「メニュー…カレー以外で…うーん」
「なんだ?春仁んトコは喫茶店でもやんのか?」
「そうなった。んで俺がシェフで。メニュー考えてる」
「春仁の作るメシなら行かないとな。使命感が沸くまである」
メニュー作成が思ったより難航している。
校舎の中で調理をする事もあり火器の仕様は認められていない。
つまり、ガスコンロ等の火災の原因になりそうな調理器具は使えない。
作り置きができる品であればなんとかできそうなのだが、正直カレーの仕込みで手一杯だ。
「電子レンジでパスタが茹でれるのは知ってるんだが…いかんせんその後がなぁ」
「パスタってアルデンテにしてソースと和えるだけじゃねぇの?」
「パスタか…種類を絞ればいけるかもな…ソース系、ソース系…」
八幡の「俺はあのカレー喰えりゃ、あとはなんでもいいわ。むしろ“カレー堂”とかに変えちまえよ」の一言によりE組の喫茶店はカレー堂になった。クラスからの反発もあったが、結衣が「ハル君のカレーはねぇ、すっごいおいしいんだよぉ♪」と宣伝した事もあり問題なかった。密かに手料理食べてます宣言かました結衣が「あわわわわ」と子犬化するのはまた別のお話。
「カレーに変更したとしてあと数種類はほしいな」
「うーん。果物とかどう?桃とか!」
「フルーツ盛り合わせとカットフルーツもいいな。桃は結衣が食べたいだけだろ?」
「えへへ、ばれてた」
「まぁいいだろ。白桃も追加でっと」
「ライスがあるんだからパンもいいかもな」
「ナン。ね。あれは作るのめんどくさいからフランスパンのトーストで代用しよう」
E組の出展にF組の八幡が噛んでるのはこの際無視するとして、カレーと言ってもそれだけだと味気ないので工夫を凝らす事になった。
出て来た案を精査して材料経費を計算する。桃の単価が以外と高価だったのは結衣には言わない方がいいだろう。
「とりあえずこれで提出してみるか」
メニューにはメインに“本気のカレー”サイドに各種カットフルーツとフルーツ盛り合わせ。ドリンクにダージリン、アッサム、セイロンの紅茶三種、珈琲は一種となる。
カレーはライスとパンが選べる様になっており、パンを選んだ場合は自家製ガーリックバターを添える。
紅茶はストレート、ミルク、レモン、アップル、ピーチのバリエーションを用意した。
コーヒーにはガムシロップとミルクの他に練乳を用意。
練乳の意図はあえて言及しないでおこう。八幡をジト目で睨んでおく事にした。
「ハル君のカレー♪ハル君のカレー♪」
「アレがまた食えるのか…」
「お前ら…」
「こりゃやべぇかもな」
「アハハ…予想以上だね…」
文化祭当日を迎えた1年E組“カレー堂”は予想を大幅に超えた集客を見せていた。
用意したカレーは約1000食分。1日目は内部公開のみ。オープニングセレモニーから3時間経過した現在、既に200食が売れている。
「みんなカレー好きすぎだろ」
「春仁…美味い料理作ってるって自覚あるか?」
「えっ?こんなもんじゃないの?」
「自覚ないんだ!?」
「八幡?お前食いすぎな?で。結衣?お前も、食ってばっかいないでホール手伝え」
「俺は悪くない。目の前にカレーがある。だから食う。QED」
「はぁ…まったく…」
“本気のカレー”は先日の八幡誕生サプライズパーティーとほぼ同じ工程で用意した。
これが生徒にかなり好評だったのだ。一口目は少し甘く感じるがじんわりと辛さと旨味が広がっていく。飲み込んだ後に口内に残るヒリつく辛さが二口目以降の味を変化させる違った味が広がり続けいつのまにか皿が白くなる。
今日は夕飯がカレーの宅が多そうだ。
明日には総武高校の受験生とその家族をはじめ、地域の有力者もやってくる。そちらがメインなのは間違いない。
初日は無理矢理300食で閉店させて、明日の為に戦力を温存させるのであった。
――時は遡り、オープニングセレモニー直後。
カレー堂の外では女の戦いが勃発していた。春仁を文化祭デートに誘いたい女子が、我よ我よと集まって来たのだ。彼女らは春仁にお近づきになりたいと考えるが、見渡せば敵しかいない。『敵は排除すればいい』そう考えるのは間違ってないが、相手を貶めて優位に立とうとするのはいかがなものだろうか。そして彼女らは⦅こんな醜い私を見られたらきっと彼に嫌われる⦆と考え、反省する。
そして彼女らは話し合った。このままでは誰も目的を達成できない。
ここは協力するべきではないか?と。
しかし彼女らの目的は達成できなかった。
言うまでもなく、春仁がカレー堂から出てこないからである。
「なら、誘い出してローテーションしようよ!」
彼女らの戦術的判断は同盟だった。敵同士だろうと同じ目的なのであれば協力しあう。それは美しく。正しい。
成功していれば友情に彩られた青春の1ページとなっただろう。
成功していれば。
「ん?柊君なら文化祭中はずっとここでコックさんだよ?クラスのみんなと約束したからねー」
彼女らの目が点になりカラスの鳴き声が脳に響く。
彼女らは春仁がカレー堂から出れない事を知らなかった。
おまけに強敵の結衣も基本一緒にいる。
緻密な計画も前提を間違えれば無意味。
戦略的敗北とはこの事だろう。
ちなみに、春仁はこの戦いの事を生涯知る事はなく、この件で彼女らは意気投合し、友達になった。
「あぁ~…くっそ忙しかった。ちょっと来過ぎだろ」
「さすが春仁だ。おつかれさん」
「すっご~い!すごいすごい!」
ぐっだりと机に突っ伏した春仁。彼のシェフとしての仕事は先ほど完遂された。
カレーは完売。フルーツもクラスメイトの賄いでほぼ消費。
1年E組の出展は文句なしの大成功だった。俺?F組は俺の存在を認知してないみたいだから無視してる。カレー喰いたいし。俺の文化祭はあのカレーだけでいい。いやマジで。
春仁はおよそ6時間ほど休憩なしで働いていた。途中クラスメイトが心配して声をかけるも「約束したから」と彼が真剣に取り組む姿に、クラスメイトは一致団結。自由行動だった生徒が各自の判断で現場に参加。カレー堂を盛り上げる。
俺はカレー喰ってた。
由比ヶ浜を筆頭としたホール担当の女子も、自然と増員されテーブルの回転率は素晴らしいものとなった。
俺は練乳入りコーヒー飲んでた。やはりMAXコーヒーは至高。異論は勝手に言ってろ。
さらに、男子が率先してゴミ捨てなどの裏方を引き受ける事により清潔感が保たれる。
その結果。かなり早い時間で完売御礼となったのだ。
楽しそうな笑顔の結衣と、真剣な春仁に見惚れた生徒は少なくないだろう。
由比ヶ浜がこっち見て笑うと心がざわざわする。由比ヶ浜を見てるとなんだかもやもやする。この感覚は危険だ。っつか危険じゃないよね?あー…ダメだ。
「柊君、お疲れ様。放課後に打ち上げやるんだけど来てくれないかな?」
「あー…行かなきゃマズいか?」
「え?ハル君も行かないの?」
「いやぁ、流石に目立ち過ぎたから遠慮したいのが本心だな。すんげぇ疲れたし…」
「ありゃ、まぁ仕方ないよね。みんなにはうまいこと言っとくから、ゆっくり休んでね。 それから…ありがとう柊君。文化祭すごく楽しかった。 じゃあまたね!」
「おう、すまんな」
「ハル君モテモテだぁ」
「春仁だし、当然だろ」
「…俺は約束を果たしただけだ、嘘つきにはなりたくないからな」
彼らしい言い様に由比ヶ浜と顏を見合わせて⦅ニッ⦆と口角を上げた。
「ヒッキーキモい」って言われた。わかってるから、わざわざ言わんでいいから。
笑顔で言うのやめようね?《グサッ》とした後に《キュンッ》ってしちゃうだろうが。
また心がざわついてきたわ。心を落ち着かせなければ!このままでは由比ヶ浜に告白して振られて涙で枕を濡らすハメになってしまう。そんな結末はラノベの中だけでいい。
っつかそんな事はどうでもいい。いいよね?
さっき由比ヶ浜に集まる視線に違和感があった。
春仁は気付いてないだろうし相談してみようかな。
「さて、そろそろエンディングセレモニーだし、どっか静かな場所でゆっくりしようぜ」
「じゃあ屋上行くか、結衣はどうする?」
「んー。あたしは友達とセレモニー見てくる」
「そうか、じゃあまたな。結衣」
「バイバイヒッキー!ハル君!」
夕陽が眩しい。屋上で感じる風は、熱気のせいかあまり寒く感じない。
「春仁」
「どうした?八幡」
「あー…気づいてるかもしれんが…由比ヶ浜の事だ。…アイツ大丈夫か?」
「何かあったのか?」
「まだ。何もない」
「まだ。ねぇ」
「クラスが違うから俺もハッキリはわからん。でもな。なんか今日はムリしてるっつーか…えーと…上手く言えんな…」
「ふむ…俺はまだ何も見えてないな。でも、お前が言うんだ、ちょっと探ってみる」
「あー、そう。アレだ。由比ヶ浜じゃなくて、アイツの周りが関係してるかもしれん」
「わかった。ありがとな」
「…俺も力になりたいんだが、情報が少な過ぎてうかつに動けん。杞憂だったらそれでいいんだけどな。」
下校中の生徒が見える。春仁が「帰ろか」と言うが「わり、本屋行く」と返し、学校を出た。本がほしいのは事実だが、ひとりで考えたい事もある。
俺は打ち上げに参加しなかったが、みんなにお礼を言いたかったので顔だけでも出す事にした。
クラスの皆に頭を下げて「ありがとう」を伝える。
文化祭は俺がカレーを作って成功した。それは事実だ。
でもクラスの団結あってこその成功。これも事実だ。みんなが協力してくれたからこその成功なのだからちゃんとありがとうを言う。
みんなは俺が約束を守ろうとする姿勢に共感して行動したんだと。最初は俺にお近づきになりたいって女子も『そんなのどうでもよくなっちゃった』ってケラケラしてた。
店を出る時に、皆は盛大な拍手で応えてくれた。なんというか…まぁ…いいもんだな。
帰り道をとぼとぼ歩きつつ、彼は屋上での事を考えていた。
『結衣の周りの人間が、結衣に攻撃している』
「相模南…まさかな」
心当たりがあった。その少女は顔立ちは整っており、可愛らしいのだが、性格に難がある。
彼女は自己顕示欲が強く、いきなり腕を組まれたり後ろから抱き着かれたりと
俺も迷惑を被っている。正直ウザい。
要は、“柊君と仲のいい私”を見せつけたいのだ。
通常であれば一刀両断しているのだが、彼女は結衣の友人。
相模を拒絶したとして、そのしわ寄せが結衣に行くのは好ましくない。
「…どうしたもんかな」
後日、八幡が杞憂であってほしいと願った事は、実際に起こってしまうのだった。