ハイスペックニートが異世界─#コンパス─で枝投げ無双してみた件   作:うるしもぎ

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#5/祭の前の静けさ

夏を思わせる鮮やかな緑が、風に吹かれて木漏れ日をきらめかせる。

葉擦れの音は耳に優しく、時折、遠くに小鳥のさえずりが聞こえた。

一歩、踏みしめるごとに足の裏全体から伝わる土の柔らかさ、そして鼻腔をくすぐる木々の香りに、胸の内から浄化されるような厳かな気持ちに、

 

「も……もう、ダメ……」

 

なる余裕など微塵も無く。

崩れる膝と両手のひらを地に着き、ぜぇはぁ、と激しく肩を上下させながら息をした。

見つめた地面にぽたりと大粒の汗が落ちる。あぁ……今のポーズ、まさに昔流行った「orz」の文字を彷彿とさせる。なるほど、的確に表しているなと妙なところに感心してしまった。

 

「大丈夫?マルコスくん……」

「だ……だい、じょ……う、ぶ」

 

伺うように、ちょこんと膝を曲げて首を傾げるリリカちゃんに、精一杯、笑って返す。だけど、発した声は情けないほどに(かす)れており、余計に虚しさが増した。

 

「休憩しながら行こう。リリカも、ちょっと疲れちゃった」

 

額に薄らとかいた汗を拭い、「ふぅ」と、疲労が混じる愛らしいため息をこぼしながら、リリカちゃんが傍に生えた切り株を指さす。自身の体力の無さに恥じ入ったが、彼女の優しい気遣いに応じて、のそのそと切り株の傍へと移動する。

ぐったりと、木の断面を抱え込むようにもたれかかると、目元に木漏れ日が降りかかり、思わず目を(しばた)いた。随分と、いい天気だ。首筋まで流れる汗は気持ち悪いが、そよそよと吹く風はとても心地が良い。

 

「風、涼しいね」

「ね……。ご、ごめんね、リリカちゃん……ぼく、が……不甲斐……ない、ば……かり、に……」

「そ、そんなことないよ!マルコスくん、リリカが歩きやすいように道を選んでくれたでしょう?ありがとう。そのお陰で、リリカ、とっても楽させてもらっちゃった……」

 

申し訳なさそうに、でも、嬉しそうに顔を綻ばすリリカちゃんの様子に、思わず胸が熱くなる。

気付いてくれてたなんて……いや、本当は本人に気付かれないくらい、さりげなく気遣いたかったのだが……いや、しかし、やっぱり気付いてもらえるのはとっても嬉しい。僕の疲労も報われるというものだ。

ようやく少し呼吸が整ってきたのを確認し、リリカちゃんと同じように、僕も切り株の上に座り直す。おもむろに周囲を見渡したが、右も左も木、そして木。辛うじて、けもの道のようなものが上へと続いているが、果たしてあの道が僕らの目的地(深川まといの住処)に至るものなのかというのは、行ってみないとわからない。

徒労に終わらなきゃいいけど。

最悪のパターンを思い浮かべてこぼれたため息は、随分と深かった。

 

「そういえば……深川さん、って。どんな人だろうね。気風がよくて、花火師の女性……って、いってたけれど」

 

ジャンヌさんの言葉を思い出すように、リリカちゃんが宙を見つめる。人差し指を顎に当てる仕草も実にキュート……既視感があると思ったら、そうだ、あのポーズはアニメ1期2話のアイキャッチ絵だ。

 

「わざわざこんな山奥に住むような人だしなぁ……案外、気難しい人だったりして?職人気質ってやつ」

「ふふっ。どんな人かドキドキするけど……でも、ちょっと楽しみ」

「あ……うん。……そうだね」

 

足を前後にぷらぷらと揺らしながら、笑み洩らすリリカちゃんの言葉に、一瞬、目を丸くしてしまった。

楽しみ、かぁ。僕は不安とか、さらに言ってしまえば警戒心も抱いていたのに。確かに、未だ全容の掴めないこの世界に対する用心は、するに越したことはないだろうけど。

リリカちゃんが「楽しみ」だと言うのなら。彼女のために、僕も、少しだけ物事を肯定的に捉えてみようかと、それまでの考えをちょっとだけ改めた。

 

「それでね、マルコスくん」

「へっ⁉あ、はい!」

「リリカ、実は試してみたいことがあってね……!」

 

こちらの顔を覗き込むリリカちゃんの瞳が、まるで、イタズラを試す子供のようにキラキラと輝いている。その瞳を真正面から見る自身の胸の高鳴りは、決して、ときめきによるものだけでは無かったのだろう。期待半分、不安半分に、ごくりと喉を鳴らして続く言葉を待つ。

リリカちゃんの視線は、ゆっくりと、僕の腰のあたりに定められた。

 

「その……マルコスくんの、棒」

「棒ッ⁉」

「そう!マルコスくんと初めて会った時。この棒を投げた場所に、ひゅん!て移動したでしょう」

「え、あっ⁉移動……棒、あ!この、枝のこと……?」

 

慌ててジャージのウエスト部分に差し込んでいた枝を取り出し示すと、リリカちゃんが「それ!」と指差した。

び、びっくりした……一瞬、何の隠語かと思ってしまった。ナニとは言わないが……そもそも、リリカちゃんに対して、一瞬でもやましい解釈をしてしまった自分が腹立たしい。そういうの、解釈違いなんで。リリカちゃん……もとい、「魔法少女リリカ☆ルルカ」は、僕の聖域なんで‼

必死に平静さを保とうとしていると、リリカちゃんはわくわくした様子で、例の「試してみたいこと」とやらを続けてくれた。

 

「その棒を使えば、投げたところに一瞬で移動できたりしないかな!」

「……‼」

 

な、

な、

なんて賢いんだ、リリカちゃんは‼

賢さなら僕だってそこそこの自信があるが、そこに気づくとは……やはり天才か?

いや、そもそも、この枝が「投げた所に移動していた」ということ事態、僕もあやふやというか、つまりは認識していなかった訳だが。

 

「す、すごいよリリカちゃん!大発見だよ!ようし、それじゃあ早速……!」

 

いざ、実践。

枝を構え、一呼吸置く。期待を胸に、まだまだ上へと続く、なだらかな山道めがけて思い切り枝を投げた。

その、瞬間。

 

「……⁉」

「……!」

 

枝は、ゆるやかな放物線を描きながら、当然のように地面へと落下した。

僕とリリカちゃんの間に流れるしばしの沈黙。どこか、遠くの方からぴーよぴよぴよ、と呑気な鳥の声が聞こえてくる。

そんな、鳥の声を認識できるくらいまでに意識を取り戻した僕は、思わず「はは……」と乾いた笑みを洩らしてしまった。

 

「あ、ははははは……。そんな、うまい話があるワケないか……」

「……ご、ごめんね、マルコスくん」

「いや、大丈夫、リリカちゃんのせいじゃないよ!謝らないで!」

 

余計に惨めになるからね!という言葉は飲み込んで、勢いよく顔の前で手を振り、妙な恥ずかしさを笑って誤魔化しながら投げた枝を拾いに行く。

坂道だからか、それともこの微妙な空気のせいなのか。小走りに駆ける足は重く、ちょっとだけ肩を落としてしまった。

そうだよねー。枝を投げた所に一瞬で移動するなんて、物理の法則をガン無視してるもんねー。

しかし、だとしたら、リリカちゃんと初めて出会った時の、あの現象は……?がむしゃらだったから、よく覚えていないのが正直なところだが、それでもあの距離を一瞬で移動できたのは「おかしい」のだ。

この「#コンパス」の世界も、まだまだ謎だらけだし。枝を投げたところに移動できるというのが仮に確かだったとして、他にも満たす必要のある条件があるのだろうか。

ぼんやりと思案していると、いつの間にか投げた枝の元に辿り着いていた。腰を屈め、それを拾い上げる。

この「枝」自体は何の変哲もない……強いて言えば、握るとしっかり手に馴染むくらい。だが、それだけだ。

あぁ、こういう時にこそ、あのボイドールとやらに質問し、確かめることができればいいのに。でも、アニメでも、ああいうキャラは必要な時に限ってまったく顔を出さないんだ。何が人工知能だ。呼べばすぐに起動する某有名社のAIアシスタントを見習え。Hey,Voidoll!

 

「マルコスくーん!」

 

背中にかけられた声に振り返る。桃色のツインテールをぴょこぴょこと揺らしながら、リリカちゃんが一生懸命、山道を登ってきていた。

 

「リリカちゃん!ご、ごめんね……下で待っててよかったのに……」

「うぅん、いいの。元々、登る予定だったしね……ふぅ。棒は、見つかった?」

「うん。ここに」

 

汗を拭いながら息を切らすリリカちゃんに、持っていた枝を示す。「よかったぁ」と、無邪気に微笑む姿に思わず自分も目を細めていると、リリカちゃんが何かに気が付いたのか、目を見開いた。

 

「ねぇ、マルコスくん。あそこに見えるの、煙……?」

「えっ?」

 

僕の後ろを示すように、伸ばされた指の先へと向き直る。

木々の立ち並ぶ山奥だというのに、示された先はぽっかりと視界が開けていた。その様子から、切り立った崖のような地形になっていることが窺える。

リリカちゃんと共に、恐る恐る歩を進めると、足元は確かに崖っぷちのような状態になっていたが、高さ的には何てこと無い。5……いや、6メートル程だろうか。マンションの2階から見た光景が、ちょうどこれくらいの高さだった気がする。

落ちないように身を乗り出すと、眼下に小さな沢と、こじんまりとした木造の家、そしてそのすぐ隣に物置のような小屋があった。家と思しき建物からは、細い煙が立ち昇る。

 

「あれ、って……もしかして⁉」

「深川まとい!……の、家……⁉」

 

二人、見合わせた顔に、期待の色が浮かぶ。

慎重に道を選びながら、逸る気持ちを抑えて崖下へと向かう。沢を挟んで、家の反対側へと降り立ってしまったが、橋渡しのように設置された丸太を見つけて事なきを得た。これも、おそらくあの家の主が使っているものなのだろうか。足元は安定しており、難なく渡りきれたことに、また安堵した。

玄関と思しき扉の前までやってきて、改めて古めかしい外観を眺め見る。年季が入っているのだろうか。外壁は風雨に晒された様子が窺えたが、ボロ小屋という訳では無さそうだ。

一度、リリカちゃんと顔を見合わせてから、緊張を解くように、小さく咳ばらいをする。

トン、トンと。二つ、戸を叩いてから、息を吸い込んだ。

 

「こっ……こんにちは!」

 

それなりに、声量はあったように思える。

しかし、挨拶に対する返答はなく、いくら待っても、沢の流れの音が心地よく聞こえてくるだけだった。

再度、戸を叩いて在宅を問うが、やはり反応がない。長いため息をつきながら、リリカちゃんを振り返る。

 

「いない、みたい……」

「おでかけしてるのかな?どうしよう……」

 

困ったように眉根を寄せて、リリカちゃんが空を見上げる。つられるように、僕も空を見上げ、リリカちゃんの曇った表情に合点がいった。

山へ踏み入る前には天頂にあった太陽が、徐々に西へと傾いている。今はまだ十分に明るいが、そろそろ今晩の過ごし方を視野に入れ始めないと、最悪、この山の中で野宿なんてことになりかねない。

……ちょっと待って。僕たち、野宿用の装備なんてないし、そんな状態でこの何が出るともわからない山で初野宿っていうのは、ちょ~っとハードルが高すぎない?

最悪の事態を思い浮かべてしまい、自然と口元が引きつった。

いかん、野宿はよくない。この家に住んでるのが「深川まとい」かどうかは、もはや関係ない。どうにか家主を探し出し、無礼を承知でお泊り交渉しないと……。

焦りからもう一度、今度は強めに戸を叩いて声を張り上げる。

 

「すみませーん!誰か、いませんかー⁉」

「はーい」

 

返答は、まったく別の方角から聞こえてきた。

慌てて声の主を探していると、離れの小屋からこの山奥に似つかわしくない、若い女性が現れた。

 

「ごめんね。ちょいと作業してて。……ずいぶん、不思議なカッコしたお客さんだ。あんたら、山を登ってきたのかい?」

「は、はい!……あの、もしかして、深川……さん?」

「あぁ、深川ってのは、あたいのことさ。ここで花火を作ってるんだよ」

 

リリカちゃんの問いかけに、照れ臭そうに笑いながら彼女が鼻を擦る。鼻頭が黒くなってしまったが、それを指摘する間もなく、彼女がこちらを見て目を丸くした。

 

「何だい、なんだい。二人とも、ヘロヘロじゃないか!おいで、お茶でも淹れるよ」

 

そう言って、手招きをしながら彼女が家の中へと入っていく。何というか……ジャンヌさんの形容通りの人だ。

だが、長時間の山登りですでに疲労マックスな身としては、彼女の提案はありがたい。あの様子であれば、一晩泊めさせてもらうにも、交渉の余地がありそうだ。

傍らに並ぶリリカちゃんに小さく頷いて、深川さんのお招きに預かることとした。

お邪魔します、と声をかけ、そろりと中を窺いながら入っていく。

あ、何だろう、この匂い……古き良き、田舎の家を思わせる、独特の匂い。薄らと火薬の臭いがするのは、深川さんが纏っていたものだろうか。

僕よりもいくつか年下に見えるが、あんな若いうちから「職人」として生きる道を歩んでいるなんて。意識が高い。

 

「ほらほら、そんなところで突っ立ってないで!こっち、座りなよ」

「あ、はい……」

「熱いのと、冷たいの。どっちがいい?」

「熱いので、大丈夫です」

「わたしも、熱い方で」

「はいよ」

 

ちゃぶ台に座布団といった、馴染み深い家具の配置された居間に、どこか安心感を覚える。

しかしこの家、一人で住むにはいささか大きすぎないだろうか。ざっと見渡しただけでも、この居間の他にもう二部屋ありそうだし。

 

「お待たせ。熱いから、気をつけな。しっかし、二人は……えっと、どんな関係?」

 

おぼんに乗せて持ってきた、三つの湯飲みの内の一つを手に取りながら、彼女が言葉に悩んだ末に苦笑した。

……確かに、片やくたびれたジャージに猫耳パーカー。片やアイドルと見まごう程、可愛い衣装のリリカちゃんだもんな。不審に思われるのも、無理はない。

むしろ、そんな二人組を、よくぞ家に招いてくれたものだと、少しばかり彼女の警戒心の薄さに戦慄する。

 

「挨拶が遅れて、ごめんなさい。わたしは、リリカ。こちらは、マルコスくん。あの、わたしたち、ジャンヌさんの紹介でやってきました。深川さんも、わたしたちと同じ、『#コンパス』のプレイヤーだと聞いて……」

 

ごく、と。喉を鳴らしてお茶を飲んだ深川さんが、静かに湯飲みを置く。その目元には微かな驚きと、同時に懐かしむような色が見て取れた。

 

「ジャンヌ……そっか。あの子の紹介で来たんだね。だったら、改めて自己紹介しようか。あたいは、深川まとい。あの子(ジャンヌ)のいってたとおり、プレイヤーってやつさ」

 

紺碧色の瞳が、僕とリリカちゃんを交互に見やり、口元にはくっきりとした弧が描かれた。

 

「ジャンヌは、まだあそこに住んでるの?元気にしてた?」

 

何気ない質問だったが、あの別れ際の出来事を思い出し、ほんの一瞬だけ、動揺した。

隣にいるリリカちゃんがそれに気づき、慌てて返答しようとした様子を遮って、僕自ら口を開く。

 

「元気でしたよ。今も変わらず、あそこで他のプレイヤーが現れるのを待ってるみたいです」

「そっか……。いや、ほら。あたい、ここで花火作るために、あの子のこと置いてきちゃったからさ……。でも、元気そうなら、安心したよ」

 

朗らかに笑う様子から、他意は見受けられない。目ざとく僕の動揺に気づかれたら、なんて心配したが、杞憂に終わったことに胸をなでおろす。

出されたお茶を、ようやく手に取り、一口すする。緑茶の深い香りが喉を過ぎ、胸の内にふわりと広がった。

 

「おっと、話の腰を折っちゃったね。で、同じプレイヤーさん方ってことだけど、あたいに何の用だい?」

 

ようやく、ここに来た本題を話す機会を得て、「実は……」とリリカちゃんが口を開いた。

自身が突然「#コンパス」に喚ばれたこと。魔法少女である身の上と、自分と同じような格好をした「プレイヤー」が、他にいなかったか、など。

リリカちゃんの話を、真剣に聞いていた深川さんだったが、話のあらましを聞いてから「うぅ~ん……」と唸り声をあげ、腕を組みながらその表情をしかめた。

 

「……あいにくだけど、あんたと同じようなカッコした子には、会ってないね」

「そう……ですか。わかりました。ありがとう、ございます」

 

気丈に笑顔を崩さぬまま、リリカちゃんがお礼とともに頭を下げる。小さな肩と、言葉の端からは明らかな寂しさが伺えて、僕まで胸が締め付けられてしまう。

そんな僕たちを励ますように、深川さんが明るい声で言った。

 

「そう落ち込むもんでもないさ。プレイヤー同士が出会う確率だって、低いもんじゃない。現にあたいらだって、こうして出会ってるんだ。待てば甘露の日和あり、ってね」

 

そう言って、彼女がリリカちゃんの頭をポンポン、と優しく叩く。

……深川さんが男性でなくてよかった。何だ、この「彼氏力」の高さ。僕が女の子だったら確実に恋に落ちてい……。

待って⁉僕でさえ、そう思うんだから、リリカちゃんは⁉

慌ててリリカちゃんの表情を盗み見てみたが、特に何かフラグが立った様子はなかった。が、寂し気な笑顔は消え、代わりに穏やかな表情が浮かぶ。

 

「うん……うん!ありがとう、深川さん」

「まとい、でいいよ。さっきから『深川さん』なんて呼ばれる度に、こう、むず痒くってねぇ」

 

照れくさそうに笑いながら、わざとらしく腕や首の辺りをぽりぽりと掻く。話せば話すほど、気風がいいというか、姉御肌というか。決して、得意なタイプって訳では無いけれど、彼女の性格は、見ていて好ましい。

さて、残す問題は、今晩泊めてもらえるかという交渉だけれども……。

 

「ところで、まとい……」

「リリカに、マルコス、って言ったっけ?今日は、泊まっていくだろう?夕飯と、お風呂の準備するからさ、ちょいと待ってておくれよ」

「えっ!?」

「ん?」

 

まさに今、どうやって交渉しようか考えていた内容は、言葉にする間も無く、まさかの理想パターンで返って来た。

ちょ、ちょっと待ってくれ。

宿泊OK、それに加えてご飯にお風呂!?至れり尽くせり、文句なし。願ったり叶ったりだが、あまりにも想定外過ぎて、驚きの声を上げたまま、しばし言葉を失う。

ようやく思考を再開した頭に手をあて、ゆっくりと、息を吐きこぼす。

 

「あの……待って。確かに、『泊まらせてください』って、言うつもりだったけどさぁ……。本当に、いいの?」

「いいよ。こんな暗い山ン中出ていけ、って言うほど、あたいも鬼じゃないしね」

 

呆れ気味に肩をすくめながら、深川さん、もとい、まといがおもむろに外を見やった。

話をしている内に、すっかり夕陽も沈みかけている。いわゆる、逢魔時(おうまがとき)ってやつだ。山の中に電灯なぞ建ってる訳も無く、不気味に広がる暗闇は、リリカちゃんを連れて歩くには躊躇(ためら)われる。かといって、一人で歩くのはもっとイヤだけど。

改めて、まといに向き直り、心の底からの感謝を伝えるように頭を下げた。

 

「……ありがとう。助かるよ」

「困ったときは、お互いサマさ。それに、誰かと一緒にご飯を食べるなんて、久々なんだ」

 

立ち上がり、はにかむような笑顔を見せながら、彼女は台所へと姿を消した。

 

 

 ◆

 

 

夕飯は、川で釣った魚と、山で採れた山菜からなる天ぷらを振舞われた。

まさか、こんな所でしっかりとした日本食にありつけるとは思わず、食卓に並んだ皿の数々に舌鼓を打ちながら頂いた。

そういえば、僕も、誰かと一緒に作りたてのご飯を食べるなんて、いつ以来だろう。別に、今までの食卓に不満があった訳ではないが、リリカちゃんと、まといと共に、他愛の無い話に笑いながら食べたご飯は、「満腹」以上の充足感をもたらした。

 

久しい手料理を堪能し、リリカちゃんと二人で膨れた腹に笑い合っていると、家の奥からまといが風呂が沸けたことを知らせてくれた。

開いたふすまの間からひょこりと顔を出し「寝間着に使いな」と、放られた浴衣を受け止める。しっかりと男女のものが揃っており、サイズも申し分ない。

するとこの男性用の浴衣は、先ほど、食事の際に話が出た、まといの祖父のものだろうか。何にせよ、食事に風呂、加えて寝間着まで用意してもらい、彼女には本当に頭が上がらない。

勧められた風呂へと向かいながら、この一宿一飯の恩くらいはしっかりと返さねば、と苦笑した。

 

 

 ◆

 

 

風呂を出て、再び居間へ戻ろうとした途中で、まといと出くわした。

 

「風呂、上がったのかい?」

「うん、ありがとう。おかげさまで、サッパリしたよ」

「そいつはよかった。……へぇ、そうして見ると、中々色男じゃないか」

 

顎に手を当て、顔からつま先まで、視線を滑らせながら、からかうように彼女がニンマリと笑う。冗談とわかっているとは言え、面と向かってそういう風に言われると、大変こそばゆい。

 

「やめてよ。褒めたって、何も出てこないよ」

「ははっ、ごめん、ごめん。そうだ、布団敷いといたからさ、あの居間は自由に使っとくれよ」

「何から何まで……ほんと、ありがとう。……まといは、どこで寝るの?」

 

もしや、彼女の寝床を奪ってしまったのではと思い、恐る恐る訊ねてみる。

すると彼女は後ろ頭を掻きつつ、すいと窓の外へと視線をやった。

 

「あたいは、やりかけの作業があるからね。離れの小屋で寝るよ。それじゃ、ごゆっくり」

「え?あ、うん……」

 

何だか去り際に、意味深な笑みを向けられた気がしたが……気のせい?

まといは、ひらひらと手を振りながら僕の横を通り過ぎ、小屋の方へと向かっていった。作業、ということは、花火作りのことだろうか。

先ほど、食事の際に話題に上がったが、彼女の祖父は花火師だったらしい。幼いころから見ていたその姿は、彼女自身の道を定めるに十分なほど、「いき」であったという。

「もう、死んじゃったんだけどね」と、語るまといの表情は、穏やかだった。そうやって語れる程の時が過ぎているのだろう。僕も、リリカちゃんも、それ以上のことは聞かなかった。

 

「ただいま、リリカちゃん」

 

ふすまを開けて声をかけると、入口間際にちょこんと座っていた桃色の頭がびくりと跳ねた。

驚かせてしまったことに動揺していると、ゆっくり振り返ったリリカちゃんの瞳がうるんでいたものだから、ますます驚き声が出る。

 

「うぇっ⁉ど、どどど、どうしたのリリカちゃん⁉」

「ま……マルコスくん……その、これ……」

 

一瞬、泳いだ目を再び僕と見合わせて、リリカちゃんがおずおずと部屋の中央を指さす。

何気なくその指先に目を向けた僕は、流したばかりの汗を再び大量に噴き出すこととなった。

 

「ヴァーーーーーーーーーー⁉⁉⁉」

 

居間の中央には丁寧に敷かれた布団が一揃い。だが、そこに並べられた枕は、二個。

そう、あくまでも布団は、一人分なのである。

「ごゆっくり」って、そういうことか!そういう意味か⁉あんの野郎!いや、「野郎(おとこ)」じゃないけど、深川まといの奴‼

リリカちゃんのことは「好き」だけど、別にそういう好きじゃ無いんだってば!!

 

「お布団、これしか無いらしくて……。その……どうしよう」

「どッ!?ぼ……ぼぼぼ、ぼくは床ッ……畳の上で寝るから!!」

「でも」

「だだだ大丈夫ッ!むしろ、布団だってリリカちゃんに使ってもらった方が嬉しい!きっと!絶対!!」

 

理由を思いつくままに言い並べ、両手の平を上に、ずいと布団を勧める。思い出したかのように、慌ててひとつの枕を掴み取り、残されたもうひとつの枕を丁寧に真ん中に置き直した。

「どうぞ!!」と。再度、リリカちゃんに布団を勧めると、ややあって、苦笑を浮かべながらも応じてくれた。

 

「ありがとう。それじゃあ……お布団、使わせてもらうね」

「ぜひどうぞッ‼そ、それじゃあ……おやすみッ‼」

 

真横に倒れる勢いで畳に寝転がり、ぐるりと布団の方に背を向ける。

背後からは、布団と毛布が擦れ合わさる音が聞こえた。その音をかき消すかのように自分の心音が鳴り響き、煩さに口を引き結ぶ。

可愛いリリカちゃんと一つ屋根の下。しかも、こんな近さで一緒に寝る⁉

振り返ればそこに、天使と思しき寝顔がある、そんな状況に心乱すなというのが無理な話ではあるが、いやでも、そんな場合じゃないんだってばと、必死に自身に言い聞かせる。

ジャンヌさんの言葉を頼りにまといを訪ねたものの、リリカちゃんの仲間である、他の「魔法少女」に関する情報は無し。

次に繋がるような情報も得られなかったし、結局これでは振り出しに戻っただけだ。

はぁ、と。思わずこぼれ出た小さなため息は、リリカちゃんの耳に届いてしまったらしい。

 

「……マルコスくん?だいじょうぶ?」

「ご、ごめん……!なんでも、ない。……けど、その……手がかりが見つからなくて、ごめんね……リリカちゃん」

 

背を向けたままであることを理由に、つい、弱音にも似た謝罪が口をつく。

 

「うぅん、気にしないで。他のみんなのことは気がかりだけど……でもね、マルコスくんが一緒にいてくれるから、リリカ、寂しくないの」

「リリカ、ちゃん……」

 

やっぱり、彼女は優しい。

自分のことは二の次で、目の前にいる相手のことを第一に考えてくれる。それが、僕が惹かれた……僕が憧れた「魔法少女リリカ」という女の子。

 

「本当に、ありがとう……」

 

ふと、背後でリリカちゃんの動く気配がし、直後にじわりと背中に熱が広がった。

あげかけた声を抑えて、そっと後ろを振り向くと、自身の背に小さな彼女の頭が埋められていた。

 

「……⁉」

 

その事実に、本日何度目かわからない叫び声が出そうになったが、寸でのところで飲み込んで、代わりに胸の鼓動を速めていると、リリカちゃんがゆっくりと背から離れ、再び布団の中へと戻っていった。

 

「……明日も、がんばろうね」

 

こちらに背を向けているので表情はわからないが、その声音は小さいながらもいつになく愛らしく、僕は頭の奥まで鳴り響く鼓動の音にくらくらしながら、ようやく「うん」とだけ返すので精いっぱいだった。

 

 

 ◆

 

 

翌朝。

僕たちを叩き起こしたのは、静かな山奥には似つかわしくない爆発音と、地震のような地響きだった。

寝ぼけ眼で飛び起きて、同じく目を白黒させるリリカちゃんと、朝の挨拶もそこそこに顔を見合わせる。

 

「な、に……⁉いまの……⁉」

「爆発……?みたいな音がしたけど……⁉」

「……!マルコスくん、まといさんは⁉」

 

彼女を心配し、即座に曇ったリリカちゃんの表情にハッとする。

互いに急いで身支度を整えて、寝ぐせもそのままに外へと飛び出した。

扉を開け放った先、見上げた空には見慣れぬ扇形の戦闘機のようなものが無数に飛んでおり、その光景の異質さとおぞましさに息をのむ。

 

「な……なに、これ⁉」

 

その瞬間、離れの小屋から勢いよくまといが飛び出してきた。

その手元には筒砲のようなものを持っており、空へ向かって狙いを定めたかと思うと、大きな爆撃音と共に、飛び交う戦闘機目掛けて砲撃した。

弾を受けた一機が、花火と共に地へと墜ちる。

 

「また、あいつらか……!しつっこいねぇ‼」

「まとい!」

「まといさん!」

「マルコス、リリカ!……っとぉ!危ないから、中に‼」

 

二発、三発と構えた筒砲から弾を撃ち出しながら、まといがこちらのことを手で制する。

でも、と。言いかけた声が、砲弾の音に遮られた。

 

「……ここは、おじいちゃんの大切な山だ……!あいつらなんかに、渡さないよ……!」

 

空を睨み、叫ぶまといの横顔は、昨晩の穏やかさなど微塵も感じられない、激情の色をあらわに見せていた。


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