人生イージーモード   作:EXIT.com

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第24話

 夏休みも1週間ほど経過した。

 俺にとって、この期間はただの休みだ。それ以上でも、それ以下でもない。休みなのだから好きな様に休みたいし、せっかく1ヵ月以上もあるのだから存分に堕落した生活をする。その為には宿題なるものを速やかに処理する必要があった。

 

「…めんどくさいなぁ」

 

 しかしこれをやらなければ安心できない。

 宿題を気にしてる時点で悠々自適ではないのだ。

 カリカリとペンを走らせるが、手が止まる回数が増えてる気がする。

 脳が疲れているのだろう。すごく暴力的な甘みがほしい。

 俺はギリギリ外を歩ける格好に着替えて、近くのコンビニへ向かう。

 

「ぐぁあ~…あっつい…」

 

 MAXコーヒー!MAXコーヒーが飲みたい!

 悠々自適で堕落した夏休みの為に汗を流す俺はきっと間違ってない。

 コンビニまでは後わずか、暑さに耐えた自分へのご褒美に6本くらい買っておこう。めんどくさいし。

 

「なん…だと…!」

 

 不覚にも財布もって来るの忘れた。

 家まで走った。超走った。コンビニで確認できたMAXコーヒーは5本だ。

 流石マッ缶在庫が少ない、売れてる証拠だ。そうだよね?

 すぐには売切れる事はないだろうが油断は禁物。お前の甘さは俺の人生に必要だからもう少し待っててくれ!

 

「なん…だと…」

 

 財布に100円しか入ってなかった。

 これじゃ買えねぇ…。

 ちょっと言ってみたい台詞をそれっぽく言っただけ。無駄に歩いて無駄に走って汗掻いただけだった。

 

 シャワーで水浴びをして汗を流すと、火照った身体が冷えるのがわかる。

 何もしてないが、何かした気になれる。不思議だ。

 非常に残念だが、MAXコーヒーは春仁に買ってもらう事にした。

 

『そのうちな』

 

 つまり今日は来ない。ですよねー。

 

 頭から水をかぶりながら玄関に見慣れないサンダルがあった事を思い出す。

 きっと小町のお友達なのだろう。事前に言ってくれれば春仁の所に避難するのに…

 

 なんだか悲しくなって来た。

 

 ともあれ来客がいるなら少々マズい状況だ。

 シャツとズボンは洗濯機にぶち込んで現在進行形で洗ってる。

 つまり、俺は部屋まで下着1枚で向かわないといけない。

 

 鉢合わせたら通報待った無し。いや俺の家だけどさ。

 見られて困る様な身体はしてないが、見られない方が良いのは当然だ。

 

「…ふぅ」

 

 蛇口をひねり水を止める。

 表に誰かいれば何らかの音がするはずだ。

 

「――誰もいないよな…」

 

 音はしない。前髪から滴る雫がぴちゃぴちゃなってるくらいだ。

 前髪を手櫛でかきあげてバスタオルを肩から羽織りリビングへ出た。

 そろりそろりと部屋へ向かうと小町の部屋ががちゃりと開いた。

 

「あ!ヒッキーどこ…いっ…」

「え?は?」

「――――きゃぁぁぁああ!!ヒッキー!服!服ぅ!!」

 

 変質者でも出たかの様な悲鳴をあげる由比ヶ浜。

 俺を認識してから悲鳴をあげるまで約5秒。みるみる顔が紅く染まっていくのがはっきり見えた。叫ぶ前に扉閉めようね?

 

 ってかなんでお前いるの?

 

 オーケー。羞恥心が1週して逆に冷静になった。

 もう部屋から出ない。うん。

 布団の中で『ア”ァァァァ----!!!」しそうだからベッドには入らない方が吉だ。

 暑いけど外行こうかなぁ…ヤダなぁ…ダラダラしたいなぁ…。

 

 コンコンと扉をノックされるが返事をする前に由比ヶ浜が入ってきた。

 

「ひ、ひっきー?いる?」

「いません」

 

 お前はノックの意味を調べて来い。

 俺がまだ半裸だったらどうするんだよ。

 

「いるじゃん!ちょー返事してるし!」

「ちょーキモいのノリで超を使うな。スーパーだぞスーパー」

 

 んー。と唇に指を当てて考えている。その仕草はやめろ。

 可愛い仕草に見惚れているといつのまにか首を傾げていた。

 

「スーパー?買い物行くの?」

「なんでそうなるんだよ!あときょとんとするな、反応に困る」

 

 やっぱりこいつアホだ。

 

「んで。何しに来たんだ?」

「ヒッキー!宿題一緒にやろっ!」

 

 由比ヶ浜。それ家出る前にに言えるよね?なんで今言うの?「えへへ、来ちゃったぁ」みたいなノリで言えばどうにかなると思ってるの?

 

「断る」

「えぇーやろうよー。おしえてよぉー」

 

 くっそ。こいつ…いちいち可愛い仕草しやがって。

 俺は悠々自適な日々を過ごす為に、この1週間外出を我慢していたのだ。

 由比ヶ浜には悪いが、これもお前の為だ。

 宿題は1人でやりましょうね!

 

「…ひっきー……だめ?」

「…ったく。仕方ねぇな」

 

 ナマ言ってすいませんでした。上目遣いには勝てませんでした。

 

「お兄ちゃん。晩御飯どうする?」

「あー…もうそんな時間か」

 

 ひょっこり小町が顔を出す。たしかにそろそろ良い時間だ。小町が聞いてくるって事は食材がないのだろう。

 スーパーかぁ…暑いだろうなぁ…ヤダなぁ…。

 

「結衣さんも食べて行くでしょ?ほらお兄ちゃん! メモはこれ! はい! いってらっしゃい!」

「…んじゃ。ちょっと行ってくるわ。由比ヶ浜はここで待ってろ」

「あたしもいく!」

「お、おう。んじゃ行ってくるわ。追加なんかあったら言ってくれ」

 

 ほいほーいと小町が返事した。可愛いなぁ。アホっぽいけど

 スーパーまでは多少距離があるが歩けない距離ではない。メモを見ると結構な量だった。

 そうだ。自転車を台車として使おう。

 

「はい。ヒッキー」

 

 アホの子が自転車の荷台に座ってサドルをぽんぽんとしている。

 

「なんで乗ってんだよ」

「え?だってこっちのが楽だし」

 

 アホの子が自転車の荷台に座ってサドルをぽんぽんとしている。

 仕方ないから由比ヶ浜を荷台に座らせたままカラカラと押して出発した。

 

「わっ。ヒッキー、乗らないの?」

「いや…その…今日の服。似合ってるぞ」

 

 赤黒チェックのミニスカート、白いノースリーブシャツの下にはインナーの白いキャミソールが透けて見える。足元はおしゃれなサンダルを履いていた。

 彼女がプライベートでスカートをはくのはかなり珍しい。珍しいからこそドキッとしてしまう。

 

「…はぅ。ありがと」

 

 俺の意図が伝わったのか、彼女は座ったままでそのまま自転車を押す。俺の服をきゅっと握る手が愛らしい。

 由比ヶ浜がパンツ系なら即2人乗りして向かってるんだが…。まぁ、たまにはこんなのもいいだろう。

 他愛もない話をしながらスーパーに向かう。

 

 店内で温かい目線や「若いっていいわねぇ~」という独り言が突き刺さった俺達は、二人して顔真っ赤。

 おまけに由比ヶ浜が俺の服をつまんだまま放さない。帰り道ですれ違う人にまで「あらあら」とか言われる始末。

 当然のごとく帰り道は無言だった。あれだ。恥ずかしすぎて会話できんかった。

 

 夕食後は由比ヶ浜の宿題を見てやる事になった。

 

「ありがとね。ヒッキー」

「おう、ってかお前、コレに手ぇつけてないだろ…」

「アハハ…いやぁ、ヒッキーと一緒にやろうと思って」

 

 仕方ない。やるって言ったんだ。できる限りは面倒みてやろう。

 

「ねぇヒッキー。ここなんだけど――」

「あぁ、そこはだな――」

 

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

 

 そして2時間ほど経過した。由比ヶ浜も集中してたんだろう。静かだった。

 

「大分進んだな、少し休憩するか」

「うわっ。こんなに時間経ってたんだ!ここまで集中できたの初めてかも!」

 

 どうやって総武に受かったんだろうか。未だに謎だ。

 鉛筆転がして受かってたらどうしよう。

 

「コーヒーでいいか?」

「え?あ、うん。ありがと」

 

 普段使わない脳を使ってるんだ。少し甘めにしてやろう。

 リビングに行くと小町が休憩していた様で、小町にもコーヒーを淹れてやった。

 宿題がそろそろ終わる事を伝えると「小町のもやってほしい」とワケの解らない事をほざくのでブラックで出してやった。

 

 アホめ。そんなに甘くないんだよ。

 

 キンキンに冷えたMAXコーヒーとアイスカフェオレを持って部屋に戻る。

 

「…すぅ…すぅ」

「…………」

 

 気持ちよさそうに寝息を立てる由比ヶ浜結衣。腕を枕にして口をむにゃむにゃしてる。

 

「由比ヶ浜。風邪引くぞ」

 

 起きる気配は微塵もない。というか起こしたら悪いと思えてしまう。

 父性。というのだろうか。

 

 今日、こいつは沢山がんばったんだ。少しくらい休んでも誰も文句は言わないだろうし、言わせない。

 皺になるからアウターのシャツを脱がせ、彼女の後頭部に手を添えてゆっくり後ろに倒す。

 机を静かに引いて、仰向けの彼女の膝下と背中に手を入れ、お姫様だっこをして俺のベッドに寝かせる。

 

よく頑張ったな

 

 よしよしと頭を撫でる。ほにゃりと由比ヶ浜の顔が綻んだ。

 これ以上構って起こしてしまうのも悪い。俺はリビングで宿題の続きをする事にした。

 仕方ない、小町の宿題も一緒にみてやろう。

 

 さらに1時間が経過して21時を回った。小町の宿題も少しだけだが見てやった。

 

 そろそろ由比ヶ浜を起こした方がいいだろう。一応、俺から由比ヶ浜マには連絡を入れておいた。

 

『あら~。貴方がヒッキー君ね。いつも結衣がお世話になってます~。そっちで寝ちゃってるなら結衣の好きなようにさせてあげてね。娘の事、お願いします』

 

 あった事ないのに信用されすぎて少し怖い。あいつ親にどんな話してるんだよ。

 というか『好きなように』ってどういう意味だ。遠回しにお泊り許可出てるんだけど。

 まだこの時間なら家まで送れる時間だ。ちょっと様子を見てみようとそっと部屋に入る。

 

…起きてるか?

「うぅーん…あえ?ひっきぃ?」

 

 なんだこの可愛い生き物は。しかもなんか部屋からすごくいい匂いがする。

 由比ヶ浜はまだ寝ぼけてるし、しばらく寝かせておくか。向こうの親にはちゃんと連絡してるし、通報はされないだろう。

 無意識に頭をなでなでしていると、彼女の手が俺の腕を掴んでぐいっと引っ張って来た。

 

「っ…おまえ起きてるだろ」

「んーん」

 

 いや、起きてるから。返事しちゃってるから。

 さらにぎゅっと力が込められ、双丘に腕が挟まれる。

 だが、ここで慌てる様なマネはしない。チェーンメールの時、由比ヶ浜が俺にやった事に俺は耐えた。

 あの時の恥ずかしさに比べたら、こんなのどうってことない。

 いや、恥ずかしいのは恥ずかしいけど。

 

「待て待て、時間は大丈夫なのか?」

「ママにはもう連絡したから、大丈夫」

「…そうか」

 

 うん。そうだ。と彼女は言って抱き着く力を緩めた。少し払えば簡単に振りほどける。

 俺はゆっくりと腕を動かし頭を優しく撫でる。

 

「はぅ…ヒッキー撫でるの上手だね…」

「…小町が小さい頃によく撫でてやってたからな」

「ねぇヒッキー。お話しよ?」

 

 由比ヶ浜の囁く様な声に、強い意志を感じた。

 俺の事を知りたい、自分の事を知って欲しい。

 俺も同じだ。もっと知りたいし、知って欲しい。

 

 だが、その前に確認しておこう。

 

「お話はいいんだが、由比ヶ浜。お前今日はどうするんだ? お前の母ちゃんは『お前の好きにさせてやってくれ』って言ってたぞ。だから、お前が決めろ。帰るか?それとも…」

「ママにはもう泊ってくって言っちゃった。エヘヘ…」

 

 えへへじゃねぇよ。着替えとかどうすんだよ。

 …こうなっては仕方がない。今更帰すのもはばかられる。

 小町の助力を請う為、彼女の部屋をノックする。

 

「小町。ちょっといいか?」

「どしたの?」

「あー…由比ヶ浜の事なんだが、今日泊って行く事になってな」

「あー、それなら。はい。コレ」

 

 ボストンバッグが出て来た。小町が言うには由比ヶ浜のバッグだそうだ。

 

「……最初から泊る気満々だったのかよ」

「結衣さんが言うには念のためみたいだよ、お兄ちゃんを困らせるのは嫌みたい」

 

 そういう事か。帰れるなら帰るけど、お泊りになってもいいように準備だけはしておいた様だ。

 たしかにいきなり泊るって言われても時間が遅ければ遅いほど色々と危ない。

 今日のあいつ薄着だし…スカートだし。

 

 ボストンバッグを持って部屋に戻ると由比ヶ浜がベッドでもぞもぞしていた。

 枕に顔をぐりぐりしてんーんー唸ってる。

 やめて!俺の枕からいい匂いしちゃう!寝れなくなっちゃう!

 

「由比ヶ浜。先に風呂入ってくるからその間に着替えとけ、暇だったら適当に本でも読んどけ」

「んふぁ。わかった。ありがと、ヒッキー」

 

 もう突っ込むのもめんどくさくなった。『んふぁ』って何だよ。

 犬っぽくマーキングしてんなら『わふぅ』ってのが正しいと思うんですが。

 

 サブレよ、お前の飼い主は大丈夫か?

 

 さっと風呂を済ませて由比ヶ浜を風呂に行かせた後、勉強に使っていた机に紅茶を持ってくる。

 コーヒーとは違い紅茶には体温を上げる効果がある。眠くなった時にすんなり寝れる方が良いだろう。

 部屋の片づけも済んだので読書でもして待つことにする。

 

「お風呂ありがとう」

 

 由比ヶ浜が戻って来た。上気しているせいか色気を感じる。

 

 俺はベッドの上に胡坐を組んで壁にもたれた。由比ヶ浜も俺の隣で足を延ばして壁にもたれている。

 2人きりだとか、間違いがーとか。そんな事は気にならなかった。

 ただ、彼女の事を知りたい。それだけだった。

 しばしの沈黙の後、由比ヶ浜結衣が口を開く。

 

「それじゃ、お話しよっか」

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