人生イージーモード   作:EXIT.com

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第25話

 昨日の晩にヒッキーといっぱい話した。

 いつのまにかあたしは寝ちゃってたみたい。瞼ごしに太陽の光を感じる。

 鳥のさえずりというよりセミの合唱やかましい。

 昨日と感触の違う枕に疑問符を浮かべながら、あたしは目を覚ました。

 

「起きたか」

 

 ヒッキーの声が聞こえた。

 声がする方へもぞもぞと向き直って少し重たい瞼を開いた。

 

「おはよう、ヒッキー」

「おはようさん」

 

 ヒッキーの後ろに天井が見える。電気はヒッキーが消してくれてたみたいだ。

 

 え?天井?

 

 あたしはヒッキーに膝枕されてた。恥ずかしい。顔が燃える様だ。

 でもそれ以上に嬉しい。あたしが起きない様にずっとこうしてくれてた。しなくてもいのにね。

 

「ヒッキー。ありがと」

 

 ごろんと壁側に転がっておなかあたりに顔をうずめる。

 あたしのだらしない顔は見られたくない。ちらっと見えてるヒッキーも首まで紅かった。

 そのままぐいぐい顔を押し付けてるとふわっと頭に手が乗せられて、優しく撫でられた。

 

「はぁ…気持ちいい」

「…逃げないって言ったしな…」

 

 そうだったね。昨日に本音で、本気で話して、少しだけ理解し合えたんだよね。

 あたしは昨日の事を思い出す。

 

 

 ――――――お話ししよっか。

 

 ヒッキー。

 

 

 …なんだ?

 

 

 ヒッキーにとっての友達ってさ。どんなの?

 

 

 いきなり難しいお題だな。言葉で説明できるかわからんが、それでもいいか?

 

 

 うん。ちゃんと聴くから。

 

 

 んー。アレだ。春仁みたいな関係が一番分かり易い。春仁は家族だからってのもあるが、もし、あんな関係を他人と築けるなら、それは本物と言っていいと俺は考えてる。

 

 

 本物かぁ…。

 

 

 そうだ。人は簡単に裏切る。春仁が来るまでは、俺も友達を作ろうと頑張ってた。相手を信じようとしていたんだ。でも、昨日まで友達だと思ってた奴がいきなり敵になったりした。

 下駄箱にゴミを突っ込まれたり、教科書を捨てられたりもしたが、それが一番キツかったな。でもそいつを責められない。そいつが俺に肩入れするとそいつにまで被害が及ぶからな。

 

 

 うん。…ちゃんと聴いてるよ。

 

 

 …だから俺は諦めた。その方が良いと思った。俺が傷つくだけならまだいい。でも、俺と関わる事で誰かが傷つくのは嫌だった。これは今でもそう思ってる。

 

 

 …うん。

 

 

 由比ヶ浜は…その、俺と関わる事で辛い思いしてないか?本音で言ってくれ。

 

 

 んー。まだ、辛くない。ってのが本音だよ。

 

 

 

 まだ。か。

 

 

 うん。そうだ。 えっとねヒッキー。あたしの思ってる事言うね。

 

 

 あぁ、俺もちゃんと聴く。

 

 

 あたしは、傷つかない関係なんてないと思うんだ。ヒッキーの言う本物でも、本物になる前にさ、いっぱい傷つけあってる。偽物でもそれは同じだよ。

 あたしね、1年の時さがみんと仲良くやってたんだけど、その関係は偽物だったの。偽物の時点で相手を傷つけてる事がわかった。だから終わらせたの。

 

 

 …あの時のか。

 

 

 うん。すごい辛かった。 だからさ。傷ついてない本物なんてないと思うんだ。

 

 

 なるほど。だから、まだ。なんだな。

 

 

 うん。 でもねヒッキー。あたしにとって、ヒッキーは本物だよ。

 

 

 …恥ずかしいんだが。

 

 

 あたしも恥ずかしいよ。でもさ。あたしは逃げたくない。きっとあたしはヒッキーを傷つけるし、ヒッキーに傷つけられると思う。

 

 

 …続けてくれ。

 

 

 あたしはヒッキーを信じてるから。ヒッキーもあたしを信じてくれてるのわかる。あぁー…何言ってるかわかんなくなってきちゃった。

 えっとね。辛い事あっても大丈夫だし、嫌だったらちゃんと言うから逃げないで。って言いたいの。

 

 

 …たしかに、俺は逃げてたかもしれないな。

 

 

 ヒッキー。

 

 

 …どうした?

 

 

 …あたしね、ヒッキーの事好き。

 

 

 …由比ヶ浜。今それを言うのは卑怯じゃないか?

 

 

 うん…わかってる。…本心だからちゃんと言うの。

 あたしは、ヒッキーがあたしをどう思ってるかちゃんと言葉がほしい。今じゃなくてもいい。

 

 

 …わかった。少し時間をくれ。おい、由比ヶ浜お前――――――

 

 

 

 んふぅ。頭撫でられるの気持ちいい。勢い半分で告白しちゃったけど後悔はまったくない。

 あたしは本心を言った。ヒッキーは逃げない努力をしてくれるだろう。

 あたしはそれだけでも嬉しい。仮にフラれても、またアタックすればいいだけだ。

 何の問題もない。

 

「なぁ、由比ヶ浜」

「んー」

 

 膝枕となでなでのコンボで陥落寸前のあたし。名前呼ばれたら無血開城まである。

 顔を上に向けてヒッキーを見た。なんだか真剣な顔してる。

 うぅ、そんなにジッと見ないで欲しい。照れちゃうから。

 

「聴いてくれ」

 

 …声色が違う。あたしはすっと身体をおこしてドアを背に向けて座る。するとヒッキーも、枕側を背にしてあたしと向かい合った。

 

「由比ヶ浜。俺もお前が好きだ」

 

「…ヒッキー」

 

「俺の彼女になってほしい」

 

 言い終わるとほぼ同時に、ヒッキーの脇の下に腕を回して抱き着いた。彼もそっと抱き返してくれて、あたしは幸福感に包まれる。

 涙も嗚咽も我慢しない。声も泪も幸せの証なのだから。

 

「あー…ったく。お前泣きすぎだろ」

「だってぇ…ぐすっ

 

 彼の胸にすがる様な姿勢なあたしは顔を少し上げて、恋人の瞳をじっと見る。

 あたしは無言でおねだりをしてみた。彼に伝わるだろうか。捧げるのではなく、奪ってほしい。

 ヒッキーとの距離がだんだん縮まっていく。あたしは瞼を閉じて彼を待つ。

 

 

 ――距離がゼロになるまで後3秒。

 

 

 

 ヒッキーがあたしのファーストキスを奪ってくれた。

 大好きだよ。ヒッキー。

 

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

 

 由比ヶ浜が俺の彼女になった。

 

 朝までみっちり考えて考えて、考え抜いた。

 そこで出た結論。

 

 俺は、由比ヶ浜が好きだ。

 

 前から好きな事を自覚していたのだが、自信が持てなかった。

 過去の言いふらされた件以来、人と関わる事にひどく臆病になってしまった。

 告白して、振られて、言いふらされて、春仁が暴れる。これがテンプレのはずだった。

 

「…よく寝る奴だ」

 

 恋人は今、俺の腕の中ですやすやと眠っている。それはもう幸せな寝顔だ。

 情事には至っていない。キスした後にすぐ寝た。ヘタレってのは否定できないが、ガチで眠かった。

 

 由比ヶ浜は俺を本物だと言った。俺にとっての本物とは、実は俺もよくわかっていない。

 それでも、俺は由比ヶ浜に本心をぶつけてくるのだろう。俺はそれを受け止めて。言葉を紡いでいけばいい。

 

「…もっかい寝るか」

 

 どうせ腕に恋人の頭が乗ってて身動き取れないんだ、もう少し寝てもいいだろう。

 起こしてしまわない様にふわりと髪を撫でる。

 

「…ふわぁ」

 

 起きた。と思ったら身体ごとすり寄って来た。狭い狭い。

 

「いや、落ちるから。もう少し向こう行け」

「やっ」

 

 や。じゃねぇから。

 

「ったく」

「んぅ~」

 

 抱きしめて身体ごとずりずりと動かす。豊満なやわらかい塊が存分に押し付けられて顔が熱くなるのを感じる。

 というか腹が減ったので朝食にしませんか?由比ヶ浜さん?

 

「ほれ、起きろ」

「やっ」

 

 いや。や。じゃねぇから。

 

 布団でいちゃいちゃしてるとスマホが鳴動しだした。確認してみると平塚先生からの連絡だった。無視すると後が怖いので電話をかけて話を聴いた。

 

「先生はなんて?」

「奉仕部で合宿に行くみたいだ」

 

 詳細はメールで送ると言っていたし、ひとまず腹ごしらえといきたい。本気で腹減って来た。

 

「由比ヶ浜。朝飯くうだ――」

「結衣」

「……あの、朝――」

「結衣」

 

 だめだこれは、ゆきのんが定着した日が思い出される。呼ぶまで動かな「結衣」わかったわかった。名前で呼ぶから抱き着く力を弱めろ。

 こいつ地味に力あるな…怒らせない様にしよう。

 

「…結衣、朝――」

「なぁに?ヒッキー!」

「かぶせてくんな! 朝メシ用意するから、離れろ」

 

 小町は友達の家に行くとメモがあった、適当に調理をして朝ごはんを食べる。

 そういえば結衣はいつ帰るのだろうか。流石に一度帰った方がいいだろう。

 

「結衣」

「ん?」

「一旦帰って荷物置きにいこう」

「うん。わかった」

 

 俺が後片付けをやっている間に、結衣にはシャワーやらメイクやらを済ませてもらった。

 来た時と同じ格好なのが気になるが、歩いていけばいいだろう。

 

 道中は他愛もない話でそこそこ盛り上がった。デートしたいとかデートでどこ行きたいとかデートいつ行くとか。

 どんだけデート行きたいんだよ!外暑いからあんまり出歩きたくないんだけど。

 行くなら、宿題終わらせてからな。俺は手伝わないからそのつもりで。あと上目遣い禁止。

 

 

 結衣を家に送り届けて帰ろうとしたのだが、由比ヶ浜マに捕獲されてしまった。

 なんというか、姉の間違いじゃないかってくらい若い。

 

「で、二人は付き合ってるの?」

「あー…はい。お付き合いさせてもらってます」

「うぅ~…ママ!恥ずかしいからぁ!」

 

 この後さんざんいじくりまわされて俺と結衣が首まで赤くなったのは言うまでもない。

 結衣に至っては目尻に涙浮かべてた。

 

 デートにはまだ行ってない。宿題終わらせるのが先だ。俺も行きたいんだから早くおわらせてほしい。

 

 そしてやってまいりました合宿当日。

 先生からのメールによると千葉村に行くらしい。俺と小町が集合場所である千葉駅前に着いた時には、結衣と雪ノ下がお菓子屋や飲み物などの買い物を済ませていた。あたりを見渡すが春仁と一色の姿が見えない。何かあったのだろうか?

 

「柊と一色は来れない様だ」

「え?」

「柊は体調を崩していてな、一色はその看病だ。まったくあいつらいつもいつもいちゃいちゃと…

「そ、そうでしゅか」

 

 怖い、怖すぎて噛んだ。俺にも彼女できましたなんて言えない!

 結衣もそれを察知した様で、俺達が付き合ってる事は先生にはバレない様にする運びとなった。

 雪ノ下は結衣から聞いたのだろう。素直に喜んでくれた。

 

『結衣さんは私の大事な友達なの、泣かせたら承知しないから。覚悟しておきなさい』

 

 真夏なのに寒気がした。感覚的に春先くらいのひんやりした感じだ。

 俺も明日あたりに風邪引きそうだから今から帰っていいですか?

 

『明日中に体調回復したら俺達も向かうから先に楽しんでてくれ』

 

 春仁からメールが来た。先手打たれた!ちくしょう!

 風邪ひくんで帰ります作戦を実行する前に企画倒れにされてしまった。

 危険を回避する案をめぐらせていると遠くから俺を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「はちま~ん!」

 

 戸塚ぁ!戸塚も来るのか、なんで早く言わないんだ!

 

 結衣がやっはろーと偏差値低そうな、いつもの挨拶を交わしてワンボックスに乗り込む。

 平塚先生に助手席に指名されて仕方なく乗り込んだのだが――

 

「助手席が一番死亡率が高いのだ」

『先生がサイテーだ!』

 

 なんとも不安スタートを切った、奉仕部の合宿が始まった。




累計で29名の方に評価をしていただきました。
重ねてお礼申し上げます。

ありがとうございます。
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