしたまえ。陽動は作戦の基本だ。まんまと釣られるな」
そう言われて少し私は落ち着きを取り戻す。確かにタニスさんの言う通りだ。
「それに彼は私がマンツーマンで鍛えているんだ。少々のことではくたばらんさ」
そう言って微かに笑う彼女は、私とは違った信頼に満ちていた。
「だから君は君の仕事をしたまえ」
そう言ってタニスさんは踵を返す。
「私は私の仕事をする」
文化祭編次で流石に終わる予定です。これも近いうちに出せると思います