「いきなり酷いじゃない!」
部屋に戻るなり更識さんが俺を非難する。
「あんな格好をしてる更識さんが悪いんですよ」
「何よ折角サービスしてあげようと思っただけなのに!まさか織斑先生を呼んでくるなんて…」
彼女の顔には疲労の色が浮かんでいた。無理もない、彼女はたった今まで鬼教官こと織斑千冬に絞られていたのだから。
「それに不審者ってどういうことよ⁉︎君と私の仲じゃない‼︎」
「更識さんと俺は、味噌サバを奪った加害者と奪われた被害者の関係でしかないですよ」
「ヒドいっ。これから一つ屋根の下で暮らす間柄だっていうのに…」
およよ、と分かりやすいウソ泣きをしながら言ってくる。
「わざわざ誤解を招く言い方をしないでください。ってかやっぱり更識さんがルームメイトなんですね…」
だいたい予想はついていたが、やはりそうか。
「そんな嫌そうな顔しないでよ、流石に傷つくなぁ。こんなきれいなお姉さんと一緒に暮らせるってのに、それはないんじゃないかな」
どうやら彼女は誤解しているようなので、俺は訂正する。
「ああ、すみません。更識さんと暮らすのが決して嫌ってわけじゃなく、申し訳なくて」
「申し訳ない?」
彼女は不思議そうな顔をしている。
「ええ。更識さんがルームメイトになったのは、織斑と違ってなんの後ろ盾も持たない俺の護衛を要請されたからでしょう?」
そこで更識さんは合点がいったように言う。
「ああなんだ、そんなこと気にしてたの?」
「確かに学園側から君の護衛を依頼されたけど、私は別に学園側からの要請がなくてもルームメイトになっていたと思うわよ」
「どうしてですか?」
俺の質問に、彼女は誰をも魅了するような悪戯っぽい笑みを浮かべて答える。
「だって何だか面白そうじゃない♪」
俺は唖然としていた。
_面白そう?
そんな単純な理由で?
俺には彼女が全く理解できなかった。
だが、今まで申し訳なく思っていたのがなんとなく馬鹿らしくなって、思わず笑いだしてしまった。
そんな俺を見て、彼女は満足げに何度も頷く。
「そうそう、もっと気楽にいかないとね」
「えっ?」
「上代君、ずっと難しい顔をしていたから。でも、ずっと気を張っていたらどこかで破綻するってことよ」
「そう…ですね」
そう言われて初めて、自分があの日からずっと気を張っていたことに気づいた。
それと同時に緊張の糸が切れたのか、どっと疲れが押し寄せてきて視界が揺れる。
「ちょっと、大丈夫?」
ふらついた俺を彼女が支えてくれる。
「ええ、多分大丈夫です。でもちょっと座らせてもらいますね」
そう断ってから椅子に座る。そんな俺を見ながら彼女は言う。
「体調管理も実力のうちよ。一週間後にはクラス代表決定戦もあるんでしょ?こんな状態じゃ戦えないわよ」
確かにその通りだ。こんな調子じゃ戦闘どころか授業さえ危うい…
「ってなんで代表決定戦のこと知ってるんですか?」
なんだかすごく嫌な予感がする。
「もう結構有名な話よ。『イギリスの代表候補生に喧嘩を売った馬鹿な男子生徒がいる』ってね」
数時間前の俺を殴ってやりたいと心の底から思った。何を思ってあの時あんな目立つことをしたんだ俺…
「その話ってなかったことに…」
「出来ないしする訳ないじゃない、こんな面白そうなこと♪」
「…」
分かっていましたよ、ハイ。
「で、勝算はあるの?」
「IS無しでの戦闘なら勝てると思いますけど…」
彼女は呆れ顔で大きなため息をつく。
「つまり現状の勝率はほぼゼロ。よくそんなので喧嘩売ったわね」
「うっ…」
指摘が正論すぎて返す言葉がない。
「まあでも安心しなさいな。私がISの指導をしてあげるから♪」
「いいんですか?」
学園最強に指導してもらえるなんて願ってもない機会だ。でもどういう風の吹き回しだろうか、と少し引っかかったが…
「いいのいいの。だってこのままじゃ…」
「「面白くないから」」
俺は更識さんの言葉に重ねて言う。彼女の性格からして、この理由しかないだろうと思った。
ニヤリとした俺を見て、彼女は可笑しそうに笑った。
「フフッ、分かってるじゃない」
そう言って満足そうに彼女が広げた扇子には『ご名答』と書かれていた。
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その後、もう夜も遅いということで更識さんに手伝ってもらい持ってきた荷物の整理をして今日は休むことにした。
荷物と言っても最低限の衣類と執事服、あとは急須と茶葉、愛用の湯飲みだけだったので荷解きはすぐに終わった。
風呂に入ろうとしたのだが、事前に織斑先生から男子は大浴場が使えないので、部屋のシャワーを使えと言われていたのを思い出す。まあわざわざ二人だけのために大浴場を使うわけにもいかないしな。ちなみに今日はもう大浴場の使用時間が過ぎているので、彼女も部屋のシャワーを使うらしい。
なんだか申し訳ないので、年功序列ということで更識さんに先に入ってもらうことにした。その際、一緒に入る?なんて訊いてきたが、もちろん丁重にお断りした。そんなことをしようものなら俺は二度と六角家の敷居を跨げない。
俺もシャワーを浴び終え、そろそろ寝るかと思っていると、彼女が突然何かを思い出したように言う。
「危ない、忘れるところだった!」
「何をですか?」
「自己紹介よ、自己紹介。まだしてないでしょ?」
「そういえばそうでしたね」
俺は入学式で更識さんの名前を知ったし、更識さんも事前に俺の情報を知っているようだったからすっかり忘れていた。
「改めて私は更識楯無よ。よろしくねっ♪」
思わず見惚れてしまうような魅力的な笑み。その笑顔を見るとこの人とならどんなことも乗り越えられそうな気がする、そんな予感がした。
「上代大地です。これからよろしくお願いします」
そう言って差し出されていた彼女の右手をしっかりと握った。
こうして、長い長い波乱のIS学園生活の初日が終了した。