いろはを後部座席に乗せ秋葉原からの帰路について10分ほどしてから八幡からメールが来た。適当なコンビニで内容を確認すると結衣の誕生日プレゼントの件だった。別の日に買いに行く予定だったが、逆に好都合なので今日に予定変更。
理由は言うまでもなくいろはだ。
このあざとい後輩はいきなり現れて、連れて行かざるを得ない状況を計算するだろう。今日がまさにそれだったし、ある意味脅迫だ。
つまり、外出する回数はできるだけ少ない方がいい。
彼女は自分がどの様に振る舞えば男が喜ぶか、ちゃんと知ってる女だ。
それでいて、外見だけでなく内面も自分を磨き続けてる。
だからこそ油断はできない。男が喜ぶ事を知っている。ということはその逆も当然理解しているのだから。
「ただいまで~す」
「おかえり」
ひとまずいろはを座らせて、この後の事を相談する。
いろはも結衣の誕生日の事をちゃんと考えていた。贈り物は香水にするみたいだ。
「一緒に買いに行きましょうね~」
「そ、そうだな。なら今日で済ましてしまおうか」
さりげなく俺は提案する。
しかし返ってきたのは予想通りの期待外れな答えだった。
「明日の放課後でいいですかぁ?」
「………」
はははこいつめ。面白い冗談だな。
「えっと…今日ららぽで買――」
「
「………はい」
凄くいい笑顔で酷い事を言われた気がする。
俺は、今は逆らわない方が良いと考え、いろはの言う事に従った。
ららぽーとに着いた俺達は八幡を探す。もはや手を繋いでるのが当たり前のいろは。彼女はふんふーんとご機嫌だ。
ここはいつも買い物客やカップル、学生で賑わっているのだが、東京の雑踏に比べれば格段に歩きやすく感じる。
ひとまず1階フロアで八幡に連絡を取るべくスマートフォンを取り出した。
「あれ?あそこにいるの、ユキせんぱいじゃないですかぁ?っていうか誰かに絡まれてませんか?」
「…マジかぁ。ここで会うのかぁ」
「えっ?」
ユキと八幡が一緒にいる。意外だが、それはいい。ユキと八幡に絡んでる人物。それに問題がある。
1年前、俺が交通事故の関係者として証言をした際に同席してた人物。
雪ノ下陽乃。ユキの姉。一応、小学生の頃も交流はあったが、当時の印象は欠片も感じられない。今では完全な他人であった。
俺は証言の際に底知れぬ違和感を抱き、その違和感の正体がわからず恐怖したのを覚えてる。
彼女との邂逅は避けれるのであれば避けたい。少なくとも今は。
陽乃さんが八幡をいじくりまわしてる間にユキにメールを入れておく。
ユキと目が会い、俺は小さく頷いて隠密に行動した。
息を殺し。足音を消し。するりするりと死角へ移動する。
他人から見れば、どう見ても怪しい。不審者扱いされて通報されるまである。しかし、陽乃さんに見つかるのは良くない。
俺が陽乃さんにいじくられる事は問題ない。八幡とユキがいじくられるのも問題ない。と思う。
つまりそう。アレだ。
『いろはと会わせるのがマズイ』
ただでさえ厄介ないろはが陽乃さんのマネをしだすと、俺の平穏がなくなるのは目に見えてる。
それは全力で避けるべき未来だ。
いろはも身の危険を感じているのか、握る手に力が入る。
好都合だが、怖がらせるのは本意ではないのできゅっと軽く握り返した。
なんだかすごい人がいた。
綺麗で、スタイルも良くて、女のわたしでもどきどきしてしまいそうな人。
柊せんぱいによるとユキせんぱいのお姉さんらしい。
なるほど言われてみればたしかに似てる。
しかし気になる。柊せんぱいが隠れた事に意味はあったのだろうか。
「こんにちはぁ~」
ユキせんぱいと合流して比企谷せんぱいにもあいさつをする。
どこかお二人の様子がおかしく感じるが、先ほどの柊せんぱいの様子も大概だったので黙っておくことにした。
「こ、こんにちは。いろはさん」
「…うっす」
「ユキせんぱい無事ですか?そこのケダモノに何かされたんですか?」
「むしろ俺が被害者なんだが…」
知ってます。知っててわざと聞いてるんですけど。
「比企谷くんには何もされてないわ」
そうですか。と。どうでもよさそうに返事をして、先ほどのすごい人の事を軽く聞いてみる。
「雪ノ下陽乃。私の姉さんよ」
「…姉妹だけあって似てるが、あれはなんかこう、ベクトルが違う」
わたしは自分の目で視た物や聴いた事しか信じない
わたしにとって、人伝いの情報はあまり意味をなさない。精々あの時のあんな話止まりだろう。
そんな事より、目の前の状況が気になる。
「お二人もデートですかぁ?」
あえてこんな質問をするわたしはきっと小悪魔だろう。いや、ひょっとしたら柊せんぱいの腕に抱き着く効果でランクアップして中悪魔くらいにはなってるかもしれない。
「「違う」」
「プレゼントを買いに来たらコイツがまよ――」
「比企谷くん。私たちは偶然ここで会ったのでしょう?それ以外の返答はないと思うのだけれど」
「…そうだな」
「ユキが迷ってたから八幡が声かけたって事だな」
柊せんぱいがわたしの耳に息がかかるくらいの距離でぽしょっと教えてくれた。
柊せんぱい。ちょっと近いです。わたしの香りそんなに嗅ぎたいんですかぁ?って言えたらいいな。
恥ずかしい。ムリ。
「ところで、お二人も。という事はあなた達はデートをしていたのかしら?」
「いや、突然いろはが家の――」
「はい!デートしてます!」
ユキせんぱいの反撃!惜しいですね。その程度でわたしが恥ずかしがるタマだと思ってるのでしょうか。
これはわたしにとって反撃の意味を成しません!どうですか?ユキせんぱい。いい加減素直になった方が良くないですか?
「朝、下宿先に発生してな。連れて行かないと大声出すって脅された」
柊せんぱいがばらしたせいでユキせんぱいにとても冷めた目で見られました。
柊せんぱいも結構ノリノリだったはずなんですが…というか。発生って何ですか?せめて出現にしてほしいです。
少し残念な気持ちになってしまった。
「でも、まぁ。デートっちゃデートだなこれは、ずっと手は繋いでるし、腕に抱き着いてきたりもしたからな」
「っちょ!はわわ。そこまでバラすのはダメです!」
ユキせんぱいに生暖かい目で見られました。
やめてください。まだ冷めた目の方がよかったです。
「あの、いろはさん」
ユキせんぱいが遠慮気味にわたしを呼ぶ。いやぁ!そんな目でわたしをみないでぇ!
「貴女、やっぱりぽんこつなのね」
「やっぱりってどういうことですか!?」
こ、この女…。ぐぬぬ!やっぱりって事は前からそう思われてたって事ですよね。自覚はあります。ええ、ありますとも。でも面と向かって言われると恥ずかしいです!
比企谷せんぱいは素知らぬ顔して他人のフリしてやがしました。
柊せんぱいに言いつけておしおきしてもらう事にします。
少しの間4人でたのしくおしゃべりしてると。色々な事がわかりました。
ユキせんぱい猫大好きなんですね。それはもう溺れるくらいに。
柊せんぱいに猫カフェの時の写真を見せてもらいました。
もう絶句しましたね。てっきりかいぐりかいぐりと構い倒すのかと思えば、何ですかこの慈愛に満ちた微笑み。静止画でもわかる愛情。なによりカメラ向けられて気付かないって女としてどうなんでしょうか。
自然な状態でこんなに綺麗なユキせんぱいはズルいです。
「ハルのも見せてあげるわ」
柊せんぱいはなんというか。なんだか猫に愛されてるのでしょうか?噛まれてますよね?これ。
聴けば爪も立てられてたみたいで顔にぺしぺし当たるしっぽもウザかったそうです。
ふと目の前のユキせんぱいの身体がこわばりました。
「あ…あぁ、比企谷くん…い、犬が…」
「ん?」
後ろを振り向くと茶色のミニチュアダックスフンドがおもちゃでも追いかけてるかの様に走って来ていた。
ユキせんぱいは比企谷せんぱいの服をつまんで助けを求めている。ガチでびびってますね。
「んあ?結衣んとこのサブレじゃないか?」
犬はジャンプして比企谷せんぱいがキャッチ。綺麗に抱っこされました。ユキせんぱいビビり損ですね。
わたしと柊せんぱいは可愛いユキせんぱい見れてちょっと鼻息荒いです。
「サブレー!」
聴きなれた声が遠くから聞こえて来た。声がした方に視線を向けると、茶色がかった黒髪のお団子ヘアースタイルが眼に入る。
胸は見えません。でも走るだけであんなに揺れるなんて超肩凝りそう――
――すみません超見てました。
「すみませーん!ウチのサブレがご迷惑を!ってええっ!みんないるし!」
結衣せんぱいが手をぶんぶん振ってわたわたしている。本当に高校生なのだろうか。せんぱいってつけるのやめようかな。
「結衣さん。こんにちは」
「やっはろー。ゆきのん、えっと、皆で集まって何、してるの…かな?」
あー。これはマズいかもしれないですね。結衣せんぱい被害妄想のスイッチ入っちゃうかもしれない。
仕方ないでのここはわたしが愛するせんぱい方の為に一肌脱ぎましょうか。
「結衣せんぱぁ~い♪」
「わわっ!いろはちゃんどうしたの?」
結衣せんぱいのやわらかい胸に飛び込んで自然に耳元で囁ける状況に持っていく。少しくらい堪能してもきっと怒られない。ぐりぐりぽよぽよと顔を押し付ける。結衣せんぱいは少し恥ずかしそうだ。
「結衣せんぱい。楽しみにしててくださいねっ」
結衣せんぱいはちょっとキョドっちゃったけど、ちゃんと伝わった様で、くりくりした瞳をうるうるさせながら小声で「ありがと」と言った。
「サブレありがとうね。ヒッキー!あたしはまだ用事あるから行くね!ばいばーい!」
奉仕部の5人の内4人が集まっていたらきっと誰もがのけ者にされてるとか、隠し事れてるとか、そう考えてしまう。
本当はサプライズで祝ってあげたかった。でも、あれくらいのカミングアウトならかえってうまく働くのではないだろうか。
せんぱい方も「よくやった」と褒めてくれた。柊せんぱいは頭を撫でてくれて、また私は「んぅ」とぽんこつな声を出すのであった。
結衣せんぱいの誕生日会は比企谷せんぱいのお宅でやる事になった。今日がその日である。
わたしも思ったより楽しみにしていた様で。授業の内容を全く覚えていない。いつもの荷物持ち君も来たかどうか覚えてない位。
ちゃんと“可愛いわたし”ができていたか少し不安だ。
そんなわたしは、部室でユキせんぱいの淹れてくれた紅茶を堪能している。
この部屋から紅茶の香りがするようになったのはいつからだろうか。
ガラガラと部室のドアが開いてF組の先輩方3人が入って来「やっはろー!!」あぁもう。結衣せんぱい超元気。
奉仕部が揃ってさあ行こう!れっつぱーりー。うぇーい。
――とはならなかった。
奉仕部のドアが《ドンドン》と強めにノックされる。ユキせんぱいがため息をついて入室を促した。
誰だろうか?奉仕部員はここに揃っている。平塚先生はノックをしない。ノックをするという事は依頼人だけだ。
ドアが開いた先にいたのは、この前わたし達にフルボッコにされた中二の人だった。
彼は眉間にシワを寄せてぷるぷる震えながら立っている。
「八幡!柊殿!」
なんだか深刻そうだ。わたしは距離を取りつつ、お二人にまかせる事にした。
あの、ユキせんぱい?目が怖いですよ?結衣せんぱいは少し表情を隠す訓練したらどうですか?
というか、お二人ともストレートすぎます。
「なんか用か?材木座。俺らこれから用事あるから今度にして――」
中二せんぱいの一言で場の空気が変わった。
「我を…!助けてほしい!!」