Afterglow 〜夕日に焦がれし恋心〜   作:山本イツキ

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今回はひまりの今を語る物語になります。

山本イツキ史上初の第三者目線の話になります。


第52曲 ひまりの現在

 真っ暗な夜空に打ち上がる花火。

 歓喜に沸く観客たち。

 そして、彼の笑顔。

 

 本当に幸せだったんだ。

 彼の手を握るとその温もりが伝わって、嬉しい気持ちが湧き上がるようだった。

 

 

 街灯の少ない暗がりの夜道。

 幼馴染に扮した偽者の怒り。

 必死に叫ぶ彼。

 

 とにかく怖かったんだ。

 逃げ惑うひまりは独り、自分の掌を握り必死になって走り助けを求めた。

 

 

 暗く静まり返ったあの場所。

 大樹にもたれ横たわる彼。

 血塗れの(かれ)

 血塗れの(あおい)

 

 ちまみれのかれ。

 

 

 チマミレノ──────。

 

 

 「………………………」

 

 

 「きゃああああああああ!!!!」

 

 

 ひまりはベットから飛び起きた。

 激しく息を切らし、体中から汗が吹き出し頭痛を引き起こす。

 ガンガンッ!と、まるで頭の内側からハンマーで叩かれるような衝撃が頭を揺らす。

 その痛みに耐えかね、彼女は両手で頭を押さえた。

 

 

 (痛い……………!苦しい……………!)

 

 

 異変に気づいたのか、ノックもなしに看護師さんが二人部屋に入ってきてわたしの健康状態をチェックする。

 慌てた顔で一人の看護師さんが先生を呼びにいき、もう一人がひまりに言葉を投げかけた。

 返答する間もなく、今度は心臓を鷲掴みにされたような痛みを受け、純白の布団に向かって派手に嘔吐する。

 片方の手は頭に、もう片方の手は心臓に手を当てる。

 そんなことをしたところでちっとも良くならない。

 

 必死に抑えるひまりの元にお医者さんは急いで駆けつけ、すぐに治療にあたる。

 わたしの背中を摩り、咳き込みながらも吐けるものを全て吐きだした。

 そして、水でうがいをしてから薬を飲まされ、横になる。

 虚の瞳で天を見上げると、そこにぼやけて映る光景は、まさに "無" 。

 何もない一面に広がる白い天井と壁。

 それはまるで、棺桶に入っているようだと錯覚させる。

 

 

 「……………だ。………………から………………ように」

 

 

 ひまりは微かに聞こえる耳を傾け、お医者さんたちの話を聞く。

 

 

 「深刻、ですね…………」

 

 「とりあえず、この薬を飲めば落ち着くはずだ。今後同じようなことが起きるやもしれない。くれぐれも注意して診てくれ」

 

 「はい…………どうして、こんな子供に、このような仕打ちを……………」

 

 「涙しても仕方ない。一刻も早くこの子から "病" を取り除くんだ!」

 

 「はいっ!」

 

 

 そっか─────みんな、わたしのためにがんばってくれてるんだ。

 

 なんでだろ?

 こんなにんげん、ほおっておけばいいのに。

 

 だってさ、たいせつなひとのそばにもいれずにげだしてかれをあんなめにあわせたんだよ?

 どうしてみんなは、わたしをたすけようとするのかな? 

 

 

 やめてよ───────。

 

 

 わたしなんかに、やさしくしないでよ────────。

 

 

 そう、心の中で独り嘆く。

 

 

 「もう……………いい、です………………」

 

 

 呟くように発したその一言。

 しかし、お医者さんたちが聞くには十分すぎるほどだったようだ。

 

 

 「諦めるんじゃない!!キミはまだ、生きなければならないんだ!被害にあった彼のためにも…………そして、キミの大切な家族、友達の為にもだ!!」

 

 

 医者は横たわるひまりの肩を力強く掴み、叫ぶように訴える。

 全て聴き終わる頃には、彼女は虚の瞳を開けたまま意識を失い夢の中へと消えていった。

 

 何度も甦るあの日の記憶。

 積りに積もるあの日の後悔。

 ぐったり横たわり血に染まる彼。

 血に怯えるひまり。

 

 こうして拷問の形をした悪夢をフラッシュバックし、彼女の精神を蝕んでいく。

 数週間もこの生活を味わうと、食事もまともに摂取できなくなってしまった。

 無理矢理にでも喉を通そうとすると嘔吐し、腹部に激痛が走る。

 終いにはまともに会話することもままならなくなり、彼女は生ける屍と化した。

 ベットを起き上がらせ、その背もたれに腰を預け、ただじっと下を見つめ続けるただの屍。

 目からはハイライトが消え、目に映るもの、耳にすること全てに関心を持てなくなってしまったのだ。

 

 

 もう、どうでもいい。

 

 

 自分の命も、人生も、どうにでもなってしまえばいいんだ。

 

 

 彼女の空っぽの心に残るのはそんな投げやりな言葉だけだった。

 

 

 

***

 

 

 

 ひまりがいるのは、病棟の出入りが自由にできる "開放病棟" と呼ばれるところだ。

 他にも "閉鎖病棟" というものもあるが、彼女とは関係のないことなので説明は省く…………が、もし今後彼女が危険行動でも起こせば、『病棟を入れ替わる』なんてこともないわけじゃない。

 

 それほど、ひまりは今以上に危険な状態に陥る可能性があるということだ。

 

 しかし、今の彼女はと言うと、散歩と称して車椅子で外に連れ出させる事ぐらいしか動かず他はただ何もせずじっとしていることがほとんどだ。

 

 食事を取ることもない。

 お手洗いに行くこともない。

 口を開くことすらない。

 

 月日が流れていくにつれ、彼女はみるみる内に痩せ細っていき、熟睡できていないせいか、目の下のクマも濃くなる一方だ。

 必要最低限の栄養は全て点滴で補っているが、それに頼るばかりで一向に改善の余地は見られない。

 

 医師たちも全力で治療をしてはいるが、手詰まりになっていると言うのが現状だ。

 

 

 ─────コンコンッ。

 

 

 「ひまり〜。入るわよ〜」

 

 

 数回のノックと共にひまりと同じ桃色の髪をした女性が部屋に入る。

 彼女のお母さんだ。

 ひまりに対しにこやかな表情を見せると、部屋の窓を開け換気を行う。

 クーラーで涼まった部屋に流れる蒸し暑い風。

 ヒューッと吹くその風に彼女の長い髪を靡かせようとも表情が変わることは決してない。

 

 

 「それにしても、今日も暑いわね。クーラーの効いた部屋と行き来してたら風邪をひいちゃいそうだわ」

 

 「……………………」

 

 

 ひまりの母の笑い話にも反応を一切示さない。

 そこで彼女は思い切ったことを口にした。

 

 

 「今日ね─────蘭ちゃんが来るの」

 

 「…………………っ!?」

 

 

 これまで無表情を貫いていたひまりが、大きく目を見開いた。

 それに気づくことなく彼女の母は話を続ける。

 

 

 「あの子はいつも来る時は連絡をくれるの。蘭ちゃんだけじゃない。巴ちゃんも、つぐみちゃんも、モカちゃんもよ。みんなひまりのことが心配なのよね」

 

 「………………………」

 

 「あの子たちは口を揃えて言うわ。『()()()()()()()()()』って。ねぇ、ひまり。蘭ちゃんたちも、ひまりと話せなくてとても辛いのよ。だからお願い。今日だけでいいの。顔を見せるだけでもできないかしら?」

 

 「……………………ッ!!」

 

 

 ひまりの母がそう言い終わる頃には、彼女は何かに怯えるかのようにガタガタと震え出し、両腕を抑える。

 どうやら、まだその域に達するには早すぎたようだ。

 

 急変する彼女を、ひまりの母は宥めるように体を摩る。

 

 

 「ごめんなさい…………無理にとは言わないわ。ゆっくりでいい。私は、みんなは待ってるから。蘭ちゃんには私から伝えておくわね」

 

 

  数十分間、宥めたことでようやく落ち着きを取り戻し彼女は再び無に還る。

 幼馴染たちと会って話す。

 以前の彼女なら "()()()()()" にしていたことが出来なくなってしまっていたのだ。

 

 

 『葵くんをあんな目に合わせてしまったわたしに会う資格なんてない』

 

 

 誰が決めたでもないそんな縛りに彼女はずっと囚われている。

 彼女の心の闇が振り払われるのはいつになるのだろうか?

 

 

 

…………………………

 

 

……………

 

 

 

 世間の子供達が夏休みに入り、彼女はほんの少し変化を遂げた。

 しかし、それは決して明るく語れるものではない。

 

 それは幼馴染たちとの面会を一切拒絶したことだ。

 

 

 ひまりの家族も必死に模索し、何とかこの状況を打破しようと対策を講じてきた。だが、彼女は好転するどころか寧ろ苦しんですらいる。

 医師からは『今はそっとしておきゆっくりと時間をかけて治療していこう』と長期的な治療を提案され、家族もそれを呑んだ。

 しかし、決してひまりが悪いと言っているわけではない。

 皆も忘れているのではないだろうか?

 

 

 根本的な原因は、あの怨霊の仕業によるものだということを。

 

 

 だが、彼女は理解している。

 いくらそんな幻想を話したところで誰も信じてくれないだろう、と。

 今まで警察が何度も事情聴取に足を運んだが彼女はあの事件について言及したことは一度もない。

 思い出すだけで体中が震え出すほどの恐怖に襲われるのもあるが、何より彼女自身がわかってもらおうとすることを諦めている。

 それに、この世の理から逸脱した存在のアレをどう説明していいかもわからない。

 不幸の次に必ず幸運が訪れるとは限らない。

 

 悪循環は止まることを知らず、増水した川の水の如く押し寄せているのだ。

 

 

 そして、とある日の夜。

 病院内は明かりが落とされ皆が就寝に入っていた頃、ひまりはベッドからゆっくりと起き上がる。

 

 

 (…………………行かなきゃ)

 

 

 

 独りそう呟き、暗がりの廊下を歩いていく。

 人影は一切なく、誰かとすれ違うどころか話し声すら聞こえない。

 しんと静まり返った院内。

 それはまるで、今の彼女の "心" を映し出すような、冷たく、どこか哀しげに包まれたものだった。

 

 ひまりは止まることなく歩き続け、パッと明るい光が眩しい非常階段を一段一段踏みしめるように登る。

 エレベーターでは到達しえない、ある場所に──────。

 

 

 登り切った階段の先にある扉を開けると、そこには赤く聳え立つ鉄格子で囲われた広い空間があった。

 そこは、病院の屋上。

 鉄製の長椅子が数個あるのみで簡素的な作りになっている場所ではあるが、患者たちはあるものをみようとここへ来ることが多いという。

 ひまりもそれを見にここまでやってきたのだ。

 

 屋上の奥までゆっくりと歩み寄る。

 夏を迎えたばかりの外界は、夜といえど蒸し暑さが残り彼女の体からほんの少し汗が滲み出る。

 荒い息遣いを整えるように歩き、鉄格子の先が見えるところまでたどり着く。

 

 

 (………………………)

 

 

 彼女の虚の目に映るのは──────見事と言わずにはいられない美しい夜景だった。

 眩しいと感じないほどの光度でキラキラと輝く高層ビル。

 帰宅途中の車、疎らに散る人々。

 全てを一望できるこの景色に、人は必ず心を打たれるだろう。

 

 しかし、今の彼女にそのような感情が芽生えることはなかった。

 ひまりにとってこの景色はただそこに夜の街並みがあると感じるだけだ。

 

 虚無感とも言える感情が彼女の心に押し寄せる。

 

 

 (…………………何も、感じなくなっちゃったな……………)

 

 

 無表情で語るその心の言葉は静まり返った屋上に響くことはない。

 鉄格子からの夜景を見飽きたところで彼女は入り口へと振り返る。

 それと同時に、ポケットに入れていた携帯にあるネットニュースが載せられていた。

 

 それが、とある芸能人が死去したという内容だった。

 原因は不明。

 さっきまでごく普通に生きていたであろう有名人が死んだのだ。

 

 

 だが、このニュースを見ることで夜景を見ることで芽生えることのなかった彼女の心にある決心が宿る。

 

 

 (そうだ────もし葵くんがこの世からいなくなったら…………わたしも後を追おう。たくさんの思い出が詰まった、あの屋上(ばしょ)で─────)

 

 (思い出なんて、もういらない……………この悪夢から……………目覚めるんだ………………)

 

 

 独りよがりの決断かもしれない。

 

 あの怨霊と同じ、独善的な考えだと言われて当然だ。

 

 

 

 だが、それでいい。

 

 彼女がそう決めたのなら、咎めようがないんだ。

 

 

 だってそれが、彼女が現在(いま)を生きるための、唯一の縛りなのだから。




いかがだったでしょうか?

彼女はもがき苦しみ、とうとう闇に飲み込まれてしまいました。
決して楽になろうと考えてはいけません。
諦めるのは簡単でも、争うことをやめないでください。

幸せは必ず訪れます。


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