人生イージーモード   作:EXIT.com

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第39話

「クラスの班分けねぇ」

「春仁は俺と組んで欲しいな。他はまぁ、成るように成るだろ」

 

 戸部君が奉仕部に来た数日後、俺達はLHRの時間で修学旅行の班決めをしていた。

 関係者をざっと洗い出すと9名、隼人たちはこれをどう割り振るのかを考えている。

 

 ――正直、そんな事はどうでもいいのだが…。

 

「とりあえず、大岡君と大和君はできればご退場願いたいね」

「…そうだな。面白がってるだけみたいだし…俺から話しておくよ」

 

 あれこれ考えた結果。

 

 当事者である戸部君、隼人、八幡、戸塚君の4人。

 三浦さん、海老名さん、結衣に川崎を加えた4人。

 あぶれた俺は相模のところにまぜてもらった。

 

「こうなるのか…」

「そういう事だ。何かあったら連絡すればいい」

 

 というか、これ以外に思いつかない。

 戸塚君は八幡と一緒がいい。三浦さんは隼人と一緒がいい。戸部君は当たり前だが、海老名さんと一緒がいい。

 めんどくさくなったから隼人には諦めてもらった。

 

「戸塚君もごめんね。大所帯になっちゃって」

「ううん。八幡と一緒だしボクは大丈夫だよ!」

「戸塚…俺と一緒に暮らさ「ヒッキー?」…い、いや…なんでもない」

 

 南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。

 おお怖い怖い。この場にいろはがいなくてよかった。実は俺も少しどきっとしてしまった。

 

「ひーらぎ。ちょっと付き合えし」

 

 三浦さんに小声で呼ばれる。何の用だ?などと野暮な事は言わない。

 

「…わかった」

 

 三浦さんは目を会わさずにスタスタと先に教室を出て行った。彼女の数歩後ろをついて行く。すると、彼女は八幡の言うベストプレイスあたりで足を止めた。

 

「隼人から聴いた…」

「そうか…」

「ひーらぎはこんな時、どうするし…」

「その質問は無意味だ。ちゃんと聴くから。三浦さんがどうしたいか言ってくれ」

「いい加減に“さん”付けやめろし!」

 

 おおぉ…流石にちょっと怖い。

 

「みう「優美子!」…」

「もう!他人行儀なのやめるし!」

 

 他人でしょ?他人じゃないの?他人だよ。

 俺とお前の関係はクラスメイトだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 でも、3人のお姉さまの内この子だけ呼び方が違うのもアレか。

 

「で…優美子はどうしたいんだ?隼人から話は聞いてるんだろ?」

「うん…」

 

 優美子は分からないのだ。我を通すか否か、それがあってるのかどうか。

 自分の思い通りになる事と、自分の思い通りにする事は似てる様で全く違う。

 彼女は今までそれをはき違えていたのかもしれない。でも、それは仕方ないと思う。周りが自分の都合の良いように動いてくれてた事の方が多いだろう。

 自分のやりたい事を、先に周りが感じ取って先手を打たれる。ワガママを言う前に望みが叶ってしまっていたのだ。

 

「あーしは…海老名に受け止めてほしい。ひーらぎが大岡にキレた時あったっしょ? あんな事があってもあーしらは乗り越えれたし。 今回もきっと乗り越えれるって思う」

「言葉を間違えるな。乗り越えたい。じゃないのか?」

 

 周りに期待するな。周りも自分と同じ考えでいると思うな。それは違う。

 

「ひーらぎ…」

「優美子。自分でどうしたいのか、自分で決めろ」

 

 らしくない。

 クラスでは女王の如く振舞っている――違うな…持ち上げられてるのか。

 なんにせよ。こう…元気がないと調子が狂うってのはある。

 

「お前がそんなんだと、心配する奴がいるんだ。しっかりしろ」

「…わかったし」

 

 

 

 放課後になってからは奉仕部で依頼を待っている。八幡と結衣は京都の何処に行くかという話題で持ちきりだった。ユキは特集を見終えたのかじっと文庫本に視線を落としている。俺は俺でぼーっと外、というか空を見ていた。

 空の色って人間じゃ描けないよな。こう…青と赤の境界線とかどうなってんだろうとか。そんな事を考えてた気がする。

『気がする』

 ほんの数秒前の事があいまいになってる、実は何も考えてないのかもしれない。

 

「こんにちはぁー」

 

「っやっはろー。いろはちゃん」

 

 何?今の間は。京都の話をしてたんじゃないの?いろはが入って来てから修学旅行の話はピタリと止んだ。ユキはいつもの様にいろはの好きな紅茶を淹れている。

 

 結衣がいろはに気を遣って話題を変えた。

 それが結衣の優しさなのはわかる。5人の内4人が旅行の話をしていて、疎外感を感じない高校生はいない。いろはも例外ではなかった。

 だが、ひとりの方にも言い分はある。自分に気を遣って話題を変える様なマネは酷く傷つくのだ。隠し事をされてる様な、陰口を叩かれてる様な、そんな感覚に陥る。悪意がない分性質(たち)が悪い。

 

 結衣もいろはも、優しくて素敵な女の子だ。相手の事が大切だからこそ、こうなってしまう。でも、結衣を咎める事はできないし、いろはに間違ってると言う事もできない。

 なぜなら、ふたりの思いやりは正しいからだ。

 

 ユキが淹れてくれた紅茶がことりと置かれる。横目で見る彼女とちらと目があった。

 

「結衣さん。そういうのは、良くないと思うのだけれど」

「ゆきのん…えっと。あの…」

 

 曲がった事が嫌いなユキが一石を投じる。

 

「何かあったんですかぁ?」

 

 全て見通しているであろういろはが場に突風を巻き起こす。

 

「もしかしてアレですか?わたしだけ除け者になっちゃうから京都の話はしない方がいいってやつですか?」

 

 突風どころじゃすまなかった。ハリケーンというかサイクロンというか…あれだ。飛んでいく系。

 

「いろはちゃん。違うの!」

 

 なんだか浮気現場を目撃された言い訳みたいな事を口走る結衣。なんだか雲行きが怪しくなってきた。

 

「へぇ。わたしを仲間はずれにしてたのは結衣せんぱいでしたか」

「い、いいいろはちゃん!? 違うから!違うからね!?」

 

 ちらちらといろはがアイコンタクトを送ってくる。ユキも八幡も気付いた様だ。

 

「わたし…傷つきました。 結衣せんぱいはわたしの事嫌いなんですかぁ…?」

 

 あざとい。

 

 瞳を潤ませて結衣を上目遣いでじっと見る俺の彼女。結衣の庇護欲が掻き立てられる。結衣は元々甘えさせるのが好きな女の子だ。甘えてくるのが後輩で、しかもいろはだったら、躊躇わないだろう。

 

 ユキは文庫本で顔を隠して肩を震わせている。震源地の隣にいる八幡はぎゅっと自分の太腿を鷲掴みにして無表情を維持していた。

 八幡もそろそろ限界が近い。

 

「あたし…いろはちゃんの事、好きだよ」

「っ結衣せんぱぁい!」

 

 いろはを抱きとめる結衣。とても百合百合しいです。

 八幡。あと少しだけ頑張れ。

 

「結衣せんぱい…」

 

 潤んだ瞳。ほのかに赤い頬。ふたりの美少女の距離がゆっくりと縮まって…。

 

「ちゅーしてくだしゃい」

 「「ぶふっ!」」

 

 八幡とユキが噴き出した。結衣は顔を赤くしてあわあわしている。結衣だけがいろはの演技に気付いていなかった。

 

「いろは、結衣で遊ぶのもやめなさい」

「はぁーい♪」

「うぇ!?何?何なの?あたし遊ばれたの!?」

 

 八幡とユキは目尻に涙を浮かべている。笑い過ぎだろ。いやまぁ、俺も声出して笑ってるけどさ。

 仕掛け人のいろはも結衣に抱かれながら満足そうにニコニコしている。

 

「うぅ~…いろはちゃんひどい!」

「ふふっ。わたしも結衣せんぱいの事好きですよ」

 

 ちゅっ。

 

「わひゃあっ!ダダダメだよいろはちゃん!」

 

 わたわたきゃんきゃんする結衣のお陰?で空気が弛緩する。

 微妙な空気は吹き飛ばせばいい。つまりはそういうことなのだ。

 

「わたし、5人で旅行に行きたいです!」

「なら今年中がいいわね。来年は私達は受験生なのだし」

「あたしスキーに行きたいっ!」

 

 はいはーい!と手をぴんと伸ばす結衣。

 

「18になったら普通免許取るし、行動範囲はかなり広がるな」

「免許か…」

 

 これは前から考えていた事だ。維持費が馬鹿にならないから購入はしないが、免許はあるに越した事はない。

 

 旅行の行き先で盛り上がる。車で行ける範囲でと指定しても「北海道!」と嬉しそうに言う結衣。

 いや行けるけど…行けるけどさ!せめて本州にしてほしい。

 それを言うと今度は「長崎!」と来た。それ九州だから。本州じゃないから。

 この女…日本地図の位置関係わかってんのか?

 

 ユキが結衣を叱っているとドアがトントンとノックされた。

 

「どうぞ」

 

 ユキが入室を促す。入って来たのは俺にとってある意味で重要人物だった。赤いフレームのメガネがよく似合うご腐人。

 

「あっ。姫菜じゃん!」

「結衣ちゃん。ハロハロ〜」

 

 ――胸騒ぎがする。

 

 彼女は何の用でここに来た?彼女は隼人に戸部君からの告白を未然に防いでほしいと相談している。それを知るのは当事者以外では俺だけだ。

 ここで俺がそれを知ってる事がバレるのはよろしくない。そうそうに退散するとしよう。

 

「っと。いろは、そろそろ約束のアレ、買いに行こうか」

「はるひと? その…今日でいいんですか?」

「ああ、今日がいい」

 

 頬を赤く染めるいろは。約束のアレ。つまりいろはの下着を選ぶという羞恥心しか感じないお仕置きの事だ。

 男が女の衣服を選ぶ基準は、色合いだったり種類だったりと様々だ。

 しかし下着は違う。男が女の為に選ぶ基準はただ一つしかない。

 

『脱がせたいかどうか』

 

 これにつきる。これは彼女も理解しているだろう。というかしててくれ。

 俺も恥ずかしいんだから、これくらいの不意打ちは許してほしい。

 

「んじゃ。俺達は買い物行ってくるわ。あとよろしくな」

「おう、またな」

 

 俺は顔を真っ赤にして俯くいろはを連れて脱出に成功した。

 

「はるひと…」

「ん?」

「アレって…し、下着の事ですよね?」

 

 そうだ。と言うと彼女は腕にしがみついてきた。耳まで赤くなっている。

 きっと今夜は簡単には寝れそうにない事を覚悟して、俺は学校を出た。

 

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

 

「あのね。戸部っちの事で相談があって…」

 

 海老名さんが椅子に腰掛けて依頼内容を話し出す。

 

 と思いきや。腐女子全開の布教を始め出した。

 葉山が総受け?俺が責め?戸部が俺に嫉妬?正直、やめていただきたい。

 思うのは個人の自由だし、好きだから楽しんでくれるのは構わない。ただし口にするな。お願いします!ほら、結衣も引きつった顔してるから。友達でしょ?やめたげてよぉ!

 雪ノ下は何の事かわかってないようで、疑問符を浮かべている。雪ノ下。知りたいなら春仁に聴いてくれ。俺にはハードルが高すぎる。

 

「せっかく元に戻って仲良くなったのに…私的にはこのままの関係でいたいんだよね…だからね!ヒキタニ君!おいしいの期待してるから!」

 

 そう言って海老名さんは去って行った。さっき見せたおそらく素であろう表情と、ため息にも似た心情の吐露で、何を伝えたかったのだろう。

 

「彼女は一体何の用だったのかしら…」

「あたしもわかんない。途中からあんまり聞いてなかったし」

「……」

 

『ヒキタニ君!』

 

 海老名さんは俺に用があった。では、その要件とは?

「元に戻った」ってのはいつが基準になっているんだ?

 

『おいしいの期待してるから!』

 

「まさかな…」

「ヒッキー?」

 

 これは仮説に過ぎないし、俺がそう思い込んだだけなのかもしれない。

 それに春仁がそそくさと出て行った事も引っかかる。

 

「比企谷くん。貴方は彼女が何を言いたかったのかわかったの?」

「……」

 

 ――口に出して良いのだろうか。

 

「ヒッキー。教えてほしいな」

「……根拠も何もない、ただの仮説なんだが--」

 

 海老名さんは今の関係がいいと言った。あたりさわりのないふわふわした関係。きっと戸部の事も気付いている。

 

 しかし、これは欺瞞だ。互いに嘘を吐きあって、それを黙認しあって、傷を舐め合う。

 

 俺はこれが大嫌いだ。

 嘘をつかなければ続けれない関係などいらない。そんなのは本物じゃない。

 しかし彼女はそれがいいと言っている。簡単に繋がれて簡単に切れる関係を望んでいるのだ。

 

 

「つまり、男子を自分から遠ざけてほしい。という事かしら…それで、その仮説が正しかったとして、貴方がどう対処するのかしら?」

「何もしない。 っていうか、そもそも依頼自体を口にしていないし、それで俺達が動く道理がない」

 

 一歩進みたい戸部と、距離を維持したい海老名さん。

 彼女が言う「仲良くなった」とは自分の事ではないのだろう。これは葉山グループの事を指しているのではないだろうか…。

 

「…仮に依頼されたとしても、私達には何もできないわね」

「あたしもそんな依頼はヤダなぁ…」

 

 海老名さんの依頼は今までと性質が違う。

 結論を言うと、海老名姫菜という女の子が努力をしてる様に見えない。

 

 結衣はもちろんのこと。戸塚、材木座、川なんとかの弟、葉山も戸部も、小学生の留美ですらなにかしらの努力をしていた。

 

 では、彼女はどうだろうか。

 俺が知らないだけだと言われればそれまでだが「やってみたけどダメだったから力を貸してほしい」だとか「こうしたいけどやり方がわからない」といった言葉は一切なかった。

 

「あと憶測だけど、春仁はこの事知ってるな」

「え? ハル君が?」

「…確かに。 あのタイミングで出て行くのは今思えば不自然ね…」

「…もし春仁が動く様なら少し考えないといけないな」

 

 何故?と首を傾げるふたり。控え目にいってすごく可愛いです。いや、そんな事は置いといて。

 

「…春仁が関わった依頼を思い返してみろ」

 

 雪ノ下がハッとした顔をする。彼女は気付いたみたいだ。

 結衣は「んー」と唇に指を当てて明後日の方向を見ている。

 

「春仁が関わった依頼は、テニス、感想、チェーンメールの3つだ。結衣、覚えてるか?」

「…うん。よく覚えてる」

 

 ――全て、暴力に訴えてもおかしくないほど、怒りに身を委ねている。

 

 春仁は俺の自慢の兄だ。大抵のことはできるし、努力もしている。

 しかし、人間的にできてるとは思えない。俺が春仁の事をどうこう言える程優れている訳ではないけど、あいつは異常だ。

 

「ハルは…危ういのね」

「ゆきのん?どーゆー事?」

 

 結衣は困った顔で雪ノ下と俺を見つめる。

 

「春仁は…かなり特殊な『アダルトチルドレン』だ」

 

 ――アダルトチルドレン。

 

 元々はアルコール中毒の親に育てられて成人した子ども。という意味で、発祥はアメリカである。

 春仁の家庭は機能不全としか言いようがない状態だった。実際、今でもそれは変わらない。春仁が独り暮らしをしているのがいい証拠だ。

 

 春仁が怒った時の解離性同一性障害(多重人格)を彷彿とさせる人の変わり様が気になって、少し調べてみたのだ。

 その結果、俺は確信に近いモノを得た。

 

 泣きたい時に泣けなかった。

 嫌な事があっても文句を言えなかった。

 嬉しい事、楽しい事があっても家ではひとりぼっち…。

 

 家庭であるべき挨拶さえ、その相手がいなければ無意味になってしまう。いや、無意味だけならまだいい。それは寂しさとなって己を抉るのだ。

 

 ――それが柊春仁の『普通』になってしまった。しかも幼い頃に。

 

「携帯で調べてみたけど…なにこれ…ハル君ってこんななの…?」

「それが今の春仁の現状だ。俺はこれをどうにかしたいとずっと考えてる…でも、何をしていいかわからない」

 

 そんな状態の春仁に解決が不可能な依頼が舞い込んできたら、結果はどうあれ春仁の心を深く抉る。しかし肝心の春仁はその痛みに気づかない。

 

 楽しみな修学旅行の話は消し飛び、陰鬱な空気が流れる奉仕部。その空気を変えたのは、結衣だった。

 

 

 

「ハル君を泣かせよう!」

 

 

 

「「は?」」

 

 雪ノ下とすっとんきょうな声でハモった。

 あの、雪ノ下さん?睨まれても困るんですが?意味がわからないのは俺も一緒なんだからさ。そんな虫を見る目はやめてくれませんかね。

 

「ハル君さ。自分の事で泣いた事ないよね。 だからさ。 泣かせてあげようよ! あたし達で!」

「そういえば…私も1度しか見た事はないわね…」

 

 具体的にどうやるかはこれからでいいだろう。というか、話し合う必要ない。

 痛みや苦しみなどのマイナスの涙ではなく、喜びや幸福などのプラスの涙を流させる。それだけでいいのだ。

 

「そろそろ帰りましょうか」

「そうだな」

 

 帰る支度をして、雪ノ下が鍵を返し終わるのを下駄箱あたりで待つ。今日は感情の起伏が激しいが、今はなんだか悪い気分じゃない。

 

 

 

 それから数日が経過して、修学旅行の当日になった。

 この3泊4日の旅で起こる出来事で戸部翔と海老名姫菜は、そして春仁は、どう変わるのだろうか。

 

 期待と不安を感じながら、俺は集合場所である東京駅に向かった。

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