護りたいもの   作:影風

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 3話目です‼︎プロット書いた段階で番外編全体で15000〜20000字くらいかなと思ってたんですけど、全然そんなことなかったですね()


Lost EpisodeⅢ〜守護者、再び〜

 とりあえず雨露を凌ぐために、俺たちは無人となった教会に来ていた。

 

 村そのものが捨てられてからかなりの時間が経っているのだろう。壁にヒビが入り、床には薄く埃が積もっている。窓の一部は割れ、そこからは夜風が入り込んでいた。それでも、屋根があるだけで、十分だった。

 

「ここなら問題なさそうだな」

 

「ええ、野宿と比べれば数倍マシです。それにほら」

 

 そう言ってミストは、どこから引っ張り出して来たのか、古びた毛布を一枚俺に渡してきた。

 

「なんかお前手馴れてるな…」

 

「それはどうも♪」

 

「いや、別に褒めた訳じゃないんだけどな」

 

 俺がそう返すと、ミストは楽しそうに笑った。

 

 その後、教会内を軽く見て回ったが、特に使えそうなものは見当たらなかった。祭壇には埃の被った十字架が残されており、その下には折れた燭台が転がっている。長椅子のいくつかは壊れていたが、身体を休める場所としては十分だった。

 

 俺たちはキャンプから持ち出した非常食を分け合い、簡単に腹を満たす。

 

 正直、食事と呼べるものではない。それでも体に何かを入れておかなければ、明日以降動けなくなる。

 

 明日。その言葉を意識した瞬間、胸の奥が重く沈む。

 

 タニスさんへの連絡はついた。状況も伝えた。だが、本当にISが来る保証などどこにもない。

 

 それでも、今は信じるしかなかった。

 

「ねえ、ダイチ」

 

 就寝準備をしていると、不意にミストが声をかけてきた。

 

「せっかくなのでお祈りしません?ほら、ここ教会ですし」

 

「お祈りねぇ…」

 

 俺は祭壇に置かれた十字架へ視線を向ける。

 

 長い間放置されていたのだろう。そこには神聖さのようなものはほとんど残っていなかった。あるのはただ、人がいなくなった場所に取り残された祈りの形だけだ。

 

「あいにく俺は無神論者なんでね。遠慮しとくわ」

 

「神様を信じてないんですか?」

 

「神様がいるなら、こんなことになるわけないだろ」

 

 自分でも、思ったより低い声が出た。

 

 ここ数日で、あまりにも多くの命が失われるのを見た。

 

 昨日まで笑っていた子供が、次の日にはもういない。温かいスープを受け取って笑っていた少女が、一瞬で瓦礫の向こうに消えていく。

 

 これでも、神がいるというのならそれは救いを与える存在などではない。それこそ死神くらいのものだろう。

 

「それはそうですけど」

 

 ミストは否定しなかった。

 

 少し意外だった。いつもの彼女なら、もっと軽い口調で言い返してきそうなものなのに。

 

「それにあんなことだって…」

 

「あんなこと?」

 

「いや、何でもない。忘れてくれ」

 

 口にしてから、余計なことを言いかけたことに気づく。

 

 疲れているのだろう。ここに来てから、ずっと張り詰めた糸が少しだけ緩んでいる。だから、普段なら飲み込めるはずの言葉が、喉元まで迫り上がってきてきてしまう。

 

 これ以上余計なことを言わないうちに、さっさと寝た方がいい。

 

 そう思った時だった。

 

「じゃあ私の話を聞いてくれますか?」

 

「話?」

 

「ええ。私の昔話です」

 

 ミストは長椅子に腰掛け、祭壇の方を見つめた。その横顔は、いつもの飄々とした少女のものとは少し違って見えた。

 

「私には、頭が固くて、鈍感なフリをしている幼馴染がいたんですよ」

 

「鈍感なフリ?」

 

「ええ。本人は気づいていないつもりなんでしょうけど、本当は色々なことに気づいているんです。でも、都合の悪いことは気づいていないフリをする。そういう、とても面倒な人でした」

 

「…そいつは大変だな」

 

「本当に大変でした。何でも一人で抱え込もうとしますし、誰かを頼るのも下手ですし、自分のことになると驚くほど雑なんです」

 

 ミストは小さく笑った。

 

「でも、そうなってしまうだけの理由がある人でした。それでも、不器用なりに私のことを信じようとしてくれていたんです」

 

「…」

 

「だから、可愛かったんですよ。とても」

 

 ミストの表情が遠くを見つめる。

 

「でも、優しい人でもありました。世界のことなんて何も知らないくせに、誰かを守ろうとするんです。自分が傷つくことには鈍感なくせに、他人が傷つくことには妙に敏感で…」

 

 その笑みが、少し薄くなる。

 

「そんな彼を、私は裏切ったんです」

 

 教会の中に、夜風が吹き込む。割れた窓が微かに音を立てた。

 

「あの時は、ああするしかないと思っていました。私には私の願いがあって、私には私の正義があって…それを叶えるためには、彼を傷つけることも仕方がない。そう思っていたんです」

 

 ミストの声は穏やかだった。むしろ穏やかすぎた。

 

「でも、今になって思えば、それはただの思考停止でした。自分の願いを諦めたくなくて、でも彼を手放したくなくて、その矛盾から目を逸らしていただけです」

 

 彼女は祭壇の十字架を見つめたまま続ける。

 

「その結果、私は誰よりも大切な人を苦しめました。守りたいと思っていた人に、誰よりも深い傷を与えてしまったのです」

 

「……その人に謝りたいのか?」

 

 気づけば、俺はそう尋ねていた。

 

 その問いかけに、ミストは少しだけ目を伏せる。

 

「謝りたい、のでしょうね」

 

「随分曖昧だな」

 

「ええ。だって、謝ったところで許されるようなことではありませんから」

 

 それは、冗談めかした口調ではなかった。

 

「謝りたい。でも、許してほしいわけではないんです。許されたら、きっと楽になってしまう。だから、謝りたいのに謝る資格もない。面倒でしょう?」

 

「…面倒だな」

 

「でしょう?」

 

 ミストは微笑む。けれど、その笑顔はいつものように軽くはなかった。

 

 俺は長椅子の背にもたれ、天井を見上げる。

 

 崩れかけた教会の天井。そこから空いた小さな穴から、雲の切れ間が見える。雨はもう上がっていたらしい。

 

 祈る気にはなれなかった。だが、ここでなら少しだけ口にしてもいいのかもしれないと思った。

 

「俺は、人を殺したことがあるんだ」

 

「そうですか」

 

 ミストの返事は、いつもと変わらなかった。そこに驚きも、恐怖も、嫌悪もない。

 

 あまりに自然な反応だったから、俺の方が戸惑ってしまった。

 

「驚かないのか?」

 

「驚いて欲しかったのですか?」

 

「いや、そういうわけではないんだが…」

 

 逆に問い返され、言葉に詰まる。

 

 するとミストは、こちらを見て優しく微笑んだ。

 

「あなたが好んで人を殺すような人ではないことくらい、私も知ってますから」

 

 その言葉に胸の奥が軋む。

 

 知っている。

 

 その言い方が、あまりにも自然だった。

 

 まるで、ずっと昔からずっと俺のことを知っているような声だった。

 

「大切な人だったんだ」

 

 口が勝手に動いていた。

 

「世界中の誰よりも」

 

「そうですか」

 

「俺にとって、あの人は全てだった。命の恩人で、家族で、主人で…俺の世界そのものだった」

 

 言葉にすればするほど、胸の奥に沈めていたものが浮かび上がってくる。

 

 10年。

 

 10年も経った。

 

 それでも、消えないものは消えない。

 

「それでも、俺はあの人を止めなきゃいけなかった」

 

 ミストは何も言わない。

 

 ただ、黙って俺の話を聞いていた。

 

「あの人が道を間違えた時、俺が討つ。そう約束していたから。あの人自身が、そう望んだから…」

 

 けれど…言葉にならない言葉が、喉の奥で詰まる。

 

「でも、本当は…」

 

 俺は膝の上で拳を握りしめた。

 

「本当は、救いたかった。殺したかったわけじゃない。止めたかった。連れ戻したかった…一緒に生きたかった」

 

 十字架の前で、俺は何を告白しているのだろう。

 

 神など信じていない。

 

 祈りなど届かない。

 

 それでも、今この場所でしか言えない言葉がある気がした。

 

「俺はあの人を守ると約束した。全てを懸けて守ると約束した。なのに、最後まで守れなかった」

 

「…」

 

「だから、謝りたいんだと思う。許してほしいわけじゃない。ただ、届かないと分かっていても、言わなきゃいけない気がする」

 

 ミストは静かに目を細めた。

 

 いつもの笑みではなかった。

 

 泣きそうな顔にも見えたし、笑っているようにも見えた。

 

「その人は、きっと怒っていませんよ」

 

「どうしてそう思う?」

 

「なんとなくです」

 

「なんとなく、か」

 

「ええ、なんとなく」

 

 ミストは少しだけ肩をすくめた。

 

「その人はきっと、あなたに謝ってほしいわけではないと思います。あなたに自分を責めてほしいわけでもない。むしろ、そんな顔をしていたら怒るんじゃないですか?」

 

「……怒るかな?」

 

「怒りますよ、間違いなく。頭が固くて面倒な幼馴染がいつまでも自分のことで苦しんでいたら、文句の一つや二つ言いたくなるでしょうし」

 

「お前の昔話の相手じゃなかったのか、それ」

 

「さあ、どうでしょう?」

 

 ミストは嬉しそうに笑う。

 

 だが、その笑顔はすぐに静かなものへと変わった。

 

「ねえ、ダイチ」

 

「なんだ?」

 

「もし、その人にもう一度会えたら、何を言いますか?」

 

 その問いに俺はすぐには答えられなかった。

 

 言いたいことなどいくらでもある。

 

_謝りたい。

 

_怒りたい。

 

_どうして一人で行ったのかと責めたい。

 

_ずっと会いたかったと伝えたい。

 

 けれど、その全部を削ぎ落とした先に残る言葉は、きっと一つだけだった。

 

「……ありがとう、かな」

 

「ありがとう?」

 

「ああ」

 

 俺は祭壇の十字架を見つめたまま答える。

 

「俺を拾ってくれて、ありがとう。俺に居場所を与えてくれて、ありがとう。俺に誰かを護りたいと思わせてくれて、ありがとう」

 

 そこで一度息を吐く。

 

「それと…ごめんなさい」

 

 ミストは何も言わなかった。

 

 ただ静かに、俺の隣に座っていた。

 

 どれくらい沈黙が続いただろうか?

 

 やがてミストは立ち上がり、祭壇の前に歩いて行った。

 

 そして、十字架を見上げながら呟く。

 

「神様なんて、都合のいいものは信じていませんでした」

 

「…お前も無神論者か?」

 

「ええ。誰かを救ってくれる神様なんていないと思っていました。祈っても、大切な人は帰ってこない。願っても、失ったものは戻らない。だから神様なんていないんだって」

 

 ミストはこちらを振り返る。

 

「でも、もし本当に神様がいるのなら…少しくらい意地悪でもいいから、イタズラをしてくれてもいいと思いませんか?」

 

「イタズラ?」

 

「ええ。たとえば…死んだはずの人にもう一度だけ会わせてくれる、とか」

 

 息が止まった。

 

 ミストは笑っていた。いつものように、軽く、柔らかく、何もかも分かっている顔で。

 

「なんて、冗談です」

 

「…趣味の悪い冗談だな」

 

「よく言われます」

 

「誰にだよ?」

 

「さあ?」

 

 ミストはそう言って、長椅子へ戻ってくる。

 

 そして毛布を肩にかけると、何事もなかったかのように横になった。

 

「明日は忙しくなりそうです。早く寝ましょう、ダイチ」

 

「…そうだな」

 

 俺も毛布を被り横になる。目を閉じるが、眠気はなかなか訪れなかった。

 

 隣から聞こえる規則正しい寝息。

 

 それが本物なのか、演技なのかは分からない。

 

 ただ一つだけ、分かっていることがあった。

 

 俺たちはきっと、互いに本当のことを知っている。

 

 それでもまだ、その名を呼ぶには早すぎた。

 

______

 

 翌朝。割れた窓から差し込む薄い朝日で目を覚ますと、ミストは既に起きていた。

 

「おはようございます、ダイチ。よく眠れましたか?」

 

「…この状況で熟睡できるほど神経は太くない」

 

「それは残念です。私は意外と眠れましたよ?」

 

「お前は神経が太すぎるんだよ」

 

「失礼ですね。繊細な美少女ですよ、私は」

 

 いつも通りの軽口。

 

 昨日の夜交わした言葉などなかったかのように、ミストは平然と笑っていた。

 

 けれど、だからこそ分かる。彼女はもう切り替えている。

 

「…行くぞ」

 

「ええ」

 

 ミストは軽く頷き、教会の入り口へ向かう。

 

 外には、まだ煙の匂いが残っていた。

 

 祈りは届かない。神が助けてくれるわけでもない。

 

 それでも、俺たちは進まなければならない。

 

「今日で終わらせる」

 

「はい。思う存分、やってしまいましょう」

 

 そう言って、ミストはいつものように笑った。

 

 俺はその背中を追い、廃墟となった教会を後にした。

 

______

 

 タニスさんから指定された合流地点に到着すると、そこでは既に激しい戦闘が繰り広げられていた。

 

 砂煙の向こうに見えるのは、一機のISと、それを取り囲むように展開した政府軍の部隊。

 

 ISが圧倒的な力を持つ兵器であることに疑いはない。だが、多勢に無勢というものは存在する。それに加えて、こちらから見る限り、操縦者は実戦に慣れていないらしい。動きそのものは悪くないが、明らかに対応が後手に回っていた。

 

 恐らく、対ISを想定した訓練は受けているのだろう。だが、相手はISではない。

 

 戦車、装甲車、歩兵部隊。数で押しつぶすような通常戦力を前にして、どう動けばいいのか掴み切れていない。

 

「ミスト、加勢するぞ。行けるか?」

 

「もちろんです♪」

 

 ミストはなぜか生き生きとした様子で答える。今といい、衛星電話の時といい、こいつは実は見た目によらず戦闘狂なんじゃなかろうか…

 

「…楽しそうだな?」

 

「困ってる人を助けに行くだけですよ?」

 

「その顔で言われても説得力がないんだよ」

 

「失礼ですね」

 

 軽口を叩きながらも、俺たちは同時に駆け出した。

 

_________

 

「くっ……‼︎」

 

 マーシャは懸命に剣を振るい続けていた。

 

 だが一向に敵は減らない。

 

 ISの力なら、戦車も装甲車も一撃で無力化出来る。歩兵の火器も、致命傷にはならない。頭では、分かっていた。

 

 それでも、数が多過ぎた。

 

 前に出れば戦車砲が飛び、足を止めれば四方から銃火が集中する。どれを優先すればいいのか分からない。考えれば考えるほど、動きが鈍る。

 

 部隊で叩き込まれていたのは基本的に対IS戦の技術だ。目の前の敵のような、数で押し潰すような通常戦力との戦いではない。

 

「このままじゃ…」

 

 焦りが判断を鈍らせる。

 

 シールドエネルギーはまだ残っている。だが、余裕があるとは言えなかった。

 

(やっぱり、私じゃダメなのかな…)

 

 そう思いかけた時だった。

 

「しっかりしろ‼︎お前はそれでも聖天馬騎士団の一員か‼︎」

 

 鋭い声が戦場に響いた。

 

 私はハッとして我に返る。顔を上げるとそこには、まともな装備も持たない二人組がいた。

 

 一人は黒髪の少年。もう一人は金髪の少女。

 

 ISもない。重火器もない。

 

 それなのに、二人は政府軍の歩兵部隊を相手に、信じられないほど的確に立ち回っていた。

 

「歩兵は数が多いだけで、ISに対して有効打がない‼︎歩兵は俺たちに任せて、お前は戦車を狙え‼︎」

 

「分かりました‼︎」

 

 その言葉に迷いが晴れた。

 

 私は息を整え、ガーディアンを加速させる。狙うべきは、戦車。それだけでいい。

 

「行きます…‼︎」

 

 戦車砲がこちらへ向くよりも早く、側面へ回り込む。剣を振り下ろし、砲塔の基部を切断する。

 

 一機目。

 

 続いて二機、三機。

 

 歩兵の妨害はあの二人が引き受けてくれている。ならば私は、ISでなければ破れない相手を叩く。

 

 それから10分と経たないうちに、戦況は決した。主力である戦車部隊を失った政府軍は統制を失い、散り散りになって撤退して行った。

 

「はぁはぁ……」

 

 戦闘終了を確認した瞬間、全身から力が抜ける。ISに乗っているにも関わらず、まるで自分の足で戦場を走り回っていたかのように息が上がっていた。

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫ですか?」

 

 声をかけられ、マーシャは顔を上げる。

 

 いつの間に近づいていたのか、先ほどまでの二人組が目の前のいた。

 

 あれだけの数を相手にしていたはずなのに、二人はほとんど息を乱していない。まるで少し運動をしただけとでも言うように、平然としている。

 

 私は慌ててガーディアンを解除し、待機状態へと戻した。

 

「だ、大丈夫です。助けていただき、ありがとうございま_」

 

 そう言いかけて、目の前にいる人物が誰なのかにようやく気づいた。

 

 黒髪。落ち着いた声。こちらを真っ直ぐに見つめる瞳。何度も資料で見たし、何度も映像で見た。そして、何度も憧れた。

 

 既に亡くなったと聞かされていた、聖天馬騎士団の英雄。

 

「マーシャ=エルトマン少尉だな?」

 

 青年は静かに名乗る。

 

「俺は上代大地だ。この度は協力感謝する」

 

「えっ…」

 

 頭の中が真っ白になった。

 

 目の前にいる。

 

 資料の中でも、記録映像の中でも、英雄譚の中でもなく、今この場に。本当にいる。

 

「あ、ああああの、おっ、お会い出来て光栄です‼︎」

 

 声が裏返った。自分でも何を言っているのか分からない。

 

 ずっと憧れてきた人が目の前にいる。しかも、その人が自分にお礼を言っている。現実感がまるで追いつかない。

 

「こちらこそ。よろしく頼む」

 

 そう言って彼は右手を差し出してきた。

 

 私は震える手を必死に抑えながら、何とかその手を握る。

 

 温かい。

 

 本当に生きている。

 

「もう…ダメです……」

 

 限界だった。

 

 緊張と安堵と憧れと疲労が一気に押し寄せ、次の瞬間私の目の前は真っ暗になった。

 

________

 

 

「おい‼︎大丈夫か⁉︎」

 

 突然目の前で倒れた少女を受け止め、声を掛けるも反応がない。

 

「ミスト‼︎」

 

「…大丈夫です」

 

 ミストはすぐさま彼女の首元へ手を当て、冷静に状態を確認した。

 

「脈はありますし、呼吸も安定しています。恐らく戦闘による疲れと、過度の緊張から倒れたんでしょう」

 

「そうか、それなら良かった…」

 

 俺はホッと息を吐く。

 

「まあ初実戦だったらしいから仕方ないか」

 

 実際、俺も学園で一夏やセシリアと初めて模擬戦をした時でさえ緊張した。ましてここは、下手をすれば命を落としかねない本物の戦場だ。慣れていない操縦者が気を張り詰め過ぎた末に倒れるのも無理もない。

 

 だが、なぜかミストはジト目でこちらを見ながら呆れたようにため息を吐く。

 

「…この唐変木」

 

「おい、どういう意味だ?」

 

「さあ?そんなことより早くタニスさんに合流したことを報告しなきゃいけないんじゃないですか?」

 

「…誤魔化したな」

 

「気のせいです。とっとと連絡して下さい」

 

「ああ…分かった」

 

 何となく釈然としないものがありつつも、俺は彼女を近くの日陰に寝かせ、衛星電話を取り出した。

 

 無事に合流は出来た。

 

 ガーディアンも、ここにある。

 

 ようやく、反攻の準備が整いつつあった。

 

______

 

 タニスさんへの報告を終え、俺は電話を切った。

 

 詳しい状況は伝えた。エルトマン少尉と無事合流出来たこと。ガーディアンはこちらに届いたこと。そして、これから政府軍のISを止めに向かうこと。

 

 電話の向こうのタニスさんは、最後に短くこう言った。

 

『頼んだぞ、ダイチ』

 

 その言葉だけで十分だった。

 

「…ん」

 

 小さな声が聞こえ、そちらへ目を向ける。

 

 日陰に寝かせていたエルトマン少尉が、ゆっくりと目を開けたところだった。

 

「気がついたか、エルトマン少尉」

 

「……え?あ、上代さん⁉︎」

 

 俺を見た瞬間、彼女は跳ね起きようとしてふらつく。

 

「無理に起きようとしなくていい。さっきまで戦っていたんだ。少し休め」

 

「い、いえ、大丈夫です‼︎私は聖天馬騎士団の一員ですから‼︎」

 

 そう言いながらも、顔はまだ赤い。

 

 隣でミストが笑った。

 

「初々しいですね」

 

「お前は黙ってろ」

 

「はいはい♪」

 

 俺は軽くため息を吐き、改めて彼女へ向き直る。

 

「エルトマン少尉、ここまでガーディアンを届けてくれて、本当に助かった。危険な役目を背負わせてしまってすまない」

 

「あ、あの…」

 

「ん?」

 

「マーシャでいいですよ」

 

 エルトマン少尉は少し照れたようにそう言った。

 

「タニス教官も、部隊のみんなもそう呼びますし。それに…上代さんにファミリーネームで呼ばれるのは、少し緊張します」

 

「そうか。分かった。ありがとう、マーシャ」

 

「は、はい‼︎」

 

 名前を呼んだだけで、マーシャは背筋を伸ばして返事をした。

 

 大丈夫だろうか、この子。

 

 俺がそんなことを考えていると、マーシャは自分の左腕に視線を落とした。そこには待機状態のガーディアンが装着されている。

 

 彼女は一度深呼吸をしてから、真剣な表情でこちらを見た。

 

「上代さん」

 

「なんだ?」

 

「聖天馬騎士団所属、マーシャ=エルトマン少尉。ただ今をもって、ガーディアンを本来の搭乗者である上代大地へ返還します」

 

 その声はわずかに震えていた。

 

 だが、そこに迷いはなかった。

 

 俺は静かに頷く。

 

「確かに受け取った」

 

 マーシャの腕から外されたブレスレットを受け取り、10年ぶりに自分の左腕に装着する。

 

 懐かしい重みだった。

 

 かつては当たり前のようにそこにあったもの。俺が戦うための力であり、誰かを守るための鎧だった機体。

 

 10年前、俺はこの機体を手放した。

 

 もう二度とこの力を使うことはないと思っていた。それでも今、目の前に守るべき命がある。止めなければいけない敵がいる。

 

 ならば、迷う理由はない。

 

 俺は目を閉じ、心を落ち着かせる。そして、左腕のブレスレットにそっと手を触れた。

 

「もう一度だけ力を貸してくれ、守護者(ガーディアン)

 

 俺の呼びかけに答えるように、眩い光が体を包み込む。

 

 次の瞬間、懐かしい感覚と共に漆黒の装甲が全身を覆った。

 

 10年ぶりだと言うのに、不思議と違和感はなかった。

 

 まるでずっと、俺の帰りを待っていたかのように。

 

「…久しぶりだな」

 

 漆黒の腕を見下ろし、俺は小さく呟いた。

 

 マーシャが息を呑む気配がする。

 

 ミストは隣で、静かに笑っていた。

 

「よく似合ってますよ、ダイチ」

 

「こんな時まで茶化すな」

 

「本心です」

 

 その声だけは、いつもの軽さとは少し違っていた。

 

 俺は一度深く息を吐き、顔を上げる。

 

 ガーディアンは俺の呼びかけに応えてくれた。ならば、やることは一つだ。

 

「行くぞ。これ以上、あいつの好き勝手にはさせない」

 

 ミストは楽しげに、マーシャは緊張した面持ちで頷いた。

 

 その時だった。

 

 ガーディアンの警告表示が視界の端で点滅する。高速で接近するIS反応あり。

 

 俺は反射的に空を見上げた。

 

「上代さん…‼︎」

 

 マーシャも弾かれたように空を見上げる。

 

 砂煙の向こう、青く霞んだ空を切り裂くように一機のISが現れる。。機体の周辺に揺らめく水のヴェール。背部に広がる翼のようなユニット。そして、手にした大型のランス。

 

 間違いない、難民キャンプを襲った機体だ。

 

 そのISは俺たちの上空で、こちらを見下ろす位置で停止する。

 

『おいおい、ISが侵入したって聞いてわざわざ見にきてみりゃ、第二世代のガラクタじゃねえか』

 

 嘲るような声が、オープンチャネルに入ってくる。

 

『軍の連中が足止めしてるって聞いてたのに、まさか骨董品ごときにやられるとはな。こいつは傑作だ』

 

 どうやら相手は完全にこちらに見下しているらしい。

 

 旧式の第二世代IS。疲弊した若い操縦者。そして、生身の少女。

 

 警戒する理由などない。そう判断したのだろう。

 

「マーシャ、下がっていろ。まだ無理をするな」

 

「で、ですが…‼︎」

 

「十分に役目は果たしてくれた。ここからは俺がやる」

 

「…はい‼︎」

 

 続いて俺はミストに目を向ける。

 

「ミスト、マーシャを頼む。安全そうなところに身を隠していてくれ」

 

「分かりました」

 

 意外にもミストはすぐに頷いた。

 

 いつものように茶化すこともなく、ただ俺を見ている。

 

「ダイチ」

 

「なんだ?」

 

「思う存分、やってしまってください」

 

 その声には、不安も迷いもなかった。

 

 まるで、俺が負けるはずないと最初から信じているような口調だった。

 

「…簡単に言ってくれるな」

 

「あなたなら出来ますから」

 

 ミストはそう言って、いつものように笑った。

 

 それだけで、十分だった。

 

「分かった。任せろ」

 

 ミストはマーシャを支えながら、瓦礫の陰に下がっていく。

 

 俺はもう一度、上空のISを見上げた。

 

『随分と余裕じゃねえか。ガラクタ一機で、俺を止められるつもりか?』

 

 ランスの先端がこちらに向けられる。

 

 あの時は、手が届かなかった。

 

 だが、今は違う。

 

 俺は地面を蹴り上げ、スラスターを吹かす。

 

 地面が砕け、土煙が舞う。

 

 次の瞬間、俺は敵ISに向けて一直線に空を駆け上がった。

 

_______

 

 上空で激しい戦いを繰り広げる二機のIS。

 

 一方は、ミステリアス・レイディの発展系である最新の第三世代機。

 

 もう一方は今や骨董品と言ってもいい第二世代IS。しかも私が合流の際に手間取ってしまったため、武装はショートブレード一本しか残っていない。それなのに、

 

「凄い…」

 

 思わず感嘆の声が漏れた。

 

 上代さんは互角どころか、少しずつ相手を押し始めていた。

 

 速さなら敵機の方が上のはずだ。それに武装の数も、出力も、機体性能も、恐らく比較にならない。それなのに漆黒のISは、敵の攻撃を紙一重でかわしながら、確実に間合いを削っていく。

 

 同じガーディアンを使っているはずなのに、まるで別の機体を見ているようだった。

 

「当然です♪」

 

 隣でミストさんが、どこか誇らしげに言う。

 

「だってダイチは、唯一私を倒した人なんですから」

 

「ミストさん、それってどういう意味ですか?」

 

「まあまあ。私のことはどうでもいいじゃないですか」

 

 ミストさんは楽しそうに笑いながら、上空の戦いから目を離さない。

 

「それより、この戦いをちゃんと目に焼き付けましょう」

 

 その横顔は、戦場にいるとは思えないほど穏やかだった。

 

 まるで劇場の特等席に座り、オペラでも眺めているどこかのお嬢様のように。

 

 けれど、その目だけは違った。

 

 あの人が勝つと、最初から一片も疑っていない。そんな目だった。

 

_____

 

「何故だ、何故だ、何故だ‼︎なぜ攻撃が当たらない⁉︎たかが第二世代ごときにぃ‼︎」

 

 女はランスに内蔵されたガトリングを周囲に撒き散らす。だが、怒りに身を任せた攻撃は漆黒の機体に掠ることすらなかった。

 

「ごちゃごちゃうるせえよ」

 

 声が聞こえたのは、真後ろだった。

 

「っ⁉︎」

 

 慌てて蛇腹剣を呼び出し、背後から放たれた斬撃を受け止めようとする。

 

 だが、受け止めきれない。

 

 衝撃と共に蛇腹剣が吹き飛ばされ、機体ごと大きく体勢を崩す。

 

(なんなんだよ、こいつ…‼︎)

 

 機体性能はこちらの方が上のはずだった。

 

 武装の数も、火力も、速度も、出力も、全てこちらが勝っているはずだった。

 

 なのに、攻撃が当たらない。捉えきれない。逆に近づかれれば、反応すら間に合わない。

 

 だが、近づいてきたのは好機でもある。

 

 女は機体表面を覆う水のヴェールを変形させる。ミステリアス・レイディ時代の比較的弱点であった近距離戦闘に対応するために発展したそれは、幾筋もの水の鞭となって漆黒の機体へと襲いかかる。

 

_捕らえた

 

 そう思った次の瞬間、漆黒の機体はもうそこにはいなかった。

 

「は?」

 

 真上。ハイパーセンサーが反応を捉えるより早く、黒い影が落ちてくる。

 

 肩部装甲が砕ける。

 

「ふざけんな…ふざけんなふざけんなふざけんな‼︎」

 

 女は叫び、再びランスを振るう。

 

 しかし、届かない。

 

 水の鞭も、ガトリングも、ランスも、まるで読まれているかのように避けられる。その度に漆黒の機体は一歩ずつ、確実にこちらの機体を削っていく。

 

(冗談じゃねえ…こんな化け物と戦ってられっか……)

 

 女の中で恐怖が怒りを上回った。逃げる方法を必死に探す。

 

 その時、女の視界の端に二つの影が映った。

 

 瓦礫の陰に隠れている金髪の少女と、操縦者らしき女。女は口角を上げる。

 

(あいつらを人質にすれば、流石にあの化け物も止まるだろ…‼︎)

 

 女は即座に瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動する。

 

 狙うのは漆黒の機体ではない。地上にいる二人。

 

「ヒッ…‼︎」

 

 若い操縦者が怯えた声を漏らす。

 

 その瞬間、漆黒の機体がショートブレードを投げ放った。刃は女の機体を追い抜き、二人のすぐ横の地面へと突き刺さる。

 

「ミスト、思う存分やれ」

 

「了解です♪」

 

 金髪の少女が、地面に突き刺さったブレードを引き抜きゆっくりと構える。

 

「あぁ、生身の人間がそんなナマクラでどうにか出来ると思ってんのか?」

 

「全く、よくそんな三流のセリフがペラペラと出てきますね…」

 

「ごちゃごちゃうるせえ‼︎」

 

 女はランスをミストに向けた。

 

 だが、ガトリングの引き金を引くより早く、ミストの姿が消える。

 

「は?」

 

 同時に、手からランスが弾き飛ばされた。

 

 何が起きたのか、ハイパーセンサーを通しても理解できない。次の瞬間、アクアクリスタルが砕け散り、水のヴェールが消えていく。

 

 まさに神速の一撃。

 

 ミストの技量は、もはや人間という枠で捉えられるものではなかった。

 

「まだ、やりますか?」

 

 背後から声が聞こえた。

 

 女が恐る恐る振り返ると、そこには片手にブレードを持ち、もう片方の腕でマーシャを抱えたミストが立っていた。

 

「え?え?」

 

 抱えられたマーシャも、状況を飲み込めていないらしく、素っ頓狂な声をあげる。

 

 勝てない。その事実だけが、女の頭の中を支配した。

 

 漆黒のISだけでも化け物だった。

 

 だが、地上にいた少女もまた、それとは別種の化け物であった。

 

 女は震える手でISを解除し、両手を上げる。

 

 もう、戦う気力など残っていなかった。

 




 敵で強かったキャラが、その強さのまま味方になってくれる展開めちゃくちゃ好きなんですよね。

 次回番外編最終話&この作品の最終話になります‼︎明日の20時に投稿予定なのでよければお読みいただけると嬉しいです‼︎
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