長い長い夏休み。
活気溢れる体育祭に文化祭。
いろんな行事が始まっては終わり、そして新しい行事の準備に取り掛かる。
それは季節にも言えること。
あれほど暑かった夏が過ぎ去り、紅葉が並木道を綺麗に彩る秋が訪れた。
クリーム色のベストからグレーのブレザーへ衣替え。
久々に袖を通す制服に懐かしさを感じつつも私の仕事が決して減ることはない。
今日も日菜先輩から無理難題が呈される。
「つぐちゃ〜ん!」
「は、はい!」
手を大きく上げ柔かに呼ぶ生徒会長。
学園の生徒代表とも言える日菜さんは突拍子もない提案をすることが多く、いつもまとめているのが私を含めた生徒会メンバーだ。
だけど、それが決して嫌だと思ったことは一度たりともない。
だって、日菜さんの案のおかげで学園全体が生き生きとしてるし行事だってみんな心の底から楽しそうにしているからだ。
日菜さん自身退屈なことが嫌いな人。
だからこそ、行事ごとにはこういった人が適任なんだと心底実感させられる。
そして今日。
どんな考えを持って何を話すのかドキドキである。
「な、何かあったんですか?」
私がそう問いかけると、日菜さんは満面の笑顔でこう告げた。
「今日の仕事は何もないし、帰っていいよ〜!」
「……………えっ?」
日菜さんの言ってる言葉の意味が分からず困惑する。
「あの、今なんて?」
「だーかーら!2学期の大まかな仕事は終わったから、何もない今日は早く帰っていいよーってこと!」
「えっ!?そ、そんなはずは……………」
私は胸ポケットに入っている予定表を見る。
いつもなら委員会議や資料作成で
つい、いつもの癖で来てしまったけど本当に何もやることがないみたいだ。
「ねぇ?何もなかったでしょ?」
「そ、そうですね」
わかりきっていた、と言わんばかりに笑みを浮かべる日菜先輩。
「なんで日菜先輩はここにいたんですか?」
「えっ?特に意味はないよ?」
「えっ!?」
「そんなことより、つぐちゃんは今日予定ないの?」
「予定、ですか…………」
今日の予定に目を通す。
表記は空欄だけど、生徒会の仕事帰りに葵くんのお見舞いに行こうと考えていた。
みんなも誘ってみたけど、それぞれが用事があって来れないから私一人で行こうとしていたのだ。
「今日は、その…………葵くんのお見舞いに」
「あー。彼、まだ病院にいるんだね」
「はい……………」
「なら、早く行ってあげなよ!鍵はあたしが閉めとくからさ!」
「ありがとうございます!すみませんが後のことはお願いします!」
「はーい!」
私は日菜さんに頭を下げて生徒会室を後にする。
***
一人で向かう病院までの道。
秋風がヒューッと吹き、落ちた紅葉たちが舞い上がりまた落ちる。
季節が冬に向かおうとしようが賑やかな街の様子は決して変わることはない。
高らかな笑い声を上げそばを通る賑やかな学生たちを見て私は羨ましく思ってしまった。
私だって、本当は──────。
口に出そうとした瞬間、その言葉を心の中で押し殺す。
ダメだ。こんなこと、絶対に言ってはいけない。
またあの頃のように戻りたいとは誰だって思ってる。
私だけが辛いんじゃない。
みんな平等なんだ。
「はあ、葵くんに合わせる顔がないなぁ…………」
誰かといればこんな弱きになることなんてないけど、一人きりはやはり暗く沈んでしまう。
まるで、私がこの世で一番辛いんだと言わんばかりに。
今更ながら、後悔に溢れている。
「今からでも遅くない、かな?」
私はそう呟き、蘭ちゃんに電話をかける。
……………やっぱり出ない。
続いて巴ちゃん、モカちゃんにもかけてみるけど全員出ることはなかった。
淡い期待を抱いていたけど、やはり無駄だったようだ。
(今日を逃したらまたしばらくいけなくなるんだ。暗い顔をしてちゃダメ!平常心、平常心!)
そう心に言い聞かせ病院へ向かう足取りを早める。
……………………
…………
病院に入り一通りの手続きを済ませると、私は一目散に葵くんの元へ駆け寄る。
機械音が鳴るだけの静かな空間。
まるで眠っているかのように、ベットへ横たわる葵くんの姿を見て自然と涙が零れ落ちた。
何度も見ている光景。
幾度と流した涙。
それらが「慣れ」になることは決してない。
いつ来ても同じような気持ちになってしまう。
「葵くん……………」
誰もいない廊下に私の声が響く。
もちろんその言葉に、葵くんが反応を示すことはない。
「私……………私ね……………」
ゆっくりと涙声で語りかける。
「
私は一呼吸おき、再び口を開く。
「葵くんは誰にでも優しくて、真面目で、時に天然で…………蘭ちゃんも姉としてすごく誇らしいんだと思うよ。知ってるかな?葵くんがいないところで、蘭ちゃんがよく葵くんの話をしているところを。知らないよね…………。いつも笑顔で、葵くんのことを褒めてるんだよ。何もない日にプレゼントを貰ったとか、二人で買い物に行ったとか…………。すごく微笑ましいと思う反面、妬ましいとも感じてたんだ」
「だって────ズルいよ。私だって、葵くんのことをたくさん知りたいし呼び捨てで呼ばれたい。もっと仲良くなりたい。別に恋人になりたいとは思わないよ。好きになってほしいとも思わない。ただ私は………あなたにとって、愚痴をこぼせたり、他愛もないことで喧嘩したり、他の誰とも違うそんな友達になりたかったんだよ」
蘭ちゃんは私たちとは違い血で繋がれた確かな関係。
それは、幼馴染という立場では到底及ぶことのない深い関わりだ。
何人たりとも立ち入ることのできない領域。
私が憧れたのはそれだ。
葵くんは優しすぎるあまり、誰と接するにしても遠慮気味になってしまうことが殆どでそこが彼のいいところでもある。
けど、それ以上でもそれ以下でもない。
あくまで "友達" としてだけの関わりだ。
けど、蘭ちゃん違う。
誰にも見せたことのない葵くんの姿を唯一知っている。
常に笑顔の彼の本当の姿。
彼女であるひまりちゃんだって知らないことを、蘭ちゃんは知っているんだろう。
いいなあ。
いいなあ。
羨ましさが心の底から溢れ出る。
「葵くんともっと話がしたい。もっともっとキミのことを知りたい。だからはやく…………帰ってきてよ…………」
そうして、私の目から大量の涙が零れ落ちる。
独り泣いていると、私の声が響く廊下に別の音が重なる。
誰かがこちらへ歩み寄る音。
潤む視界を拭い目を向けると、制服姿の幼馴染がそこにいた。
「つぐみ?」
「ら、蘭ちゃん!?」
唐突に現れたその姿に驚き声をあげる。
「な、んで…………!?」
「いや、時間ができたからお見舞いにきただけなんだけど」
「そっか、そうだよね。だって、お姉ちゃんだもんね」
「そうだけど……………あっ、そういえば、電話もらってたみたいだったけどどうしたの?」
「それが…………」
私が事細かに話すと、蘭ちゃんは親身になって聞いてくれた。
「そっか、なんかごめんね」
「ううん。私の方こそ、無理言っちゃって…………蘭ちゃんはどこに行ってたの?」
「あたしは─────ひまりの家だよ」
「ひまり、ちゃんの?」
もう半年近く会ってない幼馴染の名前。
その名を聞いて胸が締め付けられるような痛みが体を襲う。
「その理由を、聞いてもいいかな?」
真剣な顔でそう問いかけると、蘭ちゃんは私から視線を外し葵くんの方を見ながらゆっくりと答える。
「葵に─────伝えたかったんだ。今のひまりのことを」
「葵くんに?」
「うん。看護師さんとかひまりの両親に話を聞くだけで、今ひまりがどんな気持ちでどんな心境なのかあたしは知らない。だから、一刻も早く本人に会って話したいんだけど…………」
蘭ちゃんの握る拳に力が入る。
言わずとも、どうだったかなんてすぐに理解した。
「すごく近くにいるはずなのに、すごく遠くにいるみたい」
蘭ちゃんはそう呟き、葵くんのいる部屋の間にあるガラスにそっと手を添える。
「残り1メートル。いや、それ以上でも、それ以下でもあるかもしれない。あたしにとってそれが途方もない距離に感じるなんて…………とても信じられない」
ポツリポツリと話す蘭ちゃんの目から涙がこぼれ落ちる。
いつもそばにいた。
共に時を過ごしていた。
そんな存在がこのガラスという壁に阻まれ、葵くんが遥か彼方にいるような感覚になる。
ひまりちゃんもまた同様。
いつも私たちを支えてくれた。
共に笑い合った。
そんな彼女は今や、私たちの目の前に現れることなく独りだけの空間にいる。
はやく、あの頃の日常を──────。
そう願ったところで二人が帰ってくることは決してない。
けど、今の私にはそんなことしかできない。
二人の手助けになれない無力な私。
これほど自分自身をダメだと思ったことはないだろう。
隣で泣いている蘭ちゃんにどう声をかけたらいいかも今の私にはわからない。
だって、蘭ちゃんは私以上に辛い思いをしているんだから。
「蘭ちゃん…………泣かないで……………」
私は涙ながらそう声をかける。
背中をさする手は力無く、全くもって説得力がない。
私たちの他には誰もいない静かな空間。
流れる涙が枯れるまで、私たちは泣き続ける。
どれほど目が腫れたっていい。
弱気な姿を晒してもいい。
今度来る時に、それ以上の笑顔を見せることができればそれでいいんだと、彼はそう優しくいうに決まっているのだから。