人生イージーモード   作:EXIT.com

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第42話

ヒッキーに支えてもらって伏見稲荷大社の石階段を下っていく。

さっきまで身体が軽く感じたのは、神様が住まう世界に近かったからなのかな。

ヒッキーが言うには、階段や坂道は上りより下りの方が脚にクるみたいだし、それのせいかもね。

 

「大丈夫か?」

「うん。大丈夫」

 

ヒッキーの優しい言葉であたしは頑張れる。ううん。頑張りたい。

あたしは高台寺で感銘を受けた。秀吉が没したのは伏見城って所で、伏見稲荷は縁結びで有名な場所だ。

あたしにはそれが無関係に思えない。だからあたしはこのふたりの縁にあやかって、結ばれた縁を大事にしようって思った。

 

「まだ身体は軽いのか?」

「え? んー。わかんない。でもさっきよりは疲れてるかも」

 

「そうか」とヒッキーが言う。彼の優しさは言葉だけではない事をあたしは知ってる。むしろそっちの方が多かったりする。

手を繋ぐ時は必ず歩道側だったり、歩く速さが一緒だったり…。

言葉にしてほしい時もあるけどさ。口にしないからこそ、伝わるものもある。こうやってさ。手をにぎにぎするだけでも『好き』って伝えれる。

そしたらさ。ヒッキーもにぎにぎし返して来てくれる。

あたしはそれが嬉しい。

 

ヒッキーがタクシーを止めて行き先を告げる。助手席にはハル君がそうするのが普通かのように乗り込んだ。あたしの両隣にはヒッキーとゆきのんがいる。

 

「あの…結衣さん?その、恥ずかしいのだけれど」

「えへへ♪」

 

ゆきのんと、指を絡めて、手を繋ぐ。

 

ヒッキーとの縁だけじゃ嫌だ。あたしは全部欲しい。

ゆきのんもいろはちゃんも、もちろんハル君も。

でもさ、これは口にしちゃったらいけない気がする。根拠のないただの勘だけどさ。今はあたしがそう思ってればいいかなって思うんだ。

 

 

嵐山に着く頃にはもう日は暮れて、灯りが街を照らしていた。戸部っちが告白するまであと1時間ちょっとだ。

戸部っちの恋はきっと終わる。だからさ。綺麗に終われたらいいね。

 

 

 

夜の竹林で男の子がひとりで立っている。ゆきのんが言ってた通り、足元の灯り以外に光はなかった。

男の子はそわそわしてて落ち着きがない。心臓が破裂しそうな程どきどきしているのが物陰のあたしからもわかる。

逃げたい。でも逃げたらだめだ。彼は自分にそう言い聞かせてる。あたしはヒッキーの手を握ってエールを送る。

 

――戸部っち。がんばって!

 

ゆきのんとハル君は覗き込んだりしないで柵にもたれてじっとしてる。

ってかさ。覗き込んでるのあたしだけだった。

 

 

少しすると戸部っちの正面から女の子が歩いて来た。姫菜だ。

姫菜はどう言うんだろう。あの子は好きって言われて迷惑だった事も多いと思う。何気に姫菜はモテるしね。

 

「…それで、話って何?」

 

姫菜の顔はあたしからじゃ良く見えないけど…声がなんか違う…気がする。

何?ってしらばっくれるのもその声だとなんかさ…ヤダな。

 

「来てくれてありがと。海老名さん」

「……うん」

 

 

「俺さ、海老名さんの事…」

「だめだよ!」

 

姫菜?何言ってるの?ダメって何が?

ふつふつと怒りがわいてくる。

 

「その気持ちは隼人君にぶつけないとダメ!ヒキタニ君とのカップリングに割り込んでこその戸部っちだよ!大和君も大岡君も仲いいんだし、今の関係に割り込んでいかないとダメじゃん!」

「え? あ? はい?」

 

―――かっちーん。

 

ヒッキーがあたしの手をすっと放して頭を撫でて送りだしてくれた。ゆきのんもハル君も腕を組んだまま目を瞑っている。あたしは考えるより早く立ち上がってカツカツと姫菜目掛けて進む。

 

「姫菜!何言ってんの!?」

「結衣…そこにいたんだ…」

「結衣?え?あの――」

「戸部っちは黙ってて!」

 

あ、はい。と言って戸部っちが少し下がった。あたしは姫菜をまっすぐ見て相対した。

 

「戸部っち。ううん。戸部翔君に謝って」

 

姫菜は目をそらして言う。

 

「なんで?」

「姫菜?人の気持ち踏みにじってるんだよ!?わからないの!?」

 

姫菜の後ろから優美子がこっちに来るのか見えた。

 

「ユイ、ちょっと落ち着けし…」

「優美子、ちょっと黙ってて」

「う、うん。わかったし」

 

あたしはそのまま続ける。

 

「それで姫菜。わからないの?それともわかっててやってるの?」

「わかってるよ…サイテーって事もちゃんとわかってる…」

 

姫菜は俯いてぽつぽつと話し出した。

 

「戸部っちの気持ちには大分前から気づいてた。でもね、私は今の関係がいいの。みんな仲良くってさ、私は仲良しなみんなを眺めれたらよかったの。それは戸部っちに告白された時点で変わっちゃうんだ…そんなのイヤなの」

 

ヒッキーの言ってた事が当たってた。あたしは驚きを隠せない。

 

「もういいや…。あ、戸部君。ごめんね。私は誰とも付き合う気ないから」

 

あたしが「姫菜!」と言うより先に『パァン!』と竹林に音が響く。

あたしの目に映っているのは優美子の手と手の方に顔が向いている姫菜だった。

 

「ヒナ。いい加減にしな」

「優美子…」

 

 

――結局。戸部っちは告白できなかった。

 

 

 

「いやー。まさかああなるとはね~」

「戸部っち…あれでいいの?あんなのってひどいよ」

 

戸部っちは悲しそうだけど受け入れてる感じだ。でもさ、アレで良いワケないよ。戸部っちはいいよいいよと言うけど、あたしは納得できない。

今の戸部っちを見てると人を好きになる事が罪みたいに思えてしまう。今の彼は笑ってるけど笑えてない。

罪には罰が必要だ。人を好きになる事が罪なのだとしたら、その罰は失恋するまでの苦しさだとあたしは思う。失恋してからもずっと苦しいままなんて、あんまりだ。

 

「戸部。ちょっと来て」

「優美子?どしたん?」

「いいから!」

 

平手打ちをかました優美子が険しい顔で戸部っちを連れて行く。ヒッキーはハル君たちと一緒に少し離れた所であたしを見ていた。

あたしはしょんぼりして彼の元へ行く。

 

「ふわぁ…ヒッキー?」

「…よくがんばったな」

 

ヒッキーに抱きしめられたあたしの糸が切れた。

 

「もういいんだ」

 

あたしはヒッキーの胸に縋って泣いた。これの理由はあたしの事じゃない。ヒッキーの事でもない。

でも、なんでこんなに苦しいんだろうね。

 

 

 

あたしが泣き止んだ頃にはふたりきりだった。

 

ヒッキーに旅館の玄関まで送ってもらって、おやすみのキスをする。

今日はヒッキーからしてくれた。いつもはあたしがおねだりしないとしてくれないのにね。

こんな時だけなのは卑怯だ。うん。

 

部屋には誰もいなかった。優美子と姫菜はどこに行ったんだろう。

 

「あれ? メール?」

 

優美子からの呼び出しだ。用件なんて確認するまでもない。姫菜の事に決まっている。

 

 

 

「ユイ。悪いね」

「ううん。さっきの事だよね?」

 

向かった先は旅館の裏側にあるベンチだった。

姫菜の頬に赤い筋がある。泣いた跡だ。優美子に叱られたのか、反省したのか姫菜はしゅんとしている。

 

「姫菜。大丈夫?」

「…結衣――――うぇえぇん!」

 

あー。あはは…すごい勢いで泣いちゃったぁ。

いつも変な事言ってる姫菜だけど、こんな風に泣きじゃくる彼女を見るのは初めてだ。優美子もやれやれといった感じでハンカチを用意している。

あたしに縋ってくる姫菜の髪を優しく撫でる。ゆきのんにもこんな風にしてあげたなぁ。

姫菜はずっと嗚咽まじりにごめんなさいを繰り返していた。

 

 

 

 

「落ち着いた?」

「うん。ありがと、結衣」

 

落ち着いた姫菜があたしの目を見て話す。

 

「私は今の関係が良かったんだけどね。優美子から聞いたんだ。そもそもね。私がグループを意識しすぎてただけだったの」

 

姫菜はそのまま続ける。

 

「結局ね。私は優美子と結衣の事が大事なんだ。だから。私と仲良くしてほしい。 その…友達になってほしい」

 

姫菜の言いたい事はわかった。なんとなく一緒にいるんじゃなくて。一緒にいたいから一緒にいる。そういう事だ。

でも、それはそれだ。戸部っちの事はどうするんだろう。

 

あたしの心を見透かした様に姫菜が言う。

 

「戸部っちの告白はね。ついさっきちゃんと受けたんだ。 私、サイテーな事したけど…戸部っちは許してくれたよ」

 

戸部翔の恋は終わったんだね。でもまた始めればいいだけなんだしさ。姫菜がもっと戸部っちの良い所知って行けば、きっと。ね。

 

 

こうして、あたし達の修学旅行は終わった。

 

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

 

はるひとが修学旅行からわたしの所に帰って来た。わたしは唇で「おかえりなさい」を伝える。

たった数日会えないだけでこんなにも苦しさを感じているわたしは、やはり彼の事が大好きなのだ。

 

――彼がいない間に何もなかった訳ではなかったけど…。

 

やったらめったら声をかけてくる男子生徒達。それを嫉妬の目で見てくる女子生徒達。はるひとがいないだけでここまで再燃するものなのだろうか。

これは何かあるかもしれない、と。少し猫をかぶって情報を集めたら簡単にわたしの『噂』が耳に入って来た。

 

『一色いろはが、彼氏がいるのに男を漁っている』

 

何の根拠もないただの噂。それに女子生徒(わたしの敵)がそれを流して炎上させたのだ。その噂を真に受けた男子生徒(バカな男)が声をかけてくる。そして、何も知らない人はそんなわたしに悪い印象を抱く。

 

そしていつのまにか、次期生徒会長に推薦されていた。

 

わたしが生徒会長になれば男漁りをする時間もなくなる、彼氏と一緒にいれる時間もなくなる。彼氏に振られてしまえばなおよし。といった具合だろうか。

担任の教師は自分のクラスから生徒会長が出る事で舞い上がっていて、わたしの話を一切聴かない。唯一頼りにしている平塚先生も、当時は修学旅行で京都にいた。

現会長のめぐりせんぱいは相談に乗ってくれたけど、成果は出ていない。

 

八方ふさがりだった。

 

もちろん、彼に相談する事は何度も考えた。

でも、楽しい旅行に水を差したくなかったから相談できてない。それに…。

 

――きっと血を見ずに終わらない。そう思った。

 

わたしにちょっかいをかけてくる男子生徒がはるひとを見た時の怯えようは記憶に新しい。女子でさえ手を出した事があるとかないとか…。

女子の顔に傷がつこうが、男子の骨が折れようがそんな事はどうでもいい。肝心な事はそれによってはるひとが処罰の対象になってしまう事だ。

それだけは避けないといけない。もし彼が停学、あるいは退学になってしまったらわたし達はどうなってしまうのだろう。

 

「何もなかったか?」

「はい! なにもなくて退屈なくらいでした!」

 

わたしは嘘をついている。そんな自分が嫌いになりそうだ。

 

「いろは。本当の事を言ってくれないか?」

「あー。バレてましたか…」

 

電話の時の声で何かを察したみたい。お願いだから、これ以上貴方を好きにさせないで欲しい。

 

「わたしの悪い噂を流されてるのと、勝手に生徒会長に推薦されちゃってまして…」

「生徒会長…か」

 

悪い噂の内容も全部話した。ここで隠すと後ろめたい事をやってるみたいに思われてしまう。

やってない事は胸を張って、やってないと言うべきだ。

 

「少し考えがあるんだが、ひとまずは平塚先生に相談してみよう」

「…わかりました」

 

わたしが生徒会長になる事で失うものが多すぎる。はるひとは来年は受験生で勉強の時間が増える。わたしの家に泊りに来る事もぐっと減るだろう。

せめて学校だけでも一緒にいたい。でもそれは、わたしが会長になってしまうと叶わない。

このまま放置していると信任投票でわたしは会長になってしまう。しかも、自分の意志ではなく、やらされる程で。

 

「まぁ。あんまり思い詰めるな。なんとかできるさ」

「はるひと…」

 

わたし以外に立候補を立ててわたしが負ける事はできるだろう。しかし、しょぼい人に負けるのはわたしのプライドが許さない。はるひとやユキせんぱいなら負けても納得できるんだけど…。

 

「――んっ」

 

優しい口づけ。温かい抱擁。髪を撫でる大きな手。

全てが愛おしい。

 

わたしはベッドにころんと横になって、彼に身を委ねた。

 

 

 

 

すやすやと眠るはるひとの髪を撫でる。わたしを抱きしめてくれる彼は、寝ると子どもみたいに甘えてくる。

わたしの胸に顔を埋めてまるで赤子みたいだ。すごくかわいい。

 

彼の重荷になりたくはない。彼に頼るばかりでは嫌だ。わたしもひとりでどうにかする努力をしないと、彼に愛想をつかされてしまう。

私はそう心に決めて彼の額にキスを落とす。

 

「おやすみなさい。はるひと」


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