護りたいもの   作:影風

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 今回も少し短めですがどうぞ!



【第35話】笑顔の仮面

 私はIS学園の医務室でダイチ君の看病をしていた。看病と言っても彼が目を覚まさないのでただベッドの脇で見守っているだけなのだが、今はそれしか出来ない自分の無力さに苛立ちを覚えていた。

 

 通信が途絶えたことに嫌な予感を覚え、すぐさま病室に向かったのだが、そこで目にしたのは空っぽのベッドと血を流して倒れている彼の姿だった。

 

「んっ…」

 

「ダイチ君、気がついたの⁉︎」

 

「楯無…さん? ッ…‼︎」

 

「まだ傷口が塞がってないんだから動いちゃダメよ‼︎」

 

 私は起き上がろうとする彼を慌てて静止する。

 

「ここは?」

 

「IS学園の医務室よ」

 

「そうだ、雪菜様は⁉︎雪菜様は一体どうなったんですか⁉︎」

 

 食い入るように問いかけて来る彼に私は無言で首を横に振る。

 

「そう…ですか。じゃああれは夢じゃなかったんですね…」

 

 そう言って彼は糸の切れた人形のようにベッドに沈み込んだ。

 

 しばらくの沈黙、それを破るように彼はポツリと呟く。

 

「…まるで道化ですね」

 

「えっ?」

 

「大切なものを守るために俺なりに必死に努力してきたつもりだったんですが…」

 

 彼は俯く。

 

「まさか…そんなものは最初から存在していなかったなんてね」

 

 そういう彼の声は今までに聞いたことがないほど悲哀に満ちたものだった。

 

「そんなことは…」

 

「楯無さんも笑って下さいよ、ホラ?」

 

 彼は笑みを浮かべるが、それは端から見ても危険なものだった。

 

「ダイチ君、落ち着いて‼︎」

 

「俺は落ち着いてますよ?ほら、笑って下さいよ‼︎」

 

 そして彼は消え入りそうな声で呟いた。

 

「それじゃなきゃ…それじゃなきゃ、道化ですらないじゃないですか…」

 

「ダイチ君…」

 

 今の私には彼にかける言葉が見当たらなかった。

 

_______

 

 

 入院から3日後、IS学園の治療設備と医療用ナノマシンのお陰で傷は驚くほど早く塞がり、彼に退院の許可が出された。

 

 彼の強い要望によりタッグマッチトーナメントが近いので、荷物を部屋に置いてすぐに訓練をすることになった。

 

「ダイチ君、無理しなくても…」

 

「何言ってるんですか。もう傷も完治しましたし、少しでも遅れを取り戻さないと」

 

 そう言って彼は笑う。その笑顔はまるで作り物のように完璧で、そして全てを拒絶するかのようだった。

 

「そっ、そう…じゃあまず攻撃の連携からやっていきましょうか」

 

「分かりました」

 

 今の彼に私の言葉は届かない。

 

 そう感じた私はひとまず普段通りに振る舞うことにした。

 

 しかし異変は起こった。何時までたっても彼がISを展開しないのだ。不思議に思い私は彼に尋ねる。

 

「ダイチ君、どうしたの?」

 

「ISが起動しないんです」

 

「えっ?」

 

「久しぶりだから忘れちゃったんですかね?来い、守護者(ガーディアン)!」

 

 声に出すことでイメージをまとめての展開。

 

 教科書の始めの方に書かれているいわゆる「初心者用」の方法であり、本来の彼の実力からすれば使う必要などない。

 

 そのはずだが、それでもやはり彼がISを展開することはなかった。

 

「すみません楯無さん。やっぱりまだちょっと調子が良くないみたいなので、申し訳ないのですが1人で練習してもらってもいいですか?データ分析とかのサポートはするので」

 

「あっ、うん。もちろんよ。でもまだ本調子じゃないなら…」

 

「ありがとうございます。じゃあ俺端っこの方で待機してますね!何か気になったりしたら声掛けますのでよろしくお願いします!」

 

 そう言って彼は私の言葉も聞かずに走って行ってしまった。

 

 その日の夕方、医務室でISが展開出来なくなっていることを説明し検査してもらったが、彼の肉体面にも、またIS自体にも問題はないとのことだった。

 

 次の日になっても、またその次の日になっても彼がISを展開することはなかった。

 

______

 

 次の日、俺は4日ぶりに教室にいた。そんなに長く休んでいないはずなのに、随分と久しぶりに感じる。

 

「ダイチ、大丈夫なの?」

 

 席に着くなりシャルが声をかけてきた。

 

「ああ、もう体の方はバッチリだ」

 

 そう言って腕をグルグル回して全快をアピールする。

 

「そっ、そっか…ならいいけど」

 

 そう言ってシャルは愛想笑いを浮かべる。

 

 その反応に少しだけ首を傾げる。

 

「どうした?」

 

「ううん。何でもないよ」

 

「そうか?ならいいんだが」

 

 シャルはどこか納得していない様子だったが、まあ無理に聞くことでもないだろう。

 

「ダイチさん、本当に大丈夫ですの?」

 

 今度はセシリアが心配そうにこちらを覗き込んでくる。

 

「大丈夫だって。医務室でも問題ないって言われたしな」

 

「ですが、無理は禁物ですわよ」

 

「ああ、分かってるさ」

 

「分かってるって言ってる奴ほどわかってないのよね」

 

 聞き慣れた声に視線を向けると、いつの間にか隣のクラスの鈴まで来ていた。

 

「鈴まで来たのか」

 

「悪い?怪我人が復帰したって聞いたら、普通様子くらい見に来るでしょ」

 

「信用されてないな、俺」

 

「日頃の行いでしょ」

 

「そこまで無茶してるつもりはないんだがな」

 

「その時点で無自覚じゃない」

 

 いつも通りの軽口。そのはずだった

 

 けれど、会話の空気はどこかぎこちない。

 

 一夏も箒もラウラも、何か言いたげにこちらを見ている。

 

「何だよ、皆してそんな顔して」

 

「いや…」

 

 一夏が少しだけ言い淀む。

 

「本当に大丈夫なのか?」

 

「だから大丈夫だって。心配し過ぎだ」

 

 俺はそう言って笑う。

 

 いつも通りにちゃんと笑えているはずだった。

 

 なのに、誰も安心した顔をしなかった。

 

「…」

 

 シャルがこちらをじっと見ている。

 

 その表情が、なぜか少し痛そうに見えた。

 

「シャル?」

 

「……ううん。何でもない」

 

 シャルは首を横に振り、小さく笑った。

 

「無理しないでね」

 

「ああ」

 

 俺がそう返したところでチャイムが鳴り、皆各々の席に帰っていた。

 

 教室のざわめきがいつもより遠く聞こえる。

 

 皆は優しい。だからこそ、苦しかった。

 

 心配されればされるほど、自分がここにいる資格を失っていくような気がした。

 

 ISも使えない。

 

 守るべきものも失った。

 

 それなのに、皆はまだ俺をこの場所に置こうとしてくれている。

 

 それはありがたいことのはずなのに。

 

 今の俺にとってはどうしようもなく苦しかった。

 

______

 

 放課後。

 

 いつもの訓練の時間になっても、ダイチ君はアリーナに現れなかった。

 

「…珍しいわね」

 

 彼は遅刻なんて滅多にしない。まして今の状態の彼なら、無理をしてでも時間通りに来ようとするはずだ。

 

 だからこそ、来ないことが怖かった。

 

 私は携帯を取り出し、彼に連絡を入れる。

 

 だが返事がない。

 

 胸の奥で嫌な予感が膨らんでいく。

 

「…まさか」

 

 気づいた時には、私はアリーナを飛び出していた。

 

 寮までの道のりがやけに遠く感じる。廊下を走り、部屋の前にたどり着く。

 

「ダイチ君!」

 

 勢いよく扉を開けて名を呼ぶ。

 

 しかし、返事はない。

 

 部屋の中は妙に静かだった。いつもと同じ部屋のはずなのに、何かが違う。

 

 ベッドは綺麗に整えられ、机の上も片付いている。いつも置きっぱなしにされていた読みかけの本や、彼がいつも使っている湯呑みや急須も見当たらない。

 

 まるで、最初からそこには誰もいなかったかのように。

 

「……嘘」

 

 さっと血の気が引いていくのが分かった。指先が冷たくなる。

 

 部屋を見渡した時、机の上に一枚の紙が置かれていることに気がついた。

 

 嫌な予感がした。それでも、読まないわけにはいかなかった。

 

 私は震える指で、その紙を手に取る。

 

 

 

 

『楯無さんへ

 

 このような形でのご挨拶になってしまい、申し訳ありません。今まで本当にお世話になりました。

 

 楯無さんにはISのこと、生徒会のこと、学園での生活のことまで、数えきれないほど助けて頂きました。ISのことなんて右も左も分からなかった俺が、今日までこの学園でやってこられたのは、ひとえに楯無さんのおかげです。

 

 本当にありがとうございました。

 

 ですが、今の俺はもうISに乗ることが出来ません。専用機を持つ代表候補生としても、生徒会副会長としても、楯無さんの隣に立つものとしても、今の俺にはその資格がありません。

 

 これ以上、楯無さんや皆さんのご厚意に甘えることは出来ません。

 

 だから俺はIS学園を退学します。

 

 楯無さんから教わったこと、いただいた時間、かけてもらった言葉。その全てに感謝しています。

 

 刀奈さん。

 

 あなたが本当の名前を教えてくれたこと、本当に嬉しかったです。

 

 最後まで直接お礼が言えず、本当に申し訳ありませんでした。

 

 どうか、お元気で。

                   上代大地』

 

 

 

 

 最後まで読み終えた瞬間、手紙を持つ手に力が入った。

 

「……馬鹿」

 

 声が震える。

 

「こんなの…こんなの置いていかれたって、納得なんて出来るわけないじゃない…‼︎」

 

 怒りなのか、悲しみなのか自分でも分からなかった。

 

 ただ一つだけ分かる。

 

 彼は本気で自分がいなくなるのが一番いいと思っている。

 

_誰にも迷惑をかけないように。

 

_誰にも責められないように。

 

_誰にも引き止められないように。

 

 最後まで綺麗に笑って、1人で消えようとしている。

 

「そんなの、許すわけないでしょ…‼︎」

 

 私は手紙を握り締めそうになり、寸前で踏み止まる。

 

 こんな形であるが、彼が必死に残した言葉だ。だからそれを破るわけにはいかない。

 

 私は手紙を丁寧に折りたたみ、胸ポケットに入れる。

 

 行き先は分かっている。本気でこの学園を去るつもりなら、向かう場所は一つしかない。

 

「待ってなさい、ダイチ君」

 

 私は部屋を飛び出した。

 

________

 

 職員室に入ると、すぐに目的の人物は見つかった。

 

「織斑先生‼︎」

 

「どうした、更識。そんなに慌てて」

 

「ダイチ君…いえっ、上代君が来ませんでしたか?」

 

「ああ、10分ほど前に来たぞ」

 

 その答えに胸が締め付けられる。

 

「それで…彼は何か言っていませんでしたか?」

 

「深刻な顔をして『IS学園を退学したい』と言ってきた」

 

「…っ‼︎」

 

「だが安心しろ、ひとまず却下しておいた」

 

 その言葉に、ほんの少しだけ息が出来るようになった。

 

 ひとまず、最悪の事態は避けられた。

 

 しかしまだ問題は解決していない。

 

「…ありがとうございます」

 

「礼を言うのは早い。書類を止めただけだ。上代の気持ちまで止めた訳じゃない」

 

「…分かっています」

 

 手紙の文面が蘇る。

 

 最後まで丁寧で、綺麗で、だけどこちらに踏み込ませないような別れの言葉。

 

 あれはただの衝動なんかじゃない。

 

 彼は本気で、自分がいなくなることが1番いいと考えている。

 

「上代君はどこへ?」

 

「頭を冷やしてこいと言って帰した。だが、部屋に戻っているかは分からん」

 

「…っ‼︎」

 

 嫌な予感に胸が締め付けられる。

 

 今の彼を1人にしてはいけない。

 

 そう思った時には、もう足が動きかけていた。

 

「更識」

 

 呼び止められ、私は振り返る。

 

 織斑先生はいつもの厳しい目でこちらを見ていた。

 

「追うなら急げ」

 

「…はい」

 

「だが、正論だけで止めようとするな。今の上代には届かん」

 

「分かっています」

 

「なら行け。あの馬鹿を連れ戻してこい」

 

「はいっ‼︎」

 

 私は深く頭を下げる。

 

「では、失礼します‼︎」

 

 そう言って私は職員室を飛び出した。

 




 お読みいただきありがとうございます。

 本作もとうとう20,000UAを超えました‼︎
 ここまで長い物語にお付き合い頂き、本当にありがとうございます。

 次話は明日の夜、20時頃投稿予定ですので引き続きよろしくお願いします。
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