「……ほう。これはスゴいな」
ナザリック地下大墳墓 第二階層〈屍蝋玄室〉の前に立つNPCを眺めた山羊の頭の悪魔は目を細めた。
「これがあのダンジョンのボスキャラの真祖がベースとはね」
「一応あの姿にもなれるけどね。やっぱロリ美少女でしょ」
得意そうにバードマンが胸をそらす。悪魔はNPCのデータを開き唸る。
「……素晴らしい! さすがはエロ大王の異名をもつペロロン氏だ! こんな設定はなかなか思い付かないな」
悪魔──ウルベルトの賛辞にペロロンチーノの翼がバサバサと羽ばたく。
「──だが、甘いな」
ウルベルトはペロロンチーノの正面に立つ。
「このNPCには足りないものがある。それは……吸血鬼らしさが欠けているんだよ」
「……吸血鬼らしさ?」
「うん。そうだな……例えば『鏡に映らない』だの『日光が苦手』だの『十字架やニンニクに怯える』といった伝説を設定に加えるべきだとね」
ペロロンチーノの頬が紅潮する。
「いいですね、それ。ウルベルトさん、もっと教えて下さいよ」
「あとは『家人の許可を得ないと家の中に入れない』とか『流水だと沈んで溺れてしまう』位かな?」
「面白いっすね。早速設定に加えてみます。もっともNPCは拠点の外には出れないから意味ないかもしれないっすね」
ペロロンチーノは嬉々としてシャルティアの設定に書き加えていく。その時、一瞬だけシャルティアの瞳が山羊頭の悪魔を睨んだ事には誰も気がつかなかった。
◆
「じゃぐじい、でありんすか?」
シャルティアは興奮しながら説明するアルシェの言葉に首を傾げる。
魔法少女大戦の会場があるローブル聖王国の首都ホバンスに用意された参加者向けのホテルに付属したスパに朝から行っていたアルシェとニニャに強引に連れられて来たシャルティアは小さくため息をついた。
「……まあ、お風呂は嫌いではないでありんして、その『じゃぐじい』とやらも試してみんしょう」
シャルティアは浴場の一角の手すりで仕切られた場所に来た。既に湯に浸かっているドラウディロンが手を振って挨拶してきた。
シャルティアが手すりをつかんで湯に浸かるとたちまち水流が吹き出しあっという間にシャルティアの姿が消える。
「!!!!」
鉛のように浴場の底に沈んだシャルティアは水流に流され排水口に挟まる。
ギュギュギュ…………スッポーーン!
シャルティアは排水口を抜けて下水道を流れていくのだった。
「……なにが……ガボン! ヒュッ! なにが起きてる? グボボボ! あっ! ガボン! ガボン!」
シャルティアは足掻くが身体が重く、すぐに沈んでしまう。
どうやら水が流れている限りシャルティアにはどうしようもないようだった。幸いながらアンデッドなので沈んで溺死する事はないのだが、水流は治まる様子はなく、ひたすら流れていくのだった。
──すべてはあの男、ウルベルトのせいだ。
シャルティアは苦々しく思う。あの時わが主ペロロンチーノ様に余計な事を吹き込まなければこんな災難にあう事はなかったのだ。
「……あぶ! ウルべるっ! アゲボ! コボッ! ゴボボボボ!」
シャルティアはひたすら流されていく。
途中で大きな配管から大量の排水が流れ込む合流ポイントでシャルティアは排水の渦に巻き込まれてしまう。
──なんなの! このヘドロの様な排水……そして耐えられない。この臭さ! 何故私がこんな目に……くそくそくそ!」
ヘドロは容赦なくシャルティアの体にまとわりつく。おそらく魔法製品の製造過程で出た不要物なのだろうか。シャルティアはただただ鼻と口を手で覆いながら流されていく。
──そもそもスパにさそわれなければこんな事には……そうか。アルシェか。あの娘、私に恨みを持っていたのでありんしょう。理由はわからないが……もしかしたら何かあったのかもしれないでありんすな……
シャルティアはだんだん落ち着きを取り戻してきた。
──流れが納まらない事には私にはどうしようもないでありんす。こうなったら現実逃避とやらで乗りきるでありんす。
『現実逃避』──かつてペロロンチーノが日常の三分の一を費やしたという、究極の時間の過ごし方でありかつ、万能の護身術。
シャルティアは目を閉じて静かに記憶を辿る。かつてアインズに椅子の替わりとして腰掛けられた至福の時間を思い出す。
「……くふふ。はアインズ様……んんんん……ハァハァハァ……んっく…………んんんんんんん……」
シャルティアは悶えながら流れていくのだった。
◆
熱が覚めてみるとただ、虚しいだけだった。
シャルティアは相変わらず流されていた。水流はいまだ変わらず、シャルティアにはなすすべがない。
「……そうでありんす。アルベドがヤツメウナギとさけずんでおりんしたが、あの姿になれば泳げるんではないでありんす? 試してみる価値はあるのでは……」
シャルティアは考える。……どうしたら真祖の姿になれるか?
『血の狂乱』を発動させるには浴びるような量の血液が必要である。しかし、下水道にはただでさえ生物がすくなく、かつ、シャルティアは流されていて何も出来ない。
……駄目か。
シャルティアは潔く諦めるのだった。
それから長い時間が経った。シャルティアは依然として流され続けている。
ふと、シャルティアは周りの様子に見おぼえがある事に気づく。同時に愕然とする。
どうやらシャルティアが流されている下水道は円を描くように繋がっているらしい。つまり、シャルティアは永遠に流されていく可能性があるのだ。
ふやけてしまった両手を胸に組み、シャルティアは祈る。ナザリックから早く救援が訪れる事を。