人生イージーモード   作:EXIT.com

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第14話

 まさかの再会だった。

 

 一色いろはちゃん。

 亜麻色のセミロングの髪の毛は手入れが行き届いており、部室の蛍光灯の光ですらわかるほどツヤが出ていた。

 彼女がひたむきに自分を磨いてるのだと一目でわかる。

 あの大泣きしてた少女がこんな素敵で可愛い子になるとは、誰が予想できただろう。

 でもあの時のママさんもかなり美人だった。あのママさんの面影と一色ちゃんとが重なって思い出せたのだろう。

 

「揉めた事。ね。っとそろそろ時間だな。」

 

 ふと時計を見ると最終下校時刻が迫っていた。皆にそれを伝えとりあえず場所を変えようと俺たちは帰り支度を始めた。一色ちゃんが「私もお手伝いします」と言ってくれてカップやポットを洗いに行ってくれた。

 戸塚君は奉仕部を気に入ってくれたみたいで「また来るね!」と言いぱたぱたと帰って行った。彼はまさしく天使だった。八幡も隣で彼の背中を見つめている。きっと桃源郷が見えているのだろう。

 

「もぉ~!ヒッキーもハル君もさいちゃんにでれでれしすぎ!」

「由比ヶ浜。戸塚は天使なんだぞ?それがわからんとは人生損してると言わざるを得ない。」

「八幡、人生語る気持ちはわかるが、ほどほどにな。」

「なんか人生でてきた! もぉ~! ねぇねぇゆきのん~。二人になんか言ってやってよぉ!」

「そうね、彼にはきっとネコミミが…うふふ。」

「ゆきのん!?ネコミミだったら誰でもいいの!?」

 

 結衣のツッコミが冴える。ユキも楽しいのかわざとやってるみたいだ。またおねだりさせてみよう。

 俺はニヤリと悪い顔をした。

 

「なにかあったんですかぁ~?」

 

 一色ちゃんが帰って来たが、状況の説明が正直めんどくさい。

 俺と八幡が天使に見とれて結衣がそれにぷりぷりしてユキがそれを揶揄った。なんて言おうものなら絶対こいつも張り合ってきゃるんって仕草してくるのが目に見えてる。それは部室に入った時のこんにちはの声と俺を呼んでる時の声に違和感がありすぎる事から予想できた。つまりめんどくさい。

 だから俺は「いつものことだよ」と答えた。

 

 八幡は結衣を送らせる為に帰らせた。八幡は「なんでだよ」と文句を言っていたが結衣が上目遣いで「…ダメ?」と、強制という名のお願いをしたら「…ったく、ほれ、いくぞ」と顔を赤らめて陥落した。

 結衣が強烈なのか、八幡がちょろいのか。“やはり彼女のお願いを彼は断れない”なんだか薄い本ができそうだ。

 

 ユキの車の迎えが来て見送った後、俺と一色ちゃんは下校途中の喫茶店に寄って話す事にした。

 席に座り、注文を済ませる。お互い向かい合う様に座ったが、彼女は恥ずかしいのか少しもじもじしている。

 

「一色ちゃんはどんな事を聞いたのかな?」

「わたしサッカー部のマネージャーやってるんですけど、他のマネが揉めたって事を話してるの偶然聞いたくらいで内容は何にもしりません。」

「そうか、じゃあ葉山君に聞かなかったのは何故だい?」

「…葉山せんぱいが普段と違って…なんだか暗かったので、話しかけれませんでした…」

「ふむ、じゃあ普段はそういう質問にちゃんと答えていたって事か?」

「普段は…いえ、今思い返せば全部はぐらかされてる気がしますね…」

「一色ちゃんは葉山君の事が知り――」

「柊せんぱいちょっといいですか?」

「あ、あぁ。どうしたんだ?」

「一色ちゃんって柊せんぱいに呼ばれるのがすごく違和感あるんで、い…いろはって呼んでくれませんか?」

 

 違和感はもちろん俺にもあった。過去に出会った時に、ほんの数時間だけだが彼女の事を名前で呼んでいたのだろう。俺は彼女の目を見て「いろは」と呼ぶと、彼女は顔を赤くして「…ひゃぃ」と俯いてしまった。

 俺もかなり恥ずかしいし、顔も赤くなってるだろう。しかし俺はそのまま続ける。

 

「それで、葉山君の事が知りたいのか?」

「はい。どうして暗いのか分かれば葉山せんぱいに近づけると思うので。」

 

 俺はいろはに「俺の主観が入るけど」と前置きした上で事実だけを話す。

 陰口を叩く奴と思われるのは心外だし、先に布石を打っておく。

 

「なんで怒鳴ったんですか?」

「一生懸命頑張ってる友達を蔑ろにされたと感じたからだ。」

「葉山せんぱいはそんな事しないと思うんですけど…」

「それは葉山君の目的ではないからね、そんな事ができる奴じゃない。」

「じゃあなんで…」

「三浦さんがテニスしたいって言いだして、口論になりそうだったから“丸く収めようと”したんだろ。」

 

 いろはが人差し指をつんと唇に当てて「ん~」と考えている。

 

「葉山君は、自分のまわりでイザコザは起こってほしくないんだろうね。どんなくだらない内容だとしてもだ。」

「あぁ~。それなんだか分かる様な気がします。ほら、わたしって可愛いじゃないですかぁ、でも他の女子マネと同じ対応してくるんですよぉ。それって聴いたのと同じ様に争いが起きるのを避けてるって事ですよね?」

「そうだね。根本のとこは同じだね。」

 

 いろはが少し剥れてる様な気がしたが“可愛いわたし”を演じてるのか見え見えなので放置しよう。

 

「わたしが可愛いって部分はスルーですか!?わたしを可愛いって認めてくれるのは嬉しいですけどまだ再会して数時間しか経ってないので初対面に近いです数年の時間を埋めるのはもっとじっくりふたりで埋めたいのでちゃんと気持ちを込めて言ってもらっていいですか。ごめんなさい」

 

 よく噛まずに言える事に感心する。

 それよりも内容なんだが、何言ってるか分かってるのだろうか?再会できて嬉しいからわたしと二人の時間作って下さいって言ってるんだが?でも彼女はかわいいし、そこに触れてあげてもバチはあたらんだろう。腹筋背筋に力を入れ、気持ちを込めていざ――

 

「そうだね、可愛いよ」

「えっ。あ、あありがとうごじゃいましゅ……」

「そこ噛むのかよ!」

 

 いろはがぽんこつなのはさておき。

 

「たしかに友達がバカにされたりするのはわたしもイヤですねぇ~。」

「わかってもらえて何よりだ。三浦さんも戸塚君に謝りに来てくれたからね、彼女とも仲良くできそうだ」

「あの…葉山せんぱいは謝ってないんですか?」

「来てないね。まぁ今日の話だし何か考えてるんじゃないか?…まぁ来るとは思ってないけどね」

「…そうですか。」

「彼が戸塚君に謝るって事は“丸く収める”って事を否定するって事だし“テニス部の練習を妨害した”事を認める事になる。彼にはできないよ」

 

 いろはが寂しそうな表情で俯く。それはそうだろう。経緯はどうあれ、憧れてた人の本質を見てしまった。

 微妙な空気が二人に流れて来た事もあり、俺達はその場で解散となった。

 

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

 

 わたしは家に帰ったあとベッドでもんもんと考えている。

 

 わたしがほしいものはなんだったんだろうか。

 わたしは葉山せんぱいに認められたい。素敵で可愛い一色いろはである事を認識してほしい。サッカー部のマネージャーとしてだけでなく、後輩でもなく、ひとりのわたしとして見てほしかった。

 その為に柊せんぱいに話を伺いに行って、いつのまにか放課後デートの様な事をしていた。

 柊せんぱいは葉山せんぱいほど知名度が高くないけど、やっぱり有名っちゃ有名でそんな人と一緒にいる事を認識してしまったわたしは、喫茶店の席で顔を真っ赤にして悶えてしまいそうになるのを抑えていた。

 あれ絶対ばれてる。

 

「柊せんぱい…」

 

 あの人は葉山せんぱいとは真逆の人だ。葉山せんぱいはなんというかアイドルみたいな人。みんなに等価の愛情を振りまいて決して受け取らない。だからこそわたしはそれを求めた。

 でも柊せんぱいは――なんというか…ベースとか弾いてる人っぽい。ベースの音って音楽聴いててもほとんど聴こえない、でもバンドやってる人からするとベースは必須みたい。『聴きたい人だけ聴けばいい』ってベースの音が好きな人はみんな言ってた。わたしにはよくわからなかった。

 

「なんであんな事言ったんだろ…」

 

 きっと柊せんぱいには伝わってしまった。『この関係で終わりたくない』って事が。『また会いたい』って事が。

 葉山せんぱいに認められたい。この気持ちは恋じゃない。柊せんぱいを知りたい。この気持ちはきっと――

 

 気付いたら朝でいつもよりよく眠れた気がする。

 起きて、シャワー浴びて、ご飯食べて、いつものわたしを作っていく。鏡を見て今日も可愛いわたしをチェックして、さあ登校!

 

 ――クラスで「おはよぉー♪」ってあいさつして。

 みんなの反応は、まぁ悪くない。女子は相変わらず敵ばかりだけど、そんなの知らない。

 

 ――授業はマジメに受ける。

 当たり前。遊んでる風に見られたくないのもあるけど、やる事はやらないとね。葉山せんぱいは学年総合2位だし。

 

 ――お昼休み。

 そこそこ仲のいい友達数人と机を囲んで「いただきます」ショッピングに連れて行く“荷物持ち君”が声掛けてくるから可愛いわたしで上手くあしらっておく。わたしとでかけれるご褒美の効果はばつぐんだ!

 

 ――そして放課後。

 ホームルームが終わって、葉山せんぱいに会いにサッカー部に――

 

「こんにちはぁー。」

「あら、一色さん。いらっしゃい。」

 

 行かなかった。

 

「雪ノ下せんぱいしかいないんですね。ほかの先輩方はどうしたんですか?」

「えぇ、ハルは今日はアルバイトで来ないわ。由比ヶ浜さんと比企谷君はそろそろ来るんじゃないかしら」

「そうですか…」

 

 わたしは残念だと思った。それが顔に出ていたのか見破られたのか雪ノ下せんぱいに「ハルに会いたかったのね」と言われてハッとした。

 

「いえいえ!そんな事…ないともいえないです…」

「ふふっ。せっかく来たのだし紅茶でもいかが?」

「いいんですか!ありがとうございます。」

 

 美味しい。すごく美味しい。雪ノ下せんぱいの淹れる紅茶の虜になりそう。むしろここに来る理由にできる。

 わたしが目的を忘れて紅茶を味わっていると「やっはろー!」と元気よく由比ヶ浜せんぱいが入って来た。

「こんにちはぁー」と返すと「あれ?いろはちゃん来てたんだぁ、ハル君は今日は来ないよ?」と言われた。

 なんでバレてるし!そんなにわたしわかりやすいのかなぁ…

 

「はい。昨日のお礼をちゃんと言いたくてお邪魔しました。」

「あれ?でもいろはちゃんサッカー部だよね?あっちはいいの?」

「あー、えー、それはですね。アレです。マネージャーは沢山いるので私は今日は休みなんです。」

 

 嘘ではない。きっと。多分。

 

「へぇ~そうなんだ。じゃあさ。この後さいちゃんのテニスの練習付き合うんだけど一緒にやらない?優美子も来るって言ってるしさ。」

 

 三浦せんぱいが!?一体どういう事だろうか。三浦せんぱいと言えば1年生の間でも有名で、葉山せんぱいの傍にずっといる人だったはず。それがどうなってテニスの練習に付き合う様になったんだろう。

 

 確かめたい。

 

 それに雪ノ下せんぱいも由比ヶ浜せんぱいも、綺麗で可愛くてファンが相当いるお方だ。わたしも自分には自信あるけどお二人には敵わない部分が沢山ある。この人達を知る事でわたしがほしいものに近づける気がする。こういう時の女の勘はわたしは疑わない。

 

「じゃあ。せっかくなんで見学させてもらいます。」

 

 そのまま奉仕部でジャージに着替えてテニスコートへ移動した。

 そこには制服姿の比企谷せんぱいが、ジャージ姿の戸塚せんぱいと三浦せんぱいの試合形式の練習をスマホで撮影していた。

 

「ヒッキー!おまたせ!」

「こんにちは、比企谷君」

「こんにちはぁ~」

「おう…ってなんでお前がいるんだよ。葉山せんぱいはいいのか?」

「はい。由比ヶ浜せんぱいに声かけてもらって見学に来ましたぁ」

 

 比企谷せんぱいは「そうか」とだけ短く返して撮影に集中している。

 

「さいちゃんの足大丈夫かなぁ…」

「戸塚が大丈夫って言うんだからやらせてみるしかないだろ。一応、今日一日気にしてたが、違和感はなかったぞ。」

「そう、ならいいのだけれど。念のためにテーピングをしておきましょう。」

 

 なんかすごい…サッカー部でもこんな会話聞いたことない。しかもこの人達はテニス部よりも部員っぽい。

 試合をしてるお二人もすごく楽しそうで。なんだか羨ましい。

 勝負は三浦せんぱいが勝ったみたいで、ベンチ付近に戻って来た。由比ヶ浜せんぱいが「はい!優美子。さいちゃん」と素敵な笑顔でタオルを渡して。雪ノ下せんぱいが「戸塚君。足を見せて頂戴」とテーピングを始める。

 比企谷せんぱいは撮影した動画を見直してテーピング中の戸塚せんぱいとなにやら話してる。

 

「一色。サッカー部は?あんたここでなにしてるし?」

「こんにちは。三浦せんぱい。テニス練習の見学に来ましたぁ。」

「あんたがここに来るなんてね、いっつも隼人に近づこうとしてたのに、どしたん?」

「えーっとですね…うん。柊せんぱいに会いに来たんですけど…いらっしゃらない様だったので…」

「あーわかったし。隼人がちょっとわかんなくなったって感じっしょ?それあーしも同じだし。」

 

 よくよく話を聞けばクラスでも様子がおかしかったらしい。いつも近くにいる三浦せんぱいがそういうのだから疑う余地はない。

 

 先輩方の話を聞いて私は考える。

 わたしは葉山せんぱいに認めてもらいたくてサッカー部に入った。でも葉山せんぱいは自分の世界から出てこないし、誰もそこに入れようとしない。このまま頑張り続けても“一色いろは”は空回りするだけなのは目に見えてる。

 

 それならば、わたしをちゃんと見てくれる可能性を模索するのが最適解ではないだろうか?

 少なくともこのままサッカー部の優秀で可愛いマネージャーを続けるよりかは何倍もマシに思える――いや。マシだ。

 

 わたしは自分の意志で決断した。迷わない。

 

「雪ノ下せんぱい。」

「なに?一色さん。」

 

「わたし、奉仕部に入りたいです。」

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