護りたいもの   作:影風

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 少し短いかもしれませんが


【第34話】歪んだ正義

 病院の周囲には既に警察の規制線が張られていた。

 

 赤色灯が夜闇を断続的に照らし、避難した患者や職員の不安な声が遠くから聞こえてくる。

 

 正面玄関には警察や機動隊が慌ただしく動いていて、とてもそこから中に入ることは不可能であった。

 

「仕方ないな…」

 

 俺は木陰に移動し、ISを展開する。

 

 当然許可された区画以外でISを展開することは重大な違反行為ではあるのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。後で叱責はいくらでも受けよう。

 

 そうして俺は病院の裏口まで瞬間移動(テレポート)をする。

 

「っ…」

 

 短距離とはいえ瞬間移動(テレポート)の負荷が一気に身体へとのしかかる。

 

 だが、立ち止まっている暇はない。

 

 病院内に入ると中は停電しており、非常灯だけが薄暗く廊下を照らしていた。

 

 昼間に訪れた場所とはまるで違う場所のようだった。

 

 消毒液の匂いに混じって、焦げ臭い匂いが鼻につく。

 

(既に内部まで入り込まれている…‼︎)

 

 ハイパーセンサーを起動し周囲を観察する。

 

 複数の熱源。それも患者や職員ではない明らかに訓練された動きをしている。

 

 廊下の角から黒い装備に身を包んだ二人組が姿を現した。

 

「_っ‼︎」

 

 相手が銃をこちらに向けるより早く、俺はパラライザーを放つ。

 

 たちまち2人の男は身体が硬直し、その場に倒れ伏す。

 

 いつもは威力不足に悩まされていたパラライザーではあるが、対テロ部隊で使用されていた対人武装であったことが初めて生きた。

 

「悪いが加減をしている余裕はない」

 

 倒れている2人の男を横目に、俺は雪菜様の病室へ向かって駆け出す。

 

 階段を駆け上がる途中、上階から銃声と金属音が聞こえる。

 

(病室の方か…‼︎)

 

 俺は速度を上げる。

 

 廊下に飛び出した瞬間、病室の前で2人の戦闘員を相手にしている茶髪の少女の姿が目に入る。

 

 一条神楽_六角家に代々使える一条家の娘であり、真琴さんの娘。そして雪菜様の護衛の1人でもある。

 

「くっ…‼︎」

 

 神楽さんは片方のナイフを弾き、もう1人の銃口を逸らす。

 

 動きは鋭く、決して押されているわけではない。

 

 ただここは病院だ。周囲に人がいる以上思い切った動きは出来ない。

 

「神楽さん‼︎」

 

 俺はすぐさまパラライザーで2人の男を無力化する。

 

「ダイチさん‼︎」

 

 神楽さんがこちらを振り返る。

 

 その顔には安堵の表情が浮かんでいたが、すぐさま表情を引き締める。

 

「来てくれたんですねっ‼︎」

 

「真琴さんから連絡を受けました。状況は?」

 

「敵の数は多数、病院内に散開しています。ですが、動きが妙で…」

 

「妙?」

 

「はい。まるでこちらの防衛配置を知っているように交戦を避けつつ、最短でお嬢様の病室に向かって来ています」

 

「…雪菜様は?」

 

「中に。まだご無事です」

 

 その言葉を聞いて一瞬だけ胸を撫で下ろす。

 

 だが、安心している時間はない。

 

「敵の目的は雪菜様の確保ですか?」

 

「おそらく。少なくとも病室を目指しているのは間違いありません」

 

「六角家の方は?」

 

「父が対応しています。ただ向こうも手一杯なのか詳しい情報が入ってきていませんが…」

 

「チッ…」

 

 思わず舌打ちをする。敵の狙いが分からない。

 

(雪菜様を狙っているのか、俺をここに誘き寄せるためなのか。あるいはその両方…?)

 

 考えるべきことは多い。だがまずやるべきことは一つだった。

 

「中に入って指揮を引き継ぎます。病室の前の警備はお任せしてもいいですか?」

 

「はい‼︎」

 

 病室に入ると、雪菜様は相変わらずベッドの上で眠っていた。

 

 月明かりに照らされたその姿は、昼間見た時と何も変わらない。

 

「雪菜様…」

 

 思わず声が漏れる。

 

 無事だった。

 

 その事実に、ほんの一瞬だけ胸の奥が緩む。

 

 だが、すぐに切り替える。安心するにはまだ早い。今この瞬間にも敵は雪菜様を狙っているのだ。

 

 俺は神楽さんから受け取った通信機のスイッチを入れる。

 

「こちら上代大地。今から現場指揮を引き継ぐ。各班状況を報告してくれ」

 

 通信機越しに切迫した声が次々と返ってくる。

 

 各所で交戦が発生し、既に負傷者も出ている。患者や職員の避難も同時に進めているようだが、会敵の報告も絶えず現場がかなり混乱していることは通信越しでも伝わってきた。

 

 情報は断片的だったが、状況があまりよくないのはわかった。

 

「無理に押し返すな。敵を倒すことよりも、この部屋に近づけさせないことを考えろ」

 

『了解!』

 

 指示を出しながら、俺は眠る雪菜様を見る。

 

 外が大変なことになっていることなど何も知らないような、穏やかな寝顔だった。

 

「大丈夫です。今度は必ず守りますから」

 

 そう呟いた直後、通信機から切迫した声が響く。

 

『東棟三階、敵部隊と交戦中‼︎ですが敵の動きが…』

 

「第二班を回せ!挟み込め‼︎」

 

『ダメです!既に退路を読まれています‼︎』

 

 通信機越しに銃声と悲鳴が聞こえる。

 

(チッ…)

 

 俺は思わず舌打ちする。

 

 おかしい、いくらなんでも敵の動きが的確過ぎる。

 

 こちらが防衛線を敷くよりも早く急所をついてくる。まるで最初からこちらの配置も動きも全て知っているかのように。

 

『西側通路突破されました』

 

「第四班を向かわせろ!絶対にこのフロアに近づけさせるな‼︎」

 

『くっ…ダメです!敵が先回_』

 

 通信が途切れる。背中に嫌な汗が伝う。

 

 一条家の人達は弱くない。元暗部とはいえその実力は折り紙付きだ。それに加えて今護衛についてくれている更識家の人達も楯無さんが精鋭を回してくれている。

 

 それなのにこんなに一方的に崩されている。

 

(…内通者)

 

 そう考えれば辻褄は合う。

 

 だが、どこか妙だった。

 

 敵は俺たちの配置だけじゃなく、俺の判断そのものを読んでいる。

 

 俺がどこを守ろうとするか、どこに戦力を回すか。まるで俺のことを知り尽くしているように。

 

 そしてもう一つ違和感があった。

 

 敵は今までISを投入してきていない。病院を襲撃するだけなら、ISを投入した方が遥かに早い。それなのに奴らは生身だけで攻めてきている。

 

 これだけの規模の襲撃だというなら、それこそ白銀を投入してきてもいいはずなのに、その姿が見当たらない。

 

『もし白銀が現れなかったら、注意しなさい』

 

 不意に楯無さんの言葉が脳裏をよぎる。

 

『…?現れたら、じゃなくてですか?』

 

『いいから覚えておいて。お願いだから、1人で抱え込まないで』

 

 あの時の楯無さんの表情は、今思えば明らかにおかしかった。

 

 まるで何か最悪の可能性に気付きながら、それを口にしたくないみたいに。

 

「………まさか」

 

 そこで気付く。

 

 こちらの動きを常に把握でき、なおかつ決して疑われることのない人物が一人いるじゃないか。

 

 信じたくない。

 

 だが、そう考えれば全てに辻褄が合う。

 

 全身から血の気が引いていき指が冷たくなるのが分かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「気付いちゃいました?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後から声がする。

 

 この場に相応しくない、無邪気な声だ。

 

 俺は恐る恐るゆっくり振り返る。

 

 そこにいたのは、この半年もう一度その笑顔が見たいと恋焦がれ、そして今1番見たくない少女だった。

 

「どうして…」

 

 目の前で起こっていることに対して情報の処理が追いつかず、うまく言葉が出ない。口が渇く。心臓の鼓動も早まり、うるさいくらいになっている。

 

 ただそんな中でも一つはっきりしていることがあった。

 

 雪菜様は敵である。

 

「どうして、とは?」

 

「どうして貴女が亡国機業(ファントム・タスク)なんかに?」

 

「フフッ、どうしてだと思います?」

 

 まるでなぞなぞでも出しているような調子で雪菜様は尋ねてきた。

 

 一度その可能性を認めてしまえば、思い当たることはいくらでもあった。声こそボイスチェンジャーで変えていたもののどこか聞き覚えのある言葉選びだったし、初めて会った時から俺の名前を知っていたし、何より戦い方は明鏡止水そのものであった。ただ思い込みから可能性として無意識に排除していた。

 

 ありえない。

 

 だが、そう考えれば全ての辻褄が合ってしまう。

 

 喉の奥が酷く乾く。

 

 雪菜様はそんな俺を見つめながら、静かに微笑んだ。

 

「本当はもっと後で明かすつもりだったんですけどね」

 

 その言葉は、俺の考えを肯定するには十分すぎた。

 

「少し昔話でもしましょうか」

 

 雪菜様は穏やかな笑みを浮かべたままそう言った。

 

 まるで昔を懐かしむような優しい声だった。

 

「私は幼い頃に母を亡くしました」

 

 静かな口調だった。

 

 だが、その一言だけで胸がざわつく。

 

「母はとても優しい人でした。目の前で困っている人がいれば放っておけないような、そんな人です…思えばあなたを拾ったのも母の影響だったのかもしれませんね」

 

 彼女は小さく笑う。

 

「雪菜様…」

 

「ですが、そんな母は幸せなまま死ぬことが出来ませんでした」

 

 その言葉に空気が変わる。

 

「当時の私は理由なんか分かりませんでした。ただ、大好きだった母がどんどん苦しそうになっていって、それなのに父は家にいなくて…どうして誰も母を助けてくれないんだろうって、ずっとそう思っていました」

 

 雪菜様は感情を荒らげない。ただ淡々と事実を語っていく。それが余計に痛々しかった。

 

「後になって色々と知りました。六角家のこと。暗部のこと。そして世界のことも」

 

 雪菜様は窓の外を見つめる。

 

「結局、この世界は力で回っているんですよ」

 

「…」

 

「男性が力を持っていた時代は男性が支配した。そしてISが現れた途端、今度は女性が力を持つようになり、女性が支配する側に回った」

 

 どこか呆れたように笑う。

 

「滑稽だと思いませんか?立場が入れ替わっただけで、人は同じことを繰り返しているんです」

 

 その瞳はどこまでも冷静だった。怒りでも憎しみでもない。長い時間をかけてたどり着いた確信のように見えた。

 

「私、小さい頃にISが現れた時に期待してたんですよ」

 

「期待…ですか?」

 

「ええ。世界は変わるんじゃないかって」

 

 雪菜様は懐かしむように目を細める。

 

「男だから。女だから。そんなものに縛られない新しい時代が来るんじゃないかって、本気でそう思っていました」

 

 そして彼女は小さくため息を吐く。

 

「ですが、現実は違った。結局人は、力を手にすればそれを振りかざす」

 

 その声音には失望すらなかった。

 

 あまりにも多くを見てきた人間の静かな諦観だけがあった。

 

「父は母を愛していました。きっと本当に愛していたんだと思います」

 

 不意にそう言って、雪菜様は目を伏せる。

 

「ですが、それでも守れなかった…」

 

「…」

 

「優しいだけでは、想うだけでは、人は守れないんです」

 

 心の底から吐き出された言葉には、ずっしりとした重みがあった。

 

「だから私は決めたんですよ」

 

 雪菜様は真っ直ぐに俺を見つめる。

 

 その瞳はどこまでも透き通っていて、恐ろしいほど迷いがなかった。

 

「世界が力でしか変わらないのなら、私がその力になろうって」

 

「雪菜様、それは…」

 

「もちろん分かっていますよ。自分がやろうとしていることが正しいなんて言うつもりはありません」

 

 それでも彼女は静かに続ける。

 

「ですが誰かが変えなければ、この世界は永遠に同じことを繰り返す」

 

 その瞬間、俺は理解してしまった。

 

 この人は本気なのだと。

 

 世界を壊すことも、世界を作り変えることも。

 

 そのために自分が怪物になることさえも、全部理解した上で進んでいる。

 

 そして、

 

「ダイチ」

 

 雪菜様は俺の名前を呼ぶ。

 

 優しく、そして愛おしむように。

 

 

 

 

 

 

 

 

「一緒に来てくれませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉を聞いた瞬間胸が大きく跳ねた。

 

 一緒に行きたい。

 

 そう思ってしまった。

 

 目の前にいるのはもう一度声を聞きたい人だった。もう一度笑ってほしい人だった。

 

 幼い頃、世界に絶望していた俺に対して手を差し伸べてくれて俺に生きる意味をくれた人。

 

 俺がずっと守りたいと思っていた人だった。

 

 その人が今も変わらない優しい声で自分と共に来て欲しいと言っている。

 

 なら、答えなんて決まっているはずだった。

 

 雪菜様が望むなら地獄だって一緒に行ける。

 

 俺は迷わずに手を取れるはずだった。

 

 そのはずなのに、何かが胸の奥に引っかかっていた。

 

 言葉にならない。形にもならない。

 

 けれど確かに俺の中にある何かが、その一歩を踏み出すことを拒んでいた。

 

「……行けません」

 

 それが拒絶なのか、願いなのか、あるいはただの混乱なのか、自分でも分かっていなかった。

 

 頭の中は滅茶苦茶だった。

 

 眠っているはずの雪菜様が目の前にいる。

 

 白銀だった。

 

 世界を敵に回していた。

 

 それなのに、今も自分に向かって優しく笑っている。

 

 何が正しくて、何が間違っているのか、もう何も分からない。

 

 それでも__

 

「俺は…あなたを止めないといけない」

 

 ようやく絞り出したその言葉に、雪菜様は小さく目を伏せた。

 

「そうですか…」

 

 その声は驚くほど穏やかだった。まるで最初からそう言われることを分かっていたみたいに。

 

 しばらく沈黙が落ちる。

 

 俺は雪菜様から目を逸らせなかった。逸らしたら、もう二度と届かなくなる気がしたから。

 

「雪菜様…どうしてこんなことを…」

 

 気づけば、俺は一歩彼女に近づいていた。

 

 止めたかった。

 

 どれだけ世界が変わってしまっていても、目の前の人を見捨てたくなかった。

 

 だが雪菜様は、そんな俺を見て静かに微笑んだ。

 

「そんな顔をしないで下さい…」

 

「え…?」

 

 次の瞬間、腹部に焼けるような熱が走る。

 

「_っ⁉︎」

 

 何が起きたのか理解できなかった。

 

 視線を落とすとそこには、自分の腹部に深々とナイフが突き刺さっていた。

 

 遅れて激痛が脳を焼く。

 

「ぁ…がっ……」

 

 崩れ落ちそうになる体をどうにか支える。

 

 だがそれ以上に俺を打ちのめしたのは、痛みではなかった。

 

 雪菜様に刺されたというその事実だった。

 

 雪菜様はナイフを握ったまま、静かに俺を見下ろしている。

 

 その顔は恐ろしいほど冷静だった。まるで感情そのものを切り捨ててしまったみたいに。

 

「…これで少しは理解できましたか?」

 

 その声は静かだった。

 

 感情を押し殺している訳でもない。

 

 まるで最初からこうすることが決まっていたかのような、恐ろしいほど穏やかな声音だった。

 

「あなたが守ろうとしていた雪菜は、もうどこにもいません」

 

「ちが…っ」

 

「違わない」

 

 咄嗟に否定の言葉を投げようとするが、それも遮られてしまう。短く、だが鋭い口調だった。

 

 雪菜様は自嘲するように笑う。

 

「あなたは優しすぎるんです。だからそんな中途半端な覚悟で私を追ってきてしまう」

 

 ゆっくりとナイフが引き抜かれる。

 

 熱い血が溢れ出し、視界がぐらりと揺れた。

 

「…なら、ちゃんと敵になって下さい」

 

 その言葉だけは、ひどく鮮明に耳に残った。

 

 雪菜様は背を向ける。そしてISを展開。

 

 見慣れた白銀の装甲が月明かりを反射して淡く輝く。

 

 俺は必死に手を伸ばした。

 

「せつ…な…さま……」

 

 だが、その指先は届かない。

 

 雪菜様は一瞬だけ足を止める。

 

 そして振り返らないまま、小さく呟いた。

 

「…今のあなたでは、まだ駄目です」

 

 その言葉だけを残し、白銀の姿は夜の闇へと消えていった。

 

 残された俺は、ただ崩れ落ちることしかできなかった。




 続きはまた来週金曜日に投稿します!
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