人生イージーモード   作:EXIT.com

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第41話

 早朝に目が覚めた俺はホテルの周辺を散歩していた。本当は走りたいけど、生憎それ用の衣服を持ってきてないし、何より汗を吸ったシャツをそのままにしておくのは嫌だ。臭いし。カビが生えそう。

 

 朝昼夜と景色がまるで違うのは初めて訪れる場所だからだろう。千葉よりも標高が高いせいか、少し霧が出ていた。

 くあぁと欠伸をしてぐっと伸びをする。

 

「早いな柊」

「あぁ、先生おはようございます」

 

 教師の朝は早い。先生も朝の散歩かと思いきや早朝の見回りだった。しっかりと化粧まで済ませてある。

 美人と言って差し支えない先生が言うには「何処で何があるかわからないだろう?」らしい。

 そうですね。食パンをかじりながら走っていて曲がり角で男性とぶつかって恋に落ちるかもしれないですね。

 

 と邪推してみる。

 

 事故や犯罪に巻き込まれない様に警戒しているのは考えるまでもなくわかるのだが、昨日縁結びの水をペットボトルに入れて持っていこうとしていた姿を目撃してしまった俺がそう考えても仕方のない事だろう。

 

 

 修学旅行2日目。

 俺は八幡達とは別に行動している。一緒にいる理由がないって事もあるが、俺達の班を入れると12人という大所帯になってしまい、行動が制限される事が最大の要因である。

 

 太秦映画村は時代劇の収録にも使われる観光地だ。過去に何回か来たことがある俺は、別段興味を引くこともなくゆるりと過ごしていた。映画村が楽しくない訳ではないが、どこかぼーっとしている。

 

「柊君。どうしたの?ぼーっとして」

 

 相模が顔を覗き込みながら聞いてきた。

 ぼーっとしてるからだよ。とも言えずに適当に「なんでもないよ」と曖昧に返した。

 

 昨晩は隼人から色々相談と言うか報告を受けた。もちろん戸部君と海老名さんの事だ。

 あのふたりはそれほど変わりなく過ごしているが、優美子が少し元気がない様に見えるらしい。

 お前らふたりがそんなんでどうすんだよ。八幡と結衣をみならってほしいものだ。あいつら超楽しんでる。

 

 遠くを見て、相も変わらずぼーっとしていると、腹の虫が情けなくも可愛らしい音で鳴いた。

 

「ぷっ。あはは! うちも小腹がすいちゃったからさ。何か食べにいこうよ!」

「「さんせーい!」」

 

 ぐぬぬ。これは恥ずかしいな。顔が赤くなるのがわかる。

 

 そしてやってきたのは甘味処。外で焼かれている餅とみたらしのタレの匂いに吸い寄せられたのだ。「気が付いたら席に座っていた」というのは4人の共通認識である。

 飲食店に入るとまずは水が出てくるのが普通なのだが、ここでは抹茶が出て来た。

 

 はぁ…。と4人でほっこりする。甘い口当たりにかすかに残る苦み。コーヒーや紅茶とはまた違った香りが素晴らしい。

 

「おいしい…」

「ねー。私もこの味。好きだな」

「俺もこれ好きだな。あ、買えるみたいだし、俺は買っていくわ」

 

 そして注文が運ばれて来た。

 

 黄金色のタレ。焦げ目がついた餅。デパートで見るそれとはまったく別のものだった。

 

「おぉ…すごいな」

 

 4人で「いただきます」と唱和して口に運ぶ。

 口に入れた餅の柔らかさ。タレの絶妙な甘さに言葉が出ない。

 

「すごく美味しい…甘いのに甘くないってなんだか不思議」

 

 何を言っているのかわからない。しかし、それしか表現できない。それほどの美味。

 その後に啜る抹茶の苦みがまた格別だった。

 

「抹茶の味が違う!なにこれ美味しい!」

「はぁぁ~…幸せ」

「あれ?何か音が聞こえない?」

 

 音のする方を見ると臼があっておじいさんが杵で餅をついていた。

 

「もしかして、全部手作り…?」

 

 ――食べたい。

 ごくりと喉をはじめに鳴らしたのは誰だろうか。

 

「あんたらあれが気になるん?あれでな、あんころ餅作るんやで」

 

 「「「「欲しいです!」」」」

 

 

 

「はぁ…。幸せな時間だったぁ…」

「いや…お前ら食いすぎだろ」

 

 あの後も抹茶をおかわりしつつ、和菓子を薦められるままおいしく頂いた4人である。最早餌付けと言っていい。

 和菓子が出て来るとぴたりと止むおしゃべり。目をキラキラさせている俺達を見ておじいさんがカラカラと笑う。おばあさんの「たんとお食べ」からは慈愛を感じた。

 

「大丈夫!うち、ちゃんと運動するから!」

「「そっちなの!?」」

 

 それ俺も思った。相模も米2合分くらい食べてるはずだが、夕飯は食べれるのだろうか。

 心配無用。彼女は胃袋がふたつあるらしい。しかし、そこに触れるのは野暮というものだ。わざとらしく、そっと流しておこう。

 

 次はいろはと一緒にここで味を楽しみたい。

 そう心に決めて、次の旅館へと足を運んだ。

 

 

「わぁあー!おはぎだ!」

「……比企谷くん」

「雪ノ下…何も言うな」

 

 高校生らしからぬテンションで大はしゃぎの結衣。八幡とユキが保護者に見える。というか保護者だ。

 昼間に寄った甘味処で奉仕部用におはぎを買っておいたのだが、ここまで喜ぶとは想定外だった。

 

「結衣さん。落ち着きなさい。貴女は小学生ではないでしょう?」

「えへへ♪ごめんごめん。あたしさ。和菓子好きなんだ〜」

 

 昨日のユキが幼稚園児みたいだった事は黙っておこう。

 俺はまだ死にたくない。

 

「今日まで団体行動だったからな…結衣と一緒にいれたからいいものの、やっぱ京都はひとりかふたりでがいいな。もっとじっくり見たい所結構あったし」

「ヒッキー。それもっと早く言えし」

「ハルは見かけなかったけど、何処に行っていたの?」

「班員4人で和菓子食ってた」

 

 ユキが凍てつく様な冷たい目でこちらを見ている。

 ユキちゃん?怖いからやめようね。

 

「貴方は京都に何をしにきたのかしら?」

「和菓子食いに来たと言ってもいい」

 

 それくらい美味であった。

 

「そう…。な、なら明日も和菓子を食べないとダメね。仕方ないから私も一緒に行ってあげるわ」

 

 ユキ。連れて行って欲しいならそう言え。

 結衣は相模達と同じかそれ以上に目をキラキラさせている。

 八幡はと言うと…。

 

「…んめぇ」

 

 超食ってた。あのさ、話聴いてる?

 

 

 

「んで。明日はどこにいくんだ?」

「和菓子よ」

「…いや。それ場所じゃ――」

「金つばがいいわ」

「あたしはお団子!」

 

「…春仁。助けてくれ」

「すまん。俺にも無理だ」

 

 ユキ。お前も小学生みたいだぞ。

 とりあえず。和菓子が最優先ってのはわかった。伏見稲荷の中腹あたりに何軒かあるはずだ。いや、ないとおかしい。

 

「高台寺に行ければそれでいいから適当にぶらぶらしようぜ」

 

 文句が出る事もなく可決。

 小学生っぽいふたりを旅館に返して、俺と八幡も自分達の部屋へ向かう。

 

「春仁……戸部の件なんだが…」

「…何かまずい事でもあったのか?」

 

 旅館に入ろうとする足を止めて、踵を返す。

 そんなにすぐ終わる話じゃない。そんな気がする。

 

「コンビニでも行こうか」

「…そうだな」

 

 旅館から見える位置にあるコンビニでコーヒーを手に取り、適当に会計を済ませて外に出る。

 

「ひーらぎ」

 

 雑誌コーナーで立ち読みをしていた優美子が声をかけて来た。隼人の言う様にどことなく声にハリがない。

 この2日間優美子達は8人で行動していたはずだ。出発時点では今ほど思い詰めた顔はしていなかったはずなのに、一体何があったのだろうか。

 

「三浦。俺は外すから。ゆっくり話してこい」

「ヒキオ…あんたも知ってるっぽいし。一緒に聞いてほしい。もう少しで隼人も来るし」

 

 ――静かだ。誰もしゃべらない。

 

「すまない。待たせた」

 

「おう」とか「ん」とかでそれぞれが返事をしてから、八幡が切り出した。

 

「あー。先に言っていいか?修学旅行前になるんだが、海老名さんが奉仕部に来たのは知ってるか?」

 

 あの時か…隼人も優美子もそれは知らなかったみたいだ。俺も秘密がバレるのを恐れて逃亡したから何をしに来たのかは知らない。

 

「『依頼』って程で言われてないから無視してるが、あれは『告白を未然に防いでほしい』というメッセージだと推測してる。お前らに心当たりはあるか?」

「………ある」

 

 隼人が苦い顔をして言う。

 

「姫菜からは…比企谷君が今言ったのと同じ内容の相談事をされている。それで戸部からは告白を成功させたいと…それは比企谷君も知ってるだろ?」

「…なるほど。ひとまず俺は後回しでいい。 三浦、割り込んですまなかった。続けてくれ」

 

 俯いたまま優美子が口を開いた。

 

「…前に言った、『どうしたいか』って事」

「隼人には言ったのか?」

 

 優美子は首を横に振って否定する。

 隼人に限らず、誰かに言う事に意味はない。声に出す事にこそ意味があるのだ。

 

「優美子。言ってくれないか」

 

 

「あーしは---」

 

 

 

 

「さて、何処に行こうか」

「金つば!」「お団子!」

「それ場所じゃねぇから!」

 

 この小学生供…。おはようの後の第一声がそれかよ!

 …まぁいいか。ふたりとも楽しそうだし。

 八幡は…耳まで赤くなってる。

 結衣に抱き着かれて恥ずかしいのか?いや、違うな。結衣に庇護欲を感じて悶えてる感じだ。

 結衣に対しては父性全開の八幡である。

 よし、こいつはそっとしておこう。

 

 ユキが俺の隣にすすすとやってきて肘あたりの服をちょんとつまんだ。

 

 向かった先は、俺が行きたいと声を上げた高台寺。

 ねねが秀吉の為に建てたとされるそれは一部は焼失してしまっているが、現存している部分は一度も改築されておらず、400年前のままここに在る。そう説明された。

 

「あたし。ここ好きだ」

「私も、こう…うまく言えないのだけれど。落ち着くわね」

 

 女性が立てた寺だからだろうか、俺には落ち着くという感覚はない。

 歳を取ればわかるのかもしれないが…。

 

 庭をぐるりと巡り紅葉を楽しむ。春には枝垂れ桜が美しいそうだ。

 機会があれば次は春に来よう。

 

「ねねって人はどんな気持ちでここを建てたんだろ」

「どうでしょうね。授業では『秀吉の妻である事』としか教わってないから…」

 

 歴史が好きな人じゃないとここには来ないだろう。

 実際、参拝に来ているのはほとんど大人だった。俺達みたいな学生服を来た人は見当たらない。

 

「ねねと秀吉は恋愛して結ばれたんだ。戦国時代は政略結婚が普通だったみたいだし、親にも反対されたんだと。そこを押し切ってるんだから、すげぇよな」

 

 ヒキペディアの解説が入る。

 

「なんかさ…素敵だね。だってさ。豊臣の次は徳川でしょ?その人達から認められてないとさ。建たないよね。関ヶ原では戦争やっててさ。敵同士なのに…その敵に認めさせるって凄いよ」

 

 結衣は話しながら頬を濡らしていた。ねねの在り方に感動したのだろう。秀吉とねねの遺体が奉られる霊屋(おたまや)を後にして、高台寺の参拝を終えた。

 

「何年か経ってから、また来たいな」

 

 くしゃっと笑う彼女はさっきとは別人みたいだ。

「何年か経ってから」というのは、きっと『結婚したら』という事だろう。

 ここでの結衣はどこか大人びて見えた。

 

 服を摘んでいる指に一瞬力が込められる。ユキが何を考えているか、なんとなく想像がつく。しかし何も言わずに、頭をぽんぽんと撫でるに留めておいた。

 

「そろそろお団子食べたいな!」

「たしか伏見稲荷大社へ行くのよね?」

「そうだ」

 

 結衣が八幡に涙を拭いてもらって復活。無糖の珈琲が飲みたい気分になる。

 俺の事はいいとして、伏見稲荷大社と言えば千本鳥居が有名なのだが、ひとつ問題がある。

 

「歩けるかしら…?」

「…がんばれ」

 

 最初の鳥居を『通り』なだらかな階段を1段づつ上っていく。

 

「そんなに辛くないわ。大丈夫そうね」

「無理すんなよ?」

 

 

 シーズンを過ぎている事も幸いしてそれほど参拝客はいなかった。

 ユキと八幡が、結衣に鳥居の由来であったり物事の意味を教えている。

 そんな中、俺はというと…。

 

 ――昨晩の事を思い出していた。

 

 

 あーしは…グループって考え方。もう止める。それに拘ってるからこうなってる気がするし…。

 

 

 優美子…それは。

 

 

 隼人は今のままでいいの?っておいヒキオ!帰んなし!

 

 

 いやいや…俺いる?いらないよね?ってか超怖いんですけど…。

 

 

 俺はみんなで仲良く出来ればいいと思っている。和を似って。って言うだろ?

 

 

 和を以って貴しとなす…か。葉山。それは違うぞ。お前は言葉の意味を履き違えてる。

 

 

 …比企谷君。何が違うんだい?

 

 

 人はみんな違う。だからみんな納得できるまで話せって事だ。

 つまり、ぶつかって喧嘩しろって言ってんだぞ?

 

 

 ヒキオ。怒んなし。あーしが言いたい事の結論がそれだし。

 

 

 優美子は海老名さんと喧嘩するのか?

 

 

 する。

 あーしはヒナと向き合うって決めた。あーしが納得いく答え聞くまで離さないし。

 

 

 で。優美子は口に出したが…隼人。お前はどうしたいんだ?お前と優美子の意見は真反対だぞ?

 

 

 俺は…。いや違うな。俺が悩むのは今じゃないね。もう少し後の事だ。

 

 

 隼人。あーしは隼人の傍にいるから。そこは変わらないし。今は任せてくれない?

 

「ハル?」

 

 そうだね。優美子に任せるよ。

 

 

 ひーらぎ。ありがと。少し楽になったし。

 

 

 俺は何もしてない。でも、どういたしまして。と言っておこうかな。

 

「ねぇ。ハル?」

「ん…あぁ。どうした?」

「それはこっちのセリフなのだけれど」

 

 珍しくむくれているユキ。いろはが見たらなんて言うだろうか。

 

「何を考えていたの?」

「ゆ…三浦の事だ。海老名さんの件でちょっとな」

「そ。貴方ひとりで抱え込まなければいいわ。どうせ今夜に一悶着あるのだし、学校に帰ってから5人で考えましょ」

 

 だから今は。ね? と付け足してユキが微笑んだ。

 

 休みながらも階段を上る。ふと来た道を振り返ると、京都の街が一望できた。

 

「あ!お団子!」

「っはぁ…疲れた」

「ヒッキー!はやくはやく!」

「だぁぁ!引っ張るな!行くから少し落ち着け」

 

 結衣が超元気。あの階段けっこうキツいかと思ったけどケロッとしている。さらに汗ひとつかいていない。

 

「ふふっ。ひょっとしたら神懸かりかもね」

「そんな事は…案外あり得るかもしれないな」

 

 伏見稲荷大社。つまり縁結びだ。しかもここは総本山なのだし、名前に「結」が入っている彼女に何か良い事があってもおかしくなさそうなものだ。

 

「はぁ…はぁ…。春仁は まだわかるが、俺でも 結構しんどいのに、お前なんで そんなに元気なんだよ!」

「なんかね。身体が軽いの!自分の身体じゃないみたいでさ~」

 

 まさか。ね。

 

 

 伏見山の中腹辺りにある茶屋は京都市内が一望できる場所だった。

 4人で抹茶を飲んで、団子を食べる。

 この場でしか経験できない味に誰もが舌鼓を打った。

 

「戸部っちがね。今晩、姫菜に告白するんだって」

「ああ、そうだったな。すっかり忘れてたわ。場所は嵐山の竹林だったか」

「あそこは陽が暮れると何も見えないから足元に灯りがともるみたいよ。あぁハルは行ってないのよね。和菓子食べてたみたいだし」

 

 なんだか言葉にトゲがあるように感じるんだが、気のせいだろうか。

 

「結衣が言ってただろ?何年かしたらまた来よう。今度は5人で。な?」

「……そうね。他にも行きたい所は沢山あるのだけれど…」

 

 ユキが言葉を濁す。それは、いつかは5人でいられなくなるという事を示唆しているのかもしれない。

 

 

 日没が近いのか、辺りが徐々に暗くなってきた。鳥居の灯りを頼りに山を下りる。次の目的地は嵐山の竹林だ。そこで戸部君の勇気を見届けよう。

 

 

 後になって、神懸っていたかもしれないのは結衣だけではない事を、俺は知る事になる。

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