人生イージーモード   作:EXIT.com

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第29話

 俺たちの合宿も無事?に終わり、平塚先生が運転するワンボックスは一路、総武高校を目指していた。

 

「柊は楽しめたかね?」

「えぇ、いい気分転換になりましたよ」

「来た意味があってよかったよ。 昨夜、比企谷にも言ったが、大分危ない事をしたそうじゃないか。 なんとか問題にもならずに済んだ。――でも、こんな案件はこれで最後にしてほしいものだ」

「…すみませんでした」

 

 俺達の責任者は平塚先生だ。先生に相談せずに行動したのは確かにまずかった。しかし、相談して守られるのは俺達だけだ。留美ちゃんの問題を見て見ぬ振りする結果になった可能性も高い。この先生が反対するとは思えないが。

 

「かまわんさ。少しくらい問題児の方が愛着も沸く。君も教師を目指すのであれば、覚えておきたまえ」

 

 ホント男前な先生だ。――こんなに美人なのに。アニメとかマンガの話しなかったらいいんじゃないだろうか。あと結婚の話もしなかったらいいと思います。

 

「他の部員もどうやら楽しめたみたいだ。 ふふっ。 よく眠っている」

 

 助手席から首を捻って後ろを見る。

 ――すんごい静か。せいぜいくぅくぅと寝息が聴こえるくらいだ。千葉村を出たあたりは賑やかだったが、八幡が寝たあたりから皆が気を使って声量を落とした。それで、そのまま眠ったのだろう。女性陣は夜遅くまで女子トークに花を咲かせていたようだ。

 

「そういえば君は一色と付き合っているんだったね。あまりハメを外しすぎないようにな」

「肝に銘じておきます」

 

 ふっと微笑む平塚先生は、どこか寂しそうだった。

 その後は世間話や結婚とか、八幡の愚痴とか結婚とか結婚の話をした。

 先生。俺、彼女いるんで。他当たって下さい。応援はするんで。

 

「柊。ちゃんと未来は見えているか?」

 

 都市部が見えてきたあたりで先生が問いかけて来た。

 意味深な質問だ。言葉に詰まってしまう。

 未来を見る。それは自分で選択するって事だ。

 俺は選択の余地なく生きてきた。それはわかってる。

 

「…まだ見えてない。ってのが正しく思えます」

 

 俺は自分の事を、自分で選んでいない。

 選択肢を模索せず、感情に、周りに流されているだけだ。

 

「ちゃんと解ってるようで何よりだ」

 

 未来。未来か…あの日まではひとりで生きていける事を第一に考えて行動してきた。だから料理もできる様になった。寂しくても泣かなくなった。苦しくても我慢した。いじめには立ち向かった。その為に身体も鍛えた。

 それが俺の“普通”だと己に言い聞かせていた。そしていつしか、言い聞かせるまでもなくそれが日常になった。

 だが、母が他界してからはどうだろうか、家に帰れば八幡と小町がいる。学校にはユキ、結衣、隼人もいる。なにより俺の傍らにはいろはが居る。寂しくはなくなった。苦しい事も少なくなった。

 俺は、寂しさ、苦しさの基準がわからなくなっていた。

 

「柊。もう一度言っておこう」

 

 ――君の未来は君ひとりだけのものじゃない。

 

 今ならなんとなくわかる気がする。だが、言葉にすると消えてしまいそう。そんな気がした。

 

 

 

 俺もいつの間にか寝てしまっていたみたいだ。窓の外には見慣れた校舎が見える。

 車の外に出て大きく伸びをする。八幡たちは既に荷物をトランクから取り出していた。

 

「家に帰るまでが合宿だ。気を付けて帰る様に! それでは解散!」

 

 あんたそれ言いたかっただけだろ。

 

「俺と小町は買い物行って帰るが、春仁はどうすんだ?」

「とりあえずいろはを送ってからだな。荷物も置きたいし」

「ねぇねぇヒッキー。ゆきのん。ちょっとお茶していかない?」

「んー。ならサイゼでもいくか。雪ノ下はどうするんだ?」

「そうね。私も一緒に――」

「ひゃっはろー!雪乃ちゃーん。迎えに来たよ」

「…姉さん」

 

 突然後ろから現れた陽乃さん。ユキを迎えに来たと言っているが、はたしてどうだろうか。これは俺も少し言葉を選ばないと少々危険かもしれない。

 

「――お久しぶりです。陽乃さん」

「…懐かしい顔だね。柊君。――それとも昔みたいにジン()君って呼んだ方がいいかな?」

 

 流石に忘れてないか。しかし本当に美人だ。昔の可愛い面影も残しつつ美しさが際立っている。

 いろはが腕を絡めて来た。少しだけ震えている。八幡も結衣を庇っている。その判断は正しい。

 

「陽乃さんの好きなように呼んでもらって構いませんよ」

「じゃあジン君も私の事は昔みたいにお姉ちゃんって呼んで欲しいなぁ~♪」

 

 いや、呼んでないから。勝手に人の過去を捏造するのは止めて頂きたい。

 痛い痛い。いろはちゃん?足踏んでるよ?わざとか?痛い!わざとだ!痛い!!

 

「あ!比企谷君!ひゃっはろー! 後ろの子は初めましてかな? 雪ノ下陽乃です。雪乃ちゃんのお姉さんだよ~」

「あ、由比ヶ浜結衣です。――ゆきのんの友達…です」

 

 陽乃さんが結衣を冷めた目で舐める様に見た。結衣はたじろいでしまう。

 

 ――友達…ねぇ。

 

 陽乃さんはユキに何があったのかその目で見ているはずだ。結衣の事を奴らと同類かどうか選定しているのだろう。しかし、結衣とユキはお互いを友達、あるいはそれ以上の関係だと認識している。陽乃さんがユキを心配する気持ちはわかるが、これは少しお節介が過ぎる。

 

「陽乃さん。もういいでしょう?用があるのはユキだけのはずだ。他の人間を巻き込むのは止めて下さい」

「…雪乃ちゃんをおいて行ったジン君がそれを言うのかぁ」

 

 それを言われると痛い。だがここで引き下がる理由もない。俺を貶めるのも構わない。しかし、ユキが認めてる彼女の友達を侮辱されるのは腹に据えかねる。

 

「本当は、雪乃ちゃんを迎えに来ただけだったけど気が変わったかな。雪乃ちゃん。お母さん待ってるんだけど。――来るよね?」

「…わかったわ。――結衣さん。ごめんなさい。お茶には行けなくなってしまったわ」

「あ、うん…じゃあ…またね。ゆきのん」

 

 八幡と結衣も察した様だ。ここは引き止めるべきではない。

 

「何突っ立ってるの?ジン君も来るんだよ?」

「え?は?――っちょ!」

「はるひと!?」

 

 陽乃さんが俺の腕を引っ張り、いろはを引き離す。

 

「はぁ…陽乃さん。相変わらずですね。――わかりました。同行しますから、いろはも一緒にいいですか?」

「誰?この娘。ジン君の彼女?」

「そうです。俺の彼女です」

 

 いろはが怖がってる。俺はそっと腰に手を添えた。そうすると少し落ち着いたのか、俺に少しだけ体重を預けて来た。背中に温もりを感じると恐怖が薄れるらしい。

 

「なら問題なし!貴女、名前は?」

 

 完璧な作られた笑顔で質問する。さっきまで素の顔でいたからあまり意味はないと思うが…。いろはもこの笑顔が作りものだって事はすぐ分かるだろう。

 

「一色いろはです」

 

 俺の彼女は毅然とした態度で応じた。

 八幡たちに別れを告げ、合宿はひとまず終了した。陽乃さんはここの卒業生らしく、平塚先生が頭を抱えている。

 

 先生、ご愁傷様です。

 

「都築。出して」

 

 陽乃さんの合図で車が走り出す。

 ユキはまだ俯いている。俺といろははこれから起こるであろう尋問に耐えるべく、気を引き締めた。

 

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

 

 雪乃ちゃんを連れて来なさいと母に()()された。逆らうととってもめんどくさいので実家()()連れて行ってあげた。でも、私は母の前まで連れていけとは言われてない。だからそのあとは雪乃ちゃんに委ねる事にした。

 そんな事よりもジン君との邂逅はまさに僥倖(ぎょうこう)だった。

 雪乃ちゃんが心を許している唯一人の男性。彼は無自覚だけど、あの時の雪乃ちゃんの目には、彼がヒーローに見えたに違いない。よく雪乃ちゃんとふたりでジン君を取り合ったね。懐かしいなぁ。

 本当は彼女さん抜きでふたりで話をしたかったけど、同席させないときっと彼は来なかっただろう。それくらいは譲歩しないとね。私はお姉さんなんだし。

 

 私はふたりを連れて行きつけの喫茶店に入った。この店は知る人ぞ知る店であまり人は来ない。私達はテーブルに案内されて注文を済ませると、数分後に鼻孔をくすぐる薫り高いコーヒーが出て来た。

 

「まずは、ごめんね。ジン君。いろはちゃん」

「陽乃さん。大丈夫です。俺もいろはも怒ってはいませんよ。びっくりはしましたけどね」

 

 いろはちゃんも首肯で応える。このふたりには私の仮面は通用しないみたいだ。

 

「ジン君。昔みたいに呼んで欲しいな」

「………はるのちゃん」

 

 私をちゃん付けで呼んでくれるのも君しかいなかったよ。今でもいないけど。

 ジン君の顔が少しだけ赤い。ジン君は年上が好きなんだよね。お姉さんは知っている。

 

「おふたりはいつ知り合ったんですかぁ?」

「幼稚園の頃だよ。いろはちゃん」

「おぉ~。幼馴染なんですね。って事はユキせんぱいとも…」

「そうだ。ユキとも幼馴染だ。でも9年間会えてなかったから、今では友達って関係が正しいぞ」

 

 いろはちゃんは気付いてるみたい。雪乃ちゃんにとってジン君は特別だ。恋愛なのか親愛なのか、それは重要じゃない。

 

「ところで、何故俺達はここに連れてこられたんですか?――まぁ大体察しはつきますけど…ユキの事でしょう?」

「そうだよ。ジン君といろはちゃんは雪乃ちゃんと一緒にいて、どう感じるかな?」

 

 いろはちゃんが人差し指を唇にちょんと当てて「んー」としている。可愛い。持って帰りたい。ジン君にお願いしてみようかな…。

 

「正直、わたしはユキせんぱいの事はあんまり知らないです。わたしが見えてないだけかもしれませんが」

 

 後輩からの目線だとかなり分かりにくいと思うからそれは想定内だね。そもそもいろはちゃんは女の敵が多そうだ。

 ジン君は腕を組んで目を瞑っている。

 

「ここ最近の印象で言うと。自分の意見をあまり言ってない様な気がするな。奉仕部の依頼も誰かの意見に乗っかってる気がする」

 

 ――そう、それが雪乃ちゃんの問題なんだよね。それともうひとつ。

 

「…雪乃ちゃんはね、私を目標にしてるんだよ…。姉としてはうれしいんだけどさ、私の真似ばっかりしてもだめなんだよね。自分でやりたい事見つけて、決めて。自分で考えて、悩んで――私は雪乃ちゃんに私みたいになってほしくない」

「…はるのちゃん。だからって嫌われるのは違うんじゃない?」

「はるひと。女心はそんなに簡単じゃないです。――っ」

 

 いろはちゃん。図星だよ。図星なの。だからそこから先は言葉にしないでほしいかな。

 

「はるひとは女心をもっと勉強してくださいねっ」

「………善処します」

 

 いろはちゃんがちらりとこちらを見てウインクした。思ったよりすごい子だった。そう。いろはちゃんが言おうとしてた事はおそらく正解だ。

 

 私は雪乃ちゃんが羨ましい。

 

 何ヶ浜ちゃんみたいな素敵な女友達がいて。比企谷君みたいなありのままを見てくれる友達がいて。いろはちゃんみたいな後輩がいる。

 それだけじゃない。私にはない自由が雪乃ちゃんには与えられている。私は父の名代で雪ノ下家の娘を演じる必要があった。つまらない会話で楽しそうに見せたり。男性が喜びそうな笑顔だって…。

 でも雪乃ちゃんは大切な唯一人の妹。幸せになってほしい、私みたいに引かれたレールの上を歩く人生は送ってほしくない。

 

 永遠に続くジレンマ。正直苦しい。

 

「ジン君。いろはちゃん。お願いがあるの」

 

 ふたりは私の目をじっと見つめる。いろはちゃん持って帰っていい?ってジン君に言ってみたいけどそれは後回し。

 

「雪乃ちゃんの成長の為に協力して欲しいの」

「……それは構いませんが、具体的に何をすれば――」

「ううん。何もしないでほしい。 雪乃ちゃんが助けてって言うまであの子に委ねて欲しいの」

 

「なんとなくわかってきました。依存させない為ですね?」

「あぁ~。たしかにユキせんぱいは妙にはるひとに近いですね。わたしが彼女って事は知ってると思うんですが、わたしもユキせんぱいの事好きですし、あまり気にしてなかったですね。ぶっちゃけると、ユキせんぱいだったらはるひとに抱き着いても構わないですねぇ」

 

 いろはちゃん?割と問題発言してるけど自覚あるのかな?自覚ある方がタチ悪いけど!

 

「そういう事だね。今までは母が指示出して、それに従ってた。でもそんなの『人生イージーモード』過ぎるでしょ?実際わたしはそうだったし、簡単すぎるからつまらなかった」

 

 簡単って事は誰でもできるって事。やっぱり人生はハードモードじゃないと楽しくない。雪乃ちゃんはすっとばしてエキスパートモード経験しちゃったけど。

 

「人生イージーモードか…」

「ジン君? どうかしたの?」

 

 顔に陰りが見える。何か気に障る事言っちゃったのだろうか…。

 

「はるのちゃん。俺の家族の事なんだけど――――」

 

 ジン君のお母さまの事を今知った。確かにジン君のスペックだけを見ると有象無象からは人生が楽そうに見える。実際は真逆で、困難(ハード)どころか地獄(ヘル)だ。

 そんな風に見られたらそれは腹も立つね。うん。納得。

 でもひとつわかった事がある。

 

「ジン君。あえて言うね。――君さ。マザコンの自覚ないでしょ?」

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