人生イージーモード   作:EXIT.com

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第33話

 総武高校全体が文化祭に向けて慌ただしくなりつつある。

 2年F組も漏れなく――と思いきや、わいわいきゃあきゃあと賑やかな他のクラスに比べて、少しどんよりした空気が流れていた。隼人達ですら苦笑いしている。

 原因はクラス全員に漏れなく配布された紙の束にあった。

 俺も恐る恐る目を通してみる。どうやら演劇のプロットの様だ。

『2年F組文化祭!』とでかでかと書いてある1枚目をぺらりとめくる。

 

 

『星の王子様』

 監督・海老名姫菜

 脚本・海老名姫菜

 演出・海老名姫菜

 

 ――ぺらぺらぺら。

 

 ぼく・柊春仁

 王子・葉山隼人

 へび・比企谷八幡

 

 ――ぺららららら。

 

 原作は世界的に有名な小説だ。愛情とは、そして友情とはなんだろうか?と考えさせられる話だ。

 他のきつね等のキャストも全て男子で埋められていた。

 

 そっ閉じ。薔薇の香りがぷんぷんする。

 

「なんでキャストは男子だけなの?」

 

 クラスの女子が監督に質問している。

 不満というか、ただ単に疑問に思った様だ。

 安心してくれ。きっとその疑問は、監督以外の全員が抱いている。

 

「え?なんで男子以外が出演するの?」

 

 会話のベクトルが違った。男子だけ()いい、ではない。男子だけ()いい、だった。

 三浦さんが頭を抱えている。がんばれオカン。まけるなオカン。

 ため息を吐くオカンを放置して監督が壇上に立つ。

 

「“ぼく”役候補だった柊君が文実になっちゃったんで、配役を変更し直します!」

 

 そう、監督には悪いが、俺は自分の意思で実行委員に立候補した。

 勿論、自分の成長のためだ。

 去年はクラスに貢献した。同じ事をやっていても、きっと楽しいだけで終わってしまう。

 

「ごめんな。海老名さん」

「これは仕方ないしね。相模さんと一緒に実行委員頑張ってね!」

 

 相模が立候補したのは意外だった、彼女はどんな事を考えて文実などというめんどくさい役割をやろうと思ったのだろうか。

 

 キャストが監督の独断と偏見で決まっていく。

 

「そうだね。根本から見直した方がいいかもしれない。 王子役とかさ」

「海老名さん。話し合おう。 人前に立つと俺は死ぬ。――しかもへび役とか主要キャラじゃねぇか」

 

 抗議を受けた海老名監督が英断ともいえる采配を見せた。

 

 ぼく・葉山隼人

 王子・戸塚彩加

 へび・比企谷八幡

 

「これでよし!」

「「……俺が出る事は変わらないのか…」」

 

 おぉ君たち!息ピッタリだね。

 しかも八幡へび役か。たしか最後の方に王子にかみつくシーンあった様な気がする…。

 

「えっと――ボクでいいのかな…?」

 

 主演が来た。知らないのもムリはない。戸塚君はずっとテニスに打ち込んでるんだ。

 

「あー、原作はなかなかいい話だぞ。持ってるから一度読んでみるか?」

「八幡! ありがとう!」

 

 嗚呼戸塚 ほんとに君は 男なの。 

 はるひとこころのはいく。

 季語がない。やり直し。

 

 うなだれる隼人と、ぐぬぅぉとよくわからない声を出す八幡を尻目に、相模に声をかけて文化祭実行員定例会議に向かう。

 

 隼人。八幡。――強くいきろ。

 

 

 会議室にはぽつぽつと人が来ていた。室内に入ると一斉に視線が向けられる。

 そんな事はどうでもいい。適当な席についていろはにメールを送っておく。

 

「ねぇ、柊君」

 

 隣に座った相模が話しかけて来た。

 

「1年の時はそれほどじゃなかったのに、どうして立候補したの?」

「…そうだな。 成長したいって思ったからだな」

「成長…かぁ」

「――1年の時。覚えてるか?」

「うん。覚えてるよ。カレー堂でしょ? アレ、評判すごかったんだから」

 

 相模は嬉しそうに話す。良い思い出になってるみたいだ。

 あの後に結衣と揉めて少しづつこの子も変わって来てる。

 

「うち、あの時何もできなかったから…今年は何かやりたいなって思って」

 

 なんとなく雰囲気が変わってる気がする。勿論、いい方向に。

 少し前の相模であれば、承認欲求を満たす為だけに『推薦』という形で参加していただろう。

 何が彼女を変えたのだろうか“レンガ積みの男”の話だろうか。

 

 カラカラと扉が開く音が聞こえて来た刹那、喧噪がぴたりと止んだ。

 何事かと思って入口を見る。

 

 総武高校随一の才女がそこにいた。

 1年生の間では『3人のお姉さま』というくくりがある。その一角が、今入って来た雪ノ下雪乃だ。

 あとの二人は結衣と三浦さん。ソースは俺の彼女。

 

 少しきょろきょろして俺と目が合う。ユキがすこしはにかんで俺の隣に腰掛けた。

 

「こんにちは。ハル」

「こんにちは。ユキ」

 

 なんでもない挨拶。しかしどこかぎこちない。というか、彼女はどうして文実に来たのだろうか。少し気になってしまう。

 なんというか、こう。らしくない。ユキはこんな役割は避けるはずだ。

 はるのちゃんが何か言ったのだろうか…。『何もしないで』というはるのちゃんの言葉がよぎる。俺は彼女の言葉の真意をまだ図れていない。

 

 

 視界の隅に見慣れた亜麻色の髪が映る。

 

「こんにちはぁ~。 あ!はるひと!ユキせんぱい!」

 

 とててと駆け寄ってくるいろは。ユキの隣へ腰かけてすぐにユキに抱き着いた。

 

「ちょっといろはさん…その…近いのだけれど。 あと暑苦しいわ」

「ユキせんぱい。 わたしの事…きらい…ですか?」

 

 あざとい!流石いろはあざとい。ユキが庇護欲を刺激されて頬を染めている。

 あれには俺も陥落する自信ある。

 

「い、いえ…嫌いではないわ。 むしろ好きよ」

 

 ゆりのん!結衣といろはでユキを取り合う未来が見える。

 桃源郷ですね。わかります。

 

「ユキせんぱい。ガチですか。ちょっと引きます」

「えっ…」

「いろは。ユキで遊ぶのはやめなさい」

 

 そうこうしてるうちに平塚先生と厚木先生が入って来た。その後に続いて生徒会の面々も会議室に入って来る。

 さすがにこの状況でぴーちくぱーちくしゃべる奴はいない。生徒会長らしき女子生徒に皆が注目する。

 

「えっと。生徒会長の城廻めぐりです。文化祭がんばろー! おー!」

 

「「「「「…………」」」」」」

 

 誰も反応しない。そりゃあいきなり「おー!」とか言われても反応に困るだろ。 心が鍛えられてるのか天然なのか、城廻生徒会長の素早い切り替えで定例会議が開始された。

 生徒会役員が配布した議事録に目を通す。

 

「まずは実行委員長を決めましょう! 2年生でやりたい人!」

 

 ――委員長。つまり責任者だ。

 去年実感したが、文化祭は地域でも注目されるイベントだ。

 ここで成功しても失敗しても成長できるのは間違いない。

 

 ――やってみるか。

 

「いろは。ユキ。相模。 頼ってもいいか?」

「…仕方ないですね。頼られてあげます♪」

「ハルが人を頼るなんて…少し嬉しいわね」

「うちも大丈夫…」

 

 3人とも、ありがとう。

 

 俺はすっと手を挙げて意思表示する。目だけを動かして辺りを見回すが、対抗馬はいなかった。

 

「おぉ! いいねいいねー!じゃあ自己紹介お願いします!」

「2年F組。柊春仁です。よろしくお願いします」

「あぁ~。君がひいらぎくんかぁ。たしかカレー堂?のコックさんだったよね?」

 

「まじか」とか「知ってる」とか。ざわざわと喧噪が起こる。

 そんな有名なの?ただのカレーだよ?確かに結構、いや、かなり盛り上がってたけどさ。

 

「クラスの団結がすごかったんだよねー。本当のお店みたいだったよ。カレーおいしかったし」

「…お粗末様でした」

 

 1年前の事をほめられるとなんかこう…もにょる。

 もにょもにょしても何ら進展しない。城廻生徒会長から会議の進行を委ねられた俺は、各役割を決める為に、再度議事録に目を通す。

 

 宣伝広報。

 テレビやラジオ等のメディア関連に行く可能性がある。ポスター作成依頼それを貼らせてもらう為に店への交渉も必要だ。

 

 有志統制。

 部活動やバンドの参加者とのやり取りが見込まれる。外部の参加者もあるだろうがそれほど多くはなさそう。

 

 物品管理。

 机や椅子はもちろん。必要な機材の運搬も含まれる。男子多めの方がいいだろう。

 

 保健衛生。

 食品関連の申請の取り纏めが主な仕事になる。

 

 会計監査。

 金銭の管理。説明不要。

 

 記録雑務。

 まんま。雑務。もしかしたら一番仕事多いかもしれない。

 

 この6部署は分担されているが、相互協力が不可欠だ。

 では、相互協力する為に今できる事はなんだろうか。

 

 ふぅ。と、一呼吸。

 ちらりと平塚先生と目が合う。先生は微笑んで小さく頷いた。

 

「それでは、各分担を決めて行く。誰か補佐をお願いできないかな?」

「わたし、やります」

 

「軽くアンケート取ります。 希望者は挙手で応えて下さい」

 

 宣伝広報から記録雑務までさっと挙手してもらった。予想通りばらつきがある。有志統制におおよそ3分の1の手が上がった。

 

「…ばらつきがすごいですね」

「大丈夫だ」

 

 問題ない。人を減らすのではなく、仕事を増やせばいいのだ。

 

「有志統制と宣伝広報を“営業部”。会計監査と記録雑務を“総務部”。物品管理と保険衛生を“管理部”に再編する」

「えっ…どういう事?」「えー有志だけでいいのにー」

 

 ざわざわと文句が出る。当たり前だ。むしろ言いなりだと危ない。

 言うだけなら誰でも出来る。論理的に説明しないと誰も納得しないだろう。

 

「文化祭というプロジェクトを宣伝するには、有志参加の内容をある程度知っておく必要ある。察しの通り有志統制担当は間違いなく目立つ。だが、それはクラスだけの話だ。ここに宣伝という要素が加わると、学年、いや学校として注目を浴びる事になる。 どうだ?面白そうじゃないか?」

 

「なんか…すごくね?」

「うん…考えてたよりもスケールが大きいよね…」

「…確かに面白そう」

 

「祭の舞台を作るのが俺達の仕事だ。でも、舞台が無ければ役者は輝けない。――そんなのは祭じゃない。ただ賑やかなだけの何かだ。これでは成功とは言えない」

 

 城廻会長。先生でさえも俺を凝視している。

 文化祭実行委員とは何の為に存在するのか?その目的は何か?

 その意識を統一しておきたい。

 

「では、俺たち実行委員にとっての成功とは何か。 それは、全生徒が、全力で輝ける舞台を用意する事だ」

 

 全員が聴いている。さっきまで欠伸をしていた男子でさえ前のめりだ。

 厚木先生が腕を組んでうんうんと頷いてる。平塚先生はすらりとした脚を組んで微笑を浮かべたまま目を瞑っていた。

 

「俺は、責任者として祭を成功させたい。皆はどうかな?」

 

「俺らがいないとクラスの皆が頑張れないって事か…そんなの嫌だな」

「私やる!私も委員長に賛成!」

「俺も!」「私も!」

 

 すっと手を少し挙げて場を鎮めた。俺は、一人ひとりと目線を合わせる。

 実行委員は誰一人として目を逸らさなかった。

 

 

 管理部と総務部の人員配置も終わり、各部署の長を決める為に立候補を募ったのだが「委員長が指名して下さい!」と要望が出た。

 俺に指名されたらいい事でもあるのだろうか。まさしく謎である。

 ――ふいにそう考えたが、それは間違いだとすぐに気づけた。

 俺が指名する事で、責任の所在が明確にできる。何より俺が背負うべき責任だ。

 

「はるひと。貴方はすごい人って事、自覚して下さいね」

 

 いろはが言う。指名、つまり期待だと。彼、彼女らはそれを望んでいるのだ。

 

「総務部長はひとまず俺が兼任する。営業部長に相模南さん。管理部長に雪ノ下雪乃さんを指名する」

 

 ふたりはにこりと微笑んで首を縦に振って賛同した。

 

「ふたりの就任に賛成の人は、拍手で応えてくれ」

 

 会議室が一気に騒がしくなったのは言うまでもない。

 

 

 ――俺がふたりを指名した事にはちゃんと意味がある。

 

 相模は何かをやりたいと言った。つまり健全な承認欲求だ。

 活躍できなくても構わない。でも、流されずに自分の意志で行動して、成し遂げたいのだ。

 

 ユキは俺に頼られる事を嬉しいと言った。これは俺と対等でありたいという意思表示だ。

 文実に参加した理由はわからない。でも、そんな些末な事はもうどうでもいい。

 肝心なのは、ユキが俺にはっきりと『自分の意志』を伝えれる場を設けた。という事だ。

 

 

 

 実行委員定例会議開始から、およそ2時間が経過していた。

 開始直後のよそよそしさは欠片もなく、活発な議論が交わされている。

 その原因は30分ほど前に俺が言った言葉にある。

 

『やりたい事があるから先にスローガンを決めておきたい』

 

 本格的に活動するとなると、全員が揃うのはほとんどないだろう。できる事なら、今この場で決めておきたい。

 

「はるひと。やりたい事ってなんですか?」

「あ、それ。うちも知りたい!」

「…頼られる側としては知っておきたいのだけれど」

 

 それを聞きつけた文実メンバーが一斉にこちらを向く。

 

 『知りたい!』

 

 なんだなんだお前ら!そんな所で団結するんじゃねぇ。

 サプライズでやりたかったのだが、聴かれてしまっては仕方がない。諦めて白状する事にした。

 

「あー…そのだな。 文実メンバー専用のTシャツを作りたいんだ」

 

 ――しばしの沈黙の後。俺の案は満場一致で可決となった。

 

「それにスローガン入れたいって事かしら」

「すごいすごい!文実専用ってなんかかっこいいです!」

「うちもそう思う! 柊君のあの演説良かったし、役者?舞台?()()とか。そんな感じだとピッタリなんだけどなぁ」

 

「相模、ナイス!それだ!」

 

 音を立てて立ち上がり、ホワイトボードに力強く書く。

 

 

 Be the Light !(光になれ )

 

 

 

 『おぉー! かっこいい!!』

 

「今年のスローガンはこれでいこう。相模!ナイスだ!」

「えっ…うち?…恥ずかしいな」

「相模せんぱい。悔しいけど、これはぴったりです」

 

「よし!時間も時間だし。今日はここまでにしよう。 っと、帰る前に、この紙に部署とフルネームで名前を書いてくれ。 それでは、起立!」

 

 ガタタッと実行委員が立ち上がる。始まりの挨拶はなかったけど。終わりはこの挨拶で締めるべきだ。

 

「お疲れ様でした!」

 

 『お疲れ様でした!!』

 

 

 

 文化祭まで、あと1ヵ月。




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