蘭の心情も必見です
モカと外で話したあと、あたしはすぐにひまりの病室にはいかず再び葵の元へ向かった。
今からしようとしていることを、葵に伝えるためだ。
別に必要ないことかもしれないけど、あたしにとってはとても重要なこと。
葵に、ほんの少しでも勇気をもらいたかったらからだ。
「葵。何度もごめんね」
ガラスに手を添え優しい声で話しかける。
「…………モカはバイトがあるから先に帰ったの。忙しいはずなのに、お見舞いに付き合ってくれて本当に感謝してるよ。まあ、本人の前で言うの揶揄ってくるから絶対言わないけど」
葵の前だと包み隠さず話せている気がする。
別に、隠すこともないんだけど。
「それから……………えっと、その…………………」
モカのことを話しきってあたしは言葉に詰まったけど、すぐにそれを葵に伝えた。
「今から──────ひまりと会ってくる」
ハッキリと口にしたその言葉に葵が返事を返すことは決してない。
あたしはそのまま続ける。
「何度も聞いてきたことだよね。でも今日は違う。あれからもう半年以上経つけど、ひまりの顔どころか声もまともに聞いたことがない。もう、そんなのは嫌なの。あたしは1日でも早く、"いつも通りな日常" を取り戻したい!その為にはまず、ひまりと会って話すことが必要だと思ってる。もし会えなくても、話すことができればそれでいい。だから…………」
一度深呼吸し、息を整える。
「だからお願い…………葵。あたしに勇気をちょうだい。お願い、お願い……………」
ギュッと目を閉じ葵に懇願する。
何度も、何度も──────。
『うん!蘭ならきっと大丈夫だよ!』
「………………!?」
唐突の出来事にあたしはパッと目を開け、ガラス越しにいる弟を見る。
十数年も聞いてきたその声。
優しくかけるその言葉。
紛れもない、葵のものだった。
「葵…………葵なの……………!?」
もう一度その声を聞きたくて、あたしは前のめりになり葵を見る。
けど、機械の音が鳴るだけで葵が目を覚ました様子も、まして動いた様子もない。
今の声は、きっとあたしの妄想の中のものだろう。
けど、もう一度あの声が聞きたい。
そう思ったあたしはもう一度目を閉じた。
(葵…………聞こえる?)
返事は返ってこない。
何度も何度も弟の名を呼んではみたものの、再びその声が聞こえることは決してなかった。
けど、あの時はハッキリと聞こえた葵からの励ましの言葉。
『大丈夫!』
それがあたしに勇気をくれた。
「ありがとう、葵。あたし、頑張ってくるね」
葵にそう告げ病室を後にする。
次にここへ来る時は、ひまりも一緒の時だけだ。
***
ひまりの病室に向かう前に、あたしはまずひまりのお母さんに連絡を入れた。
面会するという話は夏休み以降全く口にしなかったが、ひまりの様子をお母さん経由でいつも聞いていたから電話するのもそれほど不自然じゃない。
数コールの後、電話がつながった。
『もしもし?蘭ちゃん?』
『あの、ひまりのお母さん。実は─────』
あたしは本心を打ち明けた。
今の自分の思い、気持ち、そして…………これからひまりに会いに行くこと。
全て話終わるまでひまりのお母さんは親身になって聞いてくれた。
涙ながらに話終えると、お母さんは優しい声でこう答えてくれた。
『ひまりをお願い』と。
どうやらお母さんも現状を打開しようと試行錯誤を繰り返してみたけど、上手くいってなかったようだ。
少しづつ話せるようにはなったけど、それでも外に出ようとはしたがらないらしい。
ひまりが負った心の傷はとても深いだろう。
そんな彼女を救えるのはあたしだけ。
モカから、お母さんから、そして葵から、あたしは託されたのだ。
『ありがとうございます。行ってきます』
お母さんにそう言い残し電話を切る。
もう、気にすることは何もない。
あとはもうやるだけだ。
……………………
…………
しんしんと降り続いていた雪がさらに強くなる様子を窓で眺めつつ、ひまりの病室へと向かう。
病院内は暖房が効いて暖かいけどあたしの手はとても冷たい。
何だかいつもより鼓動も早く感じる。
(あたし、緊張してるのかな…………?)
幼馴染に対してこんな感情を抱いたのは初めてだ。
いつもと違うから、これほど手が冷たく鼓動が早く感じるのかな?
半年以上会ってないのも理由の一つだと思う。
けど、もしひまりがあたしを拒絶したらと想像すると─────怖くてたまらない。
(あたしはもう覚悟を決めたんだ。できる、あたしならできる…………!)
心の中でそう言い聞かせ落ち着かせる。
ひまりの病室の前に来て少しは落ち着いたが、まだ鼓動は早いままだ。
一度大きく深呼吸する。
そしてもう一度、二度、心が落ち着くまで何度も何度も繰り返した。
(……………よしっ)
ようやく落ち着きを取り戻し、病室の扉をノックする。
「久しぶり、ひまり」
久しぶりに呼んだ幼馴染の名前。
けど、反応する様子はない。
「あたし、蘭だけど、入っていい?」
「…………………」
そう呼びかけるも返事がない。
だけど、そこにいるのはわかっている。
どこかひまりはまだあたしたちのことを遠ざけているように感じた。
「………………わかった。顔は見せなくていいから、あたしの話を聞いてほしい」
あたしは扉にそっと手を置き、葵に話しかける時と同じように話しを始める。
「しばらく会えなかったけど、ちゃんとご飯は食べれてる?睡眠はとれてる?」
「…………………」
まずは、ずっと気にしていたひまりの体調の話から。
どんな形であれ返事を返してくれたらそれでいい。
休む間もなくあたしは話を続ける。
「窓から外は見えるかな?雪がいっぱい降ってるから、もしかしたら積もるかもしれないね。モカなら『鎌倉を作ろー』何でいいそうだよね」
「…………………」
他愛もない世間話に対してもひまりが反応を示すことはない。
自分で言うのも何だけど、あたしは口下手だ。
葵やひまり、巴やつぐみみたいなコミュニケーション能力があるわけじゃない。
けど、今はそんなこと僻んだところで何も変わらない。
(もう、これしかない、かな……………)
ここであたしは話の内容をガラッと変える。
「ねぇ、ひまり」
仕切り直すかのように再び幼馴染の名前を呼び、さっきまでより優しい声で呼びかける。
「
「…………………!!」
葵の名を出した瞬間、部屋の中でガタッと何かが動いた音がした。
先ほどまでとは違う反応。
あたしはそのまま言葉を続ける。
「一度でいいから、葵に会って欲しい。あれからもう半年以上も経つけどよくなることはなかった。ずっと目を閉じたまま…………生きようと必死に頑張ってる。だけど、あたしがどれだけ声をかけても、葵は目覚めないの」
「……………………」
「葵を救えるのは、医者でも、あたしたち家族でも、モカやつぐみ、巴でもない。ひまりなの。ひまりが頑張れって声をかけてくれたら、葵はきっと目覚めると思う。だから、お願い……………葵に………………」
ひまりに言いたかったこと、葵に対して抱いていたこと、全てを打ち明けた。
あたしは膝をつき、目からは涙がポロポロとこぼれ落ち、声も震え途切れ途切れになりながら話した。
今ひまりが感情を抱いて聞いているかわからない。
けど、それがどんな感情だってあたしが不快に思うことは絶対にない。
それは葵も同じだ。
どんな形でもいい。
葵とさえ会ってくれれば──────。
「……………蘭」
涙を流すあたしの名を呼ぶ小さな声。
「ひまり………………!」
あたしは勢いよく立ち上がり、扉をあける。
真っ白で、どこか狭い空間。
その扉の先に幼馴染の姿があった。
「ひまり……………!?えっ……………!?」
その立ち姿にあたしは驚愕する。
顔はやつれ目の下にはクマができ、体も以前より痩せ─────いや、痩せたと言うにはおかしな程細く見えた。
キラキラと輝いて見えたエメラルド色の目にはもう光が灯っていない。
以前までのひまりとあまりにも違いすぎたのだ。
「ごめんね…………」
弱々しく謝るひまり。
「う、ううん。気にしないで」
「そこ、適当に座っていいから」
「わかった」
あたしはソファに腰掛け、ひまりはベットに座った。
「ひまり、あたし─────」
「いいの」
「えっ?」
「蘭の言いたいことは…………もうわかった」
「あたしの言いたいこと?」
「うん…………」
ひまりは俯くながら話を続ける。
「葵くんと会って欲しい。そして、声をかけてほしい。つまりは、そういうことなんでしょ?」
「う、うん」
「ごめん…………わたしには、それはできない……………」
「なんで……………!?」
前のめりに問うと、ひまりの目から涙がこぼれた。
「わたし………………葵くんに、みんなに合わせる顔が……………ないよ……………」
「そんなことない。あたしたちはひまりのことを悪く思ってなんかない。それは葵も同じ。だから──────」
「わたしは……………葵くんを置き去りにしたんだよ……………!?それで、葵くんは……………あんな目に……………!」
手で顔を覆い、涙を流すその姿はまるで自分を責め立てるような感じがする。
ひまりは決して悪くない。
そんなことはわかっているのに、彼女はそれを認めない。
逃げたと言う事実が、ひまりを苦しめ続けているのだ。
あたしはひまりにゆっくりと近づき、そっと抱き寄せた。
「ひまり。もう、自分を悪く言うのはやめて。葵も、きっと悲しむよ」
「葵くん……………葵くん……………!」
あたしはひまりが泣き止むまでずっとそばを離れない。
落ち着きを取り戻すまで、頭を摩り続けた。
***
「ごめんね、蘭……………」
「いいよ。気にしないで」
数十分泣いた後、真っ赤に目を腫らしたひまりは何とか落ち着きを取り戻した。
泣きやんでもあたしはひまりのそばから離れず、再度話を持ちかける。
「ひまり。今日これからなんて言わないから、みんなと…………話してみない?」
「みんな、と…………?」
「うん。ずっと、心配してたんだよ。ひまりの声を聞いたら、みんなも安心すると思う」
「…………何を話したらいいか、わからない……………」
「別に、会話する必要はないよ。ひまりの声を聞けるだけで、十分だと思う」
「……………」
ひまりはすごく悩んでいるようだった。
いきなり会うのは無理だとしても、みんなと話すことだってそうとう勇気がいることだろう。
しばらく考えてひまり は答えを出した。
「……………わかった。やってみる」
「ありがとう。じゃあ、電話をかけるね」
あたしは携帯の電源を入れて、Afterglowのチャットを開きグループ通話を開始する。
(みんな、気づいてくれるかな…………?)
少し不安だったけど、巴とつぐみはすぐに気づいてくれた。
『蘭ー?どうしたー?』
『蘭ちゃんが電話をするなんて珍しいね』
少し遅れてモカも通話に加わる。
『蘭〜。どうしたの〜?』
『いや、ちょっとみんなに聞いて欲しいことが…………ってモカ、バイトは?』
『だーれもお店に来ないから暇でーす』
『モカ〜、サボりは良くないぞー?』
『えへへ〜。蘭の話を聞いたらすぐ切るよ〜』
『それで蘭ちゃん。聞いてほしいことってなに?』
『その、あたしからじゃないんだけど……………』
『なんだ〜?』
『ドキドキですな〜』
あたしは携帯をスピーカーにして、ひまりに渡す。
ひまりは、一度深呼吸してゆっくりと口を開いた。
『……………みんな』
『『『……………………!?』』』
その一言に全員がひまりの声だと気づいたようだ。
『ひまり!?』
『ひまりちゃん!!』
『おぉー。ひーちゃんだー』
嬉しそうにみんながひまりの名を呼ぶ。
『…………ずっと連絡できなくて、ごめんね……………』
『気にしないで!ひまりちゃんが元気ならそれでよかったよ』
『ひまり〜!アタシは心配してたんだぞ〜!』
『ひーちゃ〜ん。モカちゃんはひーちゃんの声が聞けて嬉しいよぉ』
各々がひまりとの久しぶりの会話を喜んでいるようだ。
ひまりから携帯を渡され、これ以上の会話は難しいと察したあたしはひまりの代わりに話をする。
『みんなも思うところがあるかもしれないけど、また面会は難しいと思う。ひまりの気持ちの整理がついてから、また集まろう』
『わかった!』
『うん!待ってるよ』
『モカちゃんも〜』
『それじゃあ、そういうことで。モカ、バイトがんばってね』
『は〜い』
そう言い残し通話を切る。
横で聞いてたひまりは、どうやら浮かない顔だった。
「みんなの声を聞いて、どうだった?」
「……………………」
どうやら、反応に困っているらしい。
「………………どうしたらいいか、わからない……………」
「そうだよね……………でも、少しずつでいい。ひまりのペースでいいから、いつか必ずみんなと会おう」
「………………うん」
ひまりは力無く頷いた。
今日は、本当にいろんなことがあった。
モカと話し、葵と話し、ひまりのお母さんと話し、そしてひまりとも話すことができた。
あたしは、葵との約束を果たすことができた。
けど──────まだ終わりじゃない。
冬が必ず終わり春が来るように、葵もひまりもまたいつも通りになる日がきっと来る。
あたしは必ず二人を救ってみせる。
いかがだったでしょうか?
少しは復活の兆しが見えたかな?という感じです。
次回はひまり視点の話になる予定です。
最後に、評価、感想お待ちしてます