「わぁ!おきゃくさまだぁ!!」
「違うんだよ!仲間なんだよ!!」
「やったあぁぁぁ!」
「ええい離さんか、邪魔じゃ邪魔じゃ!!」
うっとしそうに飛びついてくる子供達を引き離しては投げ捨て引き離しては投げ捨てを繰り返す。
今いるのは先程の玄関とは違いジンや子供達が生活するための建物であり、ここら辺までくれば植物もしばしば見え始め外観はいくらかマシになっている。
生活して行く分にはさほど影響はないだろうとは思うが、このまま居ても環境が好転する事はまずありえない。どうにかここら辺の土地をどうにか復活させない事には。
将来の事をすでに考え始めた信長の元に、元気いっぱいの子供達がはしゃぎながら自分をアピールする。こんな場所に来る物好きはいないのか、客人──仲間ではあるが知らない人に興味津々と言ったところだ。
「ジンさっさと行くぞ!」
「ま、待ってくださいぃぃ!」
「バイバイお姉ちゃん!」
「またあそんでねぇぇぇ!!」
子供の元気は興味がある限り尽きることは無い。これ以上いれば黒うさぎと合流する気力すら無くってしまうと予見した信長は強行突破してジンの腕を掴む。
右手を強制的に引っ張られ体制が崩れるも、腕を掴まれている影響で転倒することは無くどうにか歩く事ができている。千鳥足のように歩幅はバラバラで自分の意思で歩いているとは言えないが。
「少し元気すぎるな」
「まぁみんなも見た事のない人に興奮しているだけですから、時期慣れてくれますよ」
「別に攻めているわけじゃない。子供が元気なのはいい事だ。子供は風の子、縦横無尽に遊んでこそ子供と呼べる。
それでもあんなに耳元でギャーギャー騒がれたら堪らんわ」
「そうですか」
信長は口ではそう言っているが僅かに微笑んでいるのをジンは見ていた。
(まだ分からないけど、この人は僕達の知っている織田信長じゃないのかもしれない...性別から違う時点で当たり前か、ハハっ)
噂と言うよりも織田信長の伝説は色んな意味で伝えられている。神を信じず、力のみを信じ、暴虐武人の限りを尽くす人間でありながらの魔王。
一生関わる事など無いと思っていたから深くは考えては来なかったが、どこか気難しく少しでも機嫌を損なえば殺してくるような人物だと思っていた。
だが、実際に会話して横を歩けば、纏う雰囲気こそ他人を寄せ付けようとしないが、時折見せる笑みは女の子らしく見蕩れてしまう。これが恋ではないと信じたい──絶対違うとジンは心の中で何度も念じる。
織田信長は一人の女性であり人間性に溢れている普通の人である。
「どうしたそんな所で立ち止まって、早く行くぞ」
「すみません考え事をしてて、あっそっちじゃなくてこっちです」
「なにィ!それを早く言えジン、危うく恥をかくとこじゃったわ!」
すでに取り返しが使いなんだよなとジンは心の中で呟く。一人勝手に進み真逆の方向から急ぎ足で信長が戻ってきて、先導を開始する。
失態を取り返そうと急ぐその姿は本当に魔王になる存在なのか疑問を抱かずにはいられなかった。
数十分歩き続け建物に入りどんどん進みとある部屋の前で止まる。
扉は木材で作られていて模様は一切ないシンプルな仕様で、唯一あるのが金のドアノブだろうか。
それでも信長に取っては初めて見る物にほかならない。
「これが西洋の扉...ほほう障子とはまた違った開け方みたいじゃな......ジンよどう開けるのだ?てか、開けて見せてくれ!ワシ胸が高鳴って仕方が無いぞ!」
「待っててくださいね、えっと確か......」
ジンは自分の服のポケットに手を突っ込み銀色に輝く鍵の束を取り出す。鍵先は全てが別々でありながら区別のための印はどこにもない。
それでもすぐに一つの鍵に決めドアノブよ真ん中に空いている鍵穴へと差し込む。
右に一回捻りガチャと音が鳴ると鍵を抜き、ドアノブを軽く回して扉を開く。後ろでは興奮の声が聞こえるが今は無視だ。
そこの部屋は基本的に黒うさぎとジン以外が入ることの無いように鍵を設けられた数少ない部屋で、剣や斧などの武器が大量に床に転がったり壁に立てかけられていたりしている。
その一角に丁寧に畳まれて置かれている布の類がある。
「あそこに服があるので好きなのを着てください」
「うむ、ご苦労」
ここまでの案内を労い上着をなんの躊躇いもなく脱ぎさり一糸まとわぬ姿になる。
「ひゃっ!なな何で今脱ぐんですかぁ!」
「服の上から服を着ろと言うのか?いやそれとも西洋ではそれが当たり前に」
「違いますよ!僕が言っているのは、何で僕がいるのに脱ぐんですか!」
「ん?ワシの身体に恥ずかしい場所など無いから、隠す道理もない」
それを胸張って誇れることなのかどうかは置いておき、信長の羞恥心の欠如した行動にジンは顔を真っ赤にして慌てて顔を背ける。
素っ頓狂な声を上げるのは普通なら女性の立場であり男があげるなど余りない。先程普通の女性と言ったがそれはすぐに撤回する事になる。
顔を逸らしているジンを尻目に一人畳まれている衣類と睨めっこを始める。
「ふむ...おいジン、ここにある服だけか?できればこの素材と似たようなやつがいいんだが」
脱ぎ捨てた上着を拾い上げ差し出す。
ジンは目を隠した状態で受け取り素材の質感などを確かめるために数秒触ってから、似たような素材がどこかにあったような気がするなと思い出す。
「これは確か...えっと、ここら辺に」
薄れた記憶を頼りに衣服の山を掻き分けて探していく。和服、洋服、スーツなどばかりが見つかり目的の物が見つからない。
あれれ?ここにないのかな?と思い始めた時、綺麗に折りたたまれた目当ての物を見つける。
それはいつからあったのかジンは知らないが、外の世界で言うところの軍服との事だ。自身の力を誇示するために統一されたデザインに、数々の模様や刺繍にボタンなどがあしらわれた服だ。
やっと見つけられたと安堵した直後、とある問題が浮き彫りになる。
「見つけましたよ」
「そうか、それでは着て......これブカブカすぎぞ。ワシ用のは無いのか」
「あっ、そっか...すみません。ここにあるのは基本的に大人用で、他のはみんなで着ちゃってまして」
「大人用だと、ワシも大人じゃ!酒も飲めるぞ!」
「サイズの話なので、それと仕立て屋に出すのでサイズは後で変更できるんですが、今すぐにはちょっと...」
むむむむ。頬を膨らませ不貞腐れた様子で両手を組む。素直に可愛いなと思ったが、頭を左右に振って思考を落ち着かせる。
とは言えだ、何も着ないのも着ないで問題であり、いい加減裸でいるのも寒くなってきたので何かしら着たい。
軍服のデザインは信長自身でもかなり気に入っていて、これ以外考えようがないほど惚れ込んだ。
「......そうじゃ、着れないなら着なければいいんじゃ!ワシってばマジ天才」
適当に転がっていた黒の無地のTシャツを着て、ズボンは裾を引きちぎって丈を合わせる。そして、肝心の軍服の上衣を羽織るように肩にかけ、ボタンでシャツと繋げ合わせる。
まじ完璧と自画自賛を繰り返しながらクルクルその場で何回か回る。
服は風になびくようにふわりと舞い上がり、信長へと馴染んでいくのが分かる。
「いやーまじワシ可愛すぎるわ、何でも服が似合ってしまう。是非もないよネ」
「確かに」
純粋にお世辞を抜きにしてもその完成し尽くされた美貌は凄まじい。それこそ、その美しさから三大美女と讃えられている、彼女らに肩を並べてしまう程に。
ただ、信長の余りにも乙女らしからぬ性格によって残念美人になっている事だ。その点を抜けば美人と呼ぶこと人が増えることだろう。