はるひとに水着を褒められた。素直に嬉しい。可愛いじゃなくて綺麗と言われたのも始めてだった。
彼、噛んでたし、顔も真っ赤だった。わたしに見惚れてたんだよね?
あ、あんな反応をされたらこっちまで照れてしまう。
両親の前で告白されて、両親の前で抱きしめられて、両親の前でキスをされてから、わたしは無敵になった。最低限のTPOは弁えるけど、それ以外は人の目なんて気にしないのだ。
そんなわたしは、彼の隣にぺたりと座って彼の肩に頭を置いている。
「はるひと」
「ん?」
「ふたりっきりで旅行とか行きたくないですか?」
「旅行かぁ…場所次第だな」
「海がいいですっ!」
日焼け止め塗ってもらったり、沖で抱き着いたり…
色々と
「海は…ちょっと、んー…アレだな。気が進まないけど。いろはが行きたいなら行こうか」
なんでそこで悩むんですか?わたしの水着姿みたくないんですか?
抱きつかないとわからないけど、いい身体してますよね?見られて困るとか思ってないでしょ?
腕が胸に挟まれるのが恥ずかしいんですか?今更ですよ?
――あーもしかして。もしかすると。
「わたしの水着姿を他の男に見せたくない。とかですかぁ~?」
はるひとの肩がびくっと跳ねて、握られた手にきゅっと力が込められる。頬が赤く染まっていく恋人の反応は、わたしの期待を裏切らなかった。
「……そうだよ。…なんでわかんだよ」
んふぅ。んふふぅ。わたし、ちょ~えがお。
いろはちゃんを侮りましたねぇ。今のところは先手取れてるみたいですし、もっと攻めましょう。
「じゃあ。わたしの水着、選んでくださいねぇ~」
手をにぎにぎしてきた。絡めた指で手の甲をつつーとなぞり合う。
はるひとの顔は日焼けしたみたいに真っ赤だった。
きっとわたしに着てほしい水着を考えている。横顔がとても愛おしい。
はるひとは耳まで赤くなってた。ここらでトドメといきましょう。
耳元に唇を寄せて、精一杯の甘い声で囁く。
「…でも、えっちなのはだめですよっ♪」
ぼんって効果音が鳴ってもおかしくないリアクションをした。湯気もみえたりしないかな。
ちょっとやり過ぎたかもしれない。俯いてぷるぷるしてる―――反省はしないけど。
普段はキリッとしててカッコイイ。でもこんな風に羞恥心にまみれるとあら不思議。母性くすぐる子犬みたいになっちゃう。
んふぅ。ちょーまんぞく。
「…まいりました」
「またわたしの勝ちですねー♪―――ん…」
勝ったご褒美にキスを落としてくれました。ちなみにわたしが負けてもなにもありません。
だって負けないし。
わたし達がじゃれあってるとユキせんぱいに似てる子が比企谷せんぱい達とこっちを指さしながら話してた。
はるひとの手を引いて行ってみる。キスしてるの見られてても問題ありません。むしろ慣れてほしいです。
「はちまん。この人達、誰?」
「一色いろはですっ」
「柊春仁。君が留美ちゃんかな?」
すごくかわいいです。ユキせんぱいを幼くしたみたい。
「なんかこの2人も、他とは違う感じがする」
「あー、たしかにそうだな。一色は猫かぶるし、春仁はそもそも寄せ付けないからな」
「ねぇハル君。いろはちゃん。ふたりだったら留美ちゃんみたいになっちゃったらどう対処するの?」
「わたしのやり方はわたししかできないと思いますけど―――実際にわたしもこーゆーのありました。無視して無視されてってやつ。私は可愛かったので回数を数えるのがめんどくさくなる程度に標的にされましたね。 それを無視してたらエスカレートしていったんですけど、クラスの男子を味方につけて対処しましたね」
これは輪の外にいたからできた事だ。輪の内にいるなら別の手段になるけど、クラスの女子が敵になる結果は同じだろう。
私はこの方法しか知らない。
「俺は…そうだなぁ―――八幡の言う様に友達いなかったし、我関せずって感じだな。 返事になってなくて悪いけど」
はるひとにちょっかいかけれる人はいないと思うので、あんまり参考にならないですね。
わかってました。はい。
「留美。惨めなのは嫌か?」
留美ちゃんは目尻に涙を浮かべながら肯定の返事をした。
――――肝試し、楽しいといいな。
そう言って比企谷せんぱいはどこか行ってしまった。
「ヒッキー…」
「結衣せんぱい。行かなくていいんですか?」
「いろはちゃん…うん。今は…1人にさせてあげたいかな…」
結衣せんぱいも悲しそう。比企谷せんぱいも罪な人だ。
「あたしもね。こんな経験あるんだ。 あたしは無視されるのが怖くて、ずっと上辺だけの付き合いしてたからさ。なんか留美ちゃんの事、他人事とは思えないよ」
結衣せんぱいはきっと救えなかったのだ。見て見ぬフリをしてしまってそれが尾を引いているのだろう。
「壊すしかない――だろうな。きっと八幡も、そう考えている」
「それで、どうするの?」
ユキせんぱいがそう切り出した。何が?とか分からないほど馬鹿ではない。言うまでもなく留美ちゃんの事だ。
誰も口を開かない。わたしとはるひとは口を出さないと事前に決めていたので意見を述べるつもりはない。ただ、アドバイスはできる範囲でする。
そんな中比企谷せんぱいが口を開く。
――俺に考えがある。
比企谷せんぱいの案はやはり『関係の破壊』だった。なるほど確かに効果はあるし、極限状態の人間は鬼になる。あれはもうヒトではない。
わたしの時もそうだった。私が猫なで声で男子に助けてもらった時の主犯の慌てようったらなかった。
必死で行われる犯人のなすりつけ合い。自分の意中の人に嫌われたくない一心で、つい1分前まで一緒に笑いあってた友達を売る。言うまでもなくその子嫌われてフラれちゃったけどね。
はるひとも理解していた。彼はさっき我関せずと言っていたが、あれはおそらく建前だ。本音はきっと『根絶』ではないかと推測できる。
彼は無視するとかされる以前に、『その程度の事に構ってられる程、余裕がなかった』のではないだろうか。
はるひとから聞いた訳でもないし、今後聞く事もないだろうけど、なんとなく想像できる。
「みんなぼっちになれば、少なくとも留美は惨めに感じない」
比企谷せんぱいは最後にそう締めくくった。
『誰もが平等な世界は、誰もが等しく不幸せな世界しか存在しない』
脳裏によぎったこの悲しい言葉を見たのは、いつだっただろうか。
林間学校2日目の夜のメインイベントである肝試しが始まった。
何やらコスプレ衣装があったが、女子高生のコスプレを見たいという欲望がまる見えだったので誰も着なかった。
雪乃ちゃん――いや、雪ノ下さんだけは浴衣を着ていた。春仁に「どうかしら?」とすりよっていて、いろはが少し膨れていたな。
春仁の仕掛けがうまくいっている様で。あちこちから悲鳴が聴こえてくる。
『肝試しで重要なのは“不気味である事”だ。適当にお経とか悲鳴の音源を携帯に入れてそこそこの音量で流してやればいい』
『あぁ、あと霧がかってるのもいいな、コーヒー豆とか入手できるならそれっぽくできるんだが――…あるみたいだな、これで視界が多少悪くなるから不気味さが増す』
『わぁぁ!はちまんすごいね!楽しそう!』
『戸塚…怖かったら言うんだぞ?俺が守るから』
『ヒッキー! そんなの《めっ!》だよ!』
よくもまぁ、思いつくものだ。
俺は比企谷案の中核である極限状態を作り出す役を買って出た。春仁が便乗してきたのは意外だったけど、どこか嬉しさもある。
春仁は顔が割れていないから色々都合がいいみたいだ。優美子と戸部も付き合ってくれる。3人ともすまない。
俺のスマホが震える―――合図だ。
「優美子、戸部、春仁。行こう」
3人は首肯で応えた。
留美ちゃんのグループを視界に捉えた。戸部と優美子に目で合図する。
相変わらず4人と1人だ。胸が苦しい。
小学生4人組は本人たちにとってさぞ優しい世界に住んでいるのだろう。その世界を壊す事で極限状態にもっていけるだろうか。
肝試しつまんなーい。ぜんぜんこわくなーい。しょぼいよねー。
それぞれが面白おかしく好きに騒いでいる。
『バカみたーい』
「…あんさー。今馬鹿って言ったの誰? 別にあーしらあんたらの友達じゃないんだけど」
「ちょっと調子乗っちゃってるカンジ?ここで社会のキビシサ教えておくのも先輩の務でしょぉー!」
優美子も戸部も演技してる訳じゃなさそうだ。多分、本気で気に入らないのだろう。
「葉山さん!こいつらやっちゃっていいスか!?」
「…………そうだな。半分は見逃してやる。 選べ」
怒る演技は俺には難しすぎる。無表情が精いっぱいだ。春仁が言うには、これはこれで怖いみたいだけど、彼にだけは言われたくないがね。
目の前では比企谷の予想通り友人の売り合いが始まっていた。そして、当然の様に差し出される鶴見留美。
「…………あと2人だ。 選べ」
「隼人。あんま時間かけんな。行くぞ」
春仁が低い声で追い打ちをかける。俺はカウントダウンを始めて焦燥感を煽る。
5――4―――3――――2――――――1。
俺の心が折れそうになった時に目の前が真っ白に光る。闇夜に慣れていた視界はチカチカとしている。
『走れる? こっち』
声と足音が遠ざかっていく。予想した結末ではなかったが、確かに鶴見留美という少女は、自らの行動によって救われた。
「こんなやり方でも救えるのか…しかし、こんな気持ちは二度とごめんだな」
春仁は比企谷の所へ向かった。こういうのは慣れてるらしい。これに慣れてるって…春仁、君はどんな思いをしてきたんだ…。
俺と戸部、そして優美子は精神的な疲れもあって、そのまま休むことにした。
「戸部、由美子。ありがとうな。辛かっただろう」
「隼人くん。お互い様っしょ。でも、こんなのは、もうやりたくないね」
「……あーしはもう寝る。気分悪いし。おやすみ、隼人」
俺も少し横になりたかった。というか1人になりたかった。
今回救われたのは留美ちゃんだけじゃないかもしれない。少なくとも俺は、過去と向き合う事ができた。
「挫折…か…」
少し目を瞑って考えていると煮詰まっているのか眠れない。
ごそごそと音が聞こえる。どうやら比企谷が帰って来た様だ。
「比企谷君…」
「葉山…眠れないのか? まぁ、あんな事を目の前で起こしたんだ。 気分悪かっただろ? すまなかった」
「いや、俺が自分でやるって決めたんだ。君が謝る事はないよ」
「…そうか」
「君が俺と同じ小学校だったらどうなっていただろうね…」
「どうだろうな…春仁もいただろうし、案外悪くないかもな」
俺と比企谷と春仁。3人がもし一緒に過ごせていたら…
「それでも」
春仁に言われた言葉を比企谷にも言いたいけど、俺はまだ2人と対等じゃない。いつか春仁と比企谷に『お前の事が嫌いだ』と言いたい。
「俺は君とは仲良くできなかっただろうな」
「ひでぇな。春仁経由で仲良くやってるって事にしといてくれ」
これは俺が比企谷八幡に始めて伝えた本音だった。彼らとは対等でいたい。お互いに何も期待しないそんな関係でいたいと願いつつ、バンガローに戻った俺は意識を手放した。