ダイヤのA×BUNGO   作:スターゲイザー

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第十一話 変化球習得

 

 

 

 青道高校の夏は終わった。

 3年生達は引退し、新チームが始動する中で世の注目が甲子園に集まっている。

 

「稲実も負けちまったか」

 

 食堂で朝食後、稲実敗戦の報は昨日の時点でスポーツニュースで知っていたが、前日に行われた甲子園の結果が載っている朝刊を読んでいた御幸一也は唸った。

 

「力んじまったかね、流石の鳴も」

 

 1回戦、2回戦とリリーフで好投し、全国にその名が知られ始めて驕ったのかもしれない。

 3回戦で6回2-2でマウンドに上がった8回表、1アウトランナー三塁の場面でスクイズを読んでいながらまさかの大暴投。結局、その1点が決勝点となり、稲実は敗れた。

 

「一也、練習に遅れるぞ」

 

 食後にお茶を一飲みして練習着に着替えて来た石田文悟が食堂でのんびりと過ごしていた御幸に注意を促す。

 

「おっ、もうそんな時間か」

 

 因縁のチームであり、個人的にも成宮と親交があったから迫る時間に気付くこともなく見入っていたらしい。

 時計を見て立ち上がった御幸は小走りで着替えに向かう。

 

「急げよ」

「へいへい」

 

 文吾の性格からして待っててくれるだろうから、2階に上がって自分の部屋に入って手早く着替える。

 

「お待たせ」

「遅い」

「すまんすまん」

 

 つい、部屋のテレビで流れていた成宮が泣くシーンに見入ってしまった所為で遅れた自覚があるので謝る。

 なんとかギリギリで時間に間に合った文悟と御幸がブルペンに入ると、手術を終えてからリハビリで部に入れる時間が短くなった滝川・クリス・優が待っていた。

 

「遅いぞ、御幸」

「え、なんで俺だけ?」

「文悟が遅れたのは御幸を待っていたからだろ」

 

 見透かされていて、ぐうの音も出ない。

 

「よし、文悟。肩、作らないとな」

「逃げたな」

「逃げた」

 

 反論も出来ないので御幸が文悟の背中を押していると、先に来て投球練習をしていた川上憲史とその球を受けていた小野弘には完全に見抜かれている。

 

「まずはど真ん中ストレートで行ってみよう!」

 

 二人の言葉を聞こえないふりをしながら無視して座る。

 

「行くぞ」

 

 今更、御幸の性格に文句をつけたところで意味はないと良く知っている文悟は20%の力で投げる。

 

「今日は良い感じだぞ!」

「いや、まだ分からんだろ」

 

 分が悪い流れを断ち切ろうとしているがキャッチボールよりかはマシな球で調子が分かるはずもない。

 

「俺には分かる。今日の文悟は絶好調だと!」

 

 クリスの突っ込みに半ばヤケ糞で反論した御幸がボールを投げ返す。

 

「…………確かに凄く良い感じかも」

 

 嘘から出た実。10球程度投げたところで文悟がポツリと漏らした。

 

「ほら、俺の言った通りでしょ」

「ドヤ顔で言われてもな」

 

 言霊か、洗脳か、理由はどうあれ、自分の言ったことが本当になったのだからと得意げな御幸にクリスは呆れていた。

 

「一也、ボールを早く。このままの感覚で続けたい」

 

 誤魔化し切れたと判断した御幸は持っていたボールを返す。

 

「しっかりと腕を振るようにな」

「はい!」

 

 大きな声でクリスに返事をする文悟の態度の違いに、御幸は最近の自分の色物路線に遠い目をする。

 

「ふっ!」

 

 まだ慣れていないボールの握りを確認しながら投げた文悟の球は、急速に曲がりながらストライクゾーンを掠って追った御幸のキャッチャーミットに収まった。

 

「おぉ……」

 

 調子が良いと言うだけあって、この半月と少しの間で一番の変化を見せたボールに手を止めていた川上が感嘆する。

 

「うん、まだまだだな」

「え、ダメだったか? 大分良い感触だったんだけど」

「完成形には程遠い。5割ぐらいの出来だろう」

「あれで5割って……」

 

 文悟としては調子が良いこともあってOKが出ると思ったのに、御幸とクリスの評価は辛い。

 横で行っていた投球練習の手を止めて文悟の変化球を見ていた川上としては、十二分に試合で通用すると思っていただけに2人の評価には唖然とするしかない。

 

「最初の曲げようとして直球(ストレート)の時と違うフォームになってたことを考えれば、試合でも投げられるレベルにはなっている」

 

 当初は無理に曲げようとして腕が緩んでしまっているのは、撮影した動画で確認して随時修正を行っていた。

 

「丹波さんっていう見本が無ければ、ここまで早くフォームを直すことは出来なかったから後でお礼を言っておかないと」

「身近にカーブを投げる見本があってラッキーだったな」

 

 掻っ攫われた形の1番(エースナンバー)を諦めていない丹波に言っても怒らせるだけではないだろうかと川上は思った。

 

「ともあれ、試合では使えるレベルにはなっている。目線を変えるのが目的なら十分の出来だろう」

 

 クリスがもしも打者に立ったと仮定した目から見ても、文悟に直球だけではなくこの変化球を使われたら厄介に感じる。しかし、厄介なだけで終わってもらっては困るのだ。

 

「だが、俺達が求めているのはその程度のレベルじゃない」

 

 文悟の直球が一級品なだけに、一級品と呼べない変化球は中途半端な武器にしかならず、狙い撃ちにされる可能性が高い。

 

「文悟の直球(ストレート)と同じか、それ以上の脅威を与える変化球…………そのレベルまで高めれば化けるぞ」

 

 文悟の150㎞/hに近い浮き上がるような直球(ストレート)に匹敵する変化球と聞いた川上がゴクリと喉を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は青道高校が稲城実業高校に敗れた直ぐ後、新チームが始動してから文悟は変化球を覚える為、御幸とクリスの指導の下で取り組んでいた。

 今日は初回ながらもクリスがリハビリでいないので御幸が主導する。

 

「取りあえず、キャッチボールの延長…………遊び感覚でやってみようか」

 

 どんな変化球を投げられるか、実戦に耐えうるものになるか、直球と同じレベルにまで仕上げられるかを知るには数投げて試すしかない。

 

「色々と試してみるとして、文悟は投げてみたい変化球とかはあるのか?」

「うーん、やっぱりスライダーとかフォークとかかな」

「まあ、ポピュラーなやつだよな」

 

 横の変化と縦の変化。捕手の御幸からしても、どちらかが物になってくれればリードしやすくなる。

 

「まずはスライダーからだ」

 

 本気で投げるわけではないので御幸も座らない。

 

「握り方は分かるか?」

「川上に聞いたから大丈夫」

 

 同学年で同じ投手である川上に一般的なスライダーのボールの握り方と投げ方を事前に聞いた文悟はミットの中で確認する。

 一、二度ボールを持ったままゆっくりと素振りをした後、投げて見た。

 

「あ」

 

 もしも試合で投げていれば大暴投間違いなしというぐらいに御幸から遠く離れた明後日の場所にボールが飛んで行く。

 

「スライダーは止めておこう」

「うん」

 

 たった1球だとしても、ここまで外れると幸先が不安になるのでスライダーは横に置いておくことにした。

 

「次はフォークだ。肘に負担がかかるから、あんまり多投出来る球種じゃないけど、浮き上がる程の直球に対して沈む変化球があれば鬼になるぞ」

 

 3年エースがウイニングショットとしていた変化球である。

 教えを乞いに行ったら快く教えてくれたので、ミットの中で人差し指と中指の間にボールを挟み、手首の関節を固定する。

 

「ふん!」

 

 多少の力みはあっただろう。にしても、2本の指の間からすっぽ抜けて明後日の方向に飛んで行くのを見ると見込みはなさそうだった。

 

「フォークはもう少し握力がついてからにしようか」

 

 試しの段階なので御幸も1つの球種に執着せず、さっさと見切りをつけて次の球種へと進む前に考える。

 

「縦、横と試したけど、良い感じにはならないな」

「後は何があったけ?」

「シュート、スプリット、シンカーとかそこら辺になるけど……」

 

 有望株であるスライダーとフォークがここまで上手く行かないとは思っていなかったので、御幸は渋面になりながら思いつく限りの球種を上げる。

 

「変化球の習得はプロでも難しいからな。最初は上手く行かないにしても取っ掛かりぐらいは掴みたいところだ」

 

 目標が高いこともあって前途は多難である。

 

「スライダーもフォークもしっくりくる感じじゃないからなぁ」

「覚えるにしても、どれに絞るかが難しいんだよ。来年の夏までには確実に直球(ストレート)と同じレベルにまで仕上げたいし、多分1つだけになるだろう」

 

 それだけではなく個人的な考えもあった。

 

「シュート系やシンカー系は怖いな。ミスショットになると、打ち頃の直球(ストレート)になりやすいから文悟のスタイルにはあまり向かないってクリス先輩も言っていたし」 

 

 スライダーとフォークがここまで嵌らないとなるとは御幸も思っていなかったので悩む。

 

「後はチェンジアップとか」

「一也ってさ」

 

 御幸が残りの変化球を指折り数えていると、文悟が唐突に呼びかけた。

 

「変化球投げられたりするのか?」

 

 ということだったので、もう一度距離を開けて今度は御幸が投げた。

 

「おぉ、ちゃんと曲がった」

 

 今まで幾つもの変化球を受けて来た御幸からすればショボ過ぎる変化球に感心している文悟に得意気に頷く。

 

「ションベンカーブぐらいなら俺にだって投げられるよ」

「え、何で?」

「そりゃ、遊びでやるもんだし」

 

 野球をやっている者ならある程度キャッチボールが出来るなら試すだろうと言いかけた御幸は、文悟の来歴を思い出して頭を掻いた。

 

「変化球の原点みたいなものだから割とかん、たん……」

 

 そこまで言って御幸はまだカーブを試していないことに気付いた。

 

「まだカーブは試してなかったか」

「カーブか。丹波さんの持ち球だよな」

 

 文悟と御幸と同じタイミングで一軍に上がった2年生投手の決め球だから文悟もしっかりと覚えていた。

 

「投手経験者が最初に投げるか教わる最も基本の変化球だからな。投げやすい分、丹波さんの縦に大きく割れるカーブぐらいじゃないと決め球にもならないから持ち球にしている投手は少ないんじゃないか?」

 

 2番手投手である丹波光一郎と球種が被るのはあまり良くないのだが、物になるかどうかは分からないので試してみるしかない。

 

「さあ、来い!」

 

 まだ試していない球種は多いので、モノになれば儲け物。

 そんな心づもりで構えている御幸の目から振りかぶって投げた文悟のボールが消えた。

 

(あれ、ボールは――)

 

 確かに文悟は投げたはずなのにボールが御幸の視界から消失した。

 

「っ!?」

 

 ガシャン、と御幸が背にしていた金網が音を鳴らして初めて御幸はボールの位置を知った。

 

「これもダメかぁ」

 

 暴投の度合いでスライダーやフォークよりも酷い外れっぷりに、金網に跳ねて転がっていくボールを追う文悟の背中を御幸は呆然と見ていた。

 

(ボールを一瞬見失った? この俺が……っ!?)

 

 今までどんなにキレる変化球であろうとも一度だってボールを見失ったことがない御幸が、金網に当たらなければどこに向かったかも分からなかった。

 

「ゴメン、今まで一番ダメだった」

「…………いや、逆だ」

 

 投げた文悟には大暴投したスライダーやフォークとの違いは分からないだろう。

 

一番良かった(・・・・・・)

 

 丹波の縦カーブを受けたこともある御幸がその変化を捉えられなかった。前者2つと同じ大暴投だったとしても、カーブを見失ったことに御幸は光明を見た。

 

「文悟、これだ。カーブで行くぞ」

 

 クリスは変化球を直球並に高めることが出来ればと言っていたが正直御幸はそこまで行くとは考えていなかった。

 文悟の直球は神が与えたと思うほどの物。それに比肩するほどの変化球をたった1年で仕上げるなど不可能だと心のどこかで諦めていた。

 

「これを完成させた時こそ……」

 

 青道に圧倒的なまでの投手がエースが君臨し、甲子園へと連れて行ってくれるだろうと根拠もなしに御幸は確信していた。

 

 

 


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