人生イージーモード   作:EXIT.com

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第19話

 奉仕部の面々に手伝ってもらって、俺の引越しも終わり、電気、水道、ガスも使える様になった。木の模様が施されたフローリング、白く統一された壁紙、手をパンと叩けば音が反響して防音がしっかりしている事がわかる。

 とりあえず住める状態。というのが相応しいこの部屋を都にすべく、俺は必要な物をリストアップしている。

 エアコンは備え付けがあるが。冷蔵庫と洗濯機、電子レンジ辺りの白物家電は速やかに用意するべきだ。テレビとPCも必須だ。それ以外の黒物家電はおいおいでいいだろう。買いに行くなら日曜日である今日が理想だろうか。

 何もないガランとした、ただの2DKが徐々にアップグレードしていく様を思い浮かべて心が躍る。

 はずなのだが――

 

「柊せんぱい!オーブン欲しくないですか!?お菓子作ってあげますよぉ!」

 

 ――なぜか一色いろはが超ノリノリだった。

 

 お菓子作りは自宅でやれ。

 そもそも何故いろはがここに居るのだろうか。俺は昨日からの一連の流れを思い出す。

 昨日は引越しが終わって、解散して、比企谷宅で寝て、起きて、荷物持って下宿先のカギ開けたら。俺の後ろにいろはが立ってた。ホラーだ。

 いろはも昨日手伝ってくれたが、今日も来るとは聞いていない。まさか俺の記憶違いだろうか。

 

「柊せんぱい。無視したら大声で誘拐されたって叫びますよ?」

「やめなさい」

 

 可愛らしい笑顔でとんでもない事言いやがるな。

 こうなっては仕方ない。追い出してもキーキー言うだろうし、なんだかんだ言って、俺はいろはとの時間を楽しんでる。

 

「オーブンは実物見て考えるか。ほれ東京までいくぞ」

「りょうかいで~す♪」

 

 俺はマグザムの後部座席にいろはを乗せ、家電量販店が密集している東京界隈に向かった。

 本命はコンシェルジュサービスがある秋葉原の店。そこに行く前に近隣店舗で値段を出してもらう。

 もちろん価格交渉に使うためだ。安く買う為に足を使う。これは必要な事だった。

 

 ――2時間後。

 

「ちょっと…休憩、しま、せんか」

「そうしよう!ぁー!足いてぇ。大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。でもお腹すいたのでどこか入りませんか?」

「わかった。そうしようか。何か食べたい物はあるか?」

「おまかせしま~す」

 

 じゃあ。という事で目的地の秋葉原の店舗の近くにマグザムで移動して、ふと目に入ったオムライス専門店に入った。足をいたわりつつ、ふわふわのオムライスを堪能する。二人とも、東京の雑踏に慣れていない事も重なり、ガチで疲れて会話らしい会話はほとんどなかった。店の中はカップルと女性客で賑わっていたが、俺達のテーブルだけ無言に近かったので店員さんからチラチラ見られてた。

 あの、ケンカしてないので安心してください。

 適度に腹を満たした俺達は目的地である店に入り、家電を物色していく。

 冷蔵庫はまぁ一人暮らしだしそんなに大きいのは必要じゃなかったから、省スペースな品に決めた。

 洗濯機はバルコニーに置けるやつで手入れが楽な品にした。電子レンジもこだわりはないのでそこそこの物にする。

 

 いろはが眼を輝かせていたオーブンコーナーににさしかかる。

 

「柊せんぱいっ!わたし!これで料理したいですぅ!きっとおいしく作れますよ♪」

「…………ぉぃ」

「おや、やはり彼女さんでしたか、初々しいですねぇ。私の娘も最近結婚しましてな――」

 

 待ってました!を身体全体で表現しつつ《きゃるんっ》というスパイスを忘れないあざとさ満点の一色いろは。

 俺の腕にぎゅっと抱き着くが、ターゲットは俺ではなくコンシェルジュの店員さんだった。

 そこそこ歳をお召しの男性。左手には指輪が光っているのがはっきり見える。

 色仕掛けか。いや違う。いろはす仕掛け。彼氏に奉仕したい健気な女の子を演じる魂胆の様だ。

 

「いや…オーブンはあってもいいが…予算がなぁ」

「ご予算の関係でしたら、可愛らしい彼女さんにサービスということで…こちらのお値段ではいかがですか?」

 

 提示された金額はおおよそ2割引の金額だった。現段階では予算にも余裕があるが、まだテレビやパソコンも見ていない事もあり、キープにしておいた。

 いろはが小さくガッツポーズしてたので後ろからチョップかましておいた。

 部屋はリビングがないので大きいインチの品はかえって邪魔になる。丁度現品特価の30インチの液晶テレビが相場の半額ほどであったのでそれを選択。PCも最新は避けてそこそこのスペックの品を購入する。

 

「お客様。今のところ、お品物が冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、扇風機、オーブン、テレビ、パソコン、炬燵の7点で御座います。金額はまとめ買い価格で50万円です。他にご所望の品は御座いますでしょうか?」

 

 店員さんが丁寧な言葉遣いで案内してくれる。あざとい彼女はオーブンが残ってる事を知ってご機嫌である。

 炬燵もいろはがおねだりしてきたが、炬燵はあっても困らないし、後でどうせ買うのが目に見えてるので一緒に買う事にした。

 

「他にいるものかぁ…ベッドとか椅子とかデスクとか家具系ですね。ありますか?」

「ソファーもほしいです!」

「はは。元気な彼女さんですね。ベッドは生憎取り扱っておりませんが、パソコン用のデスクであれば商品としてあります。ご覧になりますか?」

 

 パソコンデスクは何かと用途が広いので見せてもらうことにした。

 店員さんの「かしこまりました」がすごくカッコいい。なんかこう…プロって感じがする。

 デスクはL字型の品が、間取りともマッチしていたのでそれで即決。ほどよいチェアも紹介してもらって合計で55万円の買い物となった。

 

「なぁいろは」

「はい。なんですか?」

「いつまで引っ付いてるんだ?」

「細かい事は気にしちゃダメですよ~」

 

 もう諦めた。好きな様にさせよう。

 ふとスマホが気になって見てみると受信メールがあった。来た時刻は丁度バイクの運転中で気づかなかったのだが、相手に少々問題があるかもしれない。メールの差出人には《ユキ》とあった。

 これは少しまずいかもしれない。今の時刻は15時を回った頃だ。

 春仁はゴクリとつばを飲み込み、いろはに腕を捕まえられたまま『どう説明したものか』と頭を悩ませた。

 

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

 

 由比ヶ浜の誕生日が近い事もあり、ららぽーとまで来たのはいいのだが。人が多くてダルい。

 目的を達成する前に家に帰りたくなる。

 そして、何を渡せばいいかわからない。去年に彼女が選んでくれたブックカバーは素直に嬉しかったし。今でも使っている。

 由比ヶ浜は何を送ってもきっと喜んでくれるだろう。それは疑う余地はない。

 しかし適当な物は贈りたくない気持ちもある。

 

「……はぁ」

 

 春仁や雪ノ下は何を贈るのだろうか。あいつらとかぶるのは避けたいところだ。しかし雪ノ下はちゃんと選べるのだろうかと少し気になる。あれだけ普通って言葉が似合わない女の子もそういないだろう。

 あ、一色がいたわ。

 

「ん?あれは…雪ノ下か?」

 

 ひときわ目立つ綺麗な黒髪はピンクのリボンで後ろに纏められ、白いワンピースの上に淡い水色のカーディガン羽織っている。何気に彼女の私服を見るのは初めてだった。

 しかし、どこか挙動不審でうろうろしている。まさかとは思うが…

 

「…迷子か?」

 

 そんな事があるのだろうか。

 部室で俺を楽しそうに罵倒してくる“あの”雪ノ下が…

 まぁ。困ってるなら助けてやってもバチはあたらんだろ。

 

「よぉ、雪ノ下」

「ひいっ!」

 

 なんだこの女。ナチュラルに悲鳴上げやがった。

 

「……じゃあな」

「待ちなさい」

 

 怖い怖い。そんなに睨むんじゃない。俺の顔見てガチの悲鳴上げたくせに命令かよ。ホントブレないなこいつは。

 まぁ、でも。そうじゃないと調子狂うってのは否定できない。

 

「雪ノ下も買い物か?こんな所に来るなんて珍しいな。」

「え、えぇ。そうなのだけれど。丁度よかったわ。結衣さんの誕生日プレゼントを買いに来たのだれど、どれを買っていいかわからない上に、下種な男性に声を掛けられて迷惑していたの。」

 

 俺は短く「そうか。」と答える。

 

 雪ノ下は一度鏡を見た方がいいんじゃないだろうか。あ、始めて会った時に『私、可愛いもの』って言ってたね。声かけられるのわかってて外出るとか、ある意味チャレンジャーだな。

 

「その…まことにいかんなのだけれど。今日は隣を歩く事を許してあげるわ。だから…その…一緒にみてくれないかしら…」

 

「んぐっ!…………あぁ…いいぞ…」

 

 雪ノ下の! 上目遣いの破壊力が! ヤバい!

 

 由比ヶ浜の《ダメ?》も、そうだがなんで女の子の瞳は毎度うるうるしてるんだろう。涙腺コントロール出来るように訓練でもしてるのだろうか。もしそうなら日本の未来がヤバい。

 

 雪ノ下に《ダメかしら?》とかされて断れる男いるのか?

 奴隷の様に扱われても許してしまいそうだから絶対にしないでくださいね。

 

「…それで、どんな物をさがしてるんだ?」

「服とかはサイズがわからないし…アクセサリーとかもあまりつけてないでしょう?勉強とかもがんばってるみたいだから、参考書。というのも考えたのだけれど、喜ぶ顔が浮かんでこないのよ」

 

 雪ノ下が真剣に悩んでいる。あの時の涙は本物なのだろう。雪ノ下は友達(由比ヶ浜)に喜んで欲しいのだ。

 俺は彼女のその気持ちを応援したい。そう思う。

 

「そういや、由比ヶ浜はあれ以来クッキーなりなんなり持ってきたのか?」

「持ってきてないわ。でもまだ続けてはいるみたいよ」

「ならキッチンで使えそうな物とかはどうだ?あいつの依頼もまだちゃんと終わってる訳じゃないし『覚えてる』って伝える事もできる」

 

 俺が事細かに決めるのは違う気がする。だからカテゴリーまでは絞ってやろう。

 雪ノ下はそれに乗っかる形で、プレゼントをエプロンに決めたようだ。

 

 雪ノ下が黒猫をモチーフにした紫色のエプロンを試着していた。

 その姿が似合い過ぎてて俺は少しの間見惚れる。

 彼女はくるりと回って――

 

「どうかしら?」

「あー…よく…似合ってるじょ」

 

 噛んだ。恥ずかしい。死にたい。

 

 聴けば由比ヶ浜に似合うかどうかの感想だった。それ着る意味ないよね?

 でも似合ってたのはホントだよ?オイため息つくな。

 

 アホっぽい色。とだけ伝えたら理解できたのかピンクを基調としたぽわぽわしてるエプロン買ってた。

 

「結衣さんの依頼。きっと終わらないわ」

 

 その『終わらない』と言う言葉にどれだけの想いが込められているのだろうか。上達しない。という現実は置いとくとして。

 終わって欲しくない。或いは終わらせない。そんな想いがこもってるのだろう。

 

 始まりがあって、終わりがある。

 俺と由比ヶ浜の始まりは病院だった。俺がサブレを助けて、車道に飛び込んで怪我して。それで春仁が連れて来てくれた。その時に彼女に心からの『ありがとう』を言ってもらえた。

 思えばそれからはほとんど一緒にいた気がする。退院して、誕生日祝ってもらって、文化祭も一緒にいたな。

 由比ヶ浜への恋を自覚したのは最近だ。でも自分の気持ちを告白する事が怖い。俺が振られる事はいい。そんなの慣れてる。

 俺は、独りよがりの気持ちをぶつけて彼女を悲しませたくない。彼女には幸せになってほしい。

 でも、幸せにするのは俺じゃなくて構わない。

 ならば、彼女が泣く要因を少しでも減らしたい。俺はそう考えてプレゼントを買いに行く。

 念のために春仁にも何買うかメールで聞いておこう。

 

 俺と雪ノ下はペットショップに移動し、俺は目的の物を購入するのだが。

 

「にゃ~」

「…………」

 

 あの、雪ノ下さん?

 

「うふふ。にゃ~♪」

「………はぁ」

 

 子猫とにゃーにゃー会話してる雪ノ下。

 なんというか、まぁ。うん。楽しそうだからしばらくそっとしておこう。

 変なナンパに引っかかって困ってた割には行動が自由すぎないか?

 あ、俺がすでに変だったな。

 

 …ぐすん。

 

 30分ほどで雪ノ下がアッチから戻って来たので、少し休憩しようと手頃なベンチに座らせて紅茶を買ってきてやった。体力がないのは相変わらずみたいだ。

 俺が彼女と少し距離を空けて座るとにスマホにメールが届いた。

 確認すると春仁から『俺といろはもそこに向かってる。何買ったか後で教えてくれ』と来ていた。

 

「はぁ……疲れた」

 

 俺も雪ノ下も由比ヶ浜への贈り物は用意できた。あとは適当に帰るだけなのだが、しばらく時間をつぶして春仁達と飯食って帰るのもいいだろう。もちろん春仁のおごりで。

 

「なぁ、雪ノ下。この後――」

 

「あっれ~?雪乃ちゃんじゃな~い!こんな所でどうしたの?」

「……姉さん」

「は?…姉さん?」


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