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アメリカのとある収録スタジオでは最近公開された映画の裏話や各国の公開記念で赴いた話を出演女優たちが繰り広げていた。
主演女優はもとより名わき役、端役でも光っていた俳優などを揃えての大掛かりなものだった。
大御所女優がメガホンを取っての初監督作品という作品と女性、マイノリティーバッシングをはねのける意味合いのものでもあったからかもしれない。
照明は煌々と当てられて俳優たちを存在させていく。
それは一瞬を切り取るよりも、より身近な瞬間を重ねるためのように演出している。
その中に聡明さと気品、優美さを兼ね揃えた東洋系女性が相槌を打ちながら共演者の話に耳を傾けていた。
一旦、ある俳優の話が終わってくつろぎつつ、司会が次へと移るために喉を潤した。そのタイミングを見計らって、監督が口を開いた。
「“それでコトの演技はまるであたかも経験していたようだったけれど、どうなの?”」
「“聞きたいわ! コトと共演して私は魅力にハマったんだから!”」
「“オレ、耳塞ぐから。話終わったら教えて”」
コト──瞳子は一瞬、心の中で動揺した。
進行ではこんな話は無かった──瞳子が話すのは日本人として海外で演劇をしていく苦楽だった。でもそれを覚られないように笑みを見せて、少しだけ考える素振りをする。
「“そうですわね、一緒……ではありませんが、あります”」
それだけで終わればよかった。
コトは、多くを語らない。でも百面相のように演じることで最近映画界オーディションでも知られるようになった。
「“じゃあ……? 心に刻んでしまった人、刻まれて離さない人が居るのね?”」
その言葉を、コトをオーディションで抜擢した人に聞かれたら肯定に近い表情が出てしまうのはまだまだ未熟だからだろうか。
スタジオを出て考えるのを今日のこと。
自らやってしまったことは今後にどう影響するか、考えなしなところがあったとは思う。それでも瞳子は良いとは思えている。これまで頑張ったのだから区切りをつけて自分を甘やかして、これからの第一歩を歩めばいいのだから。
そうしているとずいっとペンが差し出される。少しだけ眉を顰めて持ち主を見やる。
「“コトっ! サインと一緒に写真撮って!”」
「“こっち向いて! どこに行くの?”」
光あふれる町並みから車に乗りこむ前の瞳子を様々な声が呼び止めている。ペンを差し出した持ち主もその中の一人だった。
今日の収録は一部がネット公開されているからもしかしたらそれを観て駆け付けたのかもしれない。
瞳子の言葉が、経験が誰かの勇気になったのだろうか、と自信にもなった。
ペンを返してもなおも聞こえる声があった。
それはマイノリティーだからかもしれないが、瞳子を世界の入口にたどり着けたと思わせてくれる。
また、気を引き締めるものでもあり、肯定してくれているようなものでもあった。
それは先に日本のショービジネスを経ずに、オーストラリアにヨーロッパの演劇学や舞台を学び、下積みを経験していた。
たまたまショービジネスの考え方やこれからのことを共有できるエージェントと知り合えたことが、今回の映画のクレジットありの脇役として出演出来た。
でなければ、瞳子は舞台だけに固執していたかもしれない。口角が自然と上がるのを感じた。
「“コト、分かっていると思うけど……一週間後、来月には舞台の練習の顔合わせだから帰って来てくれなきゃ困るぞ”」
瞳子が期待とともに違った想いを抱いて笑ったと思ったエージェントがミラー越しに警告にも似た懇願をしてくる。
「“分かっていますわ。十数年ぶりに帰国するって言っても、この現状で私が放り出すとは思われるなんて心外ですわ”」
これも一つの演じるべきものだと瞳子は考えている。だから相応しい態度と顔をしてエージェントを睨む。知っているエージェントは肩をすくめて、希望に満ちた満面の笑顔をミラー越しに送ってくる。
「“ほら、着いた。お姫様? 愛し君と再会して、リフレッシュしてきてくれよ”」
「“お姫様だと言うならば、ドアを開けるものではなくて? それと優お兄様の結婚式に参列だけですわ”」
「“はいはい、分かった分かった”」
エージェントが開けたドアから優雅に下り立つ瞳子の心はすでに日本に旅立っていた。
それでもエージェントと並び歩き、一週間後からのスケジュールを再確認していく。
二人並ぶと親子ほどの身長。
元々西洋人は身長が高い。
持って生まれなかったものはどうしようもない。持っているもので勝負をすると“愛し君”との逢瀬で決めた。
違った視線、姿勢を手にしたおかげか、海外のショービジネスで生き抜いてこれるようになった。
気がつけば、舞台やこれまでの映画のエキストラ扱いの端役とも言われる役でも瞳子は、まるで一つの人生を生きていると言われていた。
今では、将来が楽しみな名わき役として名を少しずつ知らしめていた。
それもこれもエージェントが言った“愛し君”のお蔭でもあり、瞳子の努力ゆえの実力でもあった。
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陽射しが柔らかく差し込む館内では、優雅で気品あふれる女性たちが話に花を咲かせていた。
本日の主役たちの話から、参列客やこれまた女性特有のゴシップ。
一つ花が咲けば、もう一つつぼみが開き、さらに違った花が咲く。
夏の盛りだというのに、まるで春のようで祥子はうんざりしてくる。
それでも実母の清子、柏木のおば様、松平のおば様が同席しているので容易に席を立てない。化粧直しを口実にしようかと考えてみるものの、先ほど使ったばかりだったと思い出して心の中で眉間に皺を寄せてしまう。
「そういえば今日は瞳子ちゃんは参列するのかしら?」
話が祥子の妹の妹──孫の話になった。空咳でもしようかと思うけれど、それはそれで関心を引いてしまうことを祥子は知っている。そ知らぬふりをしてカップに口をつける。
「ええ、もうすぐ着くと思われますわ」
松平のおば様がおっとりと答える。
子どもよりも祥子の方がおば様と顔を合わせる機会ばかりが増えていく。可愛がってくれるし、こうしてサポートもしてくれるが少しだけもやもやとした感情があった。
それもすぐに霧散していく。
「ごきげんよう、お姉さま」
「ごきげんよう、祥子。ご挨拶が遅れました、おばさま方。柏木のおば様、おめでとうございます」
急ぎ足でやって来たのか、少しだけ額に玉の汗が浮かんでいる蓉子はまだ着替えていないようだった。
祥子は案内がてら輪の中から抜け出す口実ができたことが嬉しかったし、久方ぶりの積もる話を得たことに感謝もした。
「それでは一旦、私たちも中座させて頂きますわね。ごゆっくりなさってくださいまし」
どうやら柏木のおば様に松平のおば様、母も席を外す口実を窺っていたようだったと気が付き、祥子の顔がさらに柔らかくなる。
蓉子とささいなことを会話し、会場内にある程度視線を巡らして探し人を見つけようとしてみるが見つからないことに落胆を覚えた。
「まだ来ないわね。どう考えても聖の遺伝子が入り込んだようね」
蓉子が出した名前にむっとした祥子は聞こえなかったふりをした。