ハイスペックニートが異世界─#コンパス─で枝投げ無双してみた件   作:うるしもぎ

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#1/しがない人生にさようなら

今日も昨日と変わらない、朝7時にセットされたアラームが鳴り響く。

 

電子的なその音は気持ちよく寝ていた頭を中途半端に覚醒させて、覚めきらない眼に突き刺さる眩しい光に顔をしかめた。

布団の中から重い腕を伸ばし、充電器に配置されていたスマートフォンを手に取る。画面に大きく「7:00」と表示されたアラームのスヌーズ機能を解除すると、待ち受け画面に設定している可愛いあの子が現れた。

 

つい最近発売された「魔法少女リリカ☆ルルカ」の第2期ブルーレイ第1巻。

初回限定版購入特典としてついてくる全巻収納ボックスの描きおろしリリカちゃん。衣装も1期の頃からアレンジが加えられ、腰の左右にあしらわれたリボンが超絶キュートなうえに表情も抜群に可愛い一枚絵。

一目惚れして、すぐさま壁紙にした。おかげで、画面を見るたびに口元が緩むこの有様だ。だが後悔はしていない。……どうせ、自分の顔を見る人なんて、ほとんど居ないワケだし。

 

学生の頃は毎日きっかり7時に起きていたが、そんな生活はとうの昔に瓦解している。なんとなく、昔の名残でアラームを鳴らしているが、今の生活になってからこの時間に起きたことなど一度も無い。

部屋の外──階下の玄関から両親の話し声がする。彼らとはかれこれ3年ほど、まともに会話をした覚えが無い──に人の気配がある限り、この部屋を出る気にはなれない。毛布をかぶり直して二度寝と決め込みたかったが、部屋の中はじわりと暑く、ついでに喉も渇いて張り付いていたので渋々と寝床から這い出た。

 

パソコンを置いたデスクの傍に置いてある小さな冷蔵庫は、僕のいざという時の命綱だ。500mlの水が入ったペットボトルを取り出し、頬に押し当て冷たさを楽しんだのちに蓋を開け、一気に半分の量を飲み干した。

ふぅ、と思わず声に出し口元を拭う。すっかり目が覚めてしまった。

カーテンの隙間から差し込む光を頼りに見やった壁時計は、7時10分を指していた。随分と早い時間に起きてしまったものだ。

 

仕方なしにパソコンのスリープモードを解除しながら椅子に座る。軽い沈み込みとともに、自身の体がぴったりと椅子に馴染む。長年使用しているが、未だにヘタれることのない愛用品のひとつだ。

さすがはアマゾンレビュー星4.6の品。お値段もお高いだけある。

 

「marcos55」とアカウント名が表示されたロック画面に、あくびをこぼしながら生年月日の8桁を入力する。

僅か一瞬「ヨウコソ」とメッセージが表示された気がしたが、ロックが解除された画面に、色鮮やかな5人の魔法少女が並ぶ壁紙が現れた。

これは第1期、第1部の特殊エンディングでのラストカット。リリカちゃんがルルカちゃんを助けにきた戦闘での挿入歌はファンの間でも「群を抜いて神曲」と評価が高い。僕も好き。

流れるようにブラウザを起動して、ブックマークから「魔法少女リリカ☆ルルカ」の公式サイトへ移動する。

一昨日、新曲の「リラルラドリ~ミング」の発売を迎えたばかりだから、めぼしい情報は特に無いかな……うん、公式ツイッターも最終更新が11時間前になっている。簡単に、ツイッター全体でワード検索をしてみたが、こちらも特に興味深い情報はなかった。

 

こういう時にアカウントがあれば便利なのは確かなんだけど、人付き合いや同年代と思しき人々のありふれた日常を目にするのに疲れ果てて1年前にやめてしまった。

背もたれに体を預けながら、再びペットボトルの水を口にする。部屋の外に耳を傾けると、玄関が開いて人が出て行く音がした。次いで、一際大きく響く施錠音。

まだまだ働き盛りの両親は、仕事へと出かけたらしい。ご苦労なことだ。穀潰しの僕のことなんて、さっさと追い出してしまえばいいのに。

 

口元が歪んだように思えたのは自嘲か、もしくは彼らに対する嫌悪の情だったのか。元より詮索する気の無い疑問は何事もなかったかのように思考の外へと追いやられた。

誰もいなくなったのなら、あとで朝飯になりそうなものを探しに行こう。でもその前に。

 

「……っと」

 

椅子に腰掛けたまま、パソコンデスクの右側に配置されている棚へ手を伸ばす。探る指先が1本のDVDのケースを掴んだ。

背表紙には「魔法少女リリカ☆ルルカ─1─」の文字。伝説の始まり……そう、記念すべき第1話収録巻である。

好きなアニメの第1話は何度見ても飽きないもの……いや、何度も繰り返し見るからこそ、ふとした拍子に新たな発見を得ることもある。それは今後の展開に対する伏線だったり、作画の線から伺える制作スタッフのこだわりであったり、何より演じる声優のまだキャラに慣れていない初々しさだったり……いやいや、リリカちゃんに中の人なんて存在しないけど。

 

パソコンのドライブを開き、ゆっくりと円盤を配置する。押し込むと同時に背面のファンが回り始め、液晶モニターにはDVDプレーヤーの作動を示すウィンドウが現れた。思い出したように、かたわらのヘッドフォンを装着する。

 

アニメ、魔法少女リリカ☆ルルカは、2年前に始まった作品だ。

 

開始当初は、原作の無い──いわゆるオリジナル脚本というのだが──作品なんてと見向きもされていなかった。僕はといえば、その頃はすっかり社会からドロップアウトしてしまい、日がな一日アニメを見ては暇を潰すような生活を過ごしていたものだから、放映前の世間の酷評など気にも留めずしっかり1話目からリアルタイムで観ていたのだが。

 

結果的にその判断は正しく、酷評は本放映3話を迎えた直後にひっくり返り、第1期は文字通りの大成功となった。続く第2期も、途中、追い込まれたスタッフの疲労と思しき作画崩壊回なんてのもあったけど、しっかりとファンの期待に応えてくれたと思っている。少なくとも僕は満足している。

 

だからこうして円盤をはじめとしたグッズの類を「お布施」の名の下に買い集め、「劇場版鋭意制作中!」の告知を生きる希望としながら今日も第1期第1話から上映会を始める。

 

それが僕の生活。

 

「魔法少女リリカ、キミのために戦うよ!」

 

液晶モニターの中では、ピンクのツインテールを揺らして主人公のリリカちゃんが愛らしいウインクを決める。

チャーミングな笑顔に思わず頬を緩ませながら、抑えきれない感情にじたばたと身悶えた。第1話はこのあとの展開がイイんだ。初めての「魔法少女」としての役割に戸惑いつつも、仲間であり友人でもあるルルカちゃんを助けるために、この時点では本来出すことのできないはずの究極魔法を繰り出して……あぁ、やっぱりいいなぁ。リリカちゃん覚醒回も五指に入る神回だけど、1話はこの荒削りさの残る勢いがたまらない。

 

ほくほくとした思いで画面越しのリリカちゃんの活躍を見守る。世間の人気としては大人びているルルカちゃんの方が高いらしいが、僕は正統派主人公のリリカちゃんが最推しだ。一生懸命で、健気で、努力家で、誰よりも他人に優しい。そんなリリカちゃんが好きなんだ。

 

画面の中ではエンディングが流れ出し、余韻に浸りながらスタッフロールを眺める。「次回予告」の文字が現れ、これまた何度も見た第2話のカットと、その後ろではコミカルな様子でリリカちゃんが次話の展開を予告する。

 

「次回、魔法少女リリカ☆ルルカ!『これはとっても嬉しいなって』……キミのところに行ける魔法があればいいのにね♪」

 

予告時の決め台詞を境に、画面がふっと暗くなる。同時に長く息を吐き出し、胸を抑えながら1話の感動を反芻した。

そう、1話は最後の予告のセリフも良いのだ。

ここだけ聞くと視聴者に向けてのセリフといった印象しか無いが、まさか、このセリフが最終話の伏線になっているだなんて、誰が気づいただろう。リアルタイムで最終話を見た時の感動を思い出し、目頭が熱くなった。

この熱い思いを昇華するために、すぐさま最終話を観たくなったが、あれは順を追って見るからこそ感動もひとしおなのだと言い聞かせ、2話の始まりを待った。

 

「…………あれ?」

 

話と話を繋ぐために暗転した画面が、一向に切り替わらない。

おかしいな、モニターが寿命を迎えた?いや、そうだとしても、もう少しわかりやすい予兆とか反応とかあるだろう。

ヘッドフォンを外してパソコン本体に耳を傾ける。駆動音は低く唸り続けているし、停電で電源が落ちたということではなさそう。深く重いため息をこぼしながらマウスを動かしたが、カーソルは現れなかった。

 

「……はぁぁぁぁ。マジでぇ……?」

 

キーボードを片っ端から打ってみたが、画面は依然として真っ暗闇。思わずがりがりと頭を掻き、諦めてスマートフォンに手を伸ばす。アマゾンの即日配送を舐めるな。この際だから、ちょっと良いモニターに買い替えちゃおう。

 

その瞬間、「ウゥン」と低い音が鳴り、画面の中央に白い点のような光が現れた。

あれ?もしかして、復活してくれた?だとしたら、嬉しいんだけど。

再びマウスに手を置いたが、カーソルらしきものはやはり現れない。故障とも復活とも判断のつかない現象に苛立ちを覚えていると、画面中央の白い点がゆっくりと大きく……えっ、何か迫ってきてる……!?

 

見る見るうちに画面が白へと染まる、染まりきる。その瞬間、白い色は画面から放たれる「閃光」となり、強烈な眩しさに思わず目を瞑ると同時によろけて椅子から転げ落ちた。

 

「うわっ、あっ!いぃっ!?つぅぅ……!」

 

無様に尻から落ちた拍子に肘を打ったらしい。

悶絶の唸り声を上げながら、ひりひりと痛む箇所をさする。パソコンは怪現象に襲われるし、要らん怪我はするし……誰だ早起きは三文の徳とか言い出した奴は。これだから出展不明の言い回しは信用ならない。

 

ぶつけようのない怒りを抱え込んだまま気持ちを荒ぶらせていると、妙な気配を感じた。生き物……とも違う、例えるなら、電化製品のスイッチが入った時に一瞬空気が震えるあんな感じ、とおもむろに顔を上げた瞬間、そこに違和感の正体があった。

 

──人型を模したと思しき、白いロボット。

 

「……ひっ!?」

 

その風体から見受けられる質量を無視して、そいつは宙に浮いていた。

青白い光が「目」のように自分を見下ろす。動揺、混乱、恐怖、様々な感情が駆け巡り、悲鳴すらまともに上げることができなかった。こいつは……何だ、何者だ?いつ、どうやって僕の部屋に現れた?

疑わしきは先ほどパソコンのモニターに現れた不具合、及び謎の閃光だがまさか、そんな、そんな訳。

 

「……検索条件ニ合致。アナタヲ迎エニ来マシタ」

 

機械的な女性の声が部屋に響く。もしかして、喋ったのだろうか。視線だけを左右に動かして確認したが、目の前のコイツ以外に言語を発しそうな物体は無い。馴染みの深い日本語を流暢に喋っていたが、日本製なのだろうか。

昨今のロボット技術は中々進歩していると聞く。人工知能(AI)を搭載し、ある程度なら自然な会話も行えるという。しかし発展目覚しい日本のロボットが何の補助も無しに宙に浮くというのは未だかつて聞いたことがない。

 

 

などと現実逃避をしかけていたが、今しがた、この謎のロボットは気になることを言っていた。検索条件に合致?迎え?訳がわからない!何処の誰だか知らないが、僕をこの部屋から連れ出すつもりか?僕の意思も無関係に!?

 

「こっ……こ、こ、断る……!」

 

つい勢いで返事をしたが、直後に嫌な想像が頭をよぎってしまった。もしかしなくとも、断ったら「じゃあ、死ね」と殺されるパターンあるのでは?無いとは言い切れない、迂闊と自身を呪うにはあまりにも遅すぎた。

 

途端に早鐘を打ち始める心臓の音に目眩を覚えそうになったが、死ぬかもしれない危機的状況で目なんか回してる場合じゃないぞと自身を叱咤し持ち堪えた。

 

「……。」

 

目の前のロボットが、無言のまま首を傾げる。まるで人間のような仕草に目を見張ったが、すぐさま拳を握り気を引き締める。まだ死なないという確証は得られていない。口元を引き結び、相手の出方を伺う。

 

全体的に丸みを帯びたラインと、頭部についたツインテールのような飾りが一際目を惹く。意外と親しみのあるデザインだ。どんな意図で作られたロボットなのかはわからんが。

 

「交渉。アナタガコチラノ要請ニ応ジテクダサレバ、アナタノ持ツ願イヲ叶エマショウ」

 

ありきたりだ!びっくりするほどありきたりな交渉キタ!

僕それアニメに限らず、過去の様々なマンガや映画で見てきたぞ。大抵、関わると碌な目に遭わないんだ。知ってるぞ僕は!どうせ素直に断ったって、最初から求められる側に拒否権など用意されていない。

 

だが、僕はそんなのに応じてやる程、暇じゃないんだ。頭の中であらゆる「王道パターン」を思い返し、そのいずれにも当てはまらない答えを導き出す。僕は、ここでフラグを断つ!

 

「願いを、叶える……それが『報酬』なら、応じることはできないな。何故なら、僕の願いはとっくに叶っている。この先の人生、すべてを魔法少女リリカ☆ルルカ……もとい、リリカちゃんに捧げるという願いが今まさに叶っている!いまさら、他の願いなんてない。これからもリリカちゃんを応援して、可愛い笑顔を拝めればそれに勝るものなんて」

「『ソレ』ガアナタノ願イデスネ?」

「そう!」

「了解シマシタ」

 

勝った。思わず小声で「よしっ」と呟き肩の力を抜いた、その直後。

 

空間転移装置(リブートシーケンス)起動シマス(スタート)

「へっ?」

 

目の前ロボットを中心点として、鮮やかなエメラルドクリーンの光が現れる。円形を成すそれは帯状になっており、「強制送還」の文字とカウントダウンと思しき数字が冴え冴えとその意を主張していた。

 

それまで異常事態を退けたと確信して疑わなかった胸の内が、急速に熱を失っていく。

「逃げろ」と叫ぶ本能に従って、部屋の扉へと目を向けたが、自身の足は僅か数歩の距離を踏み出せなかった。

指も無いロボットの手が得体の知れない力で腕を拘束し、瞳のように輝く青白い光が、暗がりの中でニンマリと笑う。

 

「ちょっ……と、待て……!願いなんて無いって言ったろ!?離せ、離せよッ!」

 

腕を振るおうとしたが、びくりともしない。そうしている間にも、カウントダウンの数字が減っていく。

8、7、6……。

 

「叶エテ、アゲマスヨ。アナタノ好キナ、『彼女の笑顔』ヲ……」

 

その一言に合点がいく、と同時に舌打ちする。

問答の場に上がらなければいいと思っていたが、そもそもが間違っていた。文字通り、「最初から求められる側に拒否権など用意されていない」のだ。

 

数字は無情にも、刻一刻とゼロへと近づく。応じるように、広がっていた光の帯が僕らを囲うように集束していき。

 

「コレヨリ、対象ノ構成データヲ分解、CPSDBヘ送信シマス。……3、2、1、ゴー!」

 

数字がゼロへと切り替わるのを認識するや否や、部屋中が白い閃光に塗り尽くされる。

眩しさに目を瞑ったのが先か、意識が遠のくような浮遊感に気絶したのが先かは、わからなかった。


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