人生イージーモード   作:EXIT.com

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第34話

 私は集団に馴染めない。

 

 国際教養科のクラスメイトはメイド喫茶をやるみたいだなのだけれど。私のメイド姿を想像して恍惚な表情をする学友達にはなんとも言えない気分になってしまった。

 実行委員に立候補したのも彼女達を傷つけたくない気持ちがあったから。

 それ以外にもあるのだけれど…。

 ――いえ、この気持ちは押し殺さなければ…。友達の幸せを願う事は素晴らしい事のはずなのに、どうして胸が苦しいのだろうか。

 

「それでは。定例ミーティングを始めます」

『よろしくお願いします!!』

 

 ハルが委員長に就任してから1週間が経過した。

 

 私は管理部長という役職に指名された。彼は私に、何を求めるのだろうか。

 だってそうでしょう?指名するという事は『責任は俺が取るから』という事。

 私が自分の責任から逃げる事などないのに…。

 

「各部署の担当者は進捗を報告してくれ」

 

 営業部、総務部、管理部の順で報告をして行く。

 私が預かる管理部はまだ本格的な仕事はない。忙しくなるのは来週あたりからでしょう。逆に相模さんを長とする営業部はすごいの一言。

 少し張り切り過ぎだとおもうのだけれど。大丈夫だろうか。

 

 それとは別に、気になる事がある。

 

「ハル。貴方、ちゃんと休んでいるの?毎日最終まで残っているみたいだけど」

「…流石にユキの目はごまかせないな」

 

 ほとんどの人が気付いてない。でも、彼がごくごく稀に船を漕いでいるのを私は知っている。

 貴方は体調を崩したら粉々になるのだから、いい加減自重してほしい。心配する方の身にもなってほしいものだ。

 

「あら。「頼っていいか?」と言ったのは貴方なのだけれど、私達文実メンバーに対する挑戦状かしら?」

 

 少し声が大きかったかもしれない。他の子達も集まってきてしまった。

 そんなに大きな声で話してるつもりはないのだけれど。

 

「ありがとう。ユキ。まだ大丈夫だ。無茶はしないから、今は無理する事を許してくれ」

「営業部の外回りについて行って、帰って来たと思えば有志担当の手伝いもして、さらに雑務もこなす。これが無茶でなくて何だと言うの?」

「…ユキ。俺は責任者なんだ。だからちゃんと見る事は、俺の仕事でもある」

「……わかったわ」

 

 ちゃんと見る事。それはどういう事なのだろうか。監視でもしているの?――いいえ違うわね。ハルが同行する時は皆どこか嬉しそう。見方を変えればサービスに見える。

 いろはさんは彼の恋人なのだから、彼女が嬉しいのは当たり前なのだけれど。相模さんも彼と仕事をしてる時は声が跳ねている。

 

 ――少し淋しい。彼は私を見てくれているのだろうか。

 

 総武高校(ここ)でハルと再会するまで私は世界を変えたいと考えていた。努力した人間が報われずに、世界からつまみ出された様な世界。そんな優しくない世界を変えたかった。

 でも今はどうだろう。彼と関わった2年間で、変わったのは世界ではなく自分自身だった。あれほど憎んで、諦めていた世界が、今は色づいている。

 彼といる時間が当たり前になったのはいつからだろうか。

 

「ユキせんぱい」

 

 とててと可愛い後輩が寄って来た。

 

「もっと素直になって下さい。わたし達は、大丈夫ですから」

 

 少し固まってしまう。ぱちぱちと瞬きを数回してからやっと復帰できた私は、彼女の意図を理解した。

 

「いろはさん。ありがとう」

 

 すぐには難しい。でも私は変われたのだから、この偽物の気持ちも変えたい。

 

 ハル。私の事もちゃんと見てて。

 

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

 

 はるひとの稼働率が異常だと言わざるを得ない。

 少しでもいいから休んでほしい――ならば彼の仕事を減らせばいい。

 そう考えたわたしは任命されるでもなく勝手に“委員長補佐”の役職に収まった。てっきり「俺の仕事を取るな」とか言ってくると思ってたけど、彼は「わかった。頼む」とだけ告げて受け入れてくれた。

 言いづらかったのだろう。最初はそう思っていた。――でも、それは間違いだった。

 ユキせんぱいとの会話を聴いて、わたしの目から鱗が落ちた。

 

『モチベーションの維持』

 

 それこそ、はるひとがやっている事だった。彼にしかできない彼の仕事。

 相模せんぱいがわかりやすい。

 あの人はきっとはるひとの事を好きになって、告白して、振られる。

 しまった。本音がでちゃった。口に出してないからセーフ。

 

 営業部は相模せんぱいのパワーですごい成果を上げている。その成果で営業部全体から活気を感じる。

 ららぽーとにポスター掲示の許可をもらえるってすごくないですか?その時は、はるひとも現場に一緒にいて、交渉に立ち会ったみたいだけど。

 今なら分かる。彼の目的は交渉が成功する事ではなくて、努力している相模せんぱいを見る事だったのだ。

 

 そんなの、アガらない訳がない。メーター振り切るまである。

 

 今思い返せば、はるひとは責任者として、具体的な指示は何一つしていない。やらされてる(命令した)仕事にならない様にすごく言葉を選んでる。

 失敗しても、間違っても、決して怒ったり、残念な顔をしたりしない。「じゃあ次はどうすればいいと思う?」と質問してアドバイスをするに留めてる。

 

 ――惚れなおす自信しかない。

 

「はるひと。そろそろ時間ですよ」

「ん。あぁ。もうこんな時間か。いろは。今の全体の進捗を教えてくれないか?」

「全体で、だと30%ってトコですね」

 

 ふむ。と応えた彼はパソコンでホームページを開いた。文化祭のページを印刷して、マーカーで線を引いて行く。

 

「どうかしたんですか?」

「ん。誤字があってね。ついでに少し加筆してもらおうかなーって」

 

 そう言って彼はてくてくと相模せんぱいの所に言って修正を依頼していた。

 貴方、どこまで見てるんですか?しかも指摘されたのに営業部は何故か盛り上がってる。

 少し聞き耳を立ててみた。

 

『ホームページのチェックしといたよ。このページ作ったのは誰かな?』

『あ…私ですけど…ダメ…でしたか?』

『作者名が入ってないからダメだ。 良い絵は画家のサインがあるだろう? それと同じだ。 隅でいいから名前を入れよう! あ、あと誤字に線引いといたからついでに直しといて』

 

『ええぇ~! サインとか! ははははずかしいです!』

『ははは。 じゃあペンネームでもいいから。 必ず入れる様に! んじゃ。よろしく~』

『えぇ! っちょ! いいんちょ~!』

 

 

 あざとい。

 

 

 

 くすりと笑ってしまう。ホームページを見る人は想像以上に多い。作った子もそれはわかってる。

 そこをつついてあげる効果は絶大だろう。

 

 ――少し羨ましい。

 

 はるひと。貴方の事。ちゃんと見てますから、安心して下さいね。

 でも無茶はダメですよ。

 

 

 

 屋上で愛しの彼とお昼を食べる。はい。あーん。

 文化祭の準備が進むにつれて学校全体が熱気を帯びて行く。

 スローガンである『Be the Light』が大々的に告知された事も要因のひとつだ。

 それと同時にわたしのタイムリミットも迫って来ている。速く決着をつけなければ、わたしは輝けない。

 

 ――ストーカーは予想通りニタ男だった。はるひとと帰ってる時に彼が確認した結果だった。

 

「いろは。少しいいか?」

「はい。どうしました? キスしたいんです――んむっ…」

 

 言い終わる前に唇で塞がれて、先手を取られてしまった。

 はぅ…とても嬉しいけど…学校の廊下(こんなとこ)でいきなりスるのは反則だと思う。

 誘ったのはわたしだけど。 てへり☆

 

「これからニタ男と会う」

 

 聴き間違いだろうか。今なんて言いました?ストーカーと会う?なんの為に?

 

「彼は、いろはの事が好きなんだ。だから受け止めて、一刀に切り伏せよう」

「あー。そういう事ですか。ちゃんと振ってあげればいいんですね?」

 

 そうだ。と彼は言う。ついでに録音もしておくみたいだ。わかってたけどわたしの彼氏は少し腹黒い。

 階段をてしてしと降りて自分のクラスに向かう。教室に入って無表情のままニタ男に声を掛けた。

 

「ねぇ。ちょっといいかな」

 

 わたしの素の声。周りの知り合いが猛獣を見る様な目でわたしを見ていた。冷や汗をかくニタ男を連れて、彼氏の待つ屋上へ向かう。

 

「いろはちゃん。何の用かな? もしかして、やっとボクの気持ちに気づいてくれたのかい?」

 

 名前を呼ばれた時点で寒気がした。気持ち悪い。死んでくれないかな?

 

「君はさ、わたしの事どう思ってるの? 好きなの?」

「好きだよ。愛してるまである」

 

 ニタ男の死角にははるひとが隠れてる。大丈夫。大丈夫。そう、自分に言い聞かせる。

 

「へぇ。――わたしのどこが好きなの?」

 

 正直耳栓が欲しい。わたしの演技を自分の都合のいい様に解釈して、自分の都合を押し付ける言葉に吐き気を催す。

 息を切らしながら妄想を垂れ流すニタ男を、ゴミを見る様な目で見る。

 

「だからストーカーになったの? 凄く迷惑」

「仕方ないじゃないか! ボクが守ってあげないと、いろはちゃんが汚されてしまうんだ!」

 

 一周して冷静になって来た。ニタ男の言葉は言質としてはまだ弱い。もう一声いってみよー☆

 

「…やっぱりストーカーだったんだ」

「…………」

 

 沈黙は肯定の証。はるひとも潮時と感じたのだろう。ニタ男の前に姿を現す。

 

「こんにちは。ストーカー君」

「っひぃ!!」

 

 ニタ男が気持ち悪い声で寒気のする悲鳴を上げる。冷静になっても気持ち悪いモノは気持ち悪い。

 

「さっきのさ、録音してるから。もう逃げられないよ」

「…お前が…お前がいろはちゃんをたぶらかしたんだ!ボクのいろはちゃんを!」

 

 はるひとが狂って叫ぶニタ男を無表情で睨んでいる。

 

「君はいろはに何を求めてるんだい?」

「黙れぇぇぇ!」

 

 ゴン。と鈍い音がした。

 

 ――はるひとの口から血が流れている。

 

 わたしのせいで彼が傷ついた。わたしのせいで彼が殴られた。彼は何も悪くないのに血を流している。

 わたしのせいでわたしのせいでわたしのせいでわたしのせいでわたしのせいで

 わたしのせいでわたしのせいでわたしのせいでわたしのせいでわたしのせいで

 

 「いろは」

 

 ――はるひとは笑っていた。

 

 その柔らかな笑顔でわたしは錯乱状態から立ち直る事ができた。はるひとが笑っている理由も彼の言葉ですぐわかった。

 

「軽いパンチだな」

「えっ…あ…その…殴るつもりは…」

「分かってるよそんな事くらい。でも君が今、俺にやった事は傷害罪っていう犯罪だ。この意味が分かるかな?」

「犯罪…逮捕…」

 

 ゾッとした。最初からこれが狙いだったのだろうか。

 

「そうだね。通報すれば。君は、最悪退学になるだろうね。 でも俺はそんな事は望んでない」

 

 はるひとは微笑んだまま続ける。

 

「君の、いろはの事を好きって気持ちは否定しないよ。でも、どうして傷つけるんだ?どうしていろはの言葉を信じないんだ?惚れた女なんだろ?自分自身で気持ちを踏みにじってどうするんだよ」

「ボクは…いろはちゃんに…」

 

 ニタ男はすっと立ち上がりはるひとの顔を見る。その顔はニタ男という汚名を返上できる凛々しい顔だった。

 

「柊先輩!すみませんでした!」

 

 最敬礼で謝罪する元ニタ男。声からは気持ち悪さを感じない。

 こちらに向き直りわたしを見る。不思議と寒気はしなかった。

 

()()()()。君の事が好き()()()。 今までごめんなさい!」

「…わたしもごめんなさい。わたしには、大好きで大切なヒトがいるの」

「うん。ありがとう――さようなら」

 

 胸がきゅっと締め付けられる。これが想いを断ち切る痛みなのだろうか。今まで何度も告白されてその全てを振って来たけど、こんな痛みは初めてだった。

 やっと、ついに、ようやく。なんでもいいや。終わった!わたしは自由だ!

 とにかく!わたしを縛り付ける鎖は解かれた。けれども愛しい人が傷ついた事は嫌だった。苦しかった。悔しかった。――でも、もう過去の事。

 

「はるひと!」

 

 わたしは彼の胸に飛び込んだ。彼は受け止めて膝裏に腕を通し、ひょいとお姫様だっこをしてくれた。

 はぅぅ。この姿勢は反則です。彼はわたしが好きな抱かれ方をここぞという時にしてくれる。

 

「んむっ…んはぁ…はぷっ…んちゅっ」

 

 キスが流星のごとく降り注ぐ。彼の血の味はなんとなくほろ苦く感じた。

 

 

 

 わたしの舞台が出来上がるまであと2週間。

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