「海だー!」
青い空。白い雲。
そして可愛いわたし。
「海だー!」
「なんで2回言った?」
「ほら!はるひとも!う――んむっ!」
「やめなさい。ほとんど人がいないからって大声出すな」
口を手で塞がれた。んーんーもごもご。
わたし達は、勝浦市の守谷海水浴場にやって来た。7月は人が沢山きたみたいだけど、8月になるとシーズンを過ぎるのか人があまり来ないみたい。
プライベートビーチっぽい。あくまで『っぽい』のだ。
さて、今の時間は朝の7時。手早く着替えて海を満喫しましょう。
「じゃあここで待ってて下さいね」
更衣室に入って、先日買った緑のビキニと白いパレオに着替える。更衣室の中には全身が映る大きな鏡があった。ついついポーズを取ってしまう。
わたしは彼と再会するまで、様々な“わたし”を演じて来た。男がわたしの味方で、女がわたしの敵になった。味方にしておくためには餌が必要で、色々なわたしを餌にして生きて来た。
既に本物の自分がどんなのか、わからなくなっている。
わたしも、演技をするのはもうやめないと。
「おまたせしましたー」
「……やっぱり。似合ってるな――綺麗だ。…すごく」
彼ははにかんで口にする。
さっきまで取っていたポーズで扇情的に魅せたかったのに、それを忘れるほどまっすぐな言葉だった。
「はぅ…ありがとう…ございます」
彼の手をきゅっと握る。すると彼が肩に持っていたパーカーを掛けてくれた。そんなさりげない優しさがとても嬉しい。
そう、わたしは背中には日焼け対策をしていなかったのだ。オイルを塗ってほしいという邪な考えもあったのは否めないけど、純粋に嬉しい。
ありがとう以上にありがとうを伝える言葉はなんだろうか。わたしは知らない。
知ってたらとっくに使ってる。
「行くか!」
「はい!」
今やりたい事を全部やろう。その気持ちはまぎれもなく私の本物だ。
「ひゃぁあ!つめたーい!――――えいっ!」
「うおっ!――にゃろう!」
ぱしゃぱしゃと海水をかけたらざっぱぁんって数倍の仕返しをされた。
おのれはるひと!勝負です!えいっえいっ!
「えっあっ。っちょ。は、はるひと? なななんでお姫様だっこなんですか? いやぁ!だめ! 投げないで! いやぁぁぁ!」
海に投げ飛ばされました。なんとも言えないふわっとしか感じがクセになりそう。
わたしを投げた本人は、お腹かかえて笑ってた。わたしであそぶのはダメですぅ!
「もう!いきなり投げるなんてぇ! うひゃあ! だめっ! やだやだぁ! きゃぁぁああ!!」
――ざっぱーん。
これ駄目ですね。お姫様だっこで嬉しい恥ずかしい。からの空中浮遊コンボ。超やばいです。たのしい。
人差し指を立てて目の前に突き出す。反対の手は腰に添えて。《めっ!》としたらもっかい投げられました。
――――うひゃあああ! あはははは!
お昼は海の家で食べる事にしました。味はまぁまぁですけど、味を求めるのは無粋だと思ってます。
「あーん♪」
「……」
「手が疲れるので、早く食べてくれませんか?あれですか?手料理しか受け付けないって事ですか?だったらムリに食べなくてもいいですよ。学校始まってからはるひとの教室に押しかけて手作り弁当をあーんするだけですし。あ!それを期待してたんですね。なんだぁ♪早く言ってくれれば良かったのに。腕によりをかけてはるひとのお弁当作りますね!嫌いなおかずありませんよね?」
彼が顔を真っ赤にして食べてくれた。わたしにもあーんしてくれたので教室に押しかけるのはやめておく事にします。
「ごちそうさまでした」
「まいどー!」
海の家のおじさんが超元気だった。
お昼を過ぎたあたりから利用客が増えて来た。さっきみたいに投げられるのは危ないかもしれない。ちょっぴり残念。
「はるひと。オイル塗って下さい」
「……お前は俺を殺す気か」
「え?まだ死んでなかったんですか?てっきり朝の時点で脳は殺せてると思ってました」
「そっちじゃねぇ! まぁ。悩殺されたのはあってるけどな……ほら。うつ伏せになれ」
きもちいー。時折変な声でちゃうけど。
「んふぅ~」
「どんな声だよ。鼻息荒すぎだろ」
「わたしは可愛い。可愛いは正義。正義だからなんでもアリ」
「あーはいはい。可愛いねー。ほれ、仰向けになれ」
しっかり塗ってくれたのはいいんだけど。わたしの顔見ながら塗るのはやめてほしかった。
だって、顔が赤いのばれるじゃないですかー。手で隠しても結局ばれるじゃないですかー。
つまり、横向くしかできなかった。
火照った身体を冷ます為に沖の方まで行ってみた。
わたしは後ろからはるひとの首に手をまわしてしがみついてただけ。
超らくちん。
「結構深いな]
「うわぁーすごいすごい!」
魚というか海底が見える。千葉県と言ってもここは太平洋。
海面から見える海底はどこか幻想的だ。
「おぉ…これはすごいな――っちょっとまずいかもな。雨が降るかもしれない。浜にもどるぞ」
はるひとの視線の先に積乱雲が見えた。ずっと振りはしないだろうが、安全ではない。
わたし達は浜に戻る事にした。
「わー。振ってきましたね」
豪雨と言って差し支えない雨だ。空は雲に覆われ時折雷の光が見える。もう海で遊んでいる人はいなかった。
雨はいいけど、雷はまずい。わたしは雷の音が怖い。
はるひとがスマホで天気を確認して、怯えたわたしの顔を見て言う。
「少し、雨宿りしていこうか」
近くのホテルに入った俺達は、雨が止むのを待っていた。
天気予報にはゲリラ豪雨とあったのですぐ止むだろう。というか止んで欲しい。
俺は先に温かいシャワーで塩を落とした。今はいろはが浴室にいる。
密室でふたりっきり。意識してないといえば嘘になる。意識しない様にするのが精いっぱいだ。
備え付けのソファーに腰を下ろし、コーヒーを飲んで煩悩を押さえつける。
「もどりましたー」
「おかえり」
いろはも意識しているのだろう。紅潮した顔から期待と不安が見え隠れしている。
「いろは。大丈夫か?」
「…雷は苦手です」
隣にちょんと座る彼女の腰を優しく抱き寄せる。肩に重さを感じた。
きっと、今の空気は呼吸するだけで虫歯になるのではないかと思える程甘いだろう。
指を絡めて、手を握る。軽く力を入れると、同じ様に返して来るいろは。
会話はない。クスクスと笑って甘えてくるいろは。飲んでたコーヒーはブラックだったが、なんとなく甘く感じた。
「こんな楽しい旅行初めてです」
「…それは俺もだ。っていうか旅行が初めてだ」
「…はるひと――ん…」
いろはも待っていたのだろうか。そっと唇を寄せてキスをする。
触れ合うだけなのにとても熱を感じる。二つの心臓が奏でるリズムは次第に大きく。速くなっていく。
恍惚な顔をする彼女は可憐で、とても綺麗だ。
「……いいですよ」
愛する彼女をお姫様だっこでベッドまで運び、そっと抱きしめる。
見つめあって、キスをして。肌を重ねて…いろはの純潔を奪う。
――愛してる。
雨は、まだ止みそうにない。
苦痛と快楽に振り回される扇情的ないろは。日焼けの跡が艶めかしい。彼女のかわいらしい嬌声が部屋に響く。
何度も交わり、愛を囁く。何度も、何度も彼女の名前を呼ぶ。
――はるひとぉ! 好きぃ! 大好きぃっ!
たまらなく愛おしい。
俺達は一線を超え。いつのまにか抱き合いながら眠りについていた。
雨は、一層激しくなっていった。
目覚めたのはどちらが先だろうか。外からは雨音は聞こえなくなっていた。
なにやら柔らかい。もぞもぞするといろはが可愛らしい声を出した。
「おはよう。はるひと」
「んぁ…おはよう。いろは――んむ…」
おはようのキス。ちゅっちゅと触れ合わせる優しいキスだった。
いろはが俺の頭を抱きながら言う
「お風呂入りませんか?」
一緒に。と言わないのはそれが当然という事だろう。もう一度、今度は俺からキスをする。
ひょこひょこ歩くいろはを抱き抱えて、浴室に向かった。
「はぁ~。お風呂が気持ちいい…。――そういえば雨、止みましたね」
「そうだな。ってか今何時だ?」
いろはを股座に座らせ、後ろから腰に手を回している。シャンプーの香りがするが、鼻腔をくすぐるいろはの香りではない。少し残念だ。
「何時でもいいじゃないですか。わたし今とても幸せなんです。――あ…んっ…」
言葉が嬉しくて、後ろからきゅっと抱きしめると余韻が残ってるのだろうか、甘い声を出すいろは。
そのままもう1回致したのは言うまでもない。
身支度を整えてホテルを出た俺達はいろはの提案もあって、もう一度海に向かった。
空はすっかり晴れ渡り、星がうっすら輝いていた。波の音がなんともロマンチックだ。
「次はどこに行きますか?」
「夏休みももう終わるからな…冬には温泉とか行きたいな。スキーでもいいけど」
秋は色々と学校行事が控えているから遠出は難しいだろう。しかもバイクだと行動がしづらい時が多い。やはり普通免許が欲しくなる。
「時間を作ってまたデートに行こう。行きたい場所は早めにな」
「はぁ~い♪」
セルを回して火を入れる、後ろにはヘルメットをかぶったいろは。朝と夜とで雰囲気が違うのは一歩大人に近づいたからだろう。
大人と子供の区別はなんだろうか。
――例えば労働。
働く事なら俺でもできるし、俺はまだ子供だ。その自覚はある。レンガ詰みの男の話で出て来たBは家庭を支えていた。
誰かの為に働く事ができる事が大人なのだろうか。
身近な男性と言えば、思い当たるのはいろはの父である巌さんだが、あの人は強面なだけで、実はお茶目だ。俺もたまに友達感覚で話してしまう。
では女性はどうだろう、真里さんが一番に思いつくが、最近は仕事の事情もあってすれ違いが続いている。となると、いろはの母である桃花さんにピントが合うのだが、あの人もどこかいろはと同じ様な顔で笑う。
労働できる事が大人の証明ではない。という事にしておこう。今の俺で答えが出ないのだから今はこれでいい。多分。
――恋愛という観点ではどうだろうか。
俺の父が真っ先に出てくるのは仕方ない事だ。俺が産まれる前に母を捨てた父。どんな気持ちで母と結婚して、どんな気持ちで浮気をしたのだろうか。――分かりたくもないが…。気持ちが分からなければ反面教師にすらできない。
――いけないいけない。考え出すと哲学っぽくなってしまうのは俺の悪いクセだ。ケースバイケースで流される事無く、自分で選んでいこう。
「それじゃ、帰ろうか」
「はぁーい」
あれから数日が過ぎた。一色家と下宿先を往復して、サブレの散歩をする事が日課になってしまっている。呼んでいるのがいろはなら断わる事も簡単なのだが、巌さんが俺を呼ぶ事が多い。
「春仁くん。
「…ただいま」
少しどころかかなり気が早い巌さん。いろはと結婚――ではないな。単純に俺を気に入ってくれたのだ。
プロポーズもまだしてないのだから、それっぽく扱われるのは気恥ずかしい。
夏休みも残り2週間を切った。学校が始まれば昨年のごとく文化祭が待っている。
将来の事、家族の事。なにより彼女の事。考えないといけない――いや、考えたい事が増えて来た。
――人生イージーモード。
はるのちゃんが言ってた言葉を思い出す。
そういえば、俺も大岡君に言ってたな。あの時はらしくなかった。
簡単か難しいか――いや、そうじゃないな。はるのちゃんはつまらないと言ってた。だったら俺は面白い人生にしたい。
俺はたしかに一般とは違う生き方を強いられてきた。でも今は違う。いつか胸を張って言える様になりたい。
『人生ファニーモード』と。