人生イージーモード   作:EXIT.com

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第27話

『夏休み期間中のボランティア人員募集!詳細は平塚まで。』

 

 夏休みが始まる前に、学校の掲示板に張り出されたプリントを見かけた。

 俺は少し気になって先生に聞いてみた。

 

『小学生の林間学校があってな、それのサポートを私が押し付けられたのだ。それのサポートスタッフだよ。――働き次第では内申点も考慮しよう』

 

 俺は小学生という単語に少し反応してしまう。

 あれはもう済んだ事だ。今更、どうしようもない。

 

「はい!みんなが静かになるまで3分かかりましたー!!」

 

 考え込んでいたのだろう。俺は大きな声でハッとする。

 まさか教師の常套手段をこの歳で聴くとは思わなかったが。

 

「それでは!林間学校でサポートしてくれるお兄さんとお姉さんを紹介します!」

 

 さも当たり前かの様に拡声器が渡された。当たり障りのない事を拡声器越しに言う。「素敵な思い出をたくさん作ってくださいね!」と。

 

 視界に、雪乃ちゃんを始めとする奉仕部の面々が映るが、柊といろはの姿が見えない。彼らは参加していないのだろうか。

 ちらと横を見れば、優美子は微笑みを浮かべ、戸部と姫菜は小学生のパワーに圧倒されている様だった。

 

 

 小学生のオリエンテーリングを見守りながら山道を歩く。アスファルトの照り返しがないせいか、日差しの割に涼しく感じる。草木の青臭い香りも嫌いじゃない。

 時折小学生が手を振ってくる。俺は“素敵な思い出”の為に手を振り返す。これも仕事のうちだ。

 ふと、前を歩いているヒキタニ君達が立ち止まる。彼らの視線の先には、既視感がある光景が広がっていた。

 

 5人グループの女子――であってほしい。そのグループは、楽しそうな4人とそうではない1人だった。

 4人はいわゆるクラスの中心的な子たちなのだろう、すぐさま俺と優美子に走り寄り、じゃれついてきた。

 4人組は優美子に任せて、そっと話しかける。

 

「チェックポイント、見つかった?」

 

 名前を聞くと「鶴見(つるみ)留美(るみ)…」と教えてくれた。彼女の背中に手を添え4人組の所まで誘導する。

 歩く留美ちゃんは少し俯いていた。傍から見ても楽しそうには見えない。合流した4人組が留美ちゃんを見る視線は、友達を見るそれではなかった。

 

 ――同じだ。あの時と。

 

 留美ちゃんも、どこか当時の雪乃ちゃんを彷彿とさせる美貌の持ち主だった。

 俺はまた失敗したのだろうか。彼女に声をかける事は間違いだったのだろうか。

 いや、俺は人の善性を信じたいんだ。4人を悪と決めつけるのは早計だ。

 

 小学生たちのお昼も終わり、俺達は夕食であるカレーの準備に取り掛かる。

 火の番をしている時に偶然ヒキタニ君と2人きりになった。

 

「…柊は来てないのか?」

「…春仁は風邪引いてまだ寝てると思うぞ」

 

「…いろはもか?」

「一色は看病だろ。あいつら、基本一緒にいるしな」

 

 お大事に。と伝えてほしいとお願いして。会話は終わった。

 

 

 結局、どうすれば良いのかわからないまま時間は進み、俺はまた過ちを繰り返す。

 柊が怒りを巻き散らした日に俺は学んだはずなのに、何一つ理解できていなかった。

 

『カレー、好き?』

『……別に。カレーに興味ないし』

 

 その場を取り持つ為に4人組にカレーの話題を振ってなんとか場を盛り上げようとしたが--失敗。微妙な空気だけが残った。

 こんな時に柊がいてくれたらと思ってしまう。

 なんでだろうな、あいつはどこか俺と似てる気がするんだ。

 

 俺達の夕食も終わり、陽も暮れて、いくばくか涼しくなってきた。

 ヒキタニ君の妹である小町ちゃんが紅茶を淹れてくれたのでありがたく頂く。

 木々が風に揺られてざわざわと音を出していた。なんとも言えない沈黙が続く。

 

「大丈夫、かな…」

 

 結衣が心配そうにヒキタニ君に話しかける。無論、留美ちゃんの事だろう。

 

「何か心配事かね?」

 

 平塚先生が聞いてきた。

 

「ちょっと悪意で孤立してしまってる子がいたので…」

「隼人…あん時はあーするしかなかったし」

 

 優美子がフォローを入れてくれた。

 相手にしないという選択肢もあっただろう。しかし、俺にはそれが選べなかった。

 

「葉山。お前が苦しんでるのは分かる。顔がらしくないからな」

「はは。…そんなにヒドい顔してるかい?」

「隼人くぅーん。気にしすぎっしょ。俺らはもう気にしてないんだし。元気だしてこ!」

 

 大和、大岡。そして戸部。

 彼らはあの一件の後、俺が作ってしまった溝を埋めようと努力してくれた。

 俺はそれに戸惑っていたが、戸部の明るくて、前向きな性格に助けられた。

 こうやって今も手を差し伸べてくれてる。

 

「戸部。優美子。ありがとう」

「っちょ!海老名!?」

 

 姫菜が鼻血だして倒れた。優美子…いつもすまない。

 ハヤトベ?俺には理解できない言葉の様だ。

 

「それで、君たちはどうしたいのかね?」

 

 先生に結論を求められる。俺は、留美ちゃんを見て見ぬ振りする事で、過去の自分を否定するような気がした。

 俺は、友達を信じた気持ちを否定したくない。

 

「俺は…どうにかしてあげたい、です」

「貴方では無理だと思うのだけれど。そうだったでしょう?」

「……そうだね」

 

 俺の気持ちまで否定される事は遺憾だけど、彼女には俺を否定する権利と資格がある。悔しいけど、何も言えない。

 

「雪ノ下はどうかね?」

 

 雪乃ちゃんはこの案件を奉仕部の活動に含めて良いかと先生に問い。先生はそれを是とした。

 そして、彼女は凛とした声で宣言した。

 

「私は、彼女が助けを求めるなら、あらゆる手段を持って解決に努めます」

 

 反対の意見は出なかった。出るはずもない。

 もし柊がこの場にいたら、彼女になんと言ったのだろうか。

 

「それでは、君たちでどうするか考えてみたまえ」

 

 平塚先生はふわぁと欠伸をしつつ去って行った。

 

『鶴見留美を取り巻く環境の改善方法とは』というお題で話し合いが開かれた。

 

 優美子は留美ちゃんは可愛いから声掛けて仲良くなればいい。と主張する。

 しかし、結衣がそれは優美子だからできる事だ。と反論。

 

 姫菜の意見は趣味で友達を作る。という物だったが、薔薇の予感がしたので優美子にお願いして隔離してもらった。

 俺のやり方では解決はできない、何かいい方法はないのだろうか。

 助けを求められてるかどうかすら、定かではない。

 このまま話し合っても何も生まれない、今日はもう寝る事になった。

 

 俺のやり方では不可能な事はわかっている。

 だから、今回は書記係に徹した。

 参考書を見る為に持ってきていたタブレットが思わぬ形で役に立った。

 

 電気を消して、横になる。じわじわと瞼が重くなってきた。

 

 戸部が戸部らしくっべー!と騒いでいる。仕方ない。戸部だし。でも、こいつはどこか憎めない。

 好きな人は?イニシャルでいいから!としつこく聞かれたので「Y」とだけ答えておいた。

 戸部は姫菜が好きなんだそうだ。がんばれよ。応援する。

 

 俺のやり方では今回は悪化するだけだ。それはよくわかる。

 でも、何もしないで見て見ぬ振りをするのはできない。

 

 みんな(・・・)が楽しい世界を望むのは間違っているのだろうか。

 

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

 

「荷物は大丈夫か?」

「おっけーです!」

 

 朝6時だというのに元気よく返事するいろは。行き先が山という事もあり、スニーカー、デニムショートパンツ、オレンジのTシャツの上からは白い長袖のパーカーを羽織っている。

 バランスの良いスタイルとすらりとした脚は正に眼福である。耳元で「似合ってる」とぽしょりと伝えておいた。

 彼女は相変わらず不意打ちには弱く、頬を赤らめる姿が愛おしい。

 

「桃花さん。お願いします」

 

「「しゅっぱぁーつ!しんこうっ!」」

 

 母と娘による息ぴったりの号令。

 親子というより姉妹と言われる方がしっくりくる。

 

 高速に乗ったあたりでいろはが俺の肩にもたれかかって、くぅくぅと寝息を立てる。朝もかなり早かったし、何よりついてから全力で楽しむ為に今休んでおくのが正解だろう。

 

「いろは、寝ちゃったのね」

 

 桃花さんが話しかけて来た。

 

「ええ、起きたの5時とかですし」

 

 抱き着いて「はー落ち着く」と言って大人しくなったのも束の間、即「楽しみー」とじたばたし出した。遠足の前日かよ。何度「寝ろ」と言ったか覚えてない。気持ちはわかるけど。

 

「いろはの事、よろしくね」

「はい」

 

 短く答えて、ふと外を見る

 2時間ほど走っただろうか、もう都市部は抜けている様で、深緑の大地と天色(あまいろ)の空の美しさに息を呑む。

 可愛い彼女の頭を、肩から膝上へ動かして髪を撫でる。

 そのまま、俺も寝てしまった様で、千葉村の駐車場で桃花さんに起こされるまで2人して爆睡していた。

 ちなみに写真のシャッター音で起こされた。

 はずかしい。ちくせう。

 

 

 平塚先生に到着の連絡を入れた。

 帰りは先生が学校まで乗せてくれるとの事。

 

「わかったわ。2人とも、楽しんでらっしゃい!でも、怪我はしないようにね。」

「はい。ありがとうございます。桃花さん」

「お母さん!ありがとう!」

 

 うん!と満面の笑みを浮かべて、桃花さんは駐車場を後にした。

 

 時刻は9時くらいだ。流石に朝食は終わっているだろう。

 手を繋いでのんびりと歩く。

 しばらくすると八幡だけが食事をしているテーブルが見えてきた。

 おかわりだろうか。茶碗にご飯をマンガ盛りをしている結衣と目が合う。

 

「あ!ハル君!いろはちゃん!」

 

 まだ大きな声はしんどい。俺は、手を上げて応える。

 八幡も手を上げた。口がリスみたいで吹き出しそうだったがなんとか堪えた。いかん。口角がひくひくする。

 

「おはようございまーす。わたしは先に荷物置いてきますねー」

 

 いろはが俺の肩からひょいと自分のバッグを取って、女子の荷物置き場に向かって行った。

 

「あら、貴方達。来たのね。来ないかと思ってたわ」

「ちょっと風邪が酷くてな、連絡出来なくてごめん」

「大丈夫よ。…後できっちり説明してもらうから」

 

 少し寒気がしたのは気のせいだ。気のせい!

 そんな事より。とユキが続ける。

 

「今、私達はある問題解決に、奉仕部として取り組んでいるのだけれど。ハルにも知恵を貸してほしいの。葉山君が議事録をとってくれているから、彼から状況の説明をして貰って頂戴」

 

 問題…か。それは別としていい機会だ。

 丁度彼とは話をしたいと思っていた。彼は今、薪を運んでいるみたいだし、それが終わってからでいいだろう。

 手持ちぶたさなので木で櫓を組んでいる八幡の所に行く。

 

「春仁、身体はいいのか?」

「あぁ、大丈夫だ。心配かけてすまん」

「…そうか。よかった」

 

 ストーカーの事は誰にも話していない。巻き込んで無傷で済むとは考えてないし、いろはの心に傷が残る。最悪の場合は頼らざるを得ないが…。

 

「柊…少し、いいかな…?」

 

 葉山が話しかけて来た。

 

「葉山か。いいぞ」

「わたしも行きます。葉山せんぱい。いいですよね?」

 

 葉山も了承。俺達3人は少し移動する。移動中も会話は一切ない。葉山の顔はお世辞にも良いとは言えない。ユキが説明しなかった事が気になる。

 疑問は様々だが、まずは話を聞くことにした。

 10分ほど歩いた所で立ち止まる。

 

「ここらへんでいいかな…」

 

 葉山が真剣な顔で話し始めた。

 

「説明するよ――」

 

 彼の説明は客観的で要点もまとまっていて分かり易い。いろはもすぐ状況を理解した。

 しかし、わからない事がある。何故、葉山はこんなにも深刻な顔をしているのだろうか。

 

「それで説明は終わりか?」

「…ああ、説明は終わりだ」

「聞きたい事も聞けたので、わたしは川でせんぱい方と遊んできますね~。 はるひと。わたしの水着、楽しみにしてて下さいねっ♪」

「…俺も着替えて行くから」

「はぁ~い♪」

 

 俺の彼女が可愛すぎて困る。それはさておき。

 

「葉山。本題はなんだ?」

「はぁ…助かるよ」

 

 葉山が静かに、はっきりとした声で話し始めた。

 

「留美ちゃんが昔の雪乃ちゃんに似ててね、どうしても思い出してしまうんだ。あの時も、今日も、俺のやり方は正しくない。それは分かってる。嫌ってほど分かってるんだ。でも!見て見ぬ振りは俺はできないんだ…」

 

 葉山がさらに続ける。俺は彼をじっと見る。

 

「昨日、雪乃ちゃんに否定されてね。柊。教えてほしい。俺の考えは間違っているのか?雪乃ちゃんを助けた事がある君なら、何か知ってるんじゃないのか? みんな(・・・)が仲良くするためにはどうしたらいいんだ?」

 

 葉山は自分の行動を否定されて、自分の考え方までも否定された様に錯覚してしまったのだろう。なんとも彼らしい苦しみ方だ。

 チェーンメールの時の演説も、おそらくユキの時もそうだろう。葉山は自分の考え方に基づいて行動したに過ぎない。その考え方は多くの人に理解され、賞賛されてきた。だが、ユキを、戸部達を、目の前の少女すら救う事ができない現実を目の当たりにして苦しんでいる。

 

「葉山…」

「俺は、どうしたらいいんだろうな…」

 

 葉山がみんな(・・・)に拘る理由。それは彼が優しいからという側面もあるだろう。だが本質はそこじゃない。

 葉山はきっと挫折を経験した事がない。あるいは、挫折をそれと認識していない。

 持てる者は持たざる者の事を理解できない。常に誰かが側にいる彼には1人ぼっちの事がわからないのだ。

 

「葉山。お前、挫折した事ないだろ」

「…どういう意味だい?」

 

「そのままの意味だ。お前は過去に縛られているだけで、向き合っていない。自分の考えを正当化しようと無駄にあがいてるだけだ」

「過去と向き合う…か」

「そうだ。どう向き合うかは、自分で考えないといけない」

 

 俺も人の事は言えないけどな。偉そうな事言って申し訳ない。

 

「君は、乗り越えたのか?」

「…まぁ、な。でも、今のお前には関係ない事だ。まぁ、いつか話してやるよ」

 

 今の葉山に話すのははばかられる。こいつは底抜けに優しいが、その優しさで傷つく事をあまり理解していないだろう。

 

「どうだ?少しは楽になったか?」

「ああ、ありがとう。少しだけ楽になった」

「しんどかったらいつでも来い、お前が聞きたくない言葉をぶつけてやるよ」

「ははっ。お手柔らかに頼むよ」

 

 俺達は話を終え、川に向かった。葉山は胸のつかえがとれたのか、スッキリした顔をしている。

 

「なぁ、隼人」

「っな、なにかな?」

 

「俺はお前が嫌いだ」

「…そういう事か。…俺の事を何も知らないくせに、嫌いとはご挨拶だな。春仁」

 

 俺達はニッと笑いあって。握った拳をぶつけあう。

 隼人、いつでもいいから、今度はお前から言ってくれ。

 

 

 

 川では桃源郷が広がっていた。美少女が水着で戯れる光景を脳裏に焼き付けるべく木陰に座って幹にもたれる。

 

「はるひと。どう?」

 

 始めて目にするいろはの水着姿は黄色いホルターネックの水着だった。着やせするのかはっきりと主張するバストとヒップ、抱けば折れてしまいそうなくびれた腰。水滴を弾く白い肌は美しいの一言だった。

 

「――あー…しょの…綺麗、だ。 よくにあってりゅ」

「はぅ…あ、ありがと。綺麗…綺麗かぁ…えへへ♪」

 

 噛みました。可愛い、いや綺麗な彼女から目が離せない。

 水滴がきらきら光るアクセサリーの様で、瞬きを忘れてしまいそうだ。

 

 八幡は結衣とユキの水着姿を見て顔を真っ赤にしていた。

 まぁあれだけ押し付けられたら赤面するわな。

 

 何をとは言わないが。




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