必見です
あれからどれだけの月日が流れただろうか。
Afterglowのみんなとも、もう随分と顔を合わせていない。
この墓場のような空間でできることはただ一つ。
ボクは磔の状態にされてから絶えず殺人鬼と話を続けている。
"話" というのは尽きないものだ。
これまで過ごしてきた17年間を話すとなると何日、何ヶ月貰っても足りない。
それほどボクの人生はとても濃く充実していたということだ。
「さて、これでボクが16歳に経験したことの全てを話したけど、何か訊きたい事はあるかい?」
「………………………」
そう尋ねると宙に浮く女性はぶっきらぼうな顔でボクを見ていた。
「…………どうやらないようだね。そろそろキミの話を聞きたいんだけど、話す気にはなったかな?」
「……………………チッ」
彼女は小さく舌打ちし見るからに苛立っていた。
「おい、お前」
「なに?」
「
彼女が指差す方、ボクの体を見ると異常なほどに痩せこけていた。
手足はほんの少し力を入れたら折れてしまいそうなほど脆く、体も肉なんてないんじゃないかと疑うぐらいに細くなっていた。
そう、ボクはあれから一滴の水も一食分の食事も取っていない。
人は水を3日、食事を7日以内に摂取しなければ生きなれないと言うけれどここが現実世界じゃないからかな?
ボクは対して苦しむこともなく平然としていられた。
「
「そうか。まあ、その体ではどうすることもできないな」
「どうすることもって…………磔にされてる時点でボクはジ・エンドだよ」
「それもそうだな」
「全く、キミには敵わないよ」
ボクはわざとらしく首を振る。
「ところで、そろそろ話の続きをしてもいいかな?」
「いいや。もうお前の話はいい。ここからは、私の時間だ」
彼女はそう言い指を鳴らした。
無音の空間にその音が響き、突如彼女の手元に刃渡り10センチほどのナイフが現れた。
「現実の世界では既に半年以上もの時間が経過した。医者たちも治療を続けているがなんの進展もしていない。だから少し、
女性はそのナイフをギュッと握り、刃先をボクに向ける。
「お前がこの世界で死んだら現実世界のお前も死ぬが、もしこの世界で傷を負えば現実世界でも同じ傷が浮き上がる。例えば─────」
女性は腕を引きナイフをボクの脇腹に突き刺す。
「ぐっ……………!?」
あまりの痛みに耐えかねて口から血を吐く。
睨みつけるように女性を見ると、ボクの血がついたナイフを見て狂喜の笑みを浮かべる姿が目に入った。
ううん、これら笑みなんて生やさしいものじゃない。
ナイフと血、そしてボクをみて恍惚としているその様はもう "異常者" と言う他ない。
「まさか、ここまでするなんて……………思わなかったよ」
「クククッ。もう貴様の顔を見るのも話を聞くことも飽きた。1週間もすれば死ぬと思っていたが、お前は1ヶ月、3ヶ月、半年と生き続けた。実に忌々しい…………!」
「ははっ、この空間のおかげかな」
「その余裕をこいた笑い方も腹が立つ!!なんなんだキサマは…………私をイラつかせやがって!!」
女性はそう言い再び腕を振りかぶり、今度は右肩にナイフを突き刺す。
「ぐっ……………!!」
「そうだ、苦しめ苦しめ。私が味わった以上の、苦しみをな!!」
彼女は発狂し、次々とナイフをボクの身体目掛けて突き刺した。
痛い─────気を失ってしまいそうだ。
流れ落ちる血で真っ白な空間が、返り血で女性が赤く染まる。
10回と差したところで女性は乱れた息を整えるかのようにナイフを引き、ボクを見る。
「はぁ、はぁ…………どうだ?もう死ぬのか?死ねよ。死んじまえよ、なあ!?」
朦朧とする視界には額に青筋を浮かべ、怒る異常者の姿が目に映った。
プルプルと握ったナイフが揺れ、髪もぐしゃぐしゃになり目も血眼になっている。
「……………ああ、そうだ。冥土の土産にオマエに見せてやろう」
女性は指を鳴らすとモニターが映し出され、霞む視界を凝らす。
そこに映るのは、病院のとある一室。
ベットの上に横になっているのは間違いない、ボクだ。
そこにはお医者さんや看護師さんが必死にボクを助けようとしているふうに見てとれた。
音声もつけてやろう、と女性は言い再び指を鳴らす。
『先生!腕や足から出血を確認!とても止まりません!』
『なんだこれは…………一体、彼の体に何が…………!?』
『今すぐ手術室に!』
『い、いやダメだ!!原因もわからないのにメスなんて入れられない!』
『ではどうすれば!?』
『とにかく出血は圧迫して抑えて、心拍数と血圧は電気ショックで対応だ!』
『『はい!!』』
どうやら彼女の言っていたことは本当らしい。
ボクの体は今とで危険な状態だということがよくわかった。
しかし、お医者さんたちが困惑するのも無理はないだろう。
何もないところからまるでナイフが刺さったかのような傷が浮かびあがり大量出血を引き起こした。
モニターの映像が移り変わり、病室の窓に手を当て泣き叫んでいるAfterglowのみんなの姿が映る。
蘭、モカちゃん、つぐみちゃん、巴ちゃん、そして────ひまりちゃん。
画面越しではあるけれど、随分と懐かしい顔ぶれを見て心の底から "嬉しい" という感情が溢れて傷が少しだけ癒えた。
「どうだ?気に際に見る幼馴染たちの顔は」
「そうだね、できればこんな形で再開するのは嫌だったかな。ボクは "いつも通り" のみんなを見たかった」
「クククッ。だがもう、思い残すことはないだろう」
「ボクが殺される前に一つ聞いていいかな?」
「だから、もうオマエの話なんか─────」
「キミはこれからも、ここで人を殺し続けるんだね?」
僕が本当に訊きたかったこと。
それを彼女にぶつけてみたが、狂気に満ちたその表情が変わることは決してなかった。
「ああ、もちろんだ。幸せに満ちた者どもを踏み躙る。それが私の存在する意味だ」
「そっか……………それは、とても残念だよ」
「言い残したいことはそれだけか?」
「ああ。もう、十分だ」
「ようやくこの時が来た」
彼女はナイフを捨て、指を鳴らすと見覚えのある大鎌を取り出す。
「これはまた、随分と物騒なものを出してきたね」
「覚えているか?あの時、貴様の喉を掻っ切った鎌だ。これで今から貴様を殺す」
大鎌をボクに向けた後、思い切り振りかぶる。
「じゃあ───────死ねぇ!!」
大鎌はボクの体めがけて一直線に来る。
その瞬間、両手首を縛っていたロープから手を抜け出し、その場にしゃがみ込み間一髪のところでそれを回避した。
大鎌はボクを磔にしていた立木に突き刺さる。
「なにっ!?」
驚く彼女の顎に目がけて拳を振るう。
弱々しい細腕ながらも、急所をきちんと当て必殺の一撃となった。
彼女はそのまま真っ白な床に叩きつけられ、ドンっと鈍い音が空間の響く。
「流石に、足首までは抜けないか…………」
立木に刺さった大鎌を抜き、足首を縛っていたロープを切り立木からゆっくりと降りる。
「ねぇ、生きてますか?」
床に大の字で仰向けになり、ぴくぴくと小刻みに動くだけの彼女は返事を返さない。
試しに顔をつついても嫌がるそぶりを見せないから、きっと脳震盪でも起こしているんだろう。
「あなたの力がないと、ここから抜け出せそうにないから気絶されても困るんですけど」
「な………………ぜ……………」
彼女は微かな声でボクの細腕を指す。
どうやら、縄を解いた方法を聞きたいらしい。
「これかい?実はと言うと、
「はぁ………………!?」
「昔モカちゃんから借りた漫画にね、糸で縛られたキャラクターが自分の関節を外してそれを解いたシーンを思い出したの。だけど、それだけでは抜け出せそうになかったから体を細くすることに決めたんだ」
できることならこんな手段はできれば使いたくなかったんだ。
本当は "対話" によって平和的に解決したかったところだけど彼女はそれを拒み続けた。
挙句、ナイフでボクを刺しボクを殺そうともした。
最後の最後まで頑張ってはみたものの、憎悪や怨念の塊である彼女を変えることは不可能だったみたいだ。
実に残念。
しかし、もう他に方法はない。
今ここで彼女をどうにかしなくてはまた悲劇は起こり続けるだろう。
残された手段は一つ。
力による制圧だ。
「立場が完全に変わってしまったようだね……………痛ってて」
大鎌を彼女に向けると同時に、全身に激痛が走る。
体中から血が流れ、着ている服もボロボロで真っ赤だけど不思議と立っていられる。
「………………それで、仕返しを、する気か………………?」
「まさか。仕返しなんて真似はしないさ。だけど、それ以上のことはするつもりだよ」
「それ以上の…………こと…………?」
「ああ。確か、こんな感じだったよね」
彼女のそぶりを真似て、頭に思い浮かべたものを強く想像し指をパチンと鳴らす。
そうすると、手元にあるものが現れた。
「それ、は……………」
「フランスパンだよ。もちろん、ただのフランスパンじゃないけどね」
掌でポンポンとパンを当てると、パチンっパチンっと波の硬さでは出せない音を出す。
イメージした硬度は鉄かそれ以上。
鈍器と言うに値するものへとなっていた。
「それで………………どうする、つもりだ……………?」
「どうするって、決まっているじゃないか」
ボクはそう言い、フランスパンを振りかぶる。
「キミに─────乱暴するんだよ」
振りかぶったフランスパンを仰向けで倒れる彼女の頭部目がけて力一杯振るう。
すると、鈍い音と共に彼女は、ウッとうめき声を出す。
「まだまだ。こんなものじゃないよ」
ボクは休むことなくひたすらフランスパンで殴打する。
刺された傷の痛みなんて感じることなく、無抵抗な彼女に対して一方的な暴力を振るう。
思えば、ボクは怒りを感じたことはあれど相手を殴ったり、痛めつけるようなことは一度たりともなかった。
それは相手が傷つくし何よりボクもそんな度胸がなかったからだ。
"我々が苦痛を我慢すればするほど、残虐性はいよいよ強まる" という言葉は今まさにボクの為にあるようなものだろう。
どうしても、彼女のことを許せない。
ボク自身はどうだっていいけれど、蘭やひまりちゃん、大切な友人や家族を一方的に傷つけたことへの怒りは増すばかりだ。
何十回も殴打した今でもそれが治まることはない。
「くそっ……………!くそっ……………!くそっ!!」
彼女を殴るたび、今度はボクの目からは涙が流れてきた。
これは怒りとはまた違う感情。
彼女を本当の意味で救えなかったことへの後悔、悔恨──────もう、ボクの心の中はグチャグチャだ。
「どうして、あんな方法しか思いつかないんだ」
横たわる彼女に問う。
「きま、っている………………憎いからだ」
なんとも彼女らしい言葉。
「貴様こそ…………なぜ、こんな愚行な手段に出た」
今度は彼女がボクに問う。
「キミが……………心底憎かったからだ」
本心から出たその言葉。
こんな酷いことを言うのは後にも先にも彼女だけだろう。
それほどに彼女のことが大嫌いだからだ。
「くくくっ……………貴様も、私と同じ、だな」
「……………うん。そうだね」
「もう、殴られるのは勘弁だ。私は、貴様の前から姿を消す。時期にこの空間から抜け出して現実世界に帰れるだろう」
「そっか」
「もう、貴様の前にも姿を出さない。約束しよう」
「とても信用できないけどわかったよ。もし次に同じようなことをしたなら、今度こそキミを許さない」
「ああ。だが忘れるな。貴様ら人間が存在する限り、私という "闇" が消えることは決してない。そのことを、肝に銘じておくことだ」
彼女はそう捨て台詞を吐き、突如としてたさ姿を消すと同時に空間と同じ色の扉が現れた。
「ようやく、全てが終わったんだ」
張り詰めていた空気から解放されて、ふぅーっと息をはき肩の力が抜ける。
「やっと、みんなに会えるんだ!」
そんな期待を胸に扉を開け前へと進む。
最後に一つ言いたいことがある。
よかったら聞いてほしい。
人は誰しもが妬み、人の不幸を願う生き物だ。
それらのことは決して悪いことじゃない
寧ろそれこそが人間の本質だといってもいい。
怨恨や醜悪といった負の感情が具現化して誕生したのが "彼女" だったんだろう。
しかしだ。
いくら恨みが募ったからといって人に手をあげることは間違っている。
自分が人の幸せを勝手に奪っていいと履き違えてはいけない。
なぜなら、不幸なのは自分自身だけではないからだ。
人は誰しもが苦悩を抱えて生きている。
大きいこと、小さいこと、その数も計り知れない。
だが、『自分の悩みなんてちっぽけなものだ』と開き直り前へ進むことができる人が幸せを掴むことができるんだ。
あなたは負の感情に押しつぶされてはいませんか?
何があろうと "闇" に飲み込まれてはいけない。
それに巻き込まれるともうあとは染まっていくだけだから。
"彼女" のような存在をもう二度と出さないためにも、あなたには強い信念を持って生きていってほしい。
だからどうか──────自分自身に負けないで。
次回、最終回になります。
約4年間の集大成。読んでいただけると嬉しいです