少しは執筆が上手くなってると良いなぁ
あれからどれだけの時間が経ったんだろう。
もう何度も季節が移り変わったけれど、あたしたちの関係は変わらずにいる。
それは…………葵とひまりの現状も同じこと。
いくら時が過ぎようとも、あたしたちの時間はあの日から止まったまま。
それはまるで童謡の『大きな古時計』のように、17年続いた “時計" が今はもう動かない。
(いつも通りの日常は、いつになったら戻ってくるのかな……………)
早く元通りになってほしい。
そう願っているけれど、あたしにできることは限られている。
そして今、そのやれることをしに行くのだ。
「蘭〜、病院には甘くてあったかくなれる飲み物とかないのー?」
「自動販売機にカフェオレか紅茶があったはず」
「わーい♪」
モカは笑みを浮かべ喜ぶ。
「中も暖かいから冷たいのでもいいかもね」
「いやいや〜。どこであろうと、冬はあったかい飲み物が1番でしょ〜」
「まあどっちでもいいけど」
「もー、蘭は適当だなあ」
「それ、モカにだけは言われたくない」
「えへへ〜」
そうたわいもない話をしていると、葵のいる病室の前に着く。
相も変わらず静かな空間。
葵のいる部屋とあたしたちのいる廊下の間にある分厚いガラスにそっと手を当て、今日あった出来事を弟に話す。
「葵、今日も寒かったよ。もう0℃近くになったのかな?マフラーと手袋が欠かせないんだ。そういえば、体育のバスケで巴がダンクシュートしたの。運動神経がいいのは知ってたけど、あれ程までとは思わなかったなあ」
これがあたしの日課。
閉鎖空間にいる葵に少しでも外の光景を感じて欲しくて事細かに話している。
葵の耳には届いていないかもしれない。
もしかしたら目覚めるかも、なんて淡い期待すらない。
だけどこれが────この瞬間だけが、葵とコミュニケーションが取れる唯一の時間だとあたしは考えている。
返事がなくてもいい。
これはあたしがやりたくてやっていることなのだから。
「蘭〜。モカちゃんの近況も話してよー」
「モカ?モカは……………」
「うんうん」
「……………パンばっかり食べてるよ」
「それいつものことじゃーん」
「だって、本当のことなんだもん」
「さては何も思いついてないなー?」
「思いつくも何も、モカって寝てるかパンを食べてるかのどちらかじゃないの?」
「それ偏見〜」
「じゃあ他に何があるの」
モカは少し考えるそぶりを見せると、指でしていることを数えていく。
「うーんとね…………バイト行ったりー、ボーッとしたりー、漫画読んだりしてるよ〜」
「結局やってることは大差なくない?」
「蘭は酷いなあ。全部モカちゃんにとっては大切なことなんだよ〜」
「…………そうなの」
モカの感性は何年一緒にいようが分かることはない。
まあ、モカが変わってるだけなんだけどね。
「蘭は毎日ここに来てるのー?」
「うん」
「えー、大変じゃない〜?」
「別に、そんなことないよ」
「あーくんも蘭と毎日会えて幸せ者ですなー♪」
「ふふっ、そうだったら嬉しいかな」
「蘭ってば照れちゃって〜、ヒューヒュー」
「ちょっ、揶揄わないで…………!」
「あはは〜」
モカはあたしを揶揄うように笑う。
あまり表には出さないようにはしているけど、一人で来るとどうしても重苦しい空気になってしまう。
モカがいつも通りでいてくれるとあたしもいつも通りでいれるから本当に感謝している。
「あーくんとも、またお話ししたいねえ」
「うん」
どうやらモカもあたしと同じ気持ちのようだ。
「ねぇ、モカ」
さっきまでとは違って真剣な眼差しで彼女を見る。
「なーにー?」
モカはのんびりと返す。
「葵のこと、どう思ってるの?」
「え………………」
少し動揺したような表情を見せたあと、いつも通りの顔つきになり返事をする。
「もちろん好きだよー。モカちゃんの冗談にも付き合ってくれるしね〜。ラブ〜♡」
「そうじゃなくて、その……………
「…………………」
「葵に相談されたことがあったんだ。モカの揶揄い方が最近過激だって。あたしも、葵が何を言ってるのかわからなくてさ……………でも、葵から相談されることって珍しかったから真剣に聞いてたら、なんか、変な感じがしてさ」
「…………………」
「もしかして、モカって葵のこと────」
「言わないで」
モカが慌てるようにあたしの口を塞ぐ。
あまりに唐突な行動に度肝を抜かれる。
「も、モカ?」
「ここでその話はダメ。あーくんにはごめんだけど、話すなら別の場所がいい」
「わかった」
気持ちがまだ落ち着かないまま、モカに手を取られあたしは葵の病室を後にする。
……………………
…………
少し歩いたところにあるテラスには普段、患者さんやお見舞いに来た人がよく来るところだけど、今日は気温が低いからかここにいるのはあたしたちだけ。
屋上にも似たようなところがあるけど、ここよりは閑散としている。
曇り空の下、モカがあたしに一体何を話すのか到底知るよしもない。
「蘭〜、コーヒーでいいー?」
「うん」
葵の病室からここに来るまで無言を貫いていたモカから発せられたその言葉。
いつも通りすぎてむしろ拍子抜けといった感じだ。
モカは小銭を自販機に入れると、缶コーヒーと紅茶のボトルを押し、出てきたものの片方をあたしに渡してベンチに腰掛ける。
「ふぃ〜、温い〜♪」
「ありがと」
「どういたしましてー」
プルタブをカシュっと開け一口含む。
つぐみの家のコーヒーほどではないけど、十分に美味しい。
「それで、こんな寒いところまで来て話したいことって何?」
早速と言わんばかりにそう切り出すと、モカも紅茶を飲みながらゆっくりと答える。
「あたしはね─────あーくんが好きだよ」
「えっ!?」
「あーくんだけじゃない。蘭も、つぐも、ともちんも、そしてひーちゃんも…………みーんな、ね」
「なんだ、友達としてか」
「そりゃそうだよ〜。好きな人の彼氏を奪おうとするほどモカちゃんは悪い子じゃないよー?」
「だってモカが変な言い方するから…………」
「ごめんて〜」
モカの告白には驚かされたけど、やっぱりモカはモカだ。
深刻そうな顔をしていたから心配していたけど、何もなくてよかった──────
(なんて言うのは都合が良すぎる、よね…………)
幼馴染の嘘にあたしは騙されない。
「モカ」
「なあに?」
「もう、誤魔化すのはやめて」
「えー?別にモカちゃんは…………」
「モカ!」
「………………」
2人の間に沈黙の時間が流れる。
「…………上手く騙せてると思ってたのになぁ」
「やっぱり嘘ついてたんだ」
「別に言う必要もないなぁって思ってただけだよ〜?」
モカの言葉で今確信になった。
モカは、異性として葵のことが好きなんだと。
「どうして本人には伝えなかったの?」
「うーん、あたしとは釣り合わないって思ったからかなぁ」
「どういうこと?」
「ほらー、あーくんって誰にでも優しいよねぇ。小学校の時も、中学校の時も、そして今も、あーくんのことを嫌ってた人をモカちゃんは知らないなぁ」
「まあ、確かに」
「そんな人と、何を考えてるかわからないって言われてる人が恋愛で上手く行くわけないじゃーん」
「いやそんなことないでしょ。恋愛なんて、やってみなくちゃわからないよ」
「そんなことあるんだなー」
「なんでそう言い切れるの」
「だってあたし、中学の時にあーくんに告ってるんだもーん」
「え、えええ!?」
知らなかった。
2人にそんな過去があったなんて…………。
「あーくんから何も聞いてないんだ」
「当たり前でしょ!!」
「まー、あーくんの性格なら言わないよねぇ絶対」
「中学の時って、いつ?」
「んーとね、中2だったかな。あーくんにパンの買い出しに付き合ってくれてた時に『好きだよ』って伝えたんだ〜。まあ、振られちゃったんだけどね」
「葵がモカの告白を…………」
「その理由もね、『今のボク達の関係を壊したくない』だったんだよ。優しいあーくんならではの回答だよねぇ」
確かにその通りだと思った。
あたし達の関係は対等。誰が上とか下とかない。
それに、あたし達と葵は異性だ。
現実にでもあったように、当然恋愛感情だって芽生えるだろう。
万が一葵と誰かが付き合うことになったら、葵はその誰かを優先してしまう。
つまり、対等な関係が崩れてしまうのだ。
中学の時の葵はそれを懸念していたのかもしれない。
「でも、高校ではひまりと付き合ってるよね?その事について葵は何か言ってなかったの?」
「もちろんモカちゃんも突っ込んだよ〜。『あたしを振ってひーちゃんと付き合うんだー』ってちょっと意地悪にねぇ」
「いや、本当に意地悪…………」
「そしたらあーくんはなんで言ったと思う?『中学の時からずっとひまりちゃんのことが好きだったんだ』っていうんだよー?もう、あたしの入る場所なんてとてもないよ〜」
それも知らなかった。
中学校…………いや、小学校の時からいろんな女子に言い寄られていたのは、噂程度には聞いていた。
実際にはどうだったのかは葵のそばにいればわかることだった。
でも、葵の心中なんてわかるわけがない。
誰が好きで誰が嫌いだとか、人を不愉快にさせるような話を葵は決して話すことはなかったからだ。
葵は自分のことより相手のことを第一に想う人だ。
だからこそ、自分のせいであたし達の関係が壊れることを何よりも恐れていたはずなのに、今ひまりと付き合っていることには違和感を覚える。
「ねぇ、なんで葵はひまりの告白を受けたと思う?いくら好きだったからとは言っても、葵が付き合う理由にならないと思うんだけど」
「そうそこだよー!あたしとあーくんが釣り合わない理由は」
「えっ?」
「あーくんと同様にひーちゃんも良い子なんだよねぇ。弱音は吐いても人の悪口なんて言わないし、事実、2人が付き合ってあたし達の関係が壊れそうになったことすらないよねぇ」
「た、確かに」
「二人はラブラブ同士でも、あたし達のことも同じぐらいラブだったんだと思うよ〜。だからこそ上手くいってたんだろうねぇ。モカちゃんがもしあーくんと付き合ってたら、あーくんのことを欲張りすぎて今みたいにはならなかったと思うなぁ……………」
感慨深く話すモカ。
その瞳は少しばかり潤んでいた。
「モカ……………」
あたしはこの幼馴染に対して何も言えない。
いや、いう事はできない。
慰めたって、今の結果は変わらないんだから。
「さて、悲しいお話はここまでー!ところで蘭、今日は何日か覚えてる〜?」
「え、今日?」
あたしは携帯の電源を入れて今日の日付を確認する。
「12月24日。クリスマスイブ……………」
「せいかーい♪去年はみんなでパーティーして、楽しかったよねぇ」
「うん。そうだね」
「そろそろ、いいんじゃないかな」
「なにが?」
「ひーちゃんのことだよ」
「ひまり……………」
「もうモカちゃん達と半年以上も会ってない。そろそろ気持ちの方も落ち着いてくる頃じゃないかな」
「でも、ひまりは……………」
「あーくんもきっと心配してる。毎日ああやって蘭は話してくれてるけど、ひーちゃんのことは何も話さないんだから。ひーちゃんだって、あーくんのことが心配でたまらないと思うよ」
「でも……………」
「もーー!"でも" じゃなーい!」
モカはそう怒りあたしの頭をポカッと叩いた。
「ちょっ、なにすんの!?」
「くよくよしちゃ、メ!だよ。そんなんじゃ、いつまで経っても変わらない。ひーちゃんを救えるのは誰でもない、蘭だけなんだよ」
「な、なんであたしが…………」
「あーくんのことを誰よりも知っていて、誰よりも二人のことを大事に思ってるからだよ。あたしでも、つぐでも、ともちんでもない。蘭だから伝えられることもあるんじゃないかな」
「あたしだから、伝えられること─────」
「モカちゃんは早く "いつも通り" な日常を取り戻したい。その為にはまず、ひーちゃんと話すことだと思うよ」
「そっか……………そうだよね」
あたしは勢いよく立ち上がる。
「あたし、やってみる」
「おー。そのいきだよ〜♪」
くよくよするのはもうやめだ。
あたしは、あたしにできることを精一杯やってやる。
ひーちゃんが今どうなってるか、次回は必見です