『柊君。部活一緒にやりませんか?いえ一緒にやるべきです!』
『強制されるのは嫌なのでお断りします。バイトもありますので』
『柊!オレ達と一緒に国立目指さないか?』
『国立目指すならこの高校受けてないです。スイマセン』
『柊君!君の走るフォームを参考にしたい!一緒に走らないか⁉︎』
『陸上選手のフォームでいいと思うのでお断りします』
「はぁ…めんどくさい…」
文化祭の熱気が冷める間もなく、体育祭の期間に入り、先日それが終了した――のだが
3年が引退した運動系クラブの勧誘が激化した。なりふり構わず入部させようとする輩の勧誘に辟易する。
お断り文句の『バイトガ』が通じない相手もいるので、相手の揚げ足を取って論理的に反論しているが、つい独り言が漏れる。
ひと昔前なら殴って遠ざけてハイ終わりだったのが、いつのまにか我慢できてる様だ。成長が実感できるのは喜ばしいんだけど、こんな方法で実感できてもなぁ。
「柊、聴いてるのか?」
「やっぱり何かしらの部活に入ってる方がいいのか?でもなぁ…強制されるのはイヤだし、慣れ慣れしくされるのもイヤだし…俺にとって都合いい部活あれば最高なんだけどなぁ…」
「おい柊!私の授業で上の空とは…いい度胸をしているな」
「――ぁっつ!」
6限目の科目である現代国語担当の平塚静教諭から鉄拳制裁を受ける。
アハハと周りが笑っているが、ふと目があった結衣は心配そうな顔をしていた。
「まったく…放課後、職員室にきたまえ」
「わ、わかりました…いたた」
30分後、職員室の平塚先生を訪ね、隣の応接室へ通された。「座りたまえ」と促されガラステーブルを挟んで彼女の正面に座る。
「さて、柊。悩みがあるなら聴こうじゃないか」
「えっ?」
「なんだその間抜けな顔は?私があの程度で呼び出す訳ないだろう。どうぜ部活動の件で悩んでいるのだろう?ならば他の生徒の目もあると考えてな。この場を用意したという事だ」
「あぁ、はい。声に出てましたしね…」
自身の状況と要望を先生に話す。自分勝手も甚だしい要望だという事を彼は解っている。その手段が取れないのであれば。切れる手札はないに等しい。
「柊、お前の今の状況の確認なんだが、部活の勧誘が煩わしいから、バイトを優先させても構わない文化系の部活に入って勧誘を拒否する正当な理由が欲しい。と言った所か?」
「はい、そんなとこです。あと下心を持って近づいて来る輩がいないとベターです」
「下心か。好意だとは思わんのかね?」
「先生、あれは好意なんかではないですよ?ああゆう輩は俺をアクセサリーの様に見てます」
平塚先生は真剣な顔で「続けたまえ」と言う。
「気持ち悪い事言ってるのは自覚あります。…アイツらが欲しいのは《柊春仁と仲のいい自分》だと俺は感じてます」
「何故そう感じるのだね?」
「…根拠はありません。でも慣れ慣れしくされるのは嫌です」
「どの様な形であれ必要とされる事は良い事だと思うが、君にとってはそうではないのか?」
「友人や家族なら必要とされて嬉しいですけど…友人じゃない人に…その、必要とされても困ります…」
「ふむ…なるほどな」
先生は顎に手を添え、目の前の少年を見る。
「柊。私が顧問の部活。奉仕部に入りたまえ。 君の要望は通してやろう」
――は?
「えっ…バイトでほぼいませんけど?」
「かまわん。自主参加を許可する」
「ありがたいのですが…理由を伺ってもいいですか?」
先生の意図する事がわからない。手放しで喜んでいいものだろうか。
騙されるな春仁。大人は醜い何かウラがあるはずだ。
俺は少し身構える。
「君の過去は君のモノだ、しかし未来は君だけのモノではないよ」
「…先生。答えになってない気が…」
「これはヒントだ。答えは自分で考えたまえ」
先生に促され応接室を出た後、彼女に連れられ特別棟の4階に向かう。
この辺りは生徒も少く静かだ。パンプスがコツコツといい音を立てている。
⦅ガラッ⦆と扉をスライドさせる静に「先生…ノックを…」と苦言をこぼす少女が目に入った。
「君はいつも返事をしないではないか。雪ノ下」
「先生が返事を待たないからでしょう?それで、用件は?」
長く透明感のある黒髪。凛とした顔立ち。透き通った声。
どこか懐かしさを感じる。ふいに彼女と目が合うと、時間が停まった様な感覚になった。
「っ……久しぶりね……ハル」
「なんだ、君達は知り合いだったのか?」
「ハル?…その呼び方…もしかして。ユキ…か?」
「えぇ、そうよ。覚えてくれてたのね…小学二年以来だから九年ぶりになるわね…」
先生は状況を察したのか優しく微笑んで無言で退室していった。
これには驚きを隠せない。二度と会えないと思っていた幼馴染が、瞳を潤ませて可愛く微笑んでいる。これは夢ではないだろうか。幻ではないだろうか。俺はいったい何を言えばいいのだろうか――
「ユキ…本当にすまなかった」
「…何故謝るの?もっと相応しい言葉があると思うのだけれど?」
別れ際に『さよなら』すら言えなかった。引き裂かれる原因を作ったのも実際俺が原因だった。この九年間連絡すら取っていなかった。
つい先ほどまで忘れていた昔の事がまるで昨日の事の様に甦る。
彼女の言う相応しい言葉は“謝罪”でも“感謝”でもない。
「…ただいま。ユキ」
「おかえりなさい、ハル。あの時は助けてくれてありがとう」
「あぁ…あれは自分を守ろうとして暴れた結果だ。ユキの為に動いたんじゃない。結果的にそうなってたみたいだけどな」
「ふふっ、そうよ私は貴方に救われたの」
11年前出会った友達への、始めての自己紹介が交わされた。
やはり今更感があり凄まじく恥ずかしい、俺は顏をそらし、雪乃は俯いていた。
俺たちが耳まで赤かったのは言うまでもない。俺たちは互いの本名を知らなかった。
「まさかユキが“あの”雪ノ下だったとはな」
「あら、家の事を知ってるのかしら」
「いや、入学式の車両事故は知ってるか?」
「えぇ、よく覚えてるわ。その車に乗っていたもの」
「その事故で、車道に飛び出したのは俺の従兄弟だ」
「………そう」
「ユキ。責めてないから。そんな顏はやめてくれ。 それにこの件はもう終わってる。そうだろ?」
「えぇ、そうね。それでも…ごめんなさい」
「それと、気になったんだが。アレから大丈夫だったか?」
「……残念だけれど――」
“アレ”とは九年前の暴力事件の事だ。
当時、十名を超える児童からの
恨みは、怒りを通り越して殺意となって顕在化して、女であろうが、泣こうが、喚こうが、無表情で報復した。
その狂気に母が危険を感じ、転校となったのだ。
これによりユキをイジメていた女児が入院。それ以降学校に来なかった。
結果的にそれで彼女は救われた。
「でも本当の悪夢はまだ始まっていなかったのよ」
小学三年になり雪ノ下建設の顧問弁護士が『葉山家』になった。息子の名前は『葉山隼人』偶然にもユキと同じ小学校だった。
彼は女児から絶大な人気を集め『みんな』を重視する人柄だった。ユキと彼は“家”での付き合いもあるため一緒にいる時間が長い。
繰り返すが、葉山隼人は女児に絶大な人気がある。そんな彼が、美少女であるユキと一緒にいるとどうなるのか、想像は容易い。
雪ノ下雪乃は女児からの攻撃に晒されたのだ。
「ユキ…話すの辛かったらいいんだぞ?」
「…大丈夫。貴方には聞いてほしいの」
六年生になった頃にはユキへのイジメは更にエスカレートしていた。誹謗中傷は日常化し、盗難、器物破損。人権侵害などザラだった。
彼女は抗う事の無意味さを理解していた。抗うのであれば俺の様に、殺す気でやらなければ意味がない事も理解していた。
「そして悪夢が始まったわ」
葉山がユキを庇い『みんな仲良く』という主張の元『みんな』をまとめようとして加害者達は彼女が葉山に泣きついたと勘違いして“葉山隼人がいない時だけ”彼女を標的とする様になった。
その結果ユキは心を閉ざし。中学生の間はアメリカへ留学する事になった。
「ハル…泣いてくれるのね。」
「えっ…あぁ……そうだな…俺も悲しいよ」
俺はいつの間にか声も出さずに泣いていた。
ユキは俺の頭をそっと胸に抱きしめてなでてくれた。
「ハル…私はもう大丈夫だから…」
「…………」
おかえり、ユキ。
「それで、俺は部員でいいのか?」
「えぇ、歓迎するわ」
どこに行っても、いくつ歳をとっても人間の本質は変化しないだろうか。
過去にユキが経験した事が、結衣にも起ころうとしているこの状況をどうにかできないだろうか。
暴力はだめだ、最終手段としておかなければ、せっかく再開できた雪乃とまた引き裂かれてしまうだろう。俺はそれにきっと耐えれない。だからこそユキに助言を求めた。
「ユキ、ユキが受けたイジメを俺の友人が受けるかもしれない、知恵を貸してくれないか?」
「…どういう事? 説明してほしいのだけれど」