人生イージーモード   作:EXIT.com

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第37話

 文化祭を明日に控えた俺達実行委員は、最後の定例会を開催していた。会議室の壇上に立ち、全員と目を合わせる。1ヶ月前、瞳に灯った炎はまだ強く揺らめいていた。

 

 何も言わずに背を向けて、磁石を使って備え付けのホワイトボードにTシャツを貼り付けた。

 

 真っ黒の生地。胸元には白い文字でスローガンが描かれている。白い墨汁で筆を使った様なフォントからは躍動感を感じる。さらに脇腹の辺りには大きめに『柊』と行書体で描いてある。

 そう、これは俺のだ。

 

 文化祭実行委員のTシャツがギリギリ間に合った。

 予想以上の出来栄えにざわめきが起こる。

 

「委員長…これって例のTシャツですか?」

「すっげぇ…かっこいい…」

 

 俺はそれをもう1枚取り出して目の前で広げる。それには『雪』の文字があった。

 

「私の分かしら? ハル…まさか…それ、全員分あるの?」

「マジかよ…委員長ぱねぇな…」

 

 ユキの推測は正しい。全員の苗字の1文字目を脇腹の所に描いた。

 ユキのTシャツは背中を見せて、同じ様に貼り付ける。

 

 そこには実行委員全員の名前がずらりと描かれていた。最初に名前を聴いた理由はこれにある。俺達が成し遂げた証を思い出だけでなく、形で残しておきたかった。

 

 一人ひとりデザインが違うシャツ。予算はそれほどしなかったが、かなり時間がかかってしまった。でも間に合ったのだし結果オーライだ。

 

 ひとりづつ名前を呼んで、直接手渡していく。中には感極まって泣いてしまう女子もいた。彼女自身が辛かった事を乗り越えたからこその涙なのだ。その涙を馬鹿にしたり、茶化したりする人はここにはいない。むしろ拍手が湧き起こり、まるで表彰式みたいだ。

 3年の先輩方も感慨深いのだろう。じっとTシャツを見つめている。

 

「委員長!ありがとうございます!」

「相手が違う。礼を言うのは俺にじゃない」

 

 お前を支えたのは俺じゃない。他のメンバーだ。

 

「みんな!ありがとう!」

 

 会議室が喝采に包まれる。

 いろはとユキが暖かい目でこちらを見ていた。

 

 全員にTシャツを渡し終わり部屋に静けさが戻る。

 もう暦は10月になり、少し肌寒い季節だというのに、ここは初夏のそれではないかと思えるほど熱気が籠っていた。

 

「それでは!定例会議を始めます!」

 

『よろしくお願いします!』

 

 滞りなく会議は進む。それもそうだ、これから話し合う事と言えば後夜祭の事くらいしかない。

 当日の確認。今、出来る事はそれだけだ。もう、他にやる事はなかった。このメンバーで集まるのもきっと最後になるだろう。

 だからこそ。俺は言いたい。

 

「みんな。本当にありがとう」

 

 場が静まり、俺に視線が集まる。

 

「みんなが頑張ってくれたから、ここまでやり切る事ができた。しんどかったよな。いっぱい無理を言ったよな。でも、応えてくれた事が嬉しかった」

 

「ありがとう」

 真摯な気持ちで頭を下げる。

 かすかにすんすんと鼻をすする音が聞こえた。

 視線を戻して口を開く。

 

「明後日まで、気を抜かないでくれ。最高のメンバーで最高の祭にしたいから、あと少しだけ力を貸してほしい」

 

 返事はなかった。しかしこれは拒否ではない。口にするまでもない肯定なのだ。なら、せめて今日はゆっくり休んでほしい。

 

「では。定例会議を終わります」

『お疲れ様でした!』

 

 舞台は俺達が仕上げた。役者はスタンバイしている。

 

 ――後は、成功させるだけだ。

 

 

 

 

『まもなく開演。各自タイムスケジュールをチェック』

 

『舞台袖、オッケーです』

 

『城廻会長もいつでもいけます』

 

『ハルもいける?――わかったわ。時間よ。カウントダウン開始』

 

 

 俺の2回目の文化祭が今始まろうとしている。オープニングセレモニーは体育館で執り行われる。内容としては生徒会長の挨拶と委員長の挨拶と一部の催しだけなのだが。これが割と緊張するみたいで、城廻会長の手が少し震えていた。

 

「会長。大丈夫ですか?」

「あ、委員長! 大丈夫。だと思う。 やっぱり大勢の前に出る時は緊張しちゃうよね。 よし! 行ってくる!」

 

 城廻会長が跳ねる様に向かっていった。

 

 

 ――文化祭の開幕である。

 

 

「お前ら~! 文化してるか~!」

 

 『おおぉぉ~!!』

 

「舞台はここだ~!役者はどこだぁ~!?」

 

 『ここだぁぁ~!』

 

「輝け! ビー! ザ!!」

 

 『ライッ!!』

 

 どこの軍隊だろうか。と思ってしまうほどのノリの良さだった。生徒会が教育したのだろうか…。

 恐るべし。ほんわかめぐり会長

 

 そうこうしてるうちに委員長挨拶のパートが来た。会長のアナウンスで誘導される。

 

「ご紹介に預かりました。委員長の柊春仁です」

 

 自己紹介した俺は、すぅっと息を吸う。

 

 

 「祭りの時間だぁぁ!! 楽しめなかったら承知しねぇぞぉ!!」

 

 「うおぉぉぉ!!」

 

 

 学校が沸きに沸いた。

 俺は素早く袖に移動して喉を労わる。少し叫びすぎたみたいで、ひりひりと痛む。

 

「はるひと。やりすぎです」

「…貴方は加減ってものを知らないのかしら…」

 

 ひどい言われようだ。俺はあのやり方しか知らないのだから大目にみてほしい。しかし、彼女たちは微笑んだまま俺を労ってくれた。

 さて、大事な仕事を一旦終えた俺は文実会議室で一息つく。営業部以外のメンバーも同様だ。文実の仕事は準備だけではない。運営も大事な仕事の一部だ。しかし、それを全員でやる必要はない。

 営業部の仕事はほぼ完了しているから相模に一任してある。挨拶の際に黒いTチャツがちらほら見えたから、自由行動の指示を出しているのだろう。

 管理部は物品管理の仕事が都度発生するが、俺一人でも十分に対応できる。

 

「管理部も自由行動で構わない。 ユキも楽しんできてくれ」

「わかったわ。少し回る事にするわね」

 

 総務部の仕事は今日より明日が重要だ。外部の人が来るのだから下手な事はできない。

 

「総務部も自由行動でいいぞ。ただし、明日はキツいから覚悟しててくれ」

 

 三々五々、めいめいに散っていく実行委員達。そして、俺といろはだけが会議室に残った。

 

「はるひとはいかないんですか?」

 

 黒いTシャツを着た彼女が話しかけてくる。いつものゆるふわな恰好とは違ういろはのボディラインに目を奪われた。

 

「…行こうか」

「えっちな事考えてる目ですね」

 

 バレてる。えっちな事というか。アレだ。胸が少し大きくなってる気がした。

 彼女の変化に気づける事はポイント高いんじゃないだろうか?

 いろはが俺の背中に腕を回して豊満と言っていいソレを押し当てて来た。

 

「1サイズ大きくなっちゃいました。 誰のせいなんでしょうね~♪――んっ…」

 

「俺です」と言わんばかりにキスを落とした。誰かに見られてようが問題ない。情事を致すのは問題だが。

 いろはの柔らかい唇を堪能していると俺のスマホがぶるりと震える。確認してみたら相模からだった。

 

「はるひと。ちゃんと受け止めてあげてください」

 

 いろはも察した様だ。メールには『屋上に来て』とあった。

 屋上に異性を呼び出す。それがどういう事なのか分からない俺ではない。去年にあの階段を何往復しただろうか。何度心をへし折っただろうか。

 

 あの頃の俺はまだまだ未熟だったのだ。自分の事しか考えていなかった。素直にそう思える。

 

 ――相模南。

 1年の時は俺の世界では危険人物だった。しかし2年でも同じクラスになってから少しづつ彼女は変わった。職場見学で話す様になって、文実の苦楽を経て、今に至る。

 いろはと俺が恋人関係である事は彼女も知っている。その上で、想いを告げようとしている。

 

 いろはを会議室に残してひとり屋上へ向かう。急がず焦らず。一歩一歩を踏みしめる。

 

「柊君。 来てくれてありがとう」

 

 第一声に感謝の言葉が出てくる時点で、彼女の成長を伺える。

 

「話があるんだろ? ちゃんと聞くから」

「うん。 うちね、ずっと謝りたかったの。 1年の時の事、覚えてる?」

「あぁ、ちゃんと覚えてるよ。あの頃はお互いに色々ヒドかったな」

 

 笑い話にできるほど時間は経ってないが、経過した時間ではない。過ごした密度がそうさせるのだ。

 

「あはは。そうだよ。 うち、ヒドかったんだ――」

 

 相模南は打ち明けた。俺をグループに取り込んでチヤホヤされたかった事。そして俺をアクセサリーの様に見ていた事。

 

「でもね。今は違うの。 うちは…柊春仁君の事を本気で好きになってしまいました…うちなんかよりも可愛い彼女いるのにね…」

 

 目尻からぽろぽろと大粒の涙が零れる。しかし、彼女は逃げない。ならは俺はそれに応えなければならない。

 

「相模。俺の事を好きになってくれて嬉しい。 ありがとう。 でも、君と付き合う事はできない」

「うん…わかってる…ぐすっ…」

 

 彼女は涙を袖でぬぐい、にこりと微笑んだ。――その刹那。俺の胸に飛び込んで来た。

 背中に腕を回されてきつく抱き締められる。俺はだらりと腕を降ろしたままだ。

 

「ごめんなさい…! こんな事して…! でも!でもぉ!」

「相模。 聞いてくれるか?」

 

 彼女は首肯する。

 

「お前が好きになった柊春仁は、告白されたからと言ってほいほい乗り換える様な奴なのか? そうじゃないだろ? 俺はいろはを愛してる。 それを貫いてこその俺なんだ」

 

「…ぐすっ…うん。 そうだね。 柊君はそういう人。 だからうちも好きになった」

 

 彼女は力を抜いて、一歩下がる。

 

「ありがとう。柊君。 うち、ちゃんと失恋できた」

 

 そう言って去って行く彼女はついさっきとは別人に見える程、素敵な笑顔をしていた。

 

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

 

 はるひとが胸に濡れた跡をつけたまま、わたしの所に戻ってきた。相模せんぱいの想いを受け止めたのだろう。

 モテる男は大変ですね。わたしも他人事(ひとごと)じゃありませんが。

 

「ただいま」

「おかえりなさい」

 

 そうする事が予め決まっていたかのように、わたしとはるひとの唇が触れる。

 本当は行ってほしくなかった。相模せんぱいの事は無視してほしかった。でも同じ女として、その勇気は讃えたいのだ。

 

「それじゃあ、行きましょう」

 

 はるひとの手をきゅっと握って一緒に校内を歩く。記録雑務の仕事でもある巡回のついでだ。

 行く先行く先で声を掛けられる。それもそうだ。少なくともはるひとは有名人だし、わたしもそこそこ知名度ある方だと自負してる。

 文実Tシャツもかなり目立ってるみたいだ。というか7割ほどはコレのせいだろう。

 

「はい♪あーん♪」

「……あーん

 

 いつになったらあーんに慣れてくれるのだろうか。一緒にいる時点でこうなるのはもうテンプレなんだから、顔を真っ赤にするのはやめてほしい。わたしまで恥ずかしくなっちゃう。

 

 ベッドではあんなに狼さんなのに…。

 

「んんっ! あーF組に言ってみようぜ。演劇やってるし」

「結衣せんぱいがげんなりしてましたね。揶揄ったら面白そうですし、行きましょう!」

 

 面白そう。そう思っていました。演劇は『星の王子様』わたしは知らないお話だけど、どこまでが本当の内容なんでしょうか。

 考えた人誰ですか?海老名せんぱい?――あぁ…あのご腐人でしたか。

 

 わたしなっとくしました。まる。

 

 でもでも、比企谷せんぱいが戸塚せんぱいの首を噛む所は面白かったですね。()()()()()()()()面白かったです。

 顔真っ赤にして、いいえ顔どころじゃないですね。首まで赤くなってました。それを見る結衣せんぱいもなんかもじもじしだして、いじらしいです。

 ひょっとして噛んでほしいんでしょうか?…ありえますね結衣せんぱいは否定してましたけどあの人ドMですからね~。

 わたしは噛まれた事はあんまりないですね。どっちかっていうと噛む方なので…。なんだかむらむらしてきました。

 

「いろは?顔が赤いぞ?」

「うぇあぅ! なななんでもないです」

 

 はるひとの眼光が怖い。今日の夜がすこしたの……怖いですね。

 

「春仁。見てたのか?」

「ばっちりな」

 

 比企谷せんぱいがよくわからいうめき声を出して蹲ってしまった。

 比企谷せんぱい…強く生きて下さい。

 

「ヒッキーやっぱりさいちゃんにでれでれしてるっ!」

「文句は監督に言え!俺だってあんな事はしたくない!」

 

『あ、あたしにならシテもいいよ…』とか言いそうですね。この人。

 女子会の時にさんざんいじくられた事が効いてるんでしょうか。

 

「その割には楽しそうだったなぁ、八幡」

「おい春仁! いらん情報を与えるんじゃねぇ!バレ…あ…」

「…ヒッキー…?」

 

 比企谷せんぱい…骨は拾ってあげますね。

 

 さて、一通り回ったわたし達は休憩も兼ねて奉仕部へ足を運んだ。部室に行くのも久しぶりに感じる。

 懐かしい紅茶の香りが愛おしい。ユキせんぱいいないかな~。

 

「あら。こんにちは」

「ユキ。ここにいたのか」

 

 居てほしい人が居ました。願いは叶うんですね!

 やはりここの香りはわたしをダメにする。今度クッキーでも焼いて持ってこようかな。さらにダメになる未来が見えた。

「丁度よかったわ」とユキせんぱいが紅茶を淹れてくれる。久しぶりに味わう紅茶は本当に美味しくて。幸せな気持ちに浸った。

 

 しかし、ユキせんぱいの言葉でわたしに緊張が走る。

 

「ハル。私、貴方の事が好きよ」

 

 綺麗な佇まいで座ったユキせんぱいは、ほのかに紅潮して微笑を浮かべている。そこだけ切り取ったら誰もが足を止める絵画みたいだ。美術館にあってもおかしくない。

 その可憐さにわたしも見惚れてしまう。

 

「ユキ…俺は…」

「ハル。私は付き合って欲しいなんて言うつもりはないのだけれど」

 

 はるひとは目をぱちぱちさせている。わたしはユキせんぱいの言葉に耳を傾けるしかなかった。

 

「ハル。私にとって貴方は大切な人なの。貴方はどうなの?私を大切に想ってくれるなら嬉しいのだけれど」

「ユキの事は大切に想ってる」

 

 返事に迷いがなかった。それはそうだ。何の問題もない。だってわたしもユキせんぱいの事好きだし…。

 

「ありがとうハル。私はそれがいい。親友…というのかしら? 何があっても離れない。そんな関係」

 

 ユキせんぱいの部屋にお泊りした時の本音トークでこの人は吹っ切れたのだ。偽物の感情を理解して、それを否定した。

 

「ユキせんぱい。やっと素直になれたんですね。 わたし、うれしいです」

「いろはさん。ありがとう。いろはさんも大切な人よ」

 

 ユキせんぱいは前に進んだ。でもはるせんぱいが言っていた事が引っかかる。

 ユキせんぱいは姉を目標としている。それだけなら問題ではないと思うけど、今回のこの変化でユキせんぱいはどうなるんだろうか。

 

「俺のだ。ユキにはやらんぞ」

「あら。いろはさんは私の事も好きなのよ?知らなかったのかしら?」

「…あの…かなり恥ずかしいんですが…」

 

 ユキせんぱいにぎゅっってされた。全然力入ってないのに、逆らえないのはなんでだろう。あと顔がすごく近い。ちゅーしちゃいそう。あぁ…いいかほりぃ…。

 

「紅茶ありがとな。そろそろ仕事に戻るわ」

 

 文実の仕事といっても何もなかった。何かあるって事は問題が起こったって事だからそれはそれでいいんだけど。なんだか味気ない。

 

 その後、何事もなく下校時刻になって、わたしの文化祭1日目は終わる。

 

 わたしはクラスの方にはほどんど参加できていない。彼と一緒にいれた時間もそれほど長くない。

 でも充実してると言い切れる。

 

「はるひと。わたし、幸せです」

「俺もだ。なんかこう…言葉にするのが難しいよな」

 

 だから…ね?

 

 

 

 その夜。わたし達は肌を通して互いの幸せを確かめ合った。

 首に歯を立てられた時に甘い声が出てしまった。

 

 もしかしたらわたしは夜だけドMなのかもしれない。

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