ハイスペックニートが異世界─#コンパス─で枝投げ無双してみた件   作:うるしもぎ

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#4/ジャンヌ・ダルク(聖女)はかく語りき

「ジャンヌ・ダルク」を名乗る彼女の後について森を抜けると、自身がこの世界に招かれた時に目にしたような、草原が広がっていた。

 

ただ、遠くにはおぼろげながら街並みのような景色が見え、最初に訪れた場所とはまた異なる場所にいるらしい。

あのボイドールとかいう謎ロボットに連れてこられた時、「転移完了」と言っていたが、まさか本当に「空間転移」なんて事態に遭遇していたのか……?

 

改めて考え始めると、あまりの非現実さにくらりと眩暈がした。思わず、額を抑えた拍子に、ため息が洩れる。

隣を過ぎようとしたリリカちゃんがそれに気付き、「マルコスくん、大丈夫?」と心配そうに僕の顔を覗きこんできた。

 

「だっ、だいじょうぶ……!ごめんね、リリカちゃん」

「うぅん、謝らないで。つらい時は、無理しちゃダメ」

 

「ね?」と。優しく微笑みながら両の手を握られて、別の意味でもう一度、眩暈がする。

顔中が燃えるように熱い。心臓の音と、自身の体内をめぐる血液の勢いが増していく感覚に、一瞬、本当に気絶しかけてしまった。

 

かろうじて、目の前にリリカちゃんが「存在」している事実には慣れてきたが、こういった、何気ない突然の触れあい(スキンシップ)は、まだまだ刺激が強すぎる……!

 

我にかえると、リリカちゃんは僕の様子にますます不安の色を示しており、慌てて握られている両手をぶんぶんと振った。

 

「だっ、だっ、だっ!ダイジョーブ!元気!むしろ今ので元気全開フルスロットル!!」

「その様子なら、本当に大丈夫そうだね。でも、ダメな時はちゃんと言ってね?リリカ、マルコスくんの分まで頑張るから!」

 

ふ……っ。

 

ふああぁぁ~~~ッ、尊い~~~~~!!

 

リリカちゃんのきらめく笑顔と励ましの言葉に、顔面を覆いたくなる気持ちを必死に抑えながら、胸中では堪えようの無い思いを叫んで身悶える。

にやけそうになる口元をモゴモゴとさせていると、歩みを止めて、微笑ましそうにこちらを眺めているジャンヌさんと目が合った。

 

彼女を待たせていたことに対する申し訳なさと、恥ずかしい所を見られた気まずさから、つい頭を掻く。

 

「す、すみません、ジャンヌさん……」

「いえ。ふふっ、むつましいですね。……皆も、こんなふうに手を取りあえればいいのですが……」

 

嘆息し、穏やかだった表情に僅かな影が落ちる。先程の「乃保(ノホ)」と呼ばれた彼女のことだろうか。

二人の関係を訊ねてみるか悩んでいると、「さぁ、行きましょうか」と、ことさらに明るい口調で促され、問いかける機会を失ってしまった。

 

形に成らなかった言葉を飲み込んで、リリカちゃんと二人、彼女の背について歩きだす。

僕はジャンヌさんが持つ「旗」に描かれた紋章に見覚えが無いか記憶を探っていたが、おもむろにリリカちゃんがおずおずと口を開いた。

 

「あの、ジャンヌさん。さっき言ってた『お家』っていうのは……?」

「はい。あちらに見える村を抜けた先に、私の家があります。……正確には『私の家を模したもの』なのですが……」

 

そう答えて、彼女が苦笑する。

どういうこと?と首を傾げて見せると、肩越しにこちらを振り返りながら説明を続けた。

 

「外観、内観、配置されている家具に至るまで。確かに私の生まれ育った家なのですが……思い出がない、とでもいうのでしょうか。ともに過ごした家族の姿もなく、ただ見た目だけ似せて作られた。そんな印象を受けるのです」

 

自身が語る言葉に、自ら困惑するように、彼女の眉根がそっと寄る。

その口ぶりからは、ますます彼女が「歴史上の人物(ジャンヌ・ダルクその人)」だということが窺えて、僅かに残る疑念を払拭するように、今度は僕が口を開いた。

 

「……あの、ジャンヌさん。その生まれ育った家っていうのは、フランスの……?」

「はい。マルコスさんは、私のことをご存知なんですね。光栄です。おっしゃる通り、私はフランスのドンレミにある、農家の生まれです」

 

一瞬、驚いた表情を見せたが、彼女はそれ以上動じることはなく、穏やかな笑みを浮かべて自身の生い立ちを語ってくれた。

それはまさしく、僕が知識として知っている歴史と違うことはなく、少なくとも彼女は、歴史に名を残すその本人なのだろうという確信を深めた。

 

しかし、だとすれば……ジャンヌ・ダルクは。

 

「あなたが、そんな顔をする必要はありませんよ。マルコスさん」

 

優しい声の響きに反して彼女が見せた寂しげな瞳に、初めて自分がどんな表情をしていたのかに気が付く。

僕の様子にリリカちゃんも感づいたのか、気まずそうに肩を縮こませていた。

ジャンヌさんは僕らの反応にゆっくりと首を横に振り、憂いのない凛とした表情を見せた。

 

「お気遣いなく。私がどのような生を辿ったのかは、私が一番知っています。自身の生き方に、後悔などありません。ましてや、同情を求めることも」

「そう、か……。ごめん、謝るよ」

「……いえ。あなた方の優しさに。感謝します」

 

静かに答えたジャンヌさんの顔は、とても落ち着いたものだった。

 

自分の最期を知っていて尚、あんなに気高く振る舞えるなんて。

歴史という形でしか知らないけれど、何故、ジャンヌ・ダルクが「聖女」と呼ばれ、フランスの「英雄」として語られるのか。その一端を垣間見た気がした。

 

「さぁ、行きましょう。二人とも、お疲れでしょう?家に着いたら、冷たいお茶をいれますね」

「わぁ、楽しみ!リリカも手伝います。……行こう、マルコスくん!」

 

湿っぽい空気を打ち払うように、二人がひときわ明るく声を弾ませる。

女の子は強いなぁ。

二人の態度を見習い、僕も硬い表情を和らげて「うん」と頷いた。

 

 

 

  ◆

 

 

 

長く続く一本道を歩く途中、リリカちゃんはすっかりジャンヌさんとも打ち解けたらしく、他愛の無い話に花を咲かせていた。

 

魔法少女(二次元のキャラクター)と歴史上の人物かぁ……と、異色の組み合わせに神妙な顔をしてしまったが、目の前で笑いあう彼女達には、そんな肩書きなど無意味なのだろう。

お茶の話から始まって、お菓子の話に好きなものの話など、極々普通の会話を楽しむ姿は微笑ましい。

 

だけど、その楽しそうな様子は、2人が今までこの世界に「1人きり」であったことを窺わせて、少しだけ胸が痛んだ。

 

「あ!あそこに見えるのが、ジャンヌさんのお家?」

「えぇ、二人とも、どうぞ中へ」

 

ひっそりとした人気(ひとけ)の無い村を抜けて間もなく、ジャンヌさんの言う「家」に辿り着いた。

石造りのこじんまりとした家の傍らに広がる、小さな畑。実る作物、草木の様子から、つい最近も手入れが行われたのが見て取れる。

 

「味は保障しますよ」と、僕の視線に気が付いたジャンヌさんが小さく笑う。見た目にも美味しそうな赤く熟れたトマトから、扉を開けて家の中へと進む家主の背へ視線を滑らせると、慎ましやかな居間へと案内された。

 

勧められた椅子に腰を下ろすと、思い出しかのように、ずしりと疲労がのしかかった。

リリカちゃんに「お疲れ」と声をかけようとしたが、姿がない。

 

ふと、椅子の背もたれ越しに後ろを見やると、ジャンヌさんと共にお茶を運んできてくれていた。

差し出されたお茶をお礼の言葉と共に受け取り、3人が腰掛けたところでようやく一息つく。

互いに顔を見合わせたところで、控えめな咳払いとともにジャンヌさんが姿勢を正した。

 

「さて……まずは、私のことからお話しましょうか。私の名は、ジャンヌ・ダルク。先ほどお話しましたとおり、かつてフランス軍に身を置き、祖国のために戦いました。あれらの戦いを始め、自身の……最期に至るまで。私は、自身のことを覚えています」

「……と、いうことは。辛いことを、聞くかもしれないけれど」

「えぇ。マルコスさんのお察しのとおり。……私は、確かに一度、死んでいるのです」

 

静かに告げられた言葉は、薄々気付いていたとはいえ、改めて言葉にされると衝撃的で、歴史に語られる彼女の最期を思うと、僕とリリカちゃんは言葉を失ってしまった。

 

しかし彼女はそんな僕らの反応を気にする風もなく、むしろ落ち着き払った様子で言葉を続ける。

 

「一度は死んだ私の魂が、なぜこのように再び形を成しているのか。その理由までは、残念ながらわかりません。ただ、私や、マルコスさん、リリカさんのように『#コンパス』に招かれたものは『プレイヤー』と呼ばれる立場にあるそうです」

「プレイヤー……?」

 

初めて聞く単語、新しい情報に目を見張り、思わず訊き返す。

 

プレイヤー……言葉の音だけを聞くなら、「player」だろうか。

 

スポーツにおける競技者、ゲームにおける遊び手など、その意味は「参加する者」だ。多種多様な存在を比較し、データを採集、分析するというこの「#コンパス」と、その「プレイヤー」という定義の悪趣味さに、自然と眉根が寄る。

 

「先ほど、あなた方を襲った乃保さんも、プレイヤーのひとりです。ですが、彼女……あんな無差別に他人に襲い掛かるような方ではなかったのですが、どういう訳か、急に別人のようになってしまって……」

 

思い起こすように口元に手を添えたジャンヌさんが、ため息とともに肩を落とす。

 

プレイヤーとやらについて詳しく聞いてみたかったが、落ち込む姿をそのままに問いかける意気地もなく。

うまい慰めの言葉も見つからずに、口の中で「うぅむ」と唸っていると、リリカちゃんが「ジャンヌさん」と声をかけ、慰めるように寄り添った。

 

一瞬、驚きを見せたものの、徐々に和らいだジャンヌさんの表情に、そしてリリカちゃんの自然な所作に感心する。ああいった、細かな気遣いは僕にはできない。

 

控えめに、小さく咳払いしてから、改めてジャンヌさんに問いかける。

 

「その、プレイヤーについて聞きたいんだけど……人数とかはわかる?あと、どんな人がいるのかも、できる限り知りたい」

「えぇ、私が知る限りのことでよろしければ、お伝えしましょう」

 

僕の質問に深く頷いて、彼女が思い起こすように一息つく。

 

「私が他に知っているのは、まず、ジャスティス・ハンコックと名乗る、巨大な槌を持つ男性。彼は非常に正義感にあふれた、優しい方です。今は、各地を巡って、ほかのプレイヤーを探しています。それから、十文字アタリという少年。私がこの世界に来たばかりの頃、行動を共にしていましたが、『この世界をよく見て周りたい』と別れてしまいました。元気でいてくれるとよいのですが……」

 

胸元で祈るように両手を組み、その目が細められる。

 

名前の響きから、前者は外国人っぽいが、後者は日本人だろうか。

いや、僕が知らないだけでジャンヌさんのように歴史に生きた人物、もしくはリリカちゃんみたいに、何かのキャラクターという可能性も否定しきれない。

 

偉人、およびアニメや漫画のキャラクターであれば、名前を聞いただけでおおよその見当がつくが、ゲームとなると、本当に有名どころしかわからない。

 

「それから、もうひとり。ここから東の方角に見える、あの山に。私達と同じ、プレイヤーが住んでいます。名前は、深川まとい。ハナビを作る職人だそうです」

「ハナビ……って、あの、空に打ち上げる、花火のこと?」

「えぇ、そのハナビです!お会いした時に、彼女が見せてくれたのですが……とても、綺麗でした」

 

リリカちゃんの質問に両手を打ちながら、ジャンヌさんが興奮気味に返す。

 

花火、かぁ。僕も久しく見てないな。と、過去に思いを馳せそうになった頭を左右に振り、今の情報を整理する。

件の山を確認しようと窓を探していると、ジャンヌさんが「あちらに」と示してくれた。

 

小さな窓を開けると、すぐにその「山」が見て取れた。

緑が生い茂る山々の中腹あたりから、細い煙が立ち上る。件の人物が住んでいるのはあそこか?

 

「私が知っているプレイヤーは、以上の4名。私をこの世界に招いたという、ボイドールがいうには、他にも複数のプレイヤーが存在しているそうです」

「なるほど。最低でも7人。実際はそれ以上いる、と……。ありがとう、ジャンヌさん」

「どういたしまして。山に住むまといさんは、気っ風の良い方でした。一度、お会いしてみてはいかがでしょう?」

 

彼女の提案に腕を組み、思案する。

 

再確認しよう。僕らの目的は「リリカちゃんの仲間である他の魔法少女を探すこと」だ。

そうなると、とにもかくにも、プレイヤーに関する情報を集めるのが一番の近道である。

 

そして、プレイヤーの情報を探すには、他の「プレイヤー」の情報を頼るのが利口だろう。

リリカちゃんにちらと視線を送り、「行ってみる?」と首を傾げてみる。返事はすぐさま、微笑みとともに返ってきた。

 

「行ってみよう。何か、わかるかもしれないし。……それに、マルコスくんが一緒なら、リリカ、どこにだって行けるよ」

「ふぐっ……!」

 

一切の迷いも邪気もない、純粋すぎるその言葉に、反射的に心臓を抑え顔を伏せる。

 

むり……笑顔が眩しすぎる……加えて、名指しでそんなこと言ってもらえるなんて、一介のファンには衝撃的(ごほうび)すぎる。

 

ノーガード時にアッパー食らったみたいに、くらくらする。

そう、言葉になんてとても語りつくせないが、ただ一言、この気持ちを表すとしたら「尊い」

 

「大丈夫、マルコスくん!?」

「う、うん……だいじょうぶ!!」

 

またもや心配されてしまったことに、羞恥から自己嫌悪に陥りつつも、前へと身を乗り出したリリカちゃんをもう片方の手で制す。

 

そんな僕達の様子に、ついに小さく洩れた笑い声を抑えるように、ジャンヌさんが口元に手を添えていた。

 

「ふふっ、本当に仲がよろしいですね。お二人なら、この先どんな困難があっても乗り越えていけるでしょう。お二人の行く先に、神のご加護がありますように……私も、お祈りしています」

「えっ……!ジャンヌさん。一緒に……来てくれないんですか?」

 

胸元で祈るように指を組んだジャンヌさんの様子に、リリカちゃんが困惑気味に訊き返す。

彼女は柔和な笑みを湛える目元を、寂しそうに細めて答えた。

 

「……ごめんなさい。私は、行けません」

「そんな……どうして?」

「僕も聞きたい。……無理強いするつもりは無いけれど、正直、ジャンヌさんは僕らよりもこの世界に詳しい。一緒に来てくれた方が、僕らとしても安心する」

 

プレイヤーとやらの総数がわからないこの状況では、協力関係を築ける相手とは今後、なるべく行動を共にしたかった。

 

それは不測の事態に対する選択肢を増やすことにも繋がるし、何より……目の届かないところで暗躍される可能性も潰すことができる。

 

ジャンヌさんはしばし押し黙ったまま、心苦しそうに眉根を寄せていたが、細く、息をこぼすと改めて僕らの顔を見据えた。

 

「……私は、迷っているのです。あなた方と共に行くのが正しいのか。死して尚、戦いを強いるこの世界を静観すべきなのか」

 

机の上に下ろされた彼女の拳が小さく震える。

 

「『あの時』の私は、いかなる運命も神の導きのままに受け入れ、迷わず進むことができました。でも、今は違う……目を閉じて、耳を澄ましても、今の私に天啓を得ることはできない。何を成すべきなのかわからない以上、私は、共に行くことはできません」

 

「ジャンヌ・ダルク」が生前、神の声を聞いたというのは有名な話だ。

 

それが真実か否かはさておき、彼女の意思は固く、明確な拒否の言葉に僕もリリカちゃんも押し黙る。

「神はいない」と言い切ったところで、目の前にいるこの敬虔な信奉者が、出会ったばかりの男の言葉に心揺らぐとはとても思えない。

それどころか、せっかく築いた友好関係の芽を、根元から断つことになるだろう。

それは僕の本意ではない。

ジャンヌさんの答えに小さくため息をつきながら、そっと肩を落とす。

 

「……わかった。無理強いはしない、て言ったしね……。残念だけど、諦めるよ。行こう、リリカちゃん」

「う、うん……。ジャンヌさん、あの、色々とありがとうございました」

 

席を立ち、深々と頭を下げたリリカちゃんに倣うように、僕も会釈する。

「お気をつけて」と寂しい声を背に受けながら玄関へと向かい、扉に手をかけながら、もう一度、ジャンヌさんを振り返った。

 

「……聞き流してくれて構わないんだけどさ、少しだけ、忠告させてほしい。……進むにしろ、止まるにしろ、自分の意思で選びとらなきゃ。何でもかんでも『神様のいうとおり』じゃ、人形(NPC)と変わらないよ」

 

一瞬、彼女の表情がぎこちなく強張るのが見て取れた。

 

僕のお節介が、少なからず彼女にとって「棘」となるのはわかっていた。

でも、この世界にいるかどうかもわからない「神様」に、自らの運命を委ね続けるなんて。

そんなの、聞こえのいい責任逃れでしかない。

 

胸の奥で苛立ちにも似た燻ぶりを覚え、息苦しさに襲われる。

ジャンヌさんは、一瞬の動揺を抑え付けるようにゆっくりと口を開き。

 

「……ご忠告、痛み入ります」

 

それだけ言うと、真っ直ぐにその口元を引き結んでしまった。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「悪いこと、いっちゃったかなぁ」

 

ジャンヌさんの家を後にして、行く先に高々と広がる山を目にしながら、ぽつりとこぼした言葉に、リリカちゃんが「うぅん」と首を横に振った。

 

「マルコスくんは悪くないよ。ジャンヌさんだって、きっと、わかってくれてる。……受け入れるまで、少し時間がかかるだけで」

「……ありがとう。優しいね、リリカちゃんは」

 

口から発せられた言葉を取り消すことは出来ないし、その責任から逃げたい訳でもなかったが、リリカちゃんの言葉は曇り続けていた僕の胸中を晴らしてくれた。

 

照れ笑う彼女の姿につられるように、自然と口元が緩む。

確かに、リリカちゃんと一緒なら、この先どんな困難があっても乗り越えていけるかもしれない。

 

いや、リリカちゃんのためにも、乗り越えられる強さを持ちたいなぁ……ファンとして、むしろ、男として。

しかし、さりげなく触れてみた二の腕にほとんど筋肉は無く、こんなことになるなら普段から筋トレくらいしておくべきだったと、少しだけ自らの生活を悔やんだ。

 

「それにしても、おおきなお山……深川さんのお家、ちゃんと見つかるかなぁ?」

「さっき、中腹あたりに煙が上がってるのが見えたから、それを頼りにしていければ……あとは、川があればその流れに沿って登るのがいいかもね。水は、生きる上でどうしたって必要になるから……」

 

と言いかけたところで、リリカちゃんから純粋すぎる羨望の眼差しが向けられていることに気がつき、面映さから思わず袖で顔を隠す。

 

む、む、むり……あんなキラキラした瞳に見つめられたら、心臓が高鳴りすぎて、結果的に死ぬ。

 

恐る恐る、両袖の隙間から顔を出し、じっと、僕が落ち着くのを待つリリカちゃんを垣間見る。

優しい。こんな挙動不審でオタク丸出しの僕をキモがらずにいてくれるなんて、リリカちゃんは多分、地上に舞い降りた天使なんだと思う。

 

そんな天使のためにも呼吸を落ち着けて、ようやく隠していた顔を表に出して、確認するように口を開いた。

 

「そ、そんなわけで、しばらく山登りになっちゃうんだけど……大丈夫?」

「うん!大丈夫。それに、マルコスくんがついてるもの。一緒にがんばろ!」

 

両手を構えてにっこりと笑って見せたリリカちゃんに対し、勢いよく右の拳を空へと突き上げながら「がんばります!!」と叫ぶ僕の声が響き渡った。


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