やっといろはちゃんが来た。あたしの大事な可愛い後輩。
前に、ららぽーとでみんなと会った時はショックを受けた。ひょっとして仲間はずれにされてるのかな。って思った。
あたしの心で雨が降ってる様な気がした。
雨が降ってるなら傘を使えばいい。濡れない様に、冷えない様に、自分を守ればいい。
『楽しみにしてて下さいねっ』
いろはちゃんの言葉で嵐が巻き起こる。さっきまで使っていた傘は殴りつける風に飛ばされてどっかに飛んでいった。
あたしは濡れている。でも、そんな事はどうでもよくなった。
あの時のあたしには、確かに虹が見えていた。
「ヒッキーは?」
「少しだけ遅れて来ると思います~」
「ヒッキー!はやくはやく~」
「結衣。はしゃいで怪我すんなよ?あと小町。レシピ用意したから少し手伝ってくれ」
「かしこまっ!」
やった!ハル君の料理だ!あたしもうこれだけでいいかもしれない。
食べ過ぎなければいいよね?
ゆきのんはまだカマクラちゃんをもふもふしてる。いろはちゃんはそんなゆきのんの隣にちょこんと座ってる。なんか意外だ。
カマクラちゃんはぐでーって伸びてるけど、リラックスしてる様に見えない。
ゆきのん。カマクラちゃん疲れてない?カマクラちゃん半目だけど大丈夫かな。あたしは猫が苦手だからそっちに行けないけど、幸せそうなゆきのん見てるとほっこりする。
ところでさ。ヒッキー遅くない?
ヒッキーはやくはやく。あたしが一番に言いたい。
じっと玄関を注視する。ハル君と小町ちゃんはキッチンにいる。
ゆきのんといろはちゃんはソファーでまったりしてる。
ちょっと寂しいけど、我慢だ。うん。
足を崩してぺたんと座って待つあたしはまるで子犬みたい。サブレもこんな風に帰ってくるのを待ってるのだろうか。
少ししたら外から足音が聴こえてきた。――足音がやんで、ドアノブがゆっくり下がる。ひどくゆっくり感じるのはなんでだろう。
ようやく、大好きなヒッキーが帰ってきた。
「ただ――」
「おきゃ!…おかえり!ひっきー!」
「……お、おう。ただいま」
噛んだ。恥ずかしい。大丈夫!もみ消す!
「おじゃましまーす」
「あ、さいちゃんだ!」
「こんばんは。由比ヶ浜さん。八幡に誘われたから来ちゃった」
はぅ。さいちゃんにもみられちゃったかもしれない。
「さいちゃんありがとう!」
「あー…その。遅くなった。スマン、由比ヶ浜」
「ヒッキーを待ってたんだよっ。はやくはやく」
こうして、あたしのバースデーパーティーが始まった。
きっと揉み消せた。うん
誕生日会は何回もしたことある。でも、してもらうのは初めてかもしれない。
料理とりわけたりさ。興味のない話に乗っかって場を盛り上げたりさ。楽しいフリしてた。
でも今日は違う。まだ始まったばかりだけど、こんなにも楽しい。
ヒッキーがいるからだろうか。ううん、そうじゃないよね。
あたしは前にヒッキーが言ってた『祝ってもらえる事』が理解できた。
料理もなんか本格的でふるこーす?って言うのかな。料理が順番に出てきてみんなでおいしく頂いた。
ハル君は提供する側だからって最後まで席には座らなかった。「お粗末様でした」と言ったハル君はとても満足そう。
ゆきのんも手伝うって言ってるのに。あたしの傍にいてやれって言われてさ。
もじもじしてた。わざとあたしに聴こえる様に言うハル君は少しズルい。
いろはちゃんと小町ちゃんは気が合うのか色々話してた。あたしは隣にヒッキーが居たから、肩とか当たる度にいろいろ意識しちゃって、2人が何話してるのかわかんなかった。
「結衣さん。ケーキを焼いてきたのよ」
「わたしもすこしだけ手伝いました!」
お誕生日会の儀式。
盛り上がった所で出てくるのは卑怯だ。あたしは感極まって泣いてしまった。
このタイミングで出すのはズルい!!我慢できる訳ないじゃんか!
後でゆきのんに聞いたら、ハル君といろはちゃんのプロデュースだって。してやられた。
そのままの流れでプレゼントも貰った。しかも一人づつ「お誕生日おめでとう」って言いながら。
もうね。うん。ダメだよ。あたしこんなに幸せでいいのかな。
――由比ヶ浜さん。お誕生日おめでとう。
さいちゃんからはヘアピンを貰った。女の子より女の子らしいヘアピンだった。
いろはちゃんに鏡みせてもらってつけてみた。うん。良いアクセントになってる。
いつもはお団子だけど、違う髪型の時に使ってみよう。
――結衣さん。その…お、おめでとう。
エプロンだ!あたしの依頼から始まった、ゆきのんとの関係。
まだ料理はうまくできないけどちゃんと覚えてるって事だよね?
ハル君かゆきのんに料理教えてもらおうかな…。
――結衣せんぱい!ハピバです!
香水だ!トテトテと洗面所に行って手首にワンプッシュ。
はわぁ~。いい香り…。
「ほんのり甘い香りがするな、俺はこの香り好きかもしれん」
ヒッキー!?まじで!会う時つける!
「偏差値低そうな香りですよね~」
あの、いろはちゃん?どういう事かな?
――結衣。おめでとう。
ろうそく?あ、アロマキャンドルか。リラックスしたい時に使うんだって。
始めて使うなぁ。どんなんだろうか。香りはグレープフルーツらしい。
――あー…由比ヶ浜。おめでとさん。これは俺と小町からだ。
丁寧に包装を解いていく。
中からはピンク色の革のチョーカーが入っていた。あと紐。
え?紐?
あぶなかった。アクセサリーかと思ったらサブレ用の首輪だった。
着けそうだったけど、思いとどまった。あたし、えらい。
ヒッキーとのきっかけ、サブレだったね。よかったね、サブレ。
ありがとうヒッキー。
あたしの涙が止まったのは、もう少し後の事だった。
結衣さんがようやく泣き止んだ。私も貰い泣きしそうだったけど、
今日の主役は彼女。だから、がんばって堪えた。
ハルといろはさんが計画したのだけれど、嬉しくて泣かせてしまうなんて…。
わ、私の時もやってくれないかしら。
「なにかゲームしようよ!」
結衣さんが提案して、小町さんといろはさんがそれに乗っかった。
比企谷くんとハルは、まかせると目で合図してきた。
そうね、今日くらいは彼女の我儘もきいてあげましょう。
「シンプルにババ抜きといこう」
「わぁ!いいね。楽しそう!」
マズいわ。ババ抜きはいわば心理戦。運よりも駆け引きが重要なゲーム。
「負けたら罰ゲームとかどうですか?燃えると思います」
「じゃあさ。負けた人はその場であたし達の誰かのモノマネを披露するってのはどう?」
「「「「うわぁ…」」」」
「なんでよぉ!勝てばいいじゃん!それとも勝つ自信な――」
「いいわ。それでやりましょう」
「ゆきのんがやる気だっ!?」
勝てばいいのでしょう?問題ないわ。
そうして手に汗握る真剣勝負が始まった。パラパラと手持ちのカードを減らしていく。
――負けてはならない。持ちネタなんてないのだから。
程よく枚数が減ってきた。本番はここからでしょう。
「あー!ヒッキーずるいし!」
結衣さんが比企谷くんからジョーカーを引いた様ね。そして私は結衣さんからカードを引く位置にいる。
結衣さんがどこにソレを隠そうと、持っているのがわかっていれば対策はいくらでもある。
「なんですって…結衣さん?貴女どこに隠していたの?」
まだ慌てる様な時間じゃないわ。冷静になるのよ。
その後無事に戸塚君にコレを押し付けて、私は難を逃れた。
「あっがりー!」
小町さんが一番乗りを上げた。私含めた6人も、あと数回で決着がつく。
「ぐぉぉ!春仁!裏の裏を読むとは…」
比企谷くんが戸塚君から回って行ったジョーカーを引いた。
ハルが悪い顔で笑ってる。彼の隣じゃなくてよかったわ。
というか。いつのまにあそこまで回って行ったのかしら。
「あがりで~す」
っう。残るは4人。最終局面が近い。私の手札はあと3枚。
「ぼくもあっがりー」
戸塚君がゴールしてしまった。
私はここでミスをする。誰がアレを持っているのかわからなくなってしまった。
結衣さんの手札は2枚。わざとらしく片方だけあげている。
ふんっ。分かり易い駆け引きね。応えは簡単、目を見ればいいのよ?
結衣さん。詰めが甘かったわね。
「……っくぅ」
「っし!引っかかった!」
なんということでしょう。目線の事を知っていたのかしら。
…わかったわ、比企谷くんね。彼が結衣さんにしかけてそれを私にやったのでしょう。
「おっし!上がりぃ!」
「ぐぇ。まじかよ」
「あたしもー!」
「「…………」」
負けられない。負けるわけにはいかない。
「ゆきのんがちょー真剣だ!」
ハルといろはさんがやけに静かね。まぁいいわ。結衣さんが私を応援してくれてる気がする。
比企谷くん。貴方に勝って、私は難を逃れるのよ!
――ところで。ババ抜きってこんなに盛り上がるものなのかしら?
「くっそまじか!」
「私の勝ちね。比企谷くん」
「おお~!ゆきのんの勝ちぃ~!」
「お兄ちゃん!モノマネどうぞー!」
危なかったわ。今後の為にも持ちネタを考えておきましょう。そうしましょう。
ひとまず、比企谷くんのモノマネを聞いて優しく罵倒しなければ。
比企谷くんが「あ~。え~」と発声練習をしている。
『由比ヶ浜さん。次は貴女の番よ。私を本気にさせた事を後悔させてあげるわ』
「あはははは!ヒッキーすごい!似てるし!」
「お兄ちゃんすごい! あはははは!」
結衣さんと小町さんはあとでお仕置きが必要な様ね。
ハルは口を押えて、いろはさんは彼の腕に抱き着いてぷるぷる肩が震えている。たしかに似ているのだけれど。
試合に勝って勝負に負けた気分だわ。
「比企谷くん」
「は、はひゃい!」
「勝ち逃げは許さないわ」
「まだやんのかよ。いや、かなり面白いけど」
そうして白熱したババ抜きは続いた。
――小町さんが負けて比企谷くんのマネを。
『青春とは悪である――』
「っちょ!待て小町!」
――ハルが負けていろはさんのマネを。
『は!もしかして私のマネをして笑いを取ろうとしてますか?すでにかなり面白くて腹筋に良くないので遠慮してください。ごめんなさい』
「は? 柊せんぱい? 何言ってるんですか? 少し似ててムカつくんですけど!」
こうして無駄に熱いババ抜きが終わって解散となった。笑いすぎて少しお腹が痛い。
ちなみに私は負けてない。勝ってもいないのだけれど。
一人暮らしをしているマンションに帰った私は電気を点けて、いつもの様に寝る準備を始める。
静かだ。
私の生活音だけが耳に入る。さっきまでの騒ぎがまるで幻の様。
「ふふっ。すごく、楽しかったわ」
いきなり静かになると落ち込んでしまいそうになる。だから、余韻が残っているうちに寝てしまおう。
朝になればもう少し騒がしくなって、この寂しさを紛らわせてくれるから。
「はぁ…夏休みに奉仕部で旅行とか行けないかしら?」