ダイヤのA×BUNGO   作:スターゲイザー

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第十話 敗北の重み

 

 

 稲城実業高校が劇的なサヨナラ勝ちをした試合後、明治神宮球場から引き揚げた峰富士夫と大和田秋子の前で青道高校の挨拶が行われていた。

 

「期待に応えられなくてすいませんでした!!」

 

 キャプテンである東清国が試合後に流した涙の痕も色濃く残る真っ赤な目元のままで挨拶する。

 

「応援ありがとうございました!!」

 

 謝るな、立派だったぞ、とOB達に慰めの言葉が次々にかけられるが、いっそのこと罵倒してくれた方が楽だという思いが頭を下げる選手達にはあるだろう。

 

「峰さん……」

 

 失意の表情のままバスに乗り込んでいく青道の選手達の中で、一番憔悴している文悟が倉持や白洲に抱えられている姿があまりにも傷ましげで隣に立つ峰に顔を向ける。

 

「記者として失格かもしれませんが、何て言ったらいいのか」

 

 両校共に強豪の名に恥じない実力を見せ、総力戦の末に稲実が勝った。

 

「実力のあるチーム同士ですし、本当に見応えのある試合だったと思います」

 

 だからこそ、大和田にはたった一つだけ分からないことがあった。

 

「でも、今日の試合で勝負を分けた一番のモノって……」

「難しいな」

 

 野球通であってもコレという理由を見い出せるほどのものはなかったように峰の目にも映っていた。

 

「エラーやミスが多い試合ではなかったし、両チームの持ち味も存分に出てたからな。あのまま勢いで青道が勝っても何らおかしくない試合だった」

 

 特に6回から登板した文悟が齎した流れは、ちょっとやそっとでは覆せないほどだった。

 

「敢えて敗因を上げるとすれば、エースの差、監督の差、バッテリーの若さ、勝利への執念、幾つかあるな」

 

 1番(エースナンバー)を背負った先発投手の差は特に明らかだった。

 

「6回時点で7-2。石田君の登板で勢いづいて追いついたが、もしも最初から彼が登板していたら?」 

 

 IFに意味はない。6回から登板した文悟が9回裏の時点ではかなりバテていたことを考えれば、先発として出場したとしても稲実を抑えられた保証はない。

 

「成宮君やカルロス君の交代出場、セーフティバントの指示…………石田君を打てないと分かっても諦めなかった稲実の執念だろう」

 

 これもまた結果論でしかない。

 監督の差も稲実に比べて青道には選択肢が少な過ぎた。決して勝利の執念にも大きな差があったはずがない。

 

「難しいですね、高校野球は」

 

 明確に敗因と言えるほどの差が無くとも、勝利の女神はどこまでも非情に勝敗を決してしまう怖さがある。

 

「しかし、今日の石田君の投球は」

「異様としか言いようがなかった。いや、この夏の成長自体がありえない速度だ」

 

 今も2人の脳裏に焼き付いている文悟の投球。それだけではなく、この夏の文悟の成長は異常の一言に尽きる。

 極稀に特別な状況下で且つ、特別な精神状態の時に起こり得る科学的には説明のつかない異常な速度の成長。

 

「チームとは別で、ルーキー対決には明確な決着がついてないんだ。ここで潰れないことを祈るよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りのバスの中ですすり泣く声が響いていた。

 青心寮に戻った後も、翌朝の食堂でも3年生達は誰かと顔を合わせれば自然と涙が溢れていた。

 

(泣くな…………泣くな!)

 

 文悟も御幸も1年生にも2年生にも、3年生の前では決して涙を流してはいけないと自らに言い聞かせていた。

 同じ涙でも気持ちが違うと知っているからこそ、歯を食いしばって泣かないように踏ん張る。

 3年生の前で泣かないことだけが下級生に出来ることだった。

 

「え、もう?」

 

 2日間の休みが与えられた文悟は朝食後に自室に戻ったところ、同室の東清国が自分の荷物を纏めている理由を聞いて目を剥いた。

 

「3年生は選手権で負けたら引退やからな。俺らが残っとっても邪魔やし、清々するやろ」

「そんな……」

「この部屋は出てくけど3年を纏めた他の部屋に移るだけやから、悪さしたら分かるからな」

 

 最後に凄んでおき、ふっと表情を緩めた東は俯いている文悟の頭に手を置いた。

 

「一旦家に帰って親に挨拶もせなあかん。俺はプロ志望を出すから練習にも出る。だから、そんな顔すんなや」

「でも、俺があそこで打たれさえしなければ先輩達の夏はまだ」

 

 ストライクを取ることだけを考えて躱す投球をしていなかったと、後から後から後悔が湧き上がってくる。

 まともなヒットではなかった。稲実は文悟のボールは捉えられていなかったとしても、ねじ伏せることに終始し過ぎていた感は否めない。

 

「お前は精一杯やっとった。文悟で負けたんやからみんな悔いなんてないで」

 

 悔いがないなんてことはありえない。でなければ、敗けが決まった瞬間に号泣するわけがなかった。

 

「文悟、お前がウチのエースや。青道を頼んだで」

「はい!」

「ええ返事や。期待してるからな」

 

 190㎝を超える巨体に似合った大きな手で文悟の頭を痛くなるほど撫で回した東がクリスを見る。

 

「クリスもしっかりと怪我を治して俺達が果たせなかった夢を叶えろよ」

「…………はい」

「声が小さい!」

「はい!」

 

 文悟よりも東と一緒の時間を長く過ごして来たクリスだけに、胸に過る思いは声が小さくなるほどに多くあった。

 入学前から目立っていたクリスを何くれとなく面倒を見てくれた東の背中に、クリスは深々と頭を下げる。

 

「今まで、ありがとうございました!!」

 

 もう何も返せないから感謝することでしか、この胸に複雑に絡まる気持ちを表現する方法を持っていなかった。

 

「頑張れや」

 

 そう言って、目元を赤く腫らしたままプロ注目の強打者である東清国が引退して行った。

 

「…………文悟はどうする」

「え?」

 

 3人部屋から2人部屋になり、東の荷物はまだ置いてあるというのに以前とは別物のような部屋の中で、見送ったままの体勢から動いていなかった文悟に先輩としてクリスが先に話を始めた。

 

「2日間は休みが貰えたんだ。一度、家に帰っても良いんだぞ」

 

 1年の努力の集大成を賭けて行われた夏の予選で敗れた影響は、3年生が引退することと合わせて非常に大きい。

 中心だった3年生が引退することで新チームに移行する為の準備期間でもある2日間は、越境進学した生徒が帰省できる数少ない機会であった。

 

「帰れません、こんな気持ちで」

 

 1、2年生で帰省する者は殆どいない。

 文悟も不完全燃焼と悔しさを胸一杯に抱えたまま帰省など出来るはずがなかった。

 

「―――――――多分、新チームの主将(キャプテン)は哲がなるだろう」

 

 多分と言いながら確信に満ちた物言いだった。

 

「そして新チームの1番(エース)は間違いなくお前だ」

 

 これにも確信がある。

 3年生が引退したことで、2年生で一軍の投手は丹波光一郎だが彼は予選で何度か乱調している。

 稲実との戦いでマウンドを任されたことを考えれば文悟が新チームのエースであることは誰もが認めている。

 

「敗けた俺が1番(エース)に相応しいかどうかは分かりません。でも」

 

 あの負けた瞬間のことを文悟は思い出していた。

 勝利が手から抜けていく感覚、体中の全てを投げ打ってでも届かなかった事実、先輩達の夏を終わらせてしまった現実。

 

「敗けるのはもうゴメンです。俺は勝ちたい。いや、勝つ為にマウンドに上がる」

 

 どれだけ勝とうとも、たった1試合の負けで全てに意味がなくなる、失ってしまう。

 

「約束します。来年は、こんなことにはさせない」

 

 チームの中でどれだけ優秀な投手であろうとも、勝たなければ無意味である。選ばれた1番(エース)は、その現実を突きつけられる。

 

「俺がみんなを甲子園に連れてって見せる」

 

 敗戦が人間を成長させることもある以上、極端すぎる話だろう。

 敗けることで、努力も才能も他人の人生さえも左右するとなれば、勝利のみが全てを肯定してくれるのだと信じるしかない。

 

「そこまで背負い込むことはないんだぞ」

「背負い込んでなんていません。これは誓いです。必ず果たすべきと決めた自分への」

 

 1番(エース)は、ただの投手ではない。チームで最も最高の投手でもない。

 投手とは一番ボールを触る以上、チームで最も野球を知っていなければならないというのがクリスの持論だった。

 

「1年なんて時間が足りないぐらいです。それほど俺には足りない物が山ほどある」

 

 知識はあっても実戦が伴っていなかったから反応が遅れる悪癖がある。変化球もなければ、強豪との試合経験は全然足りない。

 

「クリスさん、俺を強くしてください。青道の1番(エース)に相応しい投手になる手助けをお願いします」

「俺の教えは厳しいぞ」

「良く知っています」

 

 青道入学前から教えを受けて来たのだから今更である。

 最近は御幸に文悟の相棒役を奪われつつあったからこそ、まだ暫くは現役復帰できそうにない自分に出来た仕事に薄らと笑みを浮かべる。

 

「では、まず第一にすることを言おう」

 

 文悟が言っていたように、来年の夏まで最高の1番(エース)に仕上げるには1年でも足りない。

 休養日とされている今からでも動くべきだ。但し、昨日投げたばかりなので肩は使わない方向で。

 

「昨日の稲実戦を見て反省会だ」

「昨日の今日で?」

「強くする手助けをしてほしいんだろう。連日の登板で体を使えない以上、なぜ負けたのかを冷静に観察することから始めるぞ」

 

 自分の所為で先輩達の夏を終わらせたと思っている文悟に対して、クリスには一切の容赦がなかった。

 

「や、やります……」

 

 物凄く嫌そうながらも、自分で言い出したことなのだから引くことはできない。

 

「太田部長にDVDを貰って来るから先に食堂で待っててくれ」

 

 この部屋にテレビはあるがDVDを再生できるプレーヤーはない。そもそも画面が小さすぎて2人で見るには向かない。

 プロ野球の試合などを録画したのを見る際は食堂にある大きなテレビで見ることが通例である。中には部屋にDVDプレーヤーを持っている者もいるが文悟達はそうではない。

 1年間で年末年始と夏選手権敗北後以外に休みがない青道において、誰かしらがいて声が聞こえる青心寮が静かに感じることは珍しい。静かな中を食堂に入ると、既に先客がいた。

 

「あれ、一也」

「文悟」

 

 広い食堂にたった1人で腰かけた御幸がドアを開けた直ぐ目の前にいて目を丸くする。

 

「これって昨日の……」

 

 座っている位置からしてテレビを見ていると知って文悟が視線を向けると、昨日の稲実との試合が流れていた。

 

「悪い。飲み物かなんかなら」

「丁度良かった。俺もクリスさんとこの試合を見ようって話してたところだったんだ」

 

 テーブルの上に置いてあるリモコンで映像を止めようとした御幸にここに来た目的を話すとピタリと動きを止める。

 

「反省会か。なんで俺を呼ばねぇんだよ」

「や、一也が残ってるなんて知らなかったし」

「俺はお前の相棒だろうが!」

 

 普通はこの休暇に家に帰るのが普通なので、家が西東京にあるという御幸の帰宅を疑っていなかったので自然と除外していた。

 

「まあまあ、じゃあ一緒に見よう」

「じゃあってなんだ、じゃあって」

 

 どう言えと、なんて考えている間に先に御幸が稲実との試合のDVDを持ち出していると聞いたクリスの先導で、先に見ていた御幸には悪いがもう一度最初から見直す。

 

「やっぱり先発で7点も取られてるのが痛いな」

 

 御幸のリードがあっても3年エースの能力を限界以上に引き上げることは難しく、2つのホームラン込みとはいえ6回までに7点は厳しいものがある。

 

「クリスさんならもう少し抑えられました?」

 

 リードする力は自分よりも上であると認めているクリスに訊ねる。

 

「難しいな。御幸のリードは5番の原田を意識したものだろう?」

「ええ、4番の人よりも打率・打点・ホームランの全てにおいて上ですから」

「だから、その前に勝負をするという選択を俺も取っただろうから大きな差はないだろう。それこそもっと点を取られた可能性はある」

 

 逆に抑えられた可能性もまたあるということでもある。

 

「あれだけ点差が開いていたからこそ、御幸の言葉かけもあったにしても文悟も開き直れた面もあるわけだろう?」

「多分、もう少し接戦なら動きが固くなったかも」

 

 5点差もあったからこそ、文悟は後先を考えずに1球1球に全力を注げた。

 

「三者三振してギアが上がっていたから、1点差に追いついても投げることに集中出来たって気がします」

 

 とはいえ、怪我の功名的な感じではあったのだが、やはり点差は空いていない方が良い。

 

「準々決勝の疲れも残っていた文悟が投げるごとに凄みを増していくなど事前に予測も出来ないからな。出来るなら点は取られない方が良い」

「でも、本当にあの時の文悟は凄かったですよ。もう1球ごとに最高を更新していくような、異様な感覚でした」

「スタンドから見ていても同じ感覚だった。あれは一体……」

 

 2人が同時に文悟を見るも、当の本人はテレビに映る自分が投げる姿を見ていて気が付いていない。

 

「あのど真ん中ストレートは特に良かった」

 

 スタンドで見ていることしか出来なかったクリスにもはっきりと特に異様だったストレートが目に焼きついてる。

 

「俺としては冗談のつもりだったんですけど、あれが嵌った時の恐ろしさは今でも忘れられません」

 

 コースも何もないストライクゾーンの中で最も打ち頃だったのに、最初の3人に限っては全く打たれる気配を感じなかった。

 

「少々乱暴な言い方になるが、内外角ギリギリのボールは他者に依存するボールだ」

 

 打者が見送ればボールになるし、審判が手を上げればストライクになる可能性もある。その理屈を捕手として誰よりも理解しているからこそ、御幸はクリスが何を言いたいのかが直ぐには分からなかった。

 

「だが、ど真ん中に限っては違う。ストライクが確定している以上、打者は必ず振らなければならない」

「…………打たれるのか、抑えるのか、投手から勝負を決められるボールというわけですか。だけど、最も打たれる可能性が高いコースでもある」

「意図せずに行ってしまったボールに限ってはな」

 

 もしも、絶対に抑えるという意思を持って狙って投げたど真ん中は文悟が示したように質が全く違う。

 

「速球派の投手にとって、最大の武器に成り得るが」

「最大の弱点にもなり得る」

 

 捕手である2人にとっては悩ましいところである。

 

「両内外角に球を集め、高めの釣り球と球速と回転数(スピン)を変えたストレートを組み合わせることで今までやってきた。今現在でも十分に良い投手だが研究されて二巡目、三巡目と打席で速球に目が慣れればバットに当てられる機会が増えていくだろう」

 

 文悟が第一線で問題なく通用するのは研究される前の夏までと考えていたクリスと御幸には、この展開は既に予測出来ていた。

 

「文悟に必要な物が何か分かりますか、クリスさん」

「御幸こそ分かるか」

 

 次へのステップアップを図る道筋は見えている。

 

「「変化球」」

 

 事前の話し合いの通り、文悟が上へ行く為の第一歩がよりストレートを際立たせるための変化球。

 

「未だ文悟は発展途上にある。俺達が制御してやらないとな」

「どこまでも進んでいってしまいそうな暴れ馬なところがありますからね、文悟には」

 

 投げるストレートのように、真っ直ぐに進むことしか知らない文悟は止まらない。

 危ういまでの才気を壊してしまうか、爆発的に開花をするかは捕手である2人の力にかかっていると言っても過言ではない。

 

「何か直ぐ傍から黒いオーラを感じる……」

 

 夏から秋、冬から春までの練習メニューをぎっちりと詰められるとも知らない文悟は身を震わせる。

 

「今度は必ず勝つ」

 

 サヨナラ負けを喫したシーンを見てテーブルの上に乗せた手を強く握りながら誓う…………決して背後から感じる黒いオーラからの現実逃避はない、はずである。

 

 

 


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