人生イージーモード   作:EXIT.com

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第16話

「それであーしを呼んだって事ね。」

「そうだ。三浦さんも無関係じゃないからね。意見を聞きたい。」

 

 放課後の奉仕部で昨日の話の続きが始まった。正直俺は葉山のことなんざどうでもいい。職場見学は戸塚と一緒にいけるからな。俺に声をかけてくれる戸塚は天使だ。天使にお誘いを受けて断るという選択肢は俺にはない。天使と一緒に巡る職場は天国だろう。迷える子羊、つまり俺をを救済すべく下界に舞い降りて…

 

 あれ、俺死んでないか?

 

 ちなみに職場見学の希望欄に“家”と書いたら平塚先生に小突かれた。

 将来の職業が専業主夫で何が悪い。

 

 春仁はぷんぷんしてるが、その内収まるだろう。春仁がぷんぷんしてるのは由比ヶ浜が嫌がってるからだ。金髪縦ロールこと三浦がこの状況に一石を投じる事に期待して、俺は手元の本をペラっとめくる。

 雪ノ下も今は読書をしている様だ。

 一色はまだ来てない。むしろ来なくていい、煩いから。

 

「ひーらぎ、何もすんなし。これはあーしらの問題だし。」

「優美子。それでいいの?葉山君は話してくれなかったんだよ?あたしあんなのやだな…」

「あーしはユイと姫菜の3人で仲良くしてると思ってるし、仲良くしたい。隼人達の事まで気にする必要ないし。」

 

 なるほど。三浦は葉山グループを見限ったのか。

 彼女は自分達3人と、男子4人は、別グループだ。と線を引いたのだろう。それもそうだ、チェーンメールなどで誹謗中傷をしている可能性のある連中と、仲良くできる人などいない。

 

 俺も雪ノ下も読書をやめて耳を傾けていた。

 

 ギスギスする様な、欺瞞だらけの関係ならいっそ破壊してしまえばいいと俺は思う。でもそれは簡単ではないのだろう。三浦がグループに固執してるのがいい証拠だ。

 今までは葉山の7人グループと思っていたが、葉山と三浦が近いだけで3人と4人が一緒に見えただけだった。って事か。

 

「結衣はどうしたい?」

「あたしは…もうあの4人とはムリかな。」

 

 春仁が問い、由比ヶ浜が答える。このやり取りだけでも信頼関係がある事が分かる。

 

「ちょっち待ってて、姫菜連れて来るし。」

「あ、優美子。あたしも行く。」

 

 由比ヶ浜と三浦は前に進む為に行動した。俺と雪ノ下はそれを見守る。春仁は一体何を望むのだろうか。

 春仁の価値観は俺とは違う。それは当たり前の事だ。

 だからであろうか、以前春仁が、俺に説いた事を俺は未だに理解できずにいる。

 

 世界を自分“で”回すってどういう事なんだろうな。

 

 俺の価値観だと、ただの自己中心的な独裁者にしかならない。

 しかし春仁はそうではない。俺と春仁との違いが分かれば俺も少し前に進めるのだろうか。

 思考の沼に腰辺りまで浸かったあたりで「ハロハロー」とメガネ女子が部室に入って来た。

 

「姫菜、説明するね。」

 

 由比ヶ浜が海老名さんに現状の説明と自分がどうしたいかを伝えている。それを黙って聴いてる三浦は優しい微笑を浮かべていて、なんつーかオカンみたいだった。本人に言ったら「は?」とか言われてちびりそう。だから今度春仁に言ってもらおう。

 

「つまりは葉山君の取り合いって事ね!」

「や、なんでそうなんだよ。いや、あってるっちゃあってるけど。」

「姫菜…あんた擬態しろし…」

「三浦さん。貴女も苦労してるのね。分かるわ。私も結衣さんが――」

「ゆきのん!?昨日はあたしに甘えてたじゃん!」

「ちょっ結衣さん?…わぷっ…ちょっ…苦しい…」

「ほらほら♪ゆきのーん♪」

 

 おぉ…雪ノ下がメロンの餌食に…百合百合しいです。

 よし。あいつらは放置しよう。

 

 腐ってる海老名さんはあっち側の人間でした。聞けばハチxハルが最近ではマイブームらしい。

 そんなマイブームは異世界に捨ててこい。火山の噴火口でもいいぞ。キラウエアでもマウアロナでも好きな方選べ。

 

「俺と八幡の絡みが面白いからあっちはどうでもいいって事ね」

「春仁、誤解を招く言い方は止めろ。マシになってきた目が濁る」

「まぁ言っちゃえばそうかな、私は優美子と一緒にいれればいいしね。でもね。残念っちゃ残念だよ?」

 

 春仁は顎に手を当てて考えた。

 

「わかった。ならば俺は、今回は何もしない」

「ひーらぎ、ありがと。やっぱあーしらの事だし」

「いや、俺が悪かった。 三浦さん、ごめんなさい。勝手に7人の問題だと勘違いしてた、3人の問題なら俺がとやかく言う事じゃない」

 

 三浦と海老名さんが春仁に「ありがとう」と言っている。由比ヶ浜と雪ノ下もその光景を見て微笑んでいる。美少女4人に囲まれてる春仁は――

 

「こんにちはぁー」

 

 5人になりました。帰りたい。

 甘ったるい猫撫で声かと思いきや割と素の声で入ってきた。

 それと入れ違いで三浦と海老名さんと由比ヶ浜は3人で帰っていった。今日もアイス喰うらしい。三浦、前も行ってなかったか?

 もうそこで働けよ。

 

「結局何もしないって手段になったんですねー」

「結衣達の問題でもあるからな、しんどかったら言ってくるだろ」

「あー、そのヘルプ割と早く来るかもしれませんよ?」

 

 一色が言うには、一切情報がない場合はチラチラと見られるらしくかなりウザいみたいだ。大岡だけなら問題ない、むしろ勝手に自滅するから好都合なのだ。

 問題は、由比ヶ浜、三浦、海老名の3人が勝手に大岡の彼女扱いされる可能性がある。という事だった。

 

「わたしなら近づかない事でやり過ごしますけど、三浦せんぱいが葉山せんぱいの近くにいる限りそれは無理です」

「その可能性はあるけど、大丈夫だろ。三浦さんだし」

「そうだな、三浦だし」

「貴方たちが胸を張る事ではないのだけれど…」

「いやいや、あいつオカンだから。由比ヶ浜に何かあったらめっちゃ怒るから」

 

 しかし職場見学の班はどうするんだろうか俺と戸塚と春仁?まぁなるようになるだろう。

 俺は考えの甘さを痛感する事になろうとは思いもしなかった。

 

 

◆    ◆    ◆    ◆    ◆

 

 

 昨日の話し合いの翌日。

 

 午後のロングホームルームにて俺は『頭痛が痛い』の真っ最中だ。

 通常であれば『頭痛』が正しい使い方である。

 つまり2倍痛い。意味が解らないと思う。

 頭沸いてるんじゃないか思う。安心してくれ。

 俺もわからん。

 

『このチェーンメールに書いてある事は事実無根の事だから戸部、大和、大岡の為にも鵜呑みにしないでくれ。こいつらはイイ奴なんだ』

 

 事の始まりは葉山隼人のこの演説から始まった。丸く収めるどころか引っ掻き回してるのだが、本人には自覚がない様だ。ホントにため息しか出ない。

 平塚先生は魂抜けた顔してるし、なんなんだアイツは。

 葉山隼人の正義とは。自分の周りで問題が起こらない事。

 起こったとしても自分が納得できる解決方法じゃないと実行しない事。このあたりだろうか。

 それに巻き込まれたクラスの39名はいい迷惑だ。いや38名か。

 どちらにせよこのまま放置はできない。

 ふと平塚先生と目があった。眉間にシワを寄せて俺を見ている。

 八幡は腕を組んで目を瞑り、結衣と三浦さんは俯いてる。海老名さんはイライラしてる様子だ。

 三浦さんはショックだっただろう。彼女は葉山君を信じて「あーしらの問題だから」と言った。

 今、彼女が俯いてるのは何故だろうか。おそらく彼女に相談は一切なかったのだろう。

 彼の行動は間違っている、しかし間違っていてもなんとかしたいという想いはある。

 グループに対しての優しさをひしひしと感る。だからこそ三浦さんは何も言えないのだ。

 

 そんな彼は今もうだうだ壇上で話している。ちゃんと聴いてる人はいるのだろうか。

 そろそろめんどくさくなってきたから、俺が拳で黙らせてもいいだろうか。

 しかし、それで友達に心配させるのはおかしい。俺は間違えたくない。

 ならばどうする、葉山隼人はトップカーストの中心人物である。

 彼の暴走を止めれるのは同じくトップカーストの人間だけだろう。

 誰にも頼れないこの状況で収拾をつけるには――

 

「いい加減にしろ葉山隼人」

 

 ――俺が論破するしかなかった。

 

「柊君…」

「戸部君、大和君、大岡君以外は無関係だ。皆すまない。先生、解散でいいですか?」

 

 平塚先生は一言「任せる」と言って職員室に帰って行った。先生ホントお疲れ様です。

 

「無関係な人は帰って構わないと先生もおっしゃってたからみんなは自由にしてくれ」

 クラスメイトが三々五々、めいめいに散っていく。

 何人かは俺に「ありがとう」と「ごめんね」と言ってくれた。俺は声に出さす頷いて応えた。

 残ったのは奉仕部3人と葉山グループ4人と三浦グループ2人。

 

 八幡に結衣を連れて行くようにお願いしたが、彼は首を横に振って断る。

 結衣も同様だった、前を向きたいのだろう。目には力強い煌めきがあった。

 

「バカバカしいにも程があるぞ。オマエは問題がちゃんと見えてんのか?」

 

 俺は怒気を込めて言う。

 

「問題はチェーンメールの存在だろ?言われなくても――」

「葉山。それは違う。春仁が言ってるのはチェーンメールじゃない、それの原因だ」

 

 アタマの足りてない阿保の代わりに八幡が丁寧に解説する。

 

「隼人くぅ~ん。アレはちょっとキッツいわぁ~。他に方法あったっしょー?」

 

 大和と大岡が「だな」「それな」と戸部に相槌を打つ。

 

「お前ら…オレはお前らの為を思って――」

「隼人。あーし見損なったし。あーしらの事なのに奉仕部に丸投げしてたのもおかしい上に、何やってるし。こいつらの公開処刑でもしたかった?」

「優美子。俺は間違っていない。こいつらの事を悪く言われるのは我慢できないんだ。発信されてしまったメールはどうにもできない。だから『その情報は嘘だ』と声を上げたんだ。」

「あぁ、そうだな。お前の考えは正しいよ。反吐が出るくらいな。でもそれだけ大事ならお前だけわかってれば良かっただろうが!壇上でわざわざ庇う様なマネしてんじゃねぇよ!」

 

 俺のボルテージが上がって来た。どうどう。また拳を作ってた。手の力は抜いておこう。

 葉山君は俯いて黙ってしまった。

 

「この際だハッキリ言っておくか、メール送ったのは大岡だろ?正直に言っとけよ?沈黙も肯定ととられるからな?」

 

 俺の尋問の様な質問に大岡は自白した。黒だった。動機も俺達が予想した通り職場見学の班だった。つまらん。

 理由はさらにつまらなかった。本気で殴ってしまいそうだったので壁殴った。拳から血が出た。そんな事は後でいい。

 

 曰く「柊が羨ましかった」だとよ!クソがぁ!!

 

 俺がユキや結衣といった有名な美少女と一緒にいる事にコンプレックスを感じてたらしい。

 

「俺が羨ましいからこんな事したのか、じゃあ代わってやるよ。俺の今までの人生あっての今だから当然同じ状況になってくれんだよな?両親は生きてんのか?親父の顔は知ってるか?友達と引き裂かれた事はあんのか?バイトでしんどい思いはしたのか?全部ないだろ?なぁ俺と代わるんだろ?」

 

 言わなくていい事は解ってる。だが言葉が止まらない。言わなければ俺はまたまき散らす。

 大岡は始めて向けられる“憎悪”にガタガタと震えている。

 

「お前から見たら俺はさぞイージーな人生に見えるだろうな。ざけんじゃねぇぞ。お前らにとってのハードが俺のノーマルなんだよ。適当な事言ってんじゃねぇぞ!」

 

「春仁。落ち着け」

「――!八幡。すまん取り乱した」

「ハル君!…もっう…やめてぇ!」

 

 八幡はじっと俺を見ながら肩にポンと手を置いた。結衣がその横で声を出して泣いている。彼女は俺の服をちょんとつまんでいるだけなのにそれを振り払うことはできなかった。

 

「ひーらぎ…あんた…」

 

 三浦さんも俺の事を察した様だ。海老名さんは結衣を《よしよし》と頭を撫でて慰めてくれてる。

 しばしの沈黙の後「本当に、すみませんでした」と大岡が俺と戸部、そして大和に、額を床にこすり付けて謝罪した。

 

 冷静になった俺は口を開く。

 

「…大岡君。もういいよ。今後は気を付けてくれ」

「……ずびまぜんでしたぁ!」

 

 戸部も大和も彼を許す様だ。

 流石にここまで誠意をみせられたら許すしかないだろう。戸部がうっすら涙を浮かべて大岡を慰めていた。

 大和も数日前より良い顔をしている。彼らは本物の友情を育むことができるだろう。

 そうであってほしい。ここでの俺の怒りという非生産的なモノが、生産的な結果になればいいなと思う。

 

 それでは本題の葉山なんだが。俺が再び着火する前に八幡が話をつけてくれた様だ。ありがとう八幡。

 

「柊君。本当にすまない。戸塚君の件も今更だけどちゃんと彼に謝罪する」

「そうか、ちゃんと謝ってくれ。“その件は”それでいい」

 

 帰宅したあと八幡にお礼と謝罪を伝えた。「あんな事言わないでくれ…」って言われて少し泣いてしまった。

 俺は、明日もみんなにキチンと謝罪する事を決意して眠りについた。


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