あれ、これ毎回言ってる?
北アメリカ大陸北西部、第十六国防戦略拠点。通称『
本来ならば軍関係者であっても知られることのないそこに、今は銃声が響いていた。
『侵入者確認!6-Dに至急救援求む!繰り返…うぁぁぁ』
助けを求める声も途切れる。鳴り響くアサルトライフルの銃声、慌ただしい軍靴の音、響き渡る怒声。それらは全て1人の侵入者に向けられていたものだった。
「ちょっと借り物をしに来ただけなのに、嫌になっちゃいますね」
騒ぎの中心にいる当の本人、ミストは全く呑気にインプットされたマップ通りに歩いていく。素手で、警棒で、銃で、立ち塞ぐ屈強な男性達を薙ぎ倒しながら進んでいく。
「流石にここまで多いと骨が折れますし仕方ないですね」
そう言ってミストは自分のIS、白銀を展開し目的地に向かって全力でスラスターを吹かす。特に武装などは展開する必要はない。
この閉ざされた空間ではISが全力で動くだけで、生身の人間は立っていられず吹き飛ばされるからだ。
天井までは5メートルほどもある一際大きな通路に出た時、不意に殺気を感じミストは身体を捩る。
すると先ほどまで右肩があった部分に光の矢が軌跡を描きながら通過し壁にぶつかり爆発する。
少女は瞬時に脳内の記憶から似た攻撃を思い起こす。つい先日暴走事件を起こし、そして何より今日の目的である
(であれば、連発可能…‼︎)
全力で今まで動かしていたスラスターの出力を増減させ、またPICを操作し蛇行飛行を繰り返し、雨のように降り注ぐエネルギー弾の弾幕を回避しその攻撃者に接近する。
「なっ⁉︎」
「失礼します」
そう言ってナターシャの背後に回り込んだミストはすれ違いざまにその白い首に手刀による一撃を加え、ナターシャはバタッとその場に倒れ込む。
IS武装による防衛。生身にしては見事なものである。敵でありながらISを守りたいという強い意志には敬意を払いつつも違和感を感じる。
ISが封印されている区画の防備にISがいないはずがない。
であれば考えられる結論としては_彼女は時間稼ぎ。
「これは急がないとマズいですね‼︎」
そしてミストは再びスラスターを全開にする。目的地は目前である。
さらに巨大な空間に出る。そこには様々なケーブルに繋がれたIS_
ミストは福音とコア・バイパスを接続する。その瞬間膨大な情報量が脳内に流れ込み脳が焼き切れそうになるが、ISによる操縦者保護機能により失神を免れる。
(何度やってもキツいですねこれは。それに最新機だけあって情報量が多い…‼︎)
最低限の警戒はしつつ作業に意識を集中させる。センサーが高速での移動体の接近を感知し警告音を鳴らすが、それを無視し処理を続行する。あと5秒、4、3、2、1…
「福音は渡さねえよ‼︎」
弾丸のように突撃したISの攻撃を紙一重で回避し、それと同時に台座から福音の姿が消える。
「アメリカ第3世代、『ファングエイク』ですか」
「福音を返しやがれ!」
その装甲の虎模様も相まってまるで野生の獣が牙を突き立てるがごとく、ミストの装甲にナイフを突き立てる。
ミストはショートブレードをコールし応戦。数度の撃ち合いをするがIS奪取という大仕事を終えた直後の極度の疲労状態の中、最新世代機を操る国家代表とことを構えるのは流石に分が悪い。
潮時だ。そう考えている時にちょうどプライベート・チャネルにオータムの声が響く。
『ミスト、作戦の主目的は達成しているわ。無駄な消耗を避け撤退しなさい』
「了解」
そう言ってミストは全力でスラスターを吹かし、元来た道をなぞって撤退する。
「逃すかよ‼︎」
もちろんただでは逃してもらえない。ファングエイクも瞬時加速でミストに迫る。
「しつこいのは嫌われますよ!!!」
そう言ってグレネードをばら撒きながら全力で逃げに徹する。
最初5メートルであった距離が10メートル、50メートルと徐々に開いていく。もう間も無く地上に出ようとしていた。
ファングエイクは一か八かの四機のスラスターのよる
ばら撒かれたグレネードによって装甲が破損し、シールドエネルギーが削れるがお構いなしの特攻。距離がみるみるうちに詰まっていく。そしてその距離が0になる、その瞬間白銀の姿が消える。
「なっ‼︎」
接触するその瞬間、ミストは咄嗟の判断でスラスターを逆噴射し急停止。闘牛士のように迫り来る獣の突進を回避。大きく前につんのめて結果としてガラ空きになったファングエイクの背中に対物ライフルの銃弾の雨を降らせる。
スラスターを損傷し飛行能力を失い地上に落ちていく機体を一瞥し白銀は雲の彼方へと消えていった。
「あぁ、クッソ‼︎」
ファングエイクの操縦者、イーリス・コーリングは地面を殴りつけた。
_____
文化祭の後始末も終え、織斑一夏という新たなメンバーを迎えた生徒会は早くも次のイベントの準備に取り掛かっていた。
ISの高速バトルレース『キャノンボール・ファスト』
本来なら国際大会として行われるものだが、うちの場合は少々事情が異なり市の特別イベントに生徒が参加するという形を取っている。
だから運営面に関しては市が計画から当日の運営までやってくれるのだが、ISを使ったイベントということもあり、生徒会は万が一に備えて警備の手伝いをすることになっていた。
「会場周辺の警備は市の警備会社、メインの会場に関しては先生方の担当ね。私たちの担当は主に観客席がメインで会場周辺も一応補助的に入る感じかしら」
楯無さんは資料を読みながら説明してくれる。
「レース中はどうするんですか?」
「基本は自分のレースに出てもらってオッケーよ。ただ何かあった時のためには勿論警備が優先になるけど」
「去年は何も起こりませんでしたし、今年も大丈夫だとは思いますが…」
そういう虚さんの表情は少し固い。
無理もないだろう。今年はクラス対抗戦、臨海学校、そして記憶にも新しい文化祭で外部からのISによる襲撃を受けているのだ。
生徒会室内に漂った重い空気を払うように楯無さんが口を開く。
「そう言えば今年のキャノンボール・ファストは1年生の専用機持ちも出るのよね?ダイチ君は機体の調整をしなくていいの?」
「あぁ…俺は大丈夫です。出ない、というかスイス側の要請で出られないことになってるんで」
「スイス側の要請?」
「ええ、確実に負けると分かっている試合に出すわけにはいかないってことです。イメージが悪くなりますからね」
「私はそうは思わないけど。確かにガーディアンはスピード特化の機体には敵わないけど平均以上のスピードは持ってるし高速機動パッケージさえ組み込めば…」
「それが…もう組み込まれてるらしいんですよね」
「は?」
楯無さんは意味が分からないと言った顔をしている。俺もナタリアさんから聞いたときはきっと同じ顔をしていたと思う。
「もともと移動は
「そこで高速機動パッケージを組み込んで何とか普通のIS並みのスピードを得たってこと?何だか発想が斜め上過ぎて頭痛くなってきた…」
こめかみに手をあて呆れたように楯無さんはため息を吐く。
「まあヨハンが関わってる
俺は苦笑しながら答える。
「もうちょっと武装はどうにかならなかったの?」
「高速機動パッケージを組み込んでるせいで、今の武装以外の
「ここまで行くと逆に清々しいわね…ってかダイチ君、ガーディアンよりエンリルナイトの方が向いてたんじゃないの?」
楯無さんの指摘は決して的外れなものではない。『明鏡止水』による回避能力とエンリルナイトが持つ紙装甲、高火力は理想的とも言える組み合わせだろう。
だが、それを承知の上で俺の意見は異なっていた。
「俺一人で戦うなら確かにそうかもしれませんが、俺は大切な人たちを守るためにISに乗っているんです」
俺の言葉に楯無さんは小さく息をつく。
「…ほんと真面目よね。ダイチ君って」
「すみません」
「いや、責めてるんじゃないの。でも最近少し張り詰めすぎじゃない?」
「…」
図星だった。文化祭以降、常に脳裏に浮かぶのは白銀の姿だった。
圧倒的な実力。相手は本気を出していないにも関わらず一撃も入れられなかったという事実。
「…口だけ立派でも、実力不足が伴わなければ意味がありませんから」
俺がそう言うと、楯無さんは少しだけ眉を下げる。
「…自分に厳しすぎるのも考えものよ?」
「でも、そうでもしないと届かない」
あの白銀に。そしてもっとその先に。
「まあ、向上心があるのは悪いことじゃないけど」
楯無さんは肩をすくめ、やれやれと首を横に振る。
「焦って視野を狭めるのはやめなさい。焦って強くなろうとしても碌なことにならないわよ?」
「…はい」
そう返事をしながらも、やはり脳裏に浮かぶのは白銀の姿。そして足元にも届かなかった自分の実力。
無意識に拳を握る。
そんな俺を、楯無さんが心配そうに見つめていることに気付かぬまま。
____
「ねえダイチ、もし良かったら次の日曜空いてない?」
放課後、教室で帰る準備をしているとシャルが話しかけてくる。
「大丈夫だがどうしたんだ?」
「文化祭の時に借りてきた衣装返却に行くのにちょっと人手が必要で、良かったらお願いできない?」
「ああ、それなら勿論」
俺が即答すると、シャルはどこか安心したように笑った。
「よかった。結構量があるんだけど衣装班の都合が合わなくてさ」
「まあ、あれだけ量があったら1人では無理だよな」
「そうなんだよ」
うちのクラスでやったご奉仕喫茶の衣装は演劇部から借りたものもあるが、多くの部分がシャルが調達して来てくれたものだった。
「じゃあ日曜10時に寮前待ち合わせでいい?」
「ああ大丈夫だ」
「ありがとう!」
そう言って笑うシャルの笑顔は、今の俺には何だか眩しく見えた。
______
そして日曜日。待ち合わせの5分ほど前に約束の場所に行ったのだが、シャルは既に来ていた。こちらの姿を見つけると大きく手を振る。
「あ、おはようダイチ」
「悪い、待たせたか?」
「ううん、僕も今来たところ」
「それならよかった」
定番のやり取りを交わしながら俺は改めてシャルの服装を見る。
白いブラウスに薄手のカーディガン、膝丈のスカートというラフな格好。普段の制服姿に慣れているせいか妙に新鮮だった。
「?ダイチ、どうしたの?」
「いや、服似合ってるなと思って」
俺がそういうとシャルの顔がサッと赤くなる。
「…ありがとう」
照れ隠しのように視線を逸らしたシャルは足元に置いていた紙袋を持ち上げる。
「と、とりあえず行こっか!結構量もあるし」
「ああ、どれを持てばいい?」
「えっ、でも」
「何のために来たと思ってるんだ。取り敢えずその2つとこれをもらうぞ」
俺は半ば強引にシャルから紙袋を受け取る。
思ったよりもずっしりとした重みに思わず眉をひそめる。
「結構入ってるな?」
「足りなかった分だけとは言え、それなりの人数分があったからね。それに小物も含めると意外と嵩張るんだよ」
「なるほどな」
紙袋を抱え直しながら駅へと歩き始める。
休日の午前中ということもあり、学園の周辺は普段より人通りが少ない。どこかゆったりした空気が流れていた。
「そういえば@クルーズってどういうお店なんだ?」
「んー、普通のメイド&執事喫茶って感じかな。メイドさんや執事が給仕する以外は普通の喫茶店と変わらないよ」
「シャルやラウラが働いていたって聞いた時は驚いたけどな」
「あはは…まあそこは成り行きでね」
「100歩譲ってシャルがそう言ったところでバイトするのは分からなくもないんだが、ラウラが接客してる姿が全く想像出来ん」
「いや、でも案外人気出てたんだよ?美少女に冷たくあしらわれるのが堪らないって」
「ああ、なるほどな」
俺は思わず苦笑する。
そんな他愛もない会話を交わしながら駅までの道を歩いていく。
特別面白い会話をしたわけでもない。
ただ、居心地は不思議と悪くはなかった。
______
「はい。確かに受け取ったわ」
「本当に助かりました。ありがとうございました」
「いいのよ。こっちはWの意味でお店の危機をシャルロットちゃんに救ってもらったんだから」
そう言いながら店長さんは紙袋の中身を確認していく。
「それにしても結構重かったでしょ?1人で大丈夫だった?」
「あっいえ、友達に手伝ってもらいました」
「ふぅん、なるほどね?」
意味ありげに店長さんは店の外に視線を向ける。
反射的に僕も振り返ると、店の前で待っているダイチの姿が目に入った。
「今日は男の子と一緒なのね?」
「そういうのじゃないですよ!ただ手伝ってもらっただけですから!」
「はいはい」
誤解を訂正しようとするも、どこ吹く風といった様子で店長さんはどこか楽しげに笑っていた。
____
店についてから数分後、返却を終えて出て来たシャルはどこか少しだけ疲れたような表情をしていた。
「お待たせ」
「いや、それはいいんだが…なんか疲れてないか?」
「えっ?」
一瞬だけ肩を跳ねさせたシャルは、すぐに誤魔化すように笑う。
「な、何でもないよ。ちょっと店長さんに色々言われただけだから」
「?」
意味が分からず首を傾げるがシャルはそれ以上話す気はないらしい。
「それより、思ったより早く終わっちゃったね」
シャルは時計を見ながら言う。時間はまだ昼前だ。
「ああ、そうだな」
「…ダイチ、この後予定ある?」
「特にはないが」
「じゃあ、少し買い物に付き合ってくれない?」
「買い物?」
「うん。せっかく街まで来たし、せっかく街まで来たし、ちょっと見せたいものがあるんだ」
「それくらいなら構わないぞ」
「ほんと?ありがと!」
どこか嬉しそうに笑ったシャルは、そのまま駅前の通りに歩き出す。
休日の街は思っていたより人通りが多かった。家族連れやカップルの姿を横目に見ながらシャルの後を追いかける。
「…あ」
「どうした?」
「その前にお昼を食べない?荷物持ちのお礼もしたいしさ」
「別にそんなに気を遣わなくても」
「いいからいいから。僕、美味しいお店知ってるんだ」
そう言ってシャルは少し得意げに笑った。
案内されたのは大通りから少し離れた場所にある小さなビストロだった。
派手さはないが木目調のどこか落ち着いた内装と店先から漂う香りが心地が良い。
「こういう店が好きなのか?」
「うん。静かで落ち着くからね。料理も美味しいんだよ」
そう言いながら慣れた様子で店の扉を開けるシャルを見て、思わず小さく笑う。
「?どうしたの?」
「いや、意外とこういうお店詳しいんだなって」
「失礼だなぁ。僕もフランス人なの忘れてない?」
そう言いながら頬を膨らませるシャルに苦笑しながら、俺も後に続いた。
_____
昼時には少し早いからか、店内は人もまばらだった。
窓際の席に案内され、シャルと向かい合うように腰をかける。
「何にする?」
メニューを開きながらシャルが尋ねてくる。
「こういう店はあまり来たことがないんだが、何かオススメはあるか?」
「んー…この赤ワイン煮とか美味しいよ?あとキッシュもオススメかな」
「じゃあ、それにするか」
「ふふっ、了解」
店員を呼び慣れた様子で注文を済ませるシャル。そんなシャルを見ながら、俺は何となく周囲を見回す。
騒がしすぎないが、静かすぎもしない。落ち着いた雰囲気の店だった。
しばらくして、前菜のスープが運ばれてくる。
「このお店、よく来るのか?」
「たまにね。味がちょっと故郷に近いんだ」
そう言いながらシャルはスープを口に運ぶ。
「まあでも、ちょっとは違うんだけどね」
「違うのか?」
「うん、やっぱりそれぞれの国で好まれる味付けってあるからさ。でもだからこそ逆に面白いっていうか」
シャルは少し考えるように視線を上げる。
「懐かしいけど、ちゃんと今いる場所の味もちゃんとするんだ」
「…なるほど」
「あと、やっぱり美味しいものを食べるとホッとするしね」
そう言って柔らかく笑うシャルに、俺も小さく頷く。
「それは分かる」
しばらくして運ばれて来た料理を口に運ぶ。
「…美味いな」
「でしょ?」
どこか嬉しそうに笑うシャルを見ながら、俺はもう一口料理を口に運んだ。
気づけば料理を食べている時間よりも会話の方が長くなっていて、店内も少しずつ混み始めていた。
「…そろそろ行こっか」
「そうだな」
伝票を手に取ったシャルを見て、俺は慌てて財布を出そうとする。
「ここは俺が_」
「今日の荷物持ちのお礼なんだからダメ」
有無を言わせない口調でそう言って、シャルはそのままレジに向かってしまう。
「…敵わないな」
思わず苦笑しながら俺はその背を追いかけた。
____
夕焼けに染まる帰り道。
結局昼ごはんを食べた後も、俺たちは雑貨屋を覗いたり、本屋に寄ったりしていて気づけばこんな時間になっていた。
「今日はありがとね、ダイチ」
「いや、逆に後半はこっちの方が付き合わせたみたいになったな」
「じゃあ、お互い様ってことで」
「ああ、そうだな」
そんな軽口を叩きながら寮への道を歩く。
不思議な感覚だった。文化祭以降、ずっと頭の中を占めていた焦燥感が今は少し薄い。
もちろん消えたわけじゃない。
白銀のことも、自分の未熟さも、何一つ解決していない。それでも、
(…ああ、少し楽になっているのか)
そこでようやく気づく。
今日一日付き合ってくれた中で、シャルは最後まで何も聞かなかった。
励まそうともしなかったし、無理に元気付けようともしてこなかった。
ただいつものように近くにいて、いつものように笑っていた。
それだけなのに、張り詰めていたものが少し緩んでいた。
「?ダイチ、どうしたの?」
俺の顔を不思議そうに覗き込むシャル。その顔を見ているとふと言葉が漏れる。
「今日は楽しかった」
俺の言葉に、シャルは少しだけ目を丸くする。そして一言だけ続ける。
「僕も楽しかったよ」
その笑顔はいつも通りのはずなのに、なぜだか少しだけ眩しく見えた。
次でキャノンボールファスト編は終わる予定です!!!