「はぁ…………はぁ……………」
街灯の少ない真っ暗な夜道。
動きづらい浴衣。履き慣れない草履だけど、わたしは直走る。
全ては、葵くんを助けるために。
モカの姿をした怨霊が怖かったのは本当だし、泣き叫びたいほどの恐怖に駆られ足がすくんだ。
けど、葵くんの手を離したのは決してあの場から逃げ出したかったからじゃない。
反抗もしたし、わたしの意見も伝えた。
それでも、彼の "意思" には逆らえなかった。
わたし自身、弱い女の子なんだと思い知らされる。
今のわたしにできることが、人に頼ることだなんて…………本当に情けない。
嘆いても仕方ないことだとは分かっている。
それも全て、わたしが弱いせいだ。
これからはもっと強くなろう。
彼の横に立てる、強い女の子になるために。
……………………
…………
息を大きく切らしながらも、わたしは近くにあった交番までいち早くたどり着いた。
中には駐在のお巡りさんが一人。
勢いよく扉を開け、事情を説明する。
「すみません!葵くんが……………彼が……………!襲われているんです!!」
「わかりました。すぐ向かいましょう」
言葉が途切れ途切れながらも、この異常事態を察したお巡りさんはすぐに身支度を整えてくれて一緒にあの場所まで戻る。
走りながらも、わたしは懸命心の中で呟く。
(お願い神様……………どうか葵くんを、お願いします……………)
わたしはただ、神に祈る。
ほんの僅か、たとえ0.1%でもいい。
葵くんが無事でいる可能性が上がる限り、わたしは願い続ける。
それに、あの葵くんがただやられるわけもない。
きっと彼なら─────そんな淡い期待も込めて。
交番を出て10分。
ようやく辿り着いたそこには、葵くんはおろかあの怨霊の姿すら見えない。
お巡りさんも不思議そうに首を傾げる。
「間違いありません。必ずここにいるはずです!」
「わかりました。応援も要請します。こちら…………」
お巡りさんは無線で今の状況を他の警察官に説明している間に、わたしは一人捜索を開始する。
暗くて見えづらかったから、携帯の灯を照らしあたりを見渡す。
動き出そうとしたその時、何かに足を滑らせ転倒する。
派手に転び、お尻を強く打ってしまった。
「いったた……………一体何が───────」
地についた手を見ると、何かがついていた。
やはり、暗いからよく見えない。
落とした携帯で手元を照らす。
「──────っ!?!?」
わたしの手についていたものを見て驚愕する。
それは、誰のものかもわからない大量の血痕。
それも、生半可な量じゃない。
まるで雨が降った後にできる水溜りのように、辺り一面が真っ赤に染まっていた。
「上原さん!一体なにが……………こ、これは!?」
懐中電灯で照らすお巡りさんもわたしと同じような様子だった。
認めたくはないけど、彼に何かあったのは間違いない。そう思わせるには十分すぎる証拠となった。
その後すぐに何人ものお巡りさんが来てくれて、あたりを捜索する。
わたしもそこへ混じり共に彼を探す。
血を目印に見つかるだろう、と思いきやその血溜まりの他に血痕は見つからずそれぞれが疎らに探し続けた。
しばらく経ち、最初からいてくれたお巡りさんが大声で知らせる。
「被害者発見!被害者発見!」
その声に、わたしは全速力でそこへ向かう。
束になるお巡りさんたちは呆然と立ち尽くし、肩を落とす。
「これはひどい……………」
「17歳の少年がどうしてこんな……………」
口々にするお巡りさんの間をくぐり抜け、前に立つ。
「そんな………………なんで………………」
そこには大樹に足を伸ばし、力無く腰掛け、首元に斬られたような傷跡と大量の血で染まった葵くんの姿があった。
彼を見た瞬間、足に力が入らずその場でへたりこむ。
頭の中が真っ白になり、やっと逢えたはずの彼の姿が流れ出る涙で遮られる視界に映らなくなる。
「葵くん………………やだよ………………やだよ…………………」
弱々しく呟くわたしに、彼は答えることもなく俯いたまま。
いつもは笑いながら返事をしてくれるのに、今は違う。
その現実を受け止めきれず、わたしは途切れることなく呟き続ける。
「約束、したよね……………ずっと一緒にいるって………………。嘘、じゃないよね………………葵くんが……………いなくなる、なんて……………」
周りはしんとした空気に包まれる。
そして────────
「──────いやあああああああ!!!!」
彼が生きている。そう信じて保っていた精神が、とうとう崩壊した。
わたしはひたすらに泣き叫び続ける。
止めどなく溢れる涙が枯れるまで、声が出せなくなるほど喉が枯れるまで。
そうだ、この世は残酷だ。
いくら神に願ったところで叶うわけもない。分かっていたはずなのに…………最後は、ありもしない何かに縋ってしまった。
いや、神頼みをしている時点でわたしの運命なんて終わっているも同然だ。
所詮、わたしは弱者で生きている価値すらない人間なのだから。
***
自我を失ったわたしは葵くんと共に、お巡りさんが呼んだ救急車に乗り病院へ搬送された。
どうやら、このことは葵くんとわたしの両親にも伝えられたようで共に病院に来るとのことらしい。
虚になった目で天を見る。
ギラっと光る白い光。
さっきまで暗い外にいた為か余計眩しく感じる。
両耳からは小刻みに鳴る機械音と、懸命な措置を施すお医者さんの声が聞こえる。
『目覚めたら実は夢だったんだ』と、妄想を繰り返すけど彼を見つけた時の光景が蘇る。
フラッシュバックのように再生されるあの瞬間を頭の中で何度も再生され、ガラガラになった喉で発狂し、それに伴い頭痛を引き起こし頭を押さえる。
葵くんで手一杯のはずなのに、お医者さんの一人がわたしに声をかけた。
「大丈夫。彼はきっと救ってみせる」
何の根拠もないその言葉だけど、わたしを落ち着かせるには十分だった。
息も切れ、これ以上ない苦痛を味わう。
もう、やめて────────
そう嘆いたところでこの状況が一変することもなく、どこ吹く風のように過ぎ去っていく。
どうして、わたしたちがこんな目に遭わなくちゃいけないの?
なんで、わたしたちが怨霊の復讐を受けなくちゃいけないの?
なぜ、わたしはあの時逃げ出したの?
落ち着いたそばからまた、わたしは発狂し頭を抑える。
こんなの、生き地獄だ。
きっと、何の役に立てなかったわたしに対する罰なんだろう。
誰が決めたかわからない"運命" に従い、わたしは搬送されている間も苦しみ続けた。
…………………
…………
蘭side
突如、父さんたちが慌ただしく家を出た。
2階から様子を覗いていたあたしは、その後をついていく。
車に乗り込み出発しようとしたその時、わたしは車の前に飛び出し停止させる。
「ちょっと、何があったの!?説明して!」
父さんたちが口を開く前にあたしが先に問う。
二人は怒ることもなく落ち着いた様子で『早く乗りなさい』と言い、あたしも車に乗り込んだ。
唐突の出来事で整理がついてないけど、何となく察しがついている。
まだ帰ってきてない
あたしは重い口を切る。
「ねぇ……………葵に、何かあったの?」
そう聞くと、父さんは正面を向いたまま答える。
「………………わかっていたのか」
「二人の様子を見たらわかった。それに、葵からまだ返信来てないし、普段ならありえないよ」
「そうか………………」
父さんの口数が今まで以上に少ない。
母さんは何も話さず、ハンカチで目元を抑えていた。
「わかっていることだけでいい。何があったのか教えて」
あたしがそう問いかけると、父さんは数秒の沈黙の後、ポツリポツリと話し始めた。
「葵が──────何者かに襲われたらしい」
「…………………!?」
「友達、いや、彼女さんも一緒だったそうだ。二人とも、今は救急車で搬送中らしい」
「彼女…………って、ひまりのこと!?ひまりも襲われたの!?」
「わからない。だが、きっと無事のはずだ。葵がいるんだから」
「うん、そうだよね…………」
「とりあえず、警察の方々も病院にいるらしい。詳しいことは、全てそこで聞くとしよう」
「わかった。急いで、はやくっ!」
焦る気持ちが抑え切れず、父さんの座る椅子を力強く叩く。
いつもなら何か言い返すはずなのに、今日はそれがない。
きっと父さんもわたしと同等。
いや、それ以上に心配しているに違いないだろう。
あたし自身、葵がひまりと花火大会に行くことは知っていた。
あんなに楽しそうにする葵を見ると、やはり二人はお似合いなんだろうなと心の底から思っていた。
そんな幸せを台無しにしようとした人がいるなんて…………信じられない。
お腹の底から怒りが込み上げる。
夜道を走る車は徐々に加速し、病院まで急行する。
到着するや否や、受付で葵の居場所を聞き足早に向かう。
着いた先は集中治療室。
その扉の前には数人の警察官とひまりの両親がいた。
あたしたちを見るとひまりの両親は深々と頭を下げ、誠心誠意謝罪した。
ひまりは何も悪いことはしてないはずなのに。
ひまりの両親の後、警察から今回の件について色々説明された。
現場検証の結果、犯人について、そして、葵の安否。
まだ明らかになってないことも多々あったけど、葵が何者かに襲われ刃物で首を切りつけられた後、隠されるように移動させられた、と断定された。
犯人についてはまだ捜索中とのことだが、監視カメラもなく見つけることは困難を極めるらしい。
そして、葵の安否だけど…………出血が酷く、一刻を争う状況らしい。
生きているのも不思議だった、と警察の方は付け加えた。
本当に葵は強い。
手術してしばらく経てば、きっと目覚めるはずだ。
あたしはそう確信している。
「あの……………ひまりはどうだったんですか?」
あたしの一言に、ひまりの両親は俯き答えようとしない。
その様子を見てか、警察の方が代弁して答える。
「上原 ひまりさんは
「そっか。なら────」
「しかし…………精神的に大きな負荷を負ってしまったようです。私自身、交番で初めて会った時は必死に彼を助けようとする強い女の子だと思っていましたが……………やはり高校生にあの光景は堪え難いものだったんでしょう。現場にいた我々も言葉を失いました…………」
「それで……………ひまりはどこにいるの!?」
暗い表情で話す警察官の胸ぐらをぐっと掴む。
慌てて倒産が止めに入るも、警察官は表情を変えることもなく淡々と答える。
「今、会われる事をオススメする事はできません。責任感の強い子です。御兄弟であるあなたと会いでもすれば、どうなるか私にもわかりません。どうか、お許しください」
「………………わかりました。すみません、少し、頭に血が上っていました」
あたしは手を離し、警察官に頭を下げる。
確かに、今のあたしは冷静じゃない。
あの場にいて、一部始終を全て見ていたであろうひまりに警察官の人は事情聴取をした、とも言っていなかった。
警察も察している。
これ以上、ひまりに負担はかけられないと。
「とりあえず今日は父さんが残る。もう夜も遅いし、蘭は母さんと家に──────」
「
「蘭…………心配なのはわかるが、いつ目覚めるか、分からないんだぞ?」
「それでもいい。家にいて連絡を待つより、ここにいた方が落ち着ける」
「………………わかった。じゃあ、三人で残ろう。母さんも、それでいいな?」
「………………えぇ」
「二人とも、ごめん」
「心配なのは皆同じだ。早く葵が良くなることを願おう」
あたしたちは医師からの吉報を待つ。