第3話
突然、柊君に声をかけられてびっくりした。
まさかあの時の男子だったなんて――よっぽどサブレの事で頭いっぱいだったんだ。あたし。
ごねんなさい、柊君。ちゃんと覚えなきゃね。
ヒ…ひき…比企谷君の住所はママが教えてくれたけど、お菓子持っていったらなんか頭まっしろになって――失敗しちゃった。病院ではちゃんと言おう。うん。
目の前に病院が見えて来た。ね、サブレ。やっと言えるよ?がんばれあたし。
「よぉ八幡。調子はどうだ?」
「よぉ春仁。まぁまぁだ。歩くのは問題ないが、走ったり飛んだりはまだムリだな」
男の子の声…比企谷君だよね。あぅ…緊張してきちゃったよ。顔があっつい。
「八幡。今日は客を連れて来た」
「あ…あのぅ…こんにちは」
「………誰?」
「え、えーと。あ…あたしは、由比ヶ浜結衣です。えっと…比企谷八幡くん、サブレを助けてくれて本当にありがとう」
これじゃだめだ。きっと伝わらない。言わなきゃあたしの気持ち。
「あー…その…なんだ。アレだ。別にあんたの為に助けた訳じゃないから…」
「ううん、ありがとう。比企谷くんが助けてくれなかったらきっとサブレ死んじゃってた…」
「………そういうのは辞めろ。適当に謝られるくらいなら――」
「サブレはね。あたしのさ、家族なんだ。比企谷君はあたしの家族を守ってくれたんだよ」
「…………」
だめだ。涙出ちゃう。
「だから、ありがとう。もちろんさ。謝りたい気持ちもある…の。でもさ。あり…がとうの気持…ちの方が大…きいの。」
ちゃんと伝わってるかな?あたしの『ありがとう』と『ごめんなさい』
比企谷君は…優しいよね。あたしがサブレ離しちゃったから。サブレを助けたから入院する大怪我しちゃってるのにさ。
「なぁ由比ヶ浜、お前は優しいよな。でもな、俺は優しい奴は嫌いなんだ。」
「……うん。」
「優しいから期待する、勝手に期待して裏切られて。何度もそれ繰り返して…」
「…うん。」
「何度も何度も、自分を戒めて来たんだ…期待してもどうせ裏切られるんだって。」
「……うん。」
「お前の言葉も上っ面だけなんじゃないかって思ってしまうんだ。」
「……ぅ…ん。」
「…でもな。」
「……うん。」
「俺は…お前を信じる…お前で最後にする。」
「…ぐすっ…ひぐっ…」
「由比ヶ浜。俺に本物の感謝をくれてありがとう。」
あたしは泣いた。顔もぐっちゃぐっちゃで、大きい声で。それだけ嬉しかった。
比企谷君にあたしの『ありがとう』は届いたって言ってくれた。
あたしが泣いてる間、比企谷君はあたしを見守っててくれた。これだめだ。
もっと比企谷君の事教えてほしい。ううん。あたしの事知ってほしい。
信じるって言ったからね!
「由比ヶ浜、俺と友達になってくれないか?」
「ふぇ!?いいの!?」
「あぁ、お前の事、知りたくなった。だから友達になって欲しい…ダメか?」
「…嬉しい。じゃあ比企谷君はヒッキー!」
「いやなんでだよ、あと俺を引きこもりみたく言うな」
「えぇ!ちがうよぉ。ひきがやだからヒッキーだよぉ!」
「お、おう。あー…俺も友達っての居た事ないんだ。アダ名とか初めてでな…」
あ、ヒッキー顔真っ赤だ。照れてるんだよね?そうだよね?えへへ♪
あーでもあたしも顔あっついから、おあいこだね。うん。
「あたしもだよヒッキー!」
「マジか…わからんもんだな」
「えへへ♪ そうだね」
「そういえばさ。柊君は友達じゃないの?」
「春仁は俺のお兄ちゃんだぞ、従兄妹だけどな」
「家族だった!でもなんか落ち着いてるよね。柊君」
外で待っててくれたのか柊君がいいタイミングで入って来た。あたしの声聞こえちゃってたかなぁ…うぅ~恥ずかしい…
「春仁、ありがとう」
「おうよ、よくがんばったな、偉いぞ八幡」
「おぉ~。柊君ってホントにお兄ちゃんなんだね」
「春仁は鬼いちゃんだ」
「? なんか違う感じするけど…」
「由比ヶ浜、世の中には知らない方が良い事もあるんだぞ?」
「そうだぞ、アレは知られると困るな」
「イヤ、別に困ら――
「八幡が!」
「――おいアホアル、倒置法で爆弾設置すんじゃねぇ!」
「あはは! なんか息ぴったりだねっ!」
あたしもここから始めなきゃ!
もっとあたしを知ってほしい!よろしくね!ヒッキー!春仁君!
「やっはろー!ヒッキー!春仁君!」
「よぅ、由比ヶ浜。」
「こんにちは由比ヶ浜さん。」
結衣がむ~と頬を膨らませて、何やら顔で抗議している。八幡は疑問符を頭上に浮かべ、俺は見て見ぬ振りをする。
あれからすぐに八幡はヒッキーと呼び、俺を春仁君と呼ぶようになった結衣。
彼女しかヒッキーと呼ばない。なんともいえない特別感があるのだろう、八幡もまんざらでもないみたいだ。
「むぅ~!いい加減名前で呼んでよぉ~!」
「だ、そうだ八幡呼んでやれよ」
「断る、恥ずかしすぎるだろ」
「八幡、良い事を教えてやろう」
「ん?」
「友達ってのは名前で呼び合うのが普通だ」
もちろんハッタリだけどな。
「ぐぅっ…結…衣」
「えへへ♪なぁに?ヒッキー?」
八幡はぼっちだと言い張っていたが、今は見る影もない。
結衣はどこからどう見ても美少女だ。二人でいちゃこらしてる光景は実に微笑ましい。
「八幡、顔が赤いぞ?夕陽のせいか?」
「春仁、その暴露は俺に効くからやめような?」
「ばくろ?ヒッキーお腹痛いの?」
「「それ正露丸な!」」
結衣が進学校である総武高校に合格出来たことが謎だと思い八幡と顔を見合わせる。
八幡が退院して2ヵ月が経ち総武高校も夏休みに突入した。この2か月間の間で様々な変化があった。
普通二輪免許を取得しビッグスクーターのマグザムを購入。
それを足にして行動範囲を広げ、アルバイトを始めた。
叔母の真里さんからお金を貰うのは気が引ける。いや「いいから」って言うからもらうけど。
バイトも自分の遊行費位は自分で。と考えた結果だ。
クラブ勧誘もバイトガで断ってる。あいつらしつこいんだよな。
稼いだ給料で懐を潤した俺は、結衣と小町の三人で大型商業施設ららぽーとに買い物に来ていた。小町からの印象が良くなかった結衣だが、比企谷宅に来た際に改めて感謝の気持ちを伝えた事で、本当の姉妹ではないかというほど良い関係になっている。
今日は、8月8日。八幡の誕生日だ。
それをサプライズパーティーで祝う運びとなったのだ。
「俺はオッケーだ。結衣は決まったか?」
「あ、ハル君。決まったよ。これにした!えへへ♪」
インナーに黒のタンクトップ、肩が出る淡いピンク色のトップスは可愛らしくも色香があふれている。ミニスカートに見える白いキュロットから見える健康な太腿がまぶしい。周囲の男性からの視線を集める結衣が楽しそうにはにかむ。
そういえば俺をハルと呼ぶのは二人目だな。懐かしい。
「小町は?」
「小町は気持ちを贈りたいから、おいしいごはんを作るよ!はるにぃと一緒に!」
「一緒にって…まぁいいか。小町が欲しいものはないのか?」
小町がそうしたのだからそうするのが良いのだろう。小町が欲しいという夏物衣料を買い帰りにスーパーに寄る。
俺は小学生の頃から料理をしてきた。いや、やらなけれな生きていけなかった。
そういう経緯があったとしても、誰かの役に立つなら吝かではない。
パーティー開始まであと数時間。ちょっとわくわくしてきた。
「ただいま、ママ。」
「あら、ハル君。いらっしゃい。今日は泊っていくの?」
「ちょっ!ママ!?違うから!なんでそうなるの!?」
「アハハ…今晩八幡の誕生日パーティーをするので夜間外出の許可を貰いに来ただけです。」
「ヒッキー君のね。いいわよ。 結衣、楽しんでらっしゃい。」
「ありがとう!ママ!」
結衣宅に同行し。結衣ママに挨拶をする。
結衣ママに何度か会っており、度々「あらあら~ハル君。娘をよろしくね♪」とからかってくる。結衣ママはやっぱり少し苦手だ。
最初姉かと思ったし…なんだよあの美貌…
ともあれ、夜間の外出許可を貰えたので良しとしよう。
顔を合わせるたびに結衣が「ママ!?恥ずかしいからやめてぇ!」と茹で上がるのでフォローが大変だ。面白いからいいけど…いやダメだろ。
そのままパーティー会場の比企谷宅に到着。
結衣には小町の部屋に時間まで隠れてもらう。そわそわしてる結衣が子犬に見えてしまうのはサブレと生活しているからだろうか。
「おーい、八幡。」
キッチンから自室にいる八幡を呼ぶ。自堕落な恰好で、のそのそと「ん~?」と返事をしながら出て来た。
「どうした春仁?俺は寝るのに忙しいんだが。」
「そうか、忙しいとこ悪いが、醤油買ってくるの忘れたからちょっとお使い行ってくれないか?」
「やだよ。忙しいから。」
「そうか、仕方ないな。今日の夕飯はトマトでいいか?」
「ぐぅう!胃袋を人質に取るとは卑怯だぞ!まぁ行くけど…」
胃袋が人質というのはおかしくないだろうか。そんな事はさておき。
八幡はおそらく感づいている、やけに観察力があるからな。
感動ってのはな、期待を上回ってこそ感じるモノなんだ。お前の『期待して裏切られてその結果自分を戒めた』ってのはお前が信じようとした結果なんだよな?
俺は八幡にそれを知って欲しい。
「結衣そろそろ来てくれ。」
「はぁーい。」
「小町、料理はどんなだ?」
「もういけるよ!ハルにぃ。」
サプライズの準備に取り掛かる3人は青春真っただ中。結衣は八幡を祝いたい。それだけの為にここにいる。
小町は今まで一人で祝ってきたがブラコンにとっては反応がイマイチだったようで、今回の催しに気合十分の様子。
俺はいつも通りウヒヒと黒く笑い八幡の帰りを待つ。キモいか?キモいな。
用意した料理はカレーライス。前日の夜から水で鶏ガラの出汁を取り、手間暇かけて仕込んだ黄金色のスープを元に作成した本気のカレー。
その工程は全部で丸2日間に及ぶ。味見した結衣が「これがカレーの味なの!?」と驚いていた。これが小町の贈り物になる。俺は手伝っただけだ。8割位。
八幡のがっつく姿を想像しながら作った小町はエッヘンと胸を張っている。
全ての準備が完了した。電気を消し、あとは主賓の帰りを待つのみである。
ドキドキしてきた。外から足音が聞こえてドアノブが《ガチャッ》っと音を出す
「ただい――」
「「「誕生日おめでとぉぉーーー!!」」」
「…はい?…え?…っちょ引っ張んな!」
鳩が豆鉄砲くらった顔の八幡の腕を結衣が《がしっ》とつかみリビングへ連行する。
小町が流れる様にイスを引いて着席を促す。
最後にロウソクが立てられたケーキを運んできて八幡の前にそっと置く。
お誕生日会の始まり始まり。
八幡がロウソクの火を吹き消し。喝采が巻き起こる。八幡の思考が追い付いていないのもムリはない。
八幡は結衣がいるとは思ってなかった。サプライズで来るとは思ってなかった。自分の為に用意してくれてた事実がたまらなく嬉しかった様で顔めっちゃ赤い。
なんかもう!八幡かわいい!瞳うるうるしてるし女子かよ。
「お前ら…なんつーか。 その…サンキューな。」
「ほら、八幡。16歳おめでとう。」
「ヒッキー!おめでとう!」
「お兄ちゃんおめでとう!よかったね!」
それぞれが祝辞を口にして贈り物を差し出す。小町の贈り物は“本気のカレー”なので最後だ。
「ありがとな…開けていいか?」
断られるとは思ってないがちゃんと聞いて来る自慢の弟。
「――っ!これは…マジか…」
俺の贈り物は懐中時計だ。
プレゼントに時計を選ぶ意味は様々だが、共通しているのは《同じ時を刻んでいきたい》という事だ。
異性へ贈る時は注意が必要だろう。家族へ贈る時には《親愛》も含まれる事もあり、春仁から八幡への想いが感じれる品と言える。
「ありがとう春仁。次は由比ヶ浜だな…開けるぞ?」
「うん…」
「これは…ブックカバーか?」
結衣の贈り物は良く本を読んでいる八幡の事を考えて選ばれた品だった。
色は深く、黒に近い青で素材には本革が使われている。使えば使うほど味が出てくる品だ。これには八幡も「実は買おうか迷ってたんだ」と笑顔を見せる。その笑顔を見れて結衣もご満悦の様だ。
小町の料理を4人で食べてパーティーは終了と思われたのだが、食事中に俺と結衣は異様な光景を目にする。
「………まったく…」
「ねぇハル君…大丈夫かなぁ?アハハ…」
普通誕生日会という物はある程度の談笑があるのが常であり。ワイワイガヤガヤといった状況になるだろう。
残念ながらそうならなかった。
カレーの味に魅せられ一心不乱にスプーンを口に運ぶ比企谷兄妹。発する言葉は「おかわり!」のみ。
八幡も無言でカレーにがっついている。最初は小町もその様をうれしそうに見ていたが。一口食べるともう止まらない。比企谷兄妹は暴食の悪魔であるベルゼブブに支配された様だ。
止めようとしたんだが「ご飯が美味しい事は良い事だよ!」という結衣の意見に賛同して。胃薬を用意するにとどめた。
「「ぐ…ぐるじぃ!」」
「はぁ…お前らなぁ…加減ってモンを知らんのか?」
「アハハ…でもすごく美味しかったね。あのカレーなら毎日食べれそう。」
「そりゃ良かった。さて後片付けはこっちでやっとくから結衣はそろそろ帰ろうか。送ってくから。」
「うん。 ヒッキー!ちゃんと薬のむんだよ? またね!」
「…あぁ、気をつけてな っぐ…ぐるぢぃ!」
結衣を家まで送り届け、帰路につく。帰って後片付けが終わったら本当のプレゼントを八幡にやろうと黒い笑みを浮かべる。
「落ち着いたか?」
「あぁ、なんとかな。」
「では八幡よお兄ちゃんからのもう一つの贈り物だ。」
「え?まだあんのか!」
取り出しまするはスマートフォン、イヤフォンを接続し、レコーダーアプリを起動。
録音された音声を再生させる。そこから聞こえて来たのはシスコンが愛してやまないブラコンの声だった。
《――っべ!別にお兄ちゃんを待ってなんかないんだから!――》
「――っ!ぐっ!―――はぁっ!」
つうこんのいちげき!
はちまん は しんでしまった!
おお! はちまん よ しんでしまうとなさけない!
「こりゃヤバいな…グッジョブだ春仁!。これであと10年は戦えるぞ!」
「くっくくく…あぁそうだな。これは内緒にしてくれると助かる。バレたら危険だからな。」
「ああ、ありがとな。」
「よし、もう寝ろ。俺は小町の様子見てくるから。っつか、あんだけ食ったらなにもできんだろ?」
「春仁…」
「どうした?」
「…ありがとう。正直感動したわ。祝ってもらえる事ってこんなに嬉しいもんだったんだな…」
「どういたしまして。感動できたか?泣くなら声は出すんじゃないぞ」
「うっせ……おやすみ春仁。」
「おやすみ。八幡。」
八幡の部屋から出てリビングに行くと小町はソファーでぐっだりして、苦しい満腹感に「う~」とうなっていた。
満腹感で苦しいとはこれいかに?
美味しそうに食べてくれたから嬉しいけどさ、今度からはちゃんと加減しような?
「はるにぃ。」
「ん?どうした小町?部屋までは運んでやるぞ?」
「ううん、お兄ちゃんどうだったかなーって…」
「大丈夫だ。今頃感極まって泣いてんじゃないのか?声ちょっと震えてたし」
「…そっか。それなら小町もうれしい!またこんな風に集まれるかな?お兄ちゃんが嬉しいなら小町もうれしいし…」
「そうだな。結衣にも聞いておこう。」
集まれる機会か。誰かの誕生日会くらいしかない気がするけど、機会はつくればいくらでもあるだろうし。友達なんだから『会いたい』って動機だけでいいだろう。
八幡の声がかすかに聞こえる中、俺はベッドで意識を手放した。