護りたいもの   作:影風

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【第33話】忍び寄る影

 キャノンボール・ファストから1週間。生徒会室にはキーボードを叩く音と、紙をめくる音だけが響いていた。

 

 これまでも様々な襲撃事件はあったものの、すべて学園内での出来事だったことからあまり注目をされていなかったが、今回は事情が違う。

 

 市のイベントという一般に公開され、なおかつ各国の関係者も集まるイベントで起こったセンセーショナルな事件は世間にも大きな影響を与えた。

 

 主催は市であったが、学園側もイベントに協力していたので対応を迫られ、また生徒会も警備を一部担当していたこともあり、始末書や報告書などの後始末に追われていたのだ。

 

「…どうしてこう毎回毎回イベントのたびに事件が起こるのかしら」

 

 いつもの軽い調子ではない。今回ばかりは流石に疲れている様子だ。

 

「まあまあ、一旦気分転換しましょう。ほら、ケーキ買ってきていますから」

 

「何?私がそんなもので機嫌を直すとでも思ってるの?」

 

 口を尖らせて文句を言いつつも、楯無さんは何だかんだでお皿に載せたショートケーキを受け取る。

 

「始末書も大体書き終わりましたし、お茶にしましょうか」

 

「わーい、休憩だー」

 

 俺の意図を汲み取ってくれたようで虚さんが休憩を提案する。本音はただの平常運転である。

 

 少しして生徒会室には紅茶のいい香りが広がる。

 

「…美味しい」

 

 紅茶と一緒にショートケーキを食べ始めた楯無さんが呟く。

 

「それなら買ってきた甲斐がありました」

 

「別に機嫌は治ってないんだからね?」

 

「はいはい」

 

 そう言いながらも楯無さんの表情は先ほどよりは少し柔らかくなっていた。

 

「それにしてもこんなに毎回大変なことが起こると次も心配になるね〜」

 

「おい、本音余計なフラグを立てるな」

 

 ショートケーキのイチゴを食べながら縁起でもないことを言う本音に突っ込む。

 

「ああ、そう言えば忙しすぎてすっかり伝え忘れてたけど、3週間後にタッグマッチトーナメントやることになったから今の仕事が片付いたらその準備もしないとね」

 

「タッグマッチトーナメント?これ1学期に俺がスイスに行ってる間にやってませんでしたっけ?」

 

「ええ、その時もしっかりラウラちゃんのVTシステムが暴走して大変なことになったけどね」

 

 直りかけていた楯無さんの機嫌がまた少し悪くなる。どうやら地雷を踏んでしまったようだが俺は気にせず続ける。

 

「なんでまた急に。時期としても微妙じゃないですか?」

 

「この前の襲撃を受けて各専用機持ちのレベルアップを図るために実施が決まったの。前回は1年生だけだったけど今回は全学年合同よ」

 

「なるほど…」

 

 確かにこの前の襲撃事件を見ていても、専用機持ちは皆個々としての技量は高いが、連携がうまく取れているとは言い難かった。そこの弱点の克服を目的としたものか。

 

「優勝商品は私が欲しいものにする予定だから絶対勝つわよ」

 

「それは職権の乱用なのでは…」

 

「生徒会長特権よ♪そういうことだから明日からの訓練はこれまでとは違って連携をメインにやっていくわね」

 

 ようやく少し調子が戻ってきたらしく、楯無さんはイタズラっぽく笑う。

 

 そこである違和感に気づく。

 

「俺、楯無さんと組むの確定なんですか?」

 

「ダイチくん、他に組むあてがあるの?」

 

 キョトンとした顔で問い返してくる楯無さん。

 

「いやっ、一夏とかタニスさんいるじゃないですか」

 

「一夏君となんかと組んだらそれこそ一年の専用機持ち全員から恨みを買うわよ?」

 

「それは否定出来ない…」

 

「それにタニスさんは他の人と組むらしいわ」

 

「えっ?本当ですか?」

 

 結構ショックである。同じ国の代表候補生として、そして同じ部隊に所属する隊長、副隊長として信頼されていたと思っていたのだが。

 

 楯無さんが視線を逸らす。

 

「…まあ、まだ正式に決まった訳じゃないけど」

 

「決まってないんじゃないですか」

 

「でも可能性は高いわ」

 

「本当ですか?」

 

「…多分」

 

「多分?」

 

 思わず聞き返すと、楯無さんはわざとらしく咳払いをする。

 

「とにかく、今のところ私と組むのが一番自然でしょ?」

 

「まあ相性的にはそうですけど」

 

 俺が前に出て敵の攻撃を受け止めて、楯無さんがその隙をつく。役割分担としては非常に分かりやすい。

 

「それに前に一度組んでるじゃない」

 

「あれはエキシビジョンでしたけどね」

 

「一度組んだ経験があるだけでも大きいわ。実際に戦ってみたからこそ見えてくるお互いの癖とか分かるものだし」

 

 そう言われると反論は難しい。

 

 実際楯無さんとならお互いの動きもある程度分かっているし、戦術の組み立てもしやすい。

 

「…でも、なんか俺と最初から組むつもりだったように聞こえるんですが」

 

「当然じゃない」

 

「当然なんですか⁉︎」

 

「当然よ」

 

 あまりにもあっさりと言い切られて、逆に言葉に詰まる。

 

「ダイチ君は私の副会長で、弟子で、一度とはいえ一緒にタッグを組んだ仲でしょ?だったら私と組むのが一番自然じゃない」

 

「それはまあ…」

 

「それに、うちの学園の中だったらダイチ君のことは1番よく知っているもの」

 

「それも否定出来ませんね」

 

「でしょ?」

 

 そこまで言い切られると悪い気はしない。むしろ少し嬉しささえあった。

 

「だから決まりね?」

 

「結局押し切られてる気がするんですが」

 

「気のせいよ」

 

 そう言って楯無さんはいつものようにイタズラっぽく笑った。

 

____

 

 放課後、タッグマッチトーナメントの特訓のためにアリーナに向かうとそこには既にISを展開している楯無さんが待っていた。

 

「あれ、楯無さんどうしたんですか?」

 

 いつもなら軽くアップを済ませたりしている時間なので珍しい

 

「ああ、ダイチ君。今日は訓練前に模擬戦をしましょ」

 

「いいですけど、何かありました?」

 

「連携するにあたって、今どれくらい実戦で動けるのか実力を把握しておきたくてね」

 

「そういうことでしたらぜひ!」

 

「フフッ、いい返事ね♪」

 

 そうして俺も軽いアップを済ませ、アリーナ上空の試合開始ラインに移動する。

 

「手加減なしでいくからね♪」

 

「ははっ、お手柔らかに」

 

 口ではそう言いつつも、俺は少し高揚感に包まれていた。

 

 言うまでもなく楯無さんは学園最強。そんな彼女に今の自分の実力がどれほど通用するのかを試す機会が来たのだ。

 

 それに入学してからずっと訓練を見てくれていた楯無さんにその成果を見せる恩返しの場でもある。

 

「準備はいいかしら?」

 

「ええ、いつでも」

 

「じゃあ…いくわよ‼︎」

 

 楯無さんは試合開始と同時に蒼流旋をコールし突っ込んでくる。俺はファントムで受け止めるが、一撃が鋭くかなり重い。

 

 まともに打ち合いをしているとリーチの差も相まって押し切られてしまう。

 

 そう判断した俺はスラスターを吹かし、背後に飛び距離を取る。

 

「あら、お姉さんと遊んでくれないの?」

 

「最初は射撃で削ってくると思ってたんでちょっと予想外だったもので」

 

「だってその機体、射撃なんかで削れるほどヤワじゃないでしょ?」

 

「まあそうなんですけど…」

 

「じゃあ、二回戦といきましょうか‼︎」

 

 次の瞬間再び距離を詰めてくる。とにかく速い。俺は今度はまともに打ち合うことはせずに攻撃をいなしていく。

 

「なかなかやるじゃない。ならこういうのはどうかしら?」

 

 楯無さんのアーマーを形成する水のヴェールの一部が蒼流旋の表層で渦を巻き始める。

 

「クッ…うぉ⁉︎」

 

 攻撃をいなそうとファントムで蒼流旋を受けた時、その渦にファントムが絡め取られ予想外の動きに大きく体勢が崩される。

 

「もらったわ!」

 

 そこに繰り出される蒼流旋での刺突を喰らい、その勢いのままアリーナ外壁まで押し付けられる。超高周波振動する水によって作り出されたそれはまるでドリルのようにガーディアンの装甲を削っていく。

 

「くっ…」

 

 押しのけようにもスラスターの出力を上げて押し付けられる蒼流旋からは逃げられそうにない。

 

(まだ使いたくなかったけどしょうがない…‼︎)

 

 俺は瞬間移動(テレポート)を発動し、楯無さんの真横に移動。

 

「なっ⁉︎」

 

「食らえっ‼︎」

 

 アクアクリスタルに向かってファントムを振り抜く。ガギィィンという音が響き、左右一対のうちの一つが機能を停止する

 

 同時に楯無さんを覆っていた水のヴェールが大きく揺らぐ。だがすぐさま体勢を立て直しての蒼流旋による横薙ぎ。

 

「グッ…‼︎」

 

 まともに食らってしまい大きく吹き飛ばされる。

 

「なかなかやるじゃない」

 

 楯無さんは笑っていた。だが、その笑顔は先ほどまでとは違い目が笑っていなかった。

 

「ハァハァ…そりゃどうも…」

 

 瞬間移動(テレポート)を使った反動で重い身体に鞭打ちながら答える。

 

「…でも、次はないからね」

 

 楯無さんの纏う雰囲気が変わる。先ほどまではどこか試すような雰囲気があったのだが、それは消え、俺のことを完全に打ち倒すべき相手として捉えていた。

 

 そうして水のヴェールが再展開される。だが、それは先ほどと比べても明らかに薄い。

 

「負けません」

 

 俺も集中を高め、明鏡止水を発動した。

 

 そこから数十分。お互いに決め手に欠いたまま戦況は持久戦の様相を呈していた。

 

 アクアクリスタルを片方失った楯無さんの攻撃はやはり突破力に欠け、ガーディアンの装甲を貫通するほどには至らず、かと言って俺の攻撃もパラライザーは水のヴェールに阻まれ、ファントムによる斬撃も蒼流旋によっていなされ続けている。

 

(やっぱりあの水をどうにかしないと…)

 

 試合序盤でアクアクリスタルを一つ破壊出来たのは僥倖だった。が、同時に序盤に瞬間移動(テレポート)を見せてしまったために俺の動きを警戒されていて中々隙ができない。

 

 とはいえ決め手がないのは向こうも同じだ。こうなれば我慢比べと行こうか。

 

_____

 

 タイミングは思ったより早く現れた。

 

 牽制のために撃っていたパラライザーが薄くなった水のヴェールを貫通し、楯無さんの動きが一瞬止まったのだ。

 

(今だ…‼︎)

 

 この瞬間を逃す訳にはいかない。俺は瞬間移動(テレポート)を発動。先ほどと違い楯無さんの真上に躍り出る。

 

 そのままファントムをアクアクリスタルに突き立てる。

 

「そこ‼︎」

 

 まるで俺がどこに出てくるのかを分かっていたかのように楯無さんは機体を捻ってそれを回避。それと同時に蒼流旋を振るう。

 

 予想外の素早い反撃に俺は体勢を崩される。そこに容赦ない追撃が加わる。

 

(何で…⁉︎)

 

 必死に応戦しつつも、瞬間移動(テレポート)の疲労もあって徐々に押されていく。

 

 そこで俺は気づく。先ほどより蒼流旋が纏っている水量が増えているのだ。

 

(…そういうことか‼︎)

 

 楯無さんはナノマシンの入った水の一部を自身の周囲に散布してセンサーがわりにしていたのだ。俺がもう一度仕掛けてきた時に確実に狩るために。

 

 そして迎撃を成功させた今周囲に散布していた水も全てこうして攻撃に充てているのだ。

 

(敵わないな…)

 

 決して驕っていたわけではない。それに楯無さんのことを低く見ていた訳でもない。

 

 自分の最善を尽くして戦ったし、その上で彼女はその策を打ち破りこうしてねじ伏せに来ているのだ。

 

 学園最強が何たるか。それを骨身に思い知らされたのだった。

 

______

 

 

 別に甘く見ていたわけではない。でも正直彼の実力は想像を超えていた。

 

 今回勝てたのはひとえに情報量の差だった。

 

 私はガーディアンの武装および瞬間移動(テレポート)の特性、そして何よりダイチ君の戦闘スタイルを知っていた。

 

 彼の機体の武装に高火力のものがないと知っていたからこそ、アクアクリスタルを半分失った後でも装甲の水のヴェールを索敵に回すことができたし、瞬間移動(テレポート)に関してもそう連発出来るものではないことを知っていたので、警戒はしつつも過度に意識を持っていかれることはなかった。

 

 私にそうしたアドバンテージがある中でも、彼は必死に食らいついてきていた。

 

 彼のISの装甲が厚いことに加え私の火力が落ちていたとはいえ、本気の攻めをあそこまで凌ぎ切ったのは彼の技量がなしえたものだった。

 

 それだけではない。彼はただ私の攻撃を凌いでいるだけではなく、私の攻撃が緩んだ時には積極的に攻撃を仕掛けてきていたし、その一撃はただのショートブレードから繰り出されたものとは思えないほど重く、鋭かった。

 

 

_もし彼がもう少し火力の出る機体に乗っていたら

 

 

_もし彼が私のISの特性について知っていたら

 

 

_もし私が彼のISの特性について知らなかったら

 

 

 今日の勝敗は逆になっていたかもしれない。

 

(…本当に強くなったわね、ダイチ君)

 

 半年前、彼はISの操縦はおろか知識さえほとんどない新兵(ルーキー)であった。

 

 それが今やその実力は私に届きかけている。

 

 ずっと見てきた人間としてこれほど誇らしいことはない。

 

 それなのに_

 

 脳裏に浮かぶのは、キャノンボール・ファストで戦った白銀の姿だった。

 

 こちらの動きを読んでいるような回避、流れに逆らわずそれを利用するような攻撃、そして機体の性能差を覆す冷静な思考。

 

 似ている、なんて言葉で片付けられるものではなかった。

 

 もっと深いところで、同じものを感じてしまった。

 

(…やめなさい)

 

 そこまで考えた瞬間、私は思考を無理やり止める。

 

 それ以上進んではいけない。

 

 もし言葉にしてしまえば、もう二度と取り返しがつかなくなる。そんな気がした。

 

_____

 

 模擬戦の後に軽い訓練を終え、部屋に戻った頃にはすっかり日が沈んでいた。

 

 シャワーを浴びて着替えを済ませ部屋に戻ると、楯無さんは緑茶を飲んでいた。

 

「お疲れ様ダイチ君」

 

「お疲れ様です。今日はありがとうございました」

 

「フフッ、こちらこそ。なかなか楽しませてもらったわ」

 

 そう言って笑う楯無さんの表情はいつも通りに見えた。だが、少しだけ、ほんの少しではあるが影があるようにも見えた。

 

「楯無さん、何か考え事ですか?」

 

「…少しね」

 

 楯無さんは湯呑みを置くと、何でもないことのように口を開いた。

 

「そういやダイチ君、雪菜ちゃんは最近どうなってる?」

 

「…まだ眠ったままです」

 

 想定外の質問に少し詰まってしまう。

 

「容体自体は安定しているんですけど、意識が戻る気配はまだないって」

 

「なるほど…スイスに移す話は?」

 

「それもまだ難しいみたいです」

 

 俺は首を横に小さく振る。

 

「今の雪菜様の状態だと長時間のフライトに耐えられるか分からないらしくて。無理に移すのも危険なので、暫くは日本で治療を続ける感じですね…」

 

「…そう」

 

 2人の間に沈黙が落ちる。

 

「もしよかったらなんだけど」

 

「はい?」

 

「私も一緒にお見舞いに行かせてもらえないかしら?」

 

「それはもちろん大丈夫ですけど…急ですね」

 

 思わずそう返すと、楯無さんは少しだけ目を伏せた。

 

「…そうね。もっと早く行くべきだったのかもしれないけど」

 

「楯無さんもお忙しかったでしょうし、雪菜様も分かってくれると思いますよ」

 

「…だと良いわね」

 

 楯無さんは小さく笑う。だが、その笑顔はいつものように軽いものではなかった。

 

「ちゃんと顔を見ておきたくなったの。今更かもしれないけれど」

 

「そんなことないですよ。きっと雪菜様も喜んで下さると思います」

 

「…そうね」

 

 楯無さんは小さく頷く。

 

「喜んでくれるといいわね」

 

_____

 

 

 病室の扉を開けると、まず耳に入ってきたのは規則正しい電子音だった。

 

 白い壁、白いカーテン、消毒液の匂い。

 

 そして窓際に置いてあるベッドで、雪菜様は静かに眠っていた。

 

「雪菜様、こんにちは」

 

 当然返事はない。だが俺はいつものように声をかける。

 

「今日は楯無さんも来てくれましたよ」

 

 そう言って隣を見ると、楯無さんは部屋の入り口で足を止めていた。

 

「雪菜ちゃん…」

 

 小さくその名を呼ぶ声は、いつもの楯無さんと比べると随分と静かだった。

 

「楯無さん?」

 

「…ううん、何でもないわ」

 

 楯無さんはゆっくりとベッドに歩み寄る。しかし、その表情はどこか固い。

 

 無理もない。昔からの友人がずっと眠ったままでいるのだから。

 

「容体は安定しているんですけど、意識が戻る気配はまだないそうです」

 

「…そう」

 

 楯無さんは短く答える。

 

 俺はベッドの脇にある花瓶の水を変え、少し乱れていた花の向きを整えた。

 

「慣れてるのね」

 

「来れる時には来てますから。最近はちょっと間が空いちゃいましたけど」

 

「忙しかったもんね」

 

「雪菜様なら仕方ないって許してくれると思っています」

 

 そう言って俺は苦笑する。

 

「でも多分その後で怒られますね。無理しすぎだって」

 

「雪菜ちゃんなら言いそうね」

 

 そう言って楯無さんは少しだけ笑う。だが、その笑顔にはどこか影があった。

 

「雪菜様には話したいことが沢山あるんです」

 

 気がつけば俺はそんな言葉を漏らしていた。

 

「ISに乗れるようになったこと。学園でのこと。一夏たちのこと。スイス代表候補生になったこと。楯無さんに鍛えてもらって、少しは強くなれたこと…」

 

 眠っている雪菜様を見る。

 

「そして今俺が何を守りたいかということも…雪菜様にはちゃんと聞いてほしいんです」

 

 病室に沈黙が落ちる。聞こえてくるのは機械の音だけだった。

 

「…そう」

 

 楯無さんは小さく呟く。

 

「早く目を覚ましてくれるといいわね」

 

「はい」

 

 俺は迷わず頷く。

 

「必ず」

 

 そう答えると、楯無さんは眠っている雪菜様を見つめたまま何かを堪えるように静かに目を伏せた。

 

_____

 

 

 病院を出た時には日も傾いていたので、学園に戻った時にはすっかり日も暮れてしまっていた。

 

 寮へ戻るまでの間、楯無さんの口数はいつもより少なかった。

 

 時折こちらの話に相槌を打ってくれてはいるものの、どこか考え込んでいるように見える。

 

 きっと雪菜様が眠っている姿を見て思うところがあったのだろう。そう思い、俺も必要以上に話しかけることはしなかった。

 

 寮に戻り、部屋に入る。

 

「今日はありがとうございました」

 

「何もお礼を言われるようなことはしていないわよ」

 

 そう言って楯無さんは小さく笑う。しかし、その笑顔もやはりどこか硬かった。

 

「楯無さん?」

 

「…ううん、何でもないわ」

 

 そう返された直後、サイレン音のような音が響き渡る。俺は慌ててカバンをひっくり返す。

 

 緊急時のみに使用する携帯への着信。そのディスプレイには一条さんの名前があった。

 

 一度だけ深呼吸をし、通話ボタンを押す。

 

 電話に出るなり一条さんの怒声が響く。

 

『六角家と病院が同時に襲撃を受けている‼︎お前は病院に行き神楽たちと合流後指揮をとってお嬢様を守れ‼︎』

 

「‼︎分かりました!ですが六角家には_」

 

 そう言おうとした時にはもう既に電話は切れていた。

 

「六角家には私が行くわ。だからダイチ君は病院に向かいなさい」

 

 楯無さんが真剣な表情で言う。

 

「ですが、楯無さんを巻き込む訳には…」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

 

 楯無さんは俺の言葉を遮るように言うと踵を返す。

 

「とにかく急ぎなさい。時間は待ってはくれないわ」

 

「分かりました‼︎」

 

 俺も慌ててその背を追おうとした時、不意に楯無さんが足を止めた。

 

「…ダイチ君」

 

「はい?」

 

「白銀なんだけど…」

 

 そこまで言いかけて言い淀む。楯無さんにしては珍しく歯切れが悪い。

 

「…いえ。何でもないわ」

 

 そう言う楯無さんの表情はどこか固かった。

 

「白銀がどうかしたんですか?」

 

「もし白銀が現れなかったら、注意しなさい」

 

「…?現れたら、じゃなくてですか?」

 

 俺は思わず聞き返す。

 

 白銀の実力は嫌と言うほど分かっている。正直奴が出て来たら俺に勝ち目はない。

 

 それなのに現れなかったら注意しろとはどう言うことなのか。

 

 だが楯無さんはそれ以上は説明しなかった。

 

「いいから覚えておいて。お願いだから、1人で抱え込まないで」

 

 その声には、不安と切実な願いが滲んでいた。




 次話は明日の夜投稿予定です。
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