3話同時投稿の1話目です。長くなってしまいますがお読み頂けると幸いです
いよいよ運命のタッグマッチトーナメントの日がやって来た。
あの夜から一週間と少し。
一度は起動出来なくなっていたガーディアンも、今は問題なく展開出来るようになっていた。あの後再度医務室で検査したが、やはり機体側、身体側ともに異常は見つからなかった。
結局のところ、原因は俺自身にあったのだろう。
雪菜様を失い、守る理由を失い、そして自分の居場所さえも手放そうとした。そんな状態の俺に、
だがあの夜、楯無さんが俺の前に立ってくれた。傷だらけになっても退かずに、雪菜様の前に立ちふさがってくれた。
その背中を見た瞬間、俺はようやく思い出したのだ。自分が何のためにISに乗っているのかを。
もちろん、それで全てが解決したわけではない。
雪菜様のことをどう受け止めればいいのか、俺の中で答えが出たわけでもない。あの人に刃を向けた時の感覚や胸の痛みは、今でも残っている。
それでも、立ち止まっている訳にはいかなかった。
そこから今日まで、俺と楯無さんはタッグマッチトーナメントに向けて最後の調整を続けた。
俺が前に出て攻撃を引きつけている間に、楯無さんが隙を突いて崩す。あるいは楯無さんが相手の動きを誘導し、俺が退路を絶っているうちに仕留める。
最初はややぎこちなかった連携も、何度も繰り返すうちに少しずつ形になってきていた。
もっとも、その度に楯無さんから容赦なくダメ出しを食らったのだが。
「ダイチ君、今の一歩遅いわよ」
「いや、今のは楯無さんの指示が急すぎたんですって」
「あら、私の副会長ならそれくらいは読み取ってくれないと?」
「要求が高すぎないですかね…?」
そんなやり取りをしながら、少しずついつもの調子を取り戻していった。
いや、正確には戻ったふりをしていたのかもしれない。
楯無さんは何も言わなかった。恐らくは気づいていたはずだ。
それでもただいつも通りにからかい、いつも通りに叱り、いつも通りに俺の隣に立っていてくれた。
それが今の俺にはありがたかった。
_____
今回のタッグマッチトーナメントは専用機持ちのみが参加する形式で、出場者は決して多いわけではない。
しかし、観客席は大いに賑わっていた。
「今日は生徒全員に楽しんでもらうために、生徒会である企画を考えました。名付けて『優勝ペア予想応援・食券争奪戦!』」
壇上の楯無さんが扇子を広げながら言う。そこには『博徒』の文字。
要するに、食券を使った優勝予想である。
もちろん金銭ではないし、学内イベントの余興という形ではあるが、やはり賭け要素があると人は熱狂するようで会場の熱気はかなりのものだった。
「なお、応援は節度を持って行うようにお願いしますね。勝敗に拘りすぎて、出場者に変なプレッシャーをかけすぎないように」
楯無さんは綺麗に纏めているが、観客席のあちこちでは既にどのペアに賭けるかで盛り上がっている声が聞こえてきていた。
先生方をチラリと見るが、皆我関せずといった様子で話を聞いていた。さすが楯無さん、その辺りの根回しはしっかりしているようだ…織斑先生だけは頭が痛そうにしているが
「そして、皆さんお待ちかねの対戦表を発表します!」
楯無さんが扇子を軽く掲げると、大型の空中投影ディスプレイが楯無さんの後ろに現れる。
出場ペアの名前が次々と映し出され、そのたびに観客席から歓声が上がる。俺は自分たちの名前を探し、すぐに見つける。
_第一試合『更識楯無&上代大地』vs『織斑一夏&篠ノ之箒』
「1回戦から一夏たちが相手か…」
俺は思わず呟く。どういう組み合わせになっても楽な相手などいないと思っていたが、いきなり見知った相手と当たるのは何とも言えない緊張感があった。
壇上の楯無さんはこちらにチラリと視線を向ける。そしてわずかに楽しそうに目を細めた。
絶対に楽しんでる。そんな確信があった。
開会式も無事に終わり、楯無さんがこちらに戻ってくる。
「楯無さん、お疲れ様です」
「私の挨拶どうだった?」
「良かったと思いますよ、賭けの部分を除けば」
「それなら良かった」
「いや、除いた部分に問題があるって言ってるんですが」
そう返すと、楯無さんはクスリと笑った。
「それにしても、1回戦から一夏君と箒ちゃんなんて、なかなか面白い組み合わせになったわね」
「そういえば楯無さん、壇上でこっち見て笑ってませんでした?」
「あら、気のせいよ」
「絶対気のせいじゃないですよね」
俺がそう言うと、楯無さんはイタズラっぽく扇子で口元を隠す。
いつもの調子のやり取りに、少しだけ肩の力が抜けた。
「ちょっとは緊張解けた?」
「…バレてました?」
「もちろん。どれだけ隣にいたと思ってるの」
そう言って、楯無さんは楽しそうに目を細める。
「人前で戦うのはエキシビジョン以来ですからね。実戦とはまた違った緊張があります」
「ふふっ、ならいいとこ見せないとね。私たち、優勝予想でもかなりの人気みたいよ?」
「そう言われると余計に緊張するんですが」
「大丈夫よ」
楯無さんは軽く扇子を閉じる。
「あなたはいつも通り、私の前で格好つけてくれればいいの」
「…それが一番難しいんですけどね」
俺が苦笑混じりに返すと、楯無さんは心底楽しそうに笑う。
完全に平気な訳ではない。
雪菜様のことを忘れられる訳でもない。
でも、今はただ目の前の試合に集中することにしよう。
_____
アリーナに到着した俺たちは、それぞれISを展開して試合開始位置に向かう。
試合開始まではもう少し時間があるためか、一夏たちはまだ来ていない。
「ダイチ君、いけそう?」
「ええ、いつでも」
ガーディアンはしっかりと応えてくれている。楯無さんとの連携もかなり形になっている。
(今なら戦える…‼︎)
そう思った瞬間だった。
アリーナ全体にけたたましい警告音が鳴り響く。
「っ⁉︎」
次の瞬間、上空から黒い影が降ってきた。
巨大な機体がアリーナ中央に叩きつけられ、辺りに衝撃が走る。観客席からは悲鳴が上がっている。
「ダイチ君‼︎」
「分かっています‼︎」
土煙の向こうから現れたのは、見たことのない黒い機体だった。
全身を覆う重厚な装甲。複眼のように並んだセンサー。そして頭部から前方に突き出した、羊の巻き角のような大型センサー。
明らかに普通のISではない、異形の化け物だった。
「…前に現れた無人機と似ているわ。でも、あれとは少し違う」
楯無さんの声は硬かった。その言葉に、俺も息を呑む。
「これが…」
クラス対抗戦で現れたという無人機。俺はその時学園にいなかったため、直接は見たことはなかった。
だが、目の前にいるこれは、楯無さんから話で聞いて想像していたよりも、遥かに禍々しい威圧感を放っていた。
黒い機体のセンサーが赤く光る。直後、左腕の砲口から熱線が放たれた。
「来る‼︎」
楯無さんは即座に横に飛び、俺も反対側に機体を滑らせる。
だが、熱線は俺の動きに合わせるように軌道を修正してきた。
「追尾してくるのか…‼︎」
避けきれない。そう判断した俺は、機体を半身にして直撃を避ける。多少シールドバリアを抜かれても、ガーディアンの装甲なら受け切れる。
そのはずだった。
熱線が肩口を掠めた瞬間、機体越しに焼けるような熱が走った。
「ぐっ…⁉︎」
思わず息が詰まる。
おかしい。直撃はしておらず、ただ機体を掠めただけだ。
それなのに装甲の一部が赤熱し、警告画面が視界の端で点滅している。
「どういうことだ…⁉︎」
「ダイチ君、今のは…」
駆けつけてきた楯無さんがステータスパネルを開く。そして、その表情が僅かに強張った。
「敵機腕部から未知のエネルギー反応。シールドバリア展開に障害発生…」
「シールドバリアに障害?」
「ええ。いつもの感覚で受けるのは危険よ」
楯無さんの声には、普段にはない緊張感が滲んでいる。
その言葉の意味を理解した瞬間、背筋に冷たいものが走った。
ISに乗っている限り、操縦者はシールドバリアや絶対防御によって命に危険が及ぶことはない。
だが、今はその前提が崩れている。
これはいつものIS戦ではない。ここはほんの一瞬の判断ミスで命を落としかねない、文字通りの戦場であった。
「…了解です。受け止めるよりも、逸らす方向でいきます」
「その方がいいわ。私もそうする」
楯無さんはそう言って蒼流旋を構え直す。
目の前の機体は重装甲で、こちらのシールドバリアまで阻害してくる。真正面から力で押し切ろうとすれば、こちらが先に崩されるのは明らかだった。
ならば狙うべきは装甲の薄い部分。
ここ最近の訓練で、俺と楯無さんの連携の精度は高まっている。相手が未知の機体であろうと、やることは変わらない。
「ダイチ君、右から来るわ!」
「はい‼︎」
黒い機体が振り下ろすブレードを、俺は真正面から受け止めずにファントムで軌道を逸らす。
無人機の体勢が僅かに崩れた瞬間、楯無さんが横合いから飛び込む。
「はぁぁぁぁ‼︎」
蒼流旋に纏わせた水流が高速で唸り、黒い機体の関節へ叩き込まれる。
厚い装甲に阻まれるが、完全に効いていない訳ではない。黒い機体の動きが僅かに鈍った。
「やっぱり関節なら通るわね‼︎」
「なら、そこを削ります‼︎」
俺が前に出て攻撃を流し、楯無さんが関節部を狙う。楯無さんが距離を取る時には、俺がパラライザーで牽制をする。
訓練で繰り返してきた連携が確かに機能していた。いつもと違う命懸けの戦場。
それでも、楯無さんとなら戦える。
「次で崩すわよ‼︎」
「はい‼︎」
黒い機体のブレードを受け流し、俺はあえて大きく後方に下がる。それを追って踏み込んだ瞬間、傷の入った関節に負荷がかかった。
「楯無さん‼︎」
「任せなさい‼︎」
楯無さんの蒼流旋が、再び同じ箇所を穿つ。金属が裂ける嫌な音が響き、黒い巨体が大きく傾いた。
「効いた…‼︎」
(このまま押し切れる…‼︎)
そう思った瞬間だった。
再び、アリーナに警告音が鳴り響く。
「……嘘だろ」
ハイパーセンサーが新たな反応を捉える。見上げるとそこには、もう一機の黒い機体がこちらに接近してきていた。
一機でさえでこれほど手こずる機体がもう一機。
_もはや万事休す。
そう思った時信じられないことが起こった。
こちらに向かって降下してきていた黒い機体が、突如としてバラバラになって落ちてきたのだ。
「…は?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
右腕、左腕、頭部、胴体。何かが通り過ぎたと思った次の瞬間には、その巨体を構成していたパーツが次々と切り落とされ、原型を留めないままアリーナへと落下していく。
何が起こったのか分からない。
俺だけではなく楯無さんも、そして目の前の黒い機体すらも、一瞬動きを止めて上空を見上げる。
そこには、一機の純白のISが佇んでいた。
「…雪菜様」
喉の奥から、自然とその名が漏れる。
新雪を思わせる白い装甲。凍てついた空気のような静かな佇まい。そして、手に握られた一本の白刃。
_白銀
その直後、プライベート・チャネルに通信が入った。
『手こずっているようなので、お手伝いしますね』
こんな状況だというのに、その声は静かだった。
まるで少し遅れて待ち合わせ場所に来ただけのような気軽さで、雪菜様はゆっくりと降りてくる。
白銀が俺たちと黒い機体の間に降り立つと、残っていた黒い機体のセンサーが即座に赤く光った。
白銀を新たな脅威として認識したのだろう。左腕の砲口が雪菜様へと向けられる。
至近距離からの射撃。普通なら絶対避けられない間合いだった。
「雪菜様、危な_」
「遅過ぎます」
俺の言葉が届くよりも早く、雪菜様はまるで流水のように無駄のない動きで熱線をかわしていた。
次の瞬間、黒い機体の左腕が砲口ごと宙を舞う。
「なっ…⁉︎」
言葉が出なかった。
俺と楯無さんが連携して、装甲の薄い部分を狙い続けてようやく動きを鈍らせ始めた相手。
その重厚な装甲を、雪菜様は一振りでまるで紙のように切り裂いていく。一閃ごとに装甲が剥がれ、関節が断たれ、黒い巨体の動きが崩れていく。
もはやそれは戦闘と呼べるものではなく、一方的な蹂躙であった。
黒い機体は残った右腕のブレードを振り上げようとするが、それすら遅い。雪菜様が懐に入り込んだ時には、既に白い刃が胴体の中心を走っていた。
黒い機体のセンサーから光が消える。
次の瞬間、巨体は糸の切れた人形のように崩れ落ち、アリーナの床に轟音と共に倒れ伏した。
雪菜様は刀を軽く振り、刃についた何かを払うような仕草をしてからゆっくりとこちらを向く。
「さて、邪魔者はいなくなりました。本題に入りましょうか」
その声は静かで、どこか憂いを帯びていた。
「もう一度だけ聞きます。ダイチ、私と一緒に来てくれませんか?」
その問いは、あの夜のように俺を引き寄せるものではなかった。
雪菜様も、きっと分かっている。
俺が何と答えるのかを。
それでも聞かずにはいられなかったのだろう。
だからこそ俺も、その問いから逃げるわけにはいかなかった。
「すいません…それは出来ません」
「…そうですか」
雪菜様は静かに答える。
ほんの僅かな沈黙。
だが、それはすぐに終わる。
「残念です」
白銀の手に握られた刀が、静かに持ち上がる。
次の瞬間、雪菜様の気配が変わった。
そこにいるのはもう、俺に手を差し伸べてくれた人ではない。
俺が止めなければいけない敵だった。
「では、ここからは本気でいきます」
そう言い終わるや否や、鋭い斬撃が襲いかかって来た。
「っ…‼︎」
考えるよりも先に咄嗟に体が反応し、迫る白刃を受け流す。
だが、受け止めた時に腕に走る衝撃は先ほどの黒い機体とはまるで質が違っていた。一撃が恐ろしく速い上に重い。
「フフッ、なかなかやりますね」
「くっ…」
雪菜様は薄く笑みを浮かべながら、舞うように斬撃を重ねてくる。一撃一撃は美しいほど正確で、こちらの逃げ道を少しずつ削ってくる。
『明鏡止水』を発動していてもなお、先読みが間に合わない神速の剣技。俺は反撃するどころか、それを捌くだけで手一杯だった。
「ッ…‼︎」
捌き損ねた突きが肩口の装甲を貫く。警告音が鳴り、視界の端で装甲損傷を知らせるアラートが赤く点滅する。やはり、まだシールドバリアがうまく機能していないようだ。
先ほどの黒い機体相手の戦闘を見て薄々気付いていたが、グレースケイルを耐える装甲も、彼女の剣の前では意味を成さないことは明らかであった。まともに喰らえば保たない。
だが、俺は1人で戦っている訳ではない。
俺の役目は、雪菜様の動きを止めることだ。
「喰らいなさい‼︎」
横合いから楯無さんの声が響く。同時に5人の楯無さんが一斉に雪菜様へと襲いかかった。
剣状にした
ただ一見しただけでは区別がつかない。普通なら、その対処にほんの一瞬でも判断が遅れる。
しかし雪菜様は、動揺するそぶりすら見せなかった。
「次ですね」
静かにそう呟いた瞬間、雪菜様は俺に向けていた刀を片手に持ちかえ、空いた手でもう一本の白刃を
「なっ…⁉︎」
甲高い金属音が響く。雪菜様の2本目の刃が、楯無さん本体のラスティー・ネイルを正確に受け止めていた。
幻影には目もくれず、最初から本命だけを見抜いていたように。
「いい仕掛けです。でも、少し遅い」
「くっ…‼︎」
マズい、楯無さんの攻撃が止められた。
俺が雪菜様の動きを引き付け、楯無さんがその隙を突く。そういった形で成り立っていたはずの連携が、たった一手で崩された。
「楯無さん、離れ_」
「他人の心配をしている暇はありませんよ」
声が耳元で聞こえた。
しまった、と思った時には遅かった。雪菜様の蹴りが、ガーディアンの腹部装甲に叩き込まれる。
「ガハッ…‼︎」
装甲が軋み、身体ごと吹き飛ばされる。アリーナの外壁に叩きつけられ、肺の中の空気が一気に押し出された。
「ダイチ君‼︎」
「よそ見厳禁ですよ、刀奈ちゃん」
楯無さんがこちらを向きかけた瞬間、雪菜様の斬撃が襲いかかる。
楯無さんは咄嗟に蒼流旋で受け流すが、距離を取る暇すら与えられない。雪菜様は一歩、また一歩と間合いを詰め、楯無さんの動きを封じていく。
ミステリアス・レイディは本来、中距離でこそ真価を発揮する機体だ。この距離で雪菜様に張り付かれ続けるのは危険過ぎる。
迷っている時間はなかった。
「クソッ…‼︎」
『明鏡止水』を発動し、
次の瞬間、全身を内側から捻られるような負荷が襲う。息が詰まり、肺が潰れそうになる。
だが、それでも意識だけは手放さない。
視界が切り替わった瞬間、俺は楯無さんと雪菜様の間に割り込んでいた。
「っ…‼︎」
左右から迫る白刃。雪菜様は、俺が来ることまで読んでいた。
片方をファントムで受け流し、もう片方は機体を捻って紙一重でかわす。刃が肩の装甲を掠め、またアラートが表示される。
「スイッチ‼︎」
楯無さんの声。
考えるよりも先に、身体が動いた。ここ最近何度も繰り返したコンビネーション。
俺が横に飛ぶと同時に、背後から蒼流旋のガトリングが火を噴いた。
「喰らいなさい‼︎」
熱の奔流が白銀を飲み込む。この距離、このタイミングなら避けられない…
「惜しいですね」
声は、煙の向こう側ではなく、俺たちのすぐ横から聞こえた。
「…っ⁉︎」
意識よりも先に身体が動く。俺と楯無さんはほぼ同時にその場から飛び退いた。
さっきまで白銀がいた場所には、蒼流旋の射撃だけが虚しく走り続けていた。
雪菜様は俺たちを追撃することもなく、静かに刀を構えて俺たちを見据えていた。
「連携は悪くありません。ですが、狙いが素直過ぎますね」
雪菜様は静かに告げる。これだけの戦闘をしておいて、息一つ乱していない。
俺と楯無さんが重ねてきた連携。その到達点でさえ、雪菜様には届かなかった。
それでも、止まるわけにはいかなかった。
届かないから諦めるなんて選択肢は、最初から存在しなかった。
「楯無さん、次‼︎」
「ええ‼︎」
俺はパラライザーを連射しながら、白銀の進路を塞ぐように前に出る。もちろん麻痺弾で動きを止められるとは思ってはいない。
ほんの一瞬でも足を止められればいい。その隙に楯無さんが蒼流旋の射線を整える。
今度は正面からではない。俺が雪菜様の進路を絞り、楯無さんが横合いから撃ち抜く。
ここ最近の特訓で何度も試した形だった。
「そこっ‼︎」
蒼流旋から放たれた弾丸が、白銀の横合いから襲いかかる。
だが、雪菜様はそちらの方向すら見ていなかった。白い刃がほんの僅かに揺れる。
甲高い音が連続して響いたかと思うと、蒼流旋の弾丸は白銀の装甲を掠めることすらなく、ことごとく軌道を逸らされていた。
「悪くはありません」
雪菜様は静かに言う。
「ですが、視線の誘導が安直過ぎます」
「くっ…‼︎」
次の瞬間、白銀が踏み込んでくる。
俺は咄嗟にファントムを構え、迫る白刃を辛うじて受け止めた。だが、無理な体勢からの防御では、刃の勢いを殺しきれない。
突然手応えが軽くなり、受け止めたはずの白刃がするりと引かれる。
「えっ_」
次の瞬間、柄頭が胸部装甲に叩き込まれていた。
「がっ…‼︎」
息が詰まる。装甲越しとは思えない衝撃が体の芯まで響き、姿勢が崩れる。
斬られてはいない。だが、それは優しさではなかった。刃を通すまでもなかったのだと、嫌でも分からされた。
「ダイチ君‼︎」
楯無さんが俺のフォローに入る。
ラスティー・ネイルが白銀の退路を断つようにしなるが、雪菜様は逃げるどころか一歩前に踏み込んできた。
蛇腹剣の軌道の内側へ潜り込み、絡み付く刃をすれ違うようにかわす。
「っ…‼︎」
楯無さんは即座に蒼流旋に持ち替え、近づかせまいと鋭い突きを放つ。
しかし、その判断すら読まれていた。
白い刃が、迫る蒼流旋の先端を横から叩く。
突きの軌道が、ほんの僅かにずれる。ただ、その僅かなズレで十分だった。
巨大なランスは白銀の横を空しく流れ、その反動で楯無さんの身体が前へ泳ぐ。
「しまっ…」
その隙を、雪菜様が見逃すはずがなかった。白銀の膝が、楯無さんの腹部装甲へ叩き込まれる。
「かはっ…‼︎」
咄嗟に水のヴェールを集中させ、衝撃を吸収しようとするも、殺しきれない。ミステリアス・レイディの細い機体がくの字に折れ、そのまま後方へと弾き飛ばされた。
雪菜様がさらに踏み込もうとした瞬間、俺は反射的にパラライザーを撃ち込んでいた。
当たるとは思っていない。だが、一瞬でも楯無さんへの追撃を遅らせられればそれでいい。
雪菜様は迫るエネルギー弾を白刃で切り裂き、そのまま滑るように俺の間合いへ戻ってくる。
「あなたならそうしますよね」
来る。今度は分かっていた。
俺は即座にパラライザーを収納し、ファントムを呼び出す。
「ッ…‼︎」
迫る白刃をなんとか受け流す。だが完全には殺しきれず、腕に痺れるような衝撃が残り、機体ごと後ろに押し込まれる。
来ると分かっていても、受けるだけで精一杯だった。
下がれば距離を詰められ、踏み込めば外される。楯無さんと挟み込もうとしても、その間を抜けられる。
俺たちの連携が遅いわけではない。むしろ、今までで一番上手く噛み合っているはずだった。
それなのに、届かない。
雪菜様が動くたびに、俺たちの位置関係が崩されていく。2人で挟んでいるはずなのに、気づけばいつもどちらか1人が狙われていた。
個々の実力の差は連携で埋める。そのはずだった。
だが、雪菜様は、その連携ごと上から押さえ込んでくる。
「っ…‼︎」
再び白刃が迫る。
俺はファントムで受け流そうとするが、刃の角度が直前で変わった。受け流すはずの軌道がずらされ、白い刃が装甲を削る嫌な音が聞こえる。
それでも、退けなかった。
「…っ‼︎まだです‼︎」
俺は一歩踏み込み、ファントムを横薙ぎで振るう。当てるためではない。雪菜様の足を止めるための一撃。
しかし、雪菜様は半歩だけ下がってそれをかわした。
たった半歩。
だが、その半歩が果てしなく遠い。
「いい判断です」
雪菜様は相変わらず静かに言う。
「でも、それではまだ届きません」
白銀が再び前に出る。俺は咄嗟に構えた。
だが、雪菜様は俺に斬りかかってこなかった。
こちらの反応を引き出すように踏み込んだ直後、白銀は俺の間合いの外へ滑り出る。
「しまっ…‼︎」
狙いは俺ではない。
視界の端で、体勢を立て直しかけていた楯無さんへ白刃が伸びる。
楯無さんは咄嗟に蒼流旋を構える。
だが、間に合わない。
受けるには遅すぎ、避けるには近すぎる。
割って入ろうにも
次の瞬間、俺は再び楯無さんと雪菜様の間に割り込んでいた。
だが、余裕などない。
転移直後の無防備な状態にも、容赦なく白刃は降り注ぐ。
咄嗟にファントムを構える。いや、構えたというより、ただ刃の前に差し込んだだけ。それだけで精一杯だった。
「ぐっ…」
剣同士がぶつかる激しい金属音とともに、腕が悲鳴を上げる。
完全には受けきれない。機体ごと押し込まれる。
「ダイチ君‼︎」
「大丈夫、です…‼︎」
反射的に口から出たものの、大丈夫なわけがない。
テレポートの反動が体に残ったまま無理な体勢で雪菜様の攻撃を受けたせいで、腕の感覚が痺れている。
「はぁぁぁ‼︎」
楯無さんは蒼流旋を横薙ぎに振るう。
雪菜様は押し込んでいた刃を引き、滑るように後ろに下がる。
一瞬息を吐く暇が出来るが、状況は何一つ変わっていなかった。このまま続ければ、先に限界が来るのは俺たちだ。
雪菜様はまだ息一つ乱していない。そして何より、俺たちはまだ雪菜様に届くどころか、まともに話をする隙すら作れていなかった。
(どうする…どうすればいい…?)
_どうすれば雪菜様を止められる?
_どうすればあの人に俺の言葉を聞いてもらえる?
普通に斬り結んでも届かない。
連携でも届かない。
なら、届かせるためには、こちらから踏み込むしかない。
その時、胸の奥に一つだけ答えが浮かんだ。
勝つための方法ではない。
雪菜様に、俺の言葉を聞いてもらうための方法だ。
それでも、これしかない。
「楯無さん」
俺は小さく呼びかける。
「少しだけ、俺に任せてもらえますか?」
「ダイチ君…?」
楯無さんの声に、僅かに困惑が混じる。
無理もない。今の俺に、雪菜様を正面から止める力などない。それはここまでの戦いで嫌というほど分からされていた。
それでも、やるしかない。
雪菜様が俺を見ている。
バイザー越しに表情は見えない。だが、俺が何かをしようとしていることは気づいているはずだ。
「何をするつもりですか、ダイチ」
「…あなたを止めます」
「そうですか」
雪菜様は静かに刀を構える。
「なら、止めてみて下さい」
その言葉と同時に、白銀が動いた。
速い。
だが、今度は避けない。俺はファントムを構え、真正面から雪菜様に踏み込む。
「っ…‼︎」
白刃が迫る。身体が反射的に動こうとする。避けろと、これまで積み重ねてきた感覚が叫んでいる。
それでも俺は動かなかった。
ファントムを握る手に思わず力が入る。
雪菜様の刃が、俺の腹部に向かって伸びる。
避けられた。受け流すこともできた。
だが、それでは雪菜様には届かない。
だから俺は、一歩だけ前に出た。
「なっ……」
雪菜様の声が初めて揺れる。
次の瞬間、白い刃がガーディアンの装甲を貫いた。
「がっ、はっ……‼︎」
衝撃が身体を突き抜ける。
装甲越しではない。今度は、本当に内部まで届いていた。
口の中に鉄の味が広がる。視界が揺れ、膝から崩れ落ちそうになる。
「ダイチ君‼︎」
楯無さんの悲鳴のような声が聞こえた。
だが、俺は倒れない。倒れるわけにはいかない。
俺は震える手で、雪菜様の刀を握る腕に触れた。
「…やっと、止まってくれましたね」
「どうして……」
雪菜様の声は震えていた。
今までどれだけ攻め込まれても、どれだけ追い詰められても乱れなかった声が、確かに揺れていた。
「どうして…避けなかったんですか…」
「こうでもしないと……話を、聞いてもらえないと思ったので…」
「馬鹿なことを…‼︎」
雪菜様が刀を引き抜こうとする。
だが、俺はその腕を離さなかった。
「まだ、聞いて下さい」
「ダイチ、離しなさい」
「嫌です」
息を吸うだけで、傷口が焼けるように痛む。
それでも、言わなくてはいけない。
この痛みよりも、ずっと言えなかった言葉の方が重かった。
「雪菜様のしたことは…許されることではありません」
「…」
「きっと、世界中があなたを非難します。誰も、簡単には許してくれない。俺だって…全部を正しいなんて言えません…」
雪菜様は何も言わない。
ただ、刃を握る手が震えていた。
「それでも…」
俺は顔を上げる。
バイザーの向こう側にいる、雪菜様を見る。
「それでも俺は、雪菜様の味方です」
「…っ」
「あなたの罪は、なかったことには出来ません。あなたが傷つけたものも、壊したものも、消せない…」
息が詰まる。
痛みで言葉が途切れそうになる。
それでも、ここで止めるわけにはいかない。
「でも、一人で背負わせたりしません」
俺は雪菜様の手に、自分の手を重ねる。
「俺も背負います。雪菜様の罪も、罰も、これから向けられる憎しみも」
「…やめてください」
雪菜様の声が小さく漏れた。
「そんなこと、言わないでください」
「言います」
俺は初めて雪菜様の願いに逆らうように言葉を重ねる。
「世界中があなたを敵だと言っても、俺だけは雪菜様の味方です」
それは、俺にできる精一杯の答えだった。
雪菜様を肯定することはできない。
雪菜様の罪を許すこともできない。
それでも、この人を一人にしたくない。
「だから、もうやめましょう」
俺は震える声で続ける。
「一緒に帰りましょう」
その言葉を聞いた瞬間、雪菜様の手が止まった。
刀を引き抜こうとしていた力が、僅かに緩む。
「…本当に、酷い人ですね」
雪菜様は小さく呟いた。
「私は、あなたに一緒に来て欲しいと言いました」
「…」
「なのに、あなたは来てくれなかった」
その声は静かだった。だが、いつものように整っているはずの声の奥に、押し殺した何かが滲んでいる気がした。
「それなのに…今度は、あなたが私に帰ってこいというのですか?」
その言葉に俺は何も言えなかった。
その通りだったからだ。
雪菜様は俺に手を伸ばした。俺はその手を取らなかった。
それなのに今、俺は雪菜様に戻ってきて欲しいと願っている。
「…ダイチ」
雪菜様が俺の名前を呼ぶ。
白銀の周囲に白い粒子が舞い始める。
「なら、選んで下さい」
「…雪菜様?」
「あなたが本当に選ぶべきものを」
次の瞬間、アリーナが白い光に包み込まれた。
続きます。