死して尚生を求める者よ 作:ビートカヤック乗ってみたい
「……俺の努力が無駄になったな」
「聴きましたよ〜。実験体ザムドを止めるために、階段を駆け上がったんですって?一体何段あったのやら」
「あそこにはエレベーターを付けるべきだな。おかげで筋肉痛だ」
爪の手入れをしながら、南大陸自由圏極東自治区総指揮官である垣巣凍二郎は皮肉げに笑ってみせた。
総指揮官であるが為に、動くことが少ない垣巣には少しきつい運動であったのは確かだろう。地下深くから上に上がる巨大なザムドを追いかけ、何十何百ともある階段を駆け上がったのだから。
「あら。少しは隊員と混ざって訓練でもしてはいかが?良い運動になりそうですけど」
「遠慮しておく。当分は動きたくはないのでな」
ふぅと息を吐いて呆れたような表情を浮かべるタレ目の美女補佐官、ブロイ・スカッキ。
手に持つ資料をペラリと捲って、それはそれとしてと話を続けた。
「あの実験体ザムド、持ち逃げされちゃいましたけど……どうします?部隊でも派遣しましょうか?」
つい先日の事だ。実験体ザムドが地下研究所から脱出し、候補生らの奮闘によって足止めするも、新たなザムドによって防がれ文字通り持ち逃げしていったのは。
浮かべるのはあの黄色い体色をしたザムド。青色も混ざったそれは、今までのザムドとは少し違っていた。
ヒトガタとは違う、バケモノ。その核であるヒルコを神と崇めるテシクの民出身である研究者、汗馬礼蔵はヒトガタのヒルコを偽物、ザムドは本物だと言っていた。
ヒルコはジバシリと呼ばれる者達が、戦争地域にて死んだ市民達から取り出したもの。つまり魂のようなもので。それを取り入れたザムドは確かにヒトガタとは違うだろう。ヒトガタのヒルコは作られた存在なのだから。
いや、そんな事は垣巣にはどうでもよかった。今はスカッキの質問にどう答えるかだ。ただ答えはすでにでているが。
「いや、放っておけ。汗馬博士によると、研究はザムドなしでも続けられるそうだ。必要なのは確か緑心石とかいう石らしい」
それに、と続ける。
「あの人の形をしてないザムド、戦闘力はザムドの中でも群を抜いている。派遣しても殺られるだけだろう」
「じゃぁ何もしないんです?」
垣巣はスカッキの言葉に頷く。
そうだ、何もしない。
「巣を張った蜘蛛が、わざわざ逃げ出した獲物を巣を放り投げて取りに行くか?行かないだろう?」
「……中佐がそうお決めになったのなら、良いんですけどね」
スカッキはまた軽くため息を吐いて、次の報告書へと目を通した。
〝あ゛ー。疲れた。オマエの母さん重すぎな。ごめんね。本当だよ……ま、故郷に返せなかったのはオレの責任だけど。いいの、あのばしょからぬけだせただけで。そりゃ助かる〟
一人で二役をするように話すザムド。大きな翼を広げて、鉤爪がついた脚を実験体ザムドの両脇に付けて運んでいる。
尖端島の極東自治区から見事に連れ出したザムドは、もうすぐ活動を停止しそうになる実験体ザムドを安息の地へ運ぶ為に移動していた。
〝もうコイツらは体力の限界だ……実験体にされながら良くここまで耐えたな。うん、おとうととかぁさんはがんばった。偉いな。えらいえらい〟
人の数十倍もある実験体ザムドは、人より少し大きいぐらいしかないザムドが運ぶのには少し苦労する。いくら飛ぶのが得意なザムドと言えども、限界は来るものだ。
そもそも、思考を停止させているのか徐々に実験体ザムドは石化していっている。このままだと彼女らまで巻き込まれて石化してしまう。
〝アソコなんかどうだ?うん、いいね。だろ?自然もあるし空気も美味そうだ……動物いるかはわからんが〟
穏やかな丘しかない島。木々はあるが、ポツポツとしかなく閑散としている。多分だが昔人間達が住んでいたが、どっかに移住したのだろう。
尖端島から飛び始めて数日。超怪力であり飛行速度が飛行艇よりも速いザムドとはいえ、休まず飛んでいれば疲れるもの。
島の上に着き、少しだけ小高い丘のの上。見晴らしのいい場所に実験体ザムドを置き、その隣に降り立つ。羽ばたきによって起きた風が、周りの動物達を怖がらせた。
〝結構いるもんだな、動物。これなら寂しくねぇだろ。うん、ありがとう。どういたしまして」
ザムドから人間へと戻った少女は、実験体ザムドの傍に座り込む。そこから海を眺めて、ほぅと息を吐いた。
「もう、だいじょうぶ……やくそくどおり、このからだはあなたにあげる。良いのか?うん、もういいの。そっか……でもまぁ、オマエの身体だ、完全に乗っ取るわけじゃねぇよ……起きたかったら起きろよ……あとオレが寝たら起きろよ」
うんと少女は笑い、約束だぞと少女は眉を潜めた。
側から見れば支離滅裂な言動。けれど本人達にとっては重要な事で、彼女らの間で交わした約束事。
少女の願いを叶えれば、身体はあげる。
願いとはもう一度母に会う事。それはザムドになったとはいえ、もう一度会えたので達成している。だからこそ彼女は身体を明け渡す。身体の中に潜むヒルコに。
「じゃぁ、おやすみ」
少女が、目を閉じる。
「あぁ、おやすみ。ナツキ」
そして、瞼を開けた。
「そして、おはよう。オレ」