人生イージーモード   作:EXIT.com

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第36話

 ゆきのんが休んでるってハル君から聴いたのは、放課後になってからだった。

 ハル君にも連絡は来てなかったみたいで、平塚先生から聴かれてそれでわかったんだって。

 

 あたしはいてもたってもいられなくて、クラスを飛び出してしまった。

 

『結衣。落ち着け』

『ヒッキー! はやく行かないと!ゆきのんが…!』

 

 ヒッキーに腕を掴まれて止められた「事故に遭ったらどうするんだ」とか。「お前が慌ててもここに雪ノ下が来る訳じゃない」って言われてさ。

 

 結果としてゆきのんは無事だった。

 今はすやすやと寝てるけど、さっきまでは子供みたいに泣いてたんだ。いつもはキリっとしててさ。カッコいいのにね。

 ずっとハル君に(すが)って「ごめんなさい」って繰り返してた。

 ヒッキーは「頼む」って言って先に帰った。

 ヒッキー。ありがとう。

 

「結衣せんぱい。どうですか?」

「いろはちゃん。うん。大丈夫そうだよ」

 

 いろはちゃんがほっと胸を撫でおろす。彼女は少し前にハル君が呼んで来てくれた。そのあとハル君はやる事があるって言って帰って行った。何するんだろうか。

 料理はいろはちゃんができるみたいだから安心だ。あたしも力になりたいけど。料理はまだ駄目だね。

 奉仕部で料理ができないのは、実はあたしだけだったりする。かなしみ。

 

「ん。はるひとが食材とかいろいろ買って来るみたいです。結衣せんぱい。何かいるものありますか?」

「いるものはないけど。一旦家に帰りたいかな」

「りょうかいで~す。はるひとに言っておきますね」

 

 必要な物はたくさんあるけど、ハル君に用意できるものじゃない。流石にハル君に下着頼むのはムリ。絶対ムリ。恥ずかしすぎる。

 いろはちゃんもそれを察してくれたみたいで、あたしを見てくすりと笑った。

 

「わたしは家から持ってきてもらう事にします~」

「え?何を?」

 

「ブラとショーツですよ。あとお泊りセット一式」

「いいいいろはちゃん!?ダメだよそんなの!いくらハル君でも男の子に見せるなんて!」

 

 まったくこの後輩は…少しは恥じらいってもんをだね。

 

「え?何がダメなんですか?」

「え?ダメじゃないの?」

 

 あたしは恥ずかしくてムリなんだけどさ。いろはちゃんはなんでそんなにオープンにできるんだろう。

 まさか、もうシちゃってるのかな…

 

「彼とはもう何度も裸で抱き合ってますし、下着くらい見られても今更感ありますね~」

 

 やっぱりか~。そっか~。いろはちゃん大人になったんだ~。 うん。

 あたしもヒッキーと…ヒッキーに…ヒッキーのが…

 ――すごい…どきどきしてる。

 

「結衣せんぱい。顔赤いですけど…風邪うつってないですよね?」

「うぇっ!? あぁうん。 だ、だいじょーぶ」

 

 そんなわけない。どきどきしすぎてる。

 深呼吸して落ち着こう。うん。

 

「はるひとが来たみたいですね」

 

 いろはちゃんがすっと立ち上がってドアから出て行った。なんというか、彼女じゃなくて妻って感じがする。

 いいなぁ…うらやましいなぁ…。このふたり以上のカップルいるんだろうか。

 しばらくするとドアががちゃりと開いてハル君といろはちゃんが入って来た。

 

「よしっと。いろは。冷蔵庫に食材入れといてくれ。んで結衣。いったん帰るんだろ?乗せてくから」

「あ、うん。わかった」

「いってらっしゃ~い」

 

 なんだろう。いろはちゃんがすごい。友達とは言え彼氏とふたりっきりにするの許せるのかな?

 ゆきのんが泣いてた時も仕方ないなぁって感じだった。

 ヘルメットをかぶってマグザムに座る。ハル君の背中に手を回したと同時にエンジンがかかった。

 

 あたしの準備はすぐ終わったんだけど、ママがハル君にちょっかいだしてて少し遅くなっちゃった。

 ゆきのんの部屋ではいろはちゃんがご飯作ってくれてるみたいだ。

 あたし達は来た道を引き返して部屋のドアを開ける。

 

「おかえりなさい。結衣さん」

「ゆきのん。大丈夫なの?」

「えぇ。貴女達が来てくれたから安心して休めたわ」

「ユキ。大丈夫か?」

 

 ハル君の声が少し低い気がする。怒ってるのかな?ゆきのんが落ち着くまですごい優しい顔してたけど…。

 ヒッキーのお兄ちゃんなのに、ゆきのんのお兄ちゃんに見える。

 ゆきのんは「大丈夫。心配させてごめんなさい」って言ってる。

 ゆきのんが元気になって嬉しい。

 

 ――でもちゃんと言わなきゃ。

 

「ゆきのん。あたし、怒ってるからね」

 

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

 

 結衣さんの表情が険しい。

 怒っている理由は文実の仕事を抱え込んだからでしょうね。

 

「じゃあ、俺は帰るから。いろは、後は頼んだ」

「…はるひと。…うん。わかりました」

「えっ?ハル君帰っちゃうの?」

「いや…俺いらんだろ」

「結衣せんぱいは餌付けして欲しいみたいですね」

 

 結衣さんの顏がころころ変わってとても面白い。私でも作れるのだけれど。少し負けた気分になってしまう。

 

「餌付けってなんだし!」

「はるひとにご飯作ってほしかったんですよね-? 結衣せんぱい♪」

 

 それは魅力的な提案だけど、ハルはきっと断る。

 結衣さんが私に話がある事はわかりきってる。そして、ハルはそれをわざわざ聴く様な人間ではない。女子の話は男子には受け入れられない事も多いのだし。

 

「また今度な」

「それやらないやつだ!」

「結衣せんぱい。ご飯はわたしが作りますから、ユキせんぱいをお願いしますね」

 

 私の部屋のはずなのだけれど。私は何もさせてもらえない。

 もどかしい。

 ハルが帰って、結衣さんといろはさんが残った。

 

 いろはさんがお粥を用意してくれてる間、私はというと、ベッドでごろごろしてた。いえ、させられてたと言うべきね。

 せめて文実の事を何かしようかと思ったのだけれど、ハルが全部持って行ってしまった。

 

「…あのさ。ゆきのん。あたしね――」

「結衣せんぱーい。お粥できたんで手伝ってくださーい」

「――っ。はーい」

 

 結衣さんが怒ってる事は何に対してだろうか。私が無理してしまったのは、私が頑張りたかったから。それに偽りはない。

 貴女の為ではないのだけれど、好きな人とふたりでいたいというのは当然の事でしょう?少なくとも私はそう思った。

 

 ――ハルが来る前までは。

 

「ユキせんぱい。一人で食べれますか?」

「えぇ。ありがとう。大丈夫よ」

 

 お粥を口に運ぶ。薄く味付けされた料理にはいろはさんの気遣いが感じられた。

 

「…美味しい」

「よかったです!はるひとも褒めてくれた味なんですよ!」

 

 ハルは良く体調を崩すものね。たしか千葉村の時だったかしら?

 

「いいなぁ…ヒッキーが風邪引いたとかほとんどないし…なんか変な話だけどさ。看病ってやってあげたくなるよね」

「なら。きっと冬にハルが風邪引くだろうし、その時に比企谷くんと一緒に看病したら?」

「いろはちゃんがいるじゃん!」

「結衣さん…そもそも料理はどうなの?あのクッキーから少しは上達したのかしら?」

 

 うぐぅ。と顔をしかめる結衣さん。いろはさんはくすくすと笑っている。

 なんだか。こう――ほっとする。

 

「なんだか女子会みたいだね」

「え?女子会じゃないんですか?」

 

「…女子会って…うちは喫茶店ではないのだけれど」

「「えっ」」

 

 女子同志でカラオケに行ったり、カフェでお茶したりする事が女子会だと聴いたのだけれど…違うのかしら?

 今は私の看病しに来てるのであって、お茶をしに来てるのではない。ふたりとも間違えてない?

 

「まぁ。なんでもいいや」

「うわっ…適当ですねぇ…」

 

 …なんだかいろはさんがアグレッシブね…。

 美味しいお粥をもくもく食べていたらいろはさんが寄ってきておべんとうを取ってくれた。

 凄く…恥ずかしかったです。

 

「じゃあ!ユキせんぱいが眠るまで本音で女子トークでもしましょう!」

「うぇ!? いろはちゃん?」

「…ごちそうさまでした」

 

 食器をいろはさんが片づけてる。彼女はいいお嫁さんになるでしょうね。

 誰の。と考えた私の胸がしくんと痛む。しかし、私はその痛みの理由に気づかない。

 

 

 ――そうして女子トークが始まった。

 

 

 ねぇ。ゆきのん。

 

 

 なに?結衣さん。

 

 

 あたし達から離れようとしてない? 最近のゆきのん見てるとさ。 なんか、こう。 そんな気がするの。

 

 

 結衣せんぱいも同じ事感じてたんですね~。わたしはヒント出しちゃいましたけど。

 

 

 結衣さん。そんな事ないわ――と。言いたいのだけれど。…そうね、たしかに避けていたわ。

 

 

 ……どうして? あたし達の事嫌いになっちゃった?

 

 

 結衣せんぱい。あざといです。 わたしのマネするのやめてもらっていいですか?

 

 

 してないし!

 

 

 ふふっ。 確かに同じ事聞かれたわね。 そういえばあの時は私で遊んでたのだったかしら? いろはさん……?

 

 

 うひぃ! ごごごごめんなしゃい! 怖い! はるひと助けてぇ! きゃああああ!

 

 

 あははは。 いろはちゃん。 じごーじとくって言うんだよ。

 

 

 結衣さん。ちゃんと知ってるのね。 偉いわ。

 

 

 ゆきのん!? それくらい知ってるし! むぅ~! この汚名を挽回したい!

 

 

 結衣せんぱい…汚名は返上するものなんですが……。

 

 

 はぁ…どうして総武に合格できたのかしら。 未だに謎よ…。

 

 

 あれ? そうだっけ? ちょっと!そんな目であたしを見ないでよぉ!

 

 

 ところでユキせんぱい。素直になれましたか?

 

 

 ……わからないわ。 でも…5人でいる奉仕部が、私は好き。 あの場所はなくしたくない。 でも私は取り残されてしまった。 貴女達が幸せな事は嬉しい。これは本心よ。 でも…私はそれの障害にはなりたくない。

 

 

 …………。

 

 

 ゆきのんはさ。 どうしたいの?

 

 

 私は………。

 

 

 ユキせんぱい。

 

 

 っいろはさん。どうしたの?

 

 

 ユキせんぱいってはるひとの事好きですよね? しかもわたしと会う前からずっと。

 

 

 ……好き。だったのかもしれないわね。 でもなんでそんな事を聴くのかしら?

 

 

 ユキせんぱい。 嘘はいけません。 もっと素直になって下さい。 あんな可愛い顔するのに好きじゃないとか、よっぽどの天然さんか魔王クラスの悪女です。

 

 

 ゆきのん。 あたしもそう思ってたけどさ。 どうなの?

 

 

 ………好きよ。 今でも でも自覚した時にはいろはさんがいた。 この気持ちは胸にしまっておくことにしたの。

 

 

 ユキせんぱい。 ぶっちゃけますね。 わたし、ユキせんぱいにならはるひとに抱き着いていいと思ってます。 結衣せんぱいはダメですね。言うまでもなく。

 

 

 いろはさん?

 いろはちゃん?

 

 

 えっ? 何この空気。

 

 

 貴女、問題発言した事わかってないのかしら?

 

 

 そうですか? 好きだったら抱き着きたくないですか? ユキせんぱいが嘘ついてわたし達から離れる方が問題だと思いますけど。

 

 

 いろはちゃん…ちょっと言いすぎだよ。 ほら、ゆきのん涙目なってる。

 

 

 泣いてないわよ。 目にゴミが入っただけよ。

 

 

 よーしよし。ゆきの~ん。

 

 

 ちょっと結衣さん。 子供扱いは止めてほしいのだけれど…あぅ…。

 

 

 結衣せんぱい。 逆効果です。 その凶器を押し当てるのは反則です!

 

 

 わぷっ! ちょっと…苦しい…。

 

 

 えへへ~♪ ゆきのんゆきの~ん♪

 

 

 結衣せんぱい…ずるいですぅ!

 

 

 なにさ! いろはちゃんも結構おっきいじゃんか! 可愛いし料理できるし可愛いしあと可愛いし!

 

 

 はぅぅ…そんなに連呼されると恥ずかしいです…。

 

 

 …どこの話をしているのかしら…?

 

 

 ひゃあんっ! っちょ。 ゆきの ん。 動いちゃだめぇっ! んあうっ!

 

 

 おぉ…ユキせんぱい、責めますねぇ…。

 

 

 こんなに大きい…羨ましいわ…どうせ比企谷くんに大きくしてもらってるのでしょう?

 

 

 ひゃあん! うえっ! ヒ、ヒッキーとは…まだ…あん! ゆきのん!だめだよぉ!

 

 

 えっ。 まだだったんですか? まぁあの反応じゃそうですよね。

 

 

 いろはちゃん! んあっ。 たしゅけてよぉ!

 

 

 噛んだ。 やり直しですね。

 

 

 いやぁぁぁああ。 

 

 

 

 

 ユキせんぱい。 ほどほどにしてくださいね。

 

 

 そうね。 ごめんなさい。 つい取り乱してしまったわ。

 

 

 それで、何の話だったかしら。

 

 

 ユキせんぱいが嘘ついてるって話です。

 

 

 うぅ…貴女達に嘘をついてないじゃない…。 素直になれるならなりたいわよ…。

 

 

 ハァ…ハァ…。 じゃあさ。 ゆきのんはさ。 どうしたいの?

 

 

 ……私がどうしたいか?

 

 

 そうだよ。 ハル君の事。好きなんでしょ? 好きになっちゃうのは仕方ないよね。 でもさ。 それで離れるのはおかしいと思う。

 

 

 それだけじゃないですよ。 ユキせんぱい。 わたし達から離れて、何か良い事ありますか? 今楽しくないですか? わたしはすごくたのしいです。

 

 

 ……楽しいわ。

 

 

 なら、それでよくないですか? ユキせんぱいが私の彼氏を好きになっても問題ありません。 むしろはるひとの事を知ってくれる人が増えて嬉しいくらいです。 はるひとは渡しませんけど。

 

 

 そう…それはわかったわ。 でも、それなら私は誰に嘘をついていたの? まさか…適当に言ったのではないでしょうね?

 

 

 ゆきのん。 たしかにゆきのんはあたし達に嘘はついてないよ。 ゆきのんってそういうのムリだもんね。 あたしもいろはちゃんもわかってる。 でもね。ゆきのんは嘘ついてるよ。

 

 

 ………誰に?

 

 

 ユキせんぱい自身にです。

 ゆきのん自身にだよ。

 

 

 そう…そうね…たしかにそうかもしれない。

 

 

 私は…ハルが好きだった。 きっとこれは愛じゃなくて憧れの方。 愛だったらいろはさんが一緒にいるのを見てきっと嫉妬に狂っていた。だからこの気持ちは愛じゃない。

 

 

 わたしは貴女達と一緒にいたい。こんな偽物の気持ちを抱くのは嫌なの。

 

 

 えへへ♪ ゆきのん。 あたしね。ゆきのんの事好きだよ。

 わたしもユキせんぱいの事、好きですよ。

 

 

 結衣さん。 いろはさん。 私も貴女達が好きよ。

 

 

 5人の関係は壊れちゃったてたけど。 また作り直そうよ。 一緒に! 

 

 

 結衣さん。 ありがとう…ううっ…ひぅぅぅ~~!…

 

 

 結衣せんぱい。 そのままベッドに運んであげてください。もういい時間です。

 

 

 そうだね。 ほら、ゆきのん。 いこっか。

 

 

 ………うん。

 

 

 ユキせんぱい…可愛いんですけど…そのギャップずるくないですか?わたしもだっこしたいです!

 

 

 だめっ! ゆきのんはあたしのっ!

 

 

 ………寝かせてちょうだい。

 

 

 私は自分に嘘をついていた。それに気づけないのは嘘に悪意がないからでしょう。

 私が良かれと思った事は、結果的に自分を苦しめる事だった。

 

 

 最も恐ろしい『嘘』とは。

 自分を騙す『嘘』である。

 

 どこかで見た事がある言葉を思い浮かべつつ。結衣さんの温もりといろはさんの香りに包まれて、私はすっと眠りについた。

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