ダイヤのA×BUNGO   作:スターゲイザー

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ACTⅡ開始です。




ACTⅡ
第十四話 新入生


 

 

 

 石田文悟の朝は新年度を迎えても早い。

 正確には新年度はもう少し先なのだが、青道野球部に入部予定の新入生は入学式前から練習に参加することが慣例となっているので新年度はその日からという認識になっていた。

 

「………………」

 

 同室者はまだ寝ているので掛布団だけ除けての日課のストレッチ。

 

(うん、何時も通り)

 

 体を動かす時とはまた別の血が流れる感覚と通常通りの体に頷く。

 15分程度、体が温まってきた頃に二段ベッドの上段から目覚ましのアラームが聞こえた。

 

「おはようございます」

「おはよう、文悟。相変わらず早いな」

 

 目覚ましのアラームを止めて上段から降りて来た滝川・クリス・優が苦笑する。

 

「習慣ですから」

 

 元から朝早く起きるのが当たり前だった文悟にとって、この生活スタイルは負担にはならない。が、そんな習慣がない新入生にとって早朝と呼べる時間に起きることは苦痛でしかない。

 

「…………おはよう、ございます」

 

 青道のエースである文悟とシニアで有名だったクリスと同室に成れた幸運に中々寝付けなかった松方シニア出身の金丸信二がベッドの中から挨拶をした。

 

「おはよう、金丸。眠そうだな」

「眠いっす」

 

 からかい交じりの文悟に意地を張る元気もないほどに眠い金丸は上半身を起こしたものの、そこから先が動けない。

 この間、OBから寄贈されて各部屋に設置された小型冷蔵庫からゼリーやヨーグルトを出して文悟に渡したクリスは当たり前の理屈を認識する。

 

「これが普通なんだぞ」

「それだと俺が普通じゃないみたいじゃないですか」

 

 ゼリーを食べながら文句を言う文悟にヨーグルトの蓋を開けるクリスは何も返さない。

 

「金丸、起きれるか?」

「なんとか……」

「時間になったら起こしてやるからギリギリまで寝てても良いぞ」

「いえ、起きます。これから毎日続くなら慣れないと」

 

 クリスの優しさに甘えたくなるが金丸も青道に入ったからには早起きの習慣に慣れるしかない。

 もう一度布団に潜り込みたい欲求を跳ね除けて二段ベッドから出る。

 そんな金丸の姿にゼリーを食べ終えた文悟が冷蔵庫を開ける。

 

「何か食べないと体が持たないぞ。ゼリーとヨーグルトならあるし、どっち食べる?」

 

 先輩に気を使ってもらっていることに申し訳なさを感じながらも、まだ寝起きで頭が回らない金丸は必死で考える。

 

「じゃ、じゃあヨーグルトで」

「分かった」

 

 冷蔵庫から取り出したヨーグルトと小スプーンを渡す文悟は世話はされるよりもしたい方であるので全然先輩らしくない。

 

「ありがとうございます」

 

 入寮前は先輩にキツく当たられたら嫌だななどと勝手に想像を膨らませていた光景から真逆の状況に、ようやく金丸も完全覚醒して微妙な面持ちでヨーグルトを受け取って食べる。

 

「食べたら準備して早くグラウンドにな。監督は遅刻に物凄く厳しいから下手したら見切られるぞ」

 

 洗面台でパパッと身支度を整え、早々に練習着に着替えたクリスの助言に金丸も急いで準備を始める。

 

(優しい先輩達で良かった。東条の方は大丈夫だろうか)

 

 同じ松方シニアで親友である東条秀明の心配をしつつ、先輩達を待たせない為に急いで身支度を終える。

 

「よし、行こう」

 

 グラウンドにまで案内してくれる文悟とクリスの優しさが本当に申し訳なく思いつつ後ろについていく。

 

「「「おはようございまず!!」」」

 

 先輩後輩関係なく、グラウンドで会ったら挨拶は大きな声で。

 

「おはよう、東条」

 

 1年生が一塊になっていたので金丸がそこに入ると東条の姿を見つけて声をかけてきた。

 

「おはよう、よく眠れたか?」

「実はあんまり」

「俺もだ。初日だから緊張しちゃってさ」

「分かる分かる」

 

 幾ら先輩達が優しくしてくれても、どこかで肩肘を張ってしまう。反面、東条とは気心の知れた仲なので互いに本音を言い合えた。

 

「そっちはエースの石田さんと、あの(・・)クリスさんと一緒だったんだろう。どうだった?」

「2人とも優しいよ。逆になんか申し訳ないぐらいで」

 

 性格とは裏腹に心配性なところがある金丸がここまで言うほどかと東条は2、3年の所で周りの人達と談笑している文悟とクリスを見る。

 

「僕のところはそこまでじゃないけど、何にしても先輩達が優しい人で良かったね」

 

 東条と金丸がそんな話をしている頃、文悟は川上憲史と話していた。

 

「え、一也がまだ来てない?」

 

 言われて辺りを見てみれば御幸一也の姿がどこにもない。

 

「そうなんだよ。なんか夜中までビデオを見てたとかで見捨てて来たって」

 

 上級生は1年生の面倒は見るが2年生と3年生の寝坊は自己責任であるので文悟は何も言わなかった。

 

「昨日の夜に一也から、最近嵌ってるモデルのビデオが手に入ったから一緒に見ようとか言われたけど」

「多分、それだな」

 

 原因と理由は分かった。では、次をどうするかを考えた文悟は溜息を吐いた。

 

「起こして来るよ。まだ時間はあるし」

「優しいね、エース様は」

 

 早起きに慣れているはずなのに1年生よりも眠そうにしている倉持洋一が話に入って来た。

 

「随分と眠そうだな、倉持」

「新入生と親睦を深める為にゲームをしてたら遅くなってよ。眠いのなんのって」

「何時までやってたの?」

 

 川上の問いに倉持はニヤリと笑う。

 

「1時だったか2時だったか。確かそれぐらいだったんじゃねぇか」

 

 悪いことを考えてそうな倉持のニヤケ笑みに、文悟は近くにいた増子透の方を向いた。

 

「増子さん、もしかしてその1年生まだ寝てるんじゃ……」

 

 都大会ベスト16を決めた文悟が投げた昨日の試合でエラーをしてから自身に喋ることを禁止している増子はコクリと頷いた。

 

「朝練のことは知ってるんだ。時間になっても起きなかったアイツが悪ぃんだって」

「上級生としてあまりそういう考えは感心できないな、倉持、増子」

 

 主将である結城哲と寮長として今年の新入生の所感について話していたクリスも厳しい面持ちで話に入って来た。

 

「親睦を深めるのは良いが夜中にゲームなどやれば新入生が朝に起きれないのは簡単に分かることだろう」

 

 当然、倉持は分かっててやっているがクリスの前で素直に白状は出来ない。

 

「増子も最上級生として、しっかりと監督しなければならない立場だということを自覚しないといけないぞ」

 

 先に寝た増子としてもクリスの言うことは至極最もなこともあって『すまない』と紙に書いて見せる。

 

「俺はその新入生を起こしに行って来る」

「じゃあ、俺は一也を」

 

 御幸に関しては完全に自己責任なので起こしに行く必要まではクリスも感じなかったが文悟の優しさを止めるまでではない。

 時間が迫っているので急いで青心寮に戻り、倉持達の部屋は1階で御幸の部屋は2階なので別れる。

 

「お~い、一也」

 

 寝坊しているバカを置いて行った同室者が鍵をかけていなかったので室内に入り、まだ二段ベッドで寝ている御幸に向かって声をかける。

 

「…………文悟?」

「おはよう。もう直ぐ朝練の時間だぞ」

 

 何時も寝る時に付けているアイマスクを外して枕元に置いていた眼鏡をつけた御幸が目をパシパシとさせているので、近くに置いてあった時計を見せる。

 

「げっ」

 

 時計が示していたのは朝練開始数分前。

 

「た、助かった文悟!」

 

 慌てて布団を跳ね飛ばして起きた御幸が練習着を手に取って着替え始める。

 

「急げよ」

「おう!」

 

 間に合うかは微妙な時間なので文悟も先に行くことにした。

 御幸の返事に押されるようにして部屋を出て1階に降りると、倉持の部屋の前でドアを開けたままで止めて待っているクリスの姿があった。

 

「そっちも寝てました?」

「ああ、やっぱり寝過ごしてたよ。今、着替えてるところだ」

「ああ――っ!?」

 

 直後にドタンと大きな音が聞こえ、文悟が部屋を覗き込むと新入生が半分だけ足を通したズボンと共に床に倒れていた。

 

「大丈夫か?」

「へ、平気っす」

 

 物凄く痛そうだが、意地を張っているならツッコミは無粋と心得ている文悟は優しい笑みを浮かべる。

 横になったまま床に打ち付けた頭を抑えていた新入生は声をかけたのがクリスではなく別人と気づいた。

 

「ぬっ、アンタは石田文悟!」

 

 跳ね起きた新入生―――――――沢村栄純は超える男として目標としている文悟がいると知って指差す。

 

「取りあえず服を着ろ。時間はもうないぞ」

「あっ、はい」

 

 指差されてキョトンとしている文悟の横から顔を出したクリスに注意を受けた沢村は大人しく指示に従い、膝辺りで止まっていたズボンを引き上げる。

 

「文悟は先に行っててくれ」

「俺も待ちますよ」

「こういうのは3年の役目だ。それにエースが初日遅れては1年に示しがつかんだろう。俺の顔に免じて頼む」

 

 ここまで言われては文悟も留まっていることは出来ず、先に向かうしかなかった。

 

「――――はようございます!」

 

 文悟がグラウンドに到着して直ぐに、高島礼と太田部長の何時もの2人だけではなく見覚えのない中年男性を後ろに引き連れた片岡監督が現れた。

 

『はようございます!』

「おはよう」

 

 示し合わせたわけでもないのに唱和した挨拶に静かに、しかし重く返した片岡監督の挨拶にピンと背筋に鉄棒が入ったかのように伸びる。

 

「これで入部希望者は全員か?」

 

 二列に並んでいる1年生達を前に、背後に上級生達の位置で片岡監督が聞く。

 入学前から入部希望者に事前に春休み中から練習があることは伝えられている。怪我など、よほどの理由がない限りは全員参加で遅刻厳禁。青道の野球部に入るというのは、それだけのことなのだと覚悟を事前に決めさせられるわけである。

 

「1名遅れています」

「なに?」

 

 文悟が答えると、片岡監督が振り返ってサングラスの奥の眼を鋭くさせる。

 

「寝坊です」

 

 片岡監督の視線に、背中に冷や汗を流しながら答える文悟。

 

「遅れました!」

 

 口を開こうとした片岡監督よりも早く走って来たクリスの声がグラウンドに響き渡る。

 

「申し訳ありませんでした!」

 

 1年と上級生の中には入らず、片岡監督の前までやってきたクリスが深く頭を下げる。

 

「遅れたのは寝坊したこの沢村栄純の責任です。クリス先輩は俺を起こしに来てくれたんです。何も悪くありません!!」

 

 悪いのは自分なのだからクリスが謝る必要はないと思いつつも、同じ学校・同じ部活以外に関わりのないクリスの行為に深く感謝していた沢村も深々と頭を下げて追従する。

 片岡監督はクリスと同室である文悟を見て、頭を下げている2人へと視線を戻す。

 

「遅刻は遅刻だ。そこでドサクサに紛れて並んでいる大馬鹿者もな」

 

 クリスと沢村に注目が集まった隙に2、3年生の後ろにこっそりと忍び込んだ御幸がギクリと体を震わせる。

 

「この沢村と同室の上級生と大馬鹿者は練習が終わるまで走ってもらう。クリスと沢村は1年の自己紹介の後に走れ」

 

 上級生が新入生を面倒を見るのは当然のこと。それを放棄した倉持と増子、紛れ込んだ御幸に青筋を浮かばせた片岡監督の命令は絶対だった。

 ムンクの叫びの如き顔になった3人がタイヤを引き摺って走り始めたのを見て沢村は一つのことを心に誓った。

 

(監督を怒らせるのは止めよう)

 

 走っている同室の2人を見て心がスッとしたのもあって、遅刻したことは事実なので罰則で走らされるのは仕方ないと諦めて1年生の列に入る。

 

「宮川シニア出身大嶋宏! 希望ポジションはショートです! 守備には自信があります!! 頑張りますのでよろしくお願いします!」

 

 最初にゴタゴタになりながらも恒例である1年生の自己紹介が始まった。

 

「松方シニア出身東条秀明です! 希望ポジションはピッチャー! よろしくお願いします!」

「同じく松方シニア出身金丸信二! 希望ポジションはサード――」

 

 次々と選手紹介が行われている中で沢村はライバルとなる投手がいないかだけを気にしながら、目立つアピール文章を考えていた。

 

(誰よりも目立って、かつインパクトを残せるようなスピーチをせねば)

 

 しかし、沢村は考え始めればドツボに嵌る性質を持っていて妙案が直ぐには出て来ない。

 

「苫小牧中学出身降谷暁」

 

 この降谷も割とギリギリで来たので目立ち難い最後尾の端にいたが沢村が来た所為でズレた。

 

「希望ポジションはピッチャー。御幸先輩に受けてもらう為に来ました」

「え?」

 

 沢村も御幸に受けてもらう為に青道に来たようなものなので、他の者達が「苫小牧って北海道から?」という点に着目している中で違うところを気にしていた。

 

「次、君だよ」

 

 降谷に突かれた沢村は隣の長身の降谷を見上げて負けてなるものかと深く息を吸う。

 

「赤城中学出身沢村栄純! 希望ポジションはピッチャー!」

 

 結局、何を言うかも決めていないまま出身と名前、希望ポジションだけを言って間を取る。

 御幸に受けてもらうという自分の気持ちは既に言われてしまった。インパクトのあるスピーチの材料を探していると、視界の中で自分を見る文悟の姿に奮起する。

 

「石田文悟! …………さんを超えるエースになる為にここに来ました! この気持ちだけは誰にも負けるつもりはねーっス!!」

 

 超えるべき目標、つまりは自分が下であると自覚しているので呼び捨てにするのは失礼だろうという気持ちも同居した沢村の所信表明に、上級生のみならず監督達にもザワリとした空気が広がる。

 

「では、未来のエース。自己紹介も終わったことだし、走って来い」

「…………はい」

 

 こうして沢村の新しい生活は鮮烈なアピールの後にタイヤを引き摺って走って幕を開けたのだった。

 

 

 




以下は能力表です。

『石田文悟』

一年時(入学時)
球速:150(MAX)/高速チェンジアップ2(130)
特殊能力:ノビ4/重い球/打たれ強さ4/打球反応○/低め〇/速球中心

一年時(秋)
球速:152(MAX)/高速チェンジアップ3(130)/カーブ3(130)
特殊能力:ノビ5/重い球/キレ3/打たれ強さ◎/対ピンチ〇/打球反応○/低め〇/奪三振/威圧感/速球中心

二年時(第十四話時点)
球速:155(MAX)/ツーシーム4(150)/高速チェンジアップ4(130)/カーブ5(135)
特殊能力:怪童/怪物球威/キレ4/打たれ強さ◎/対ピンチ〇/打球反応○/闘志/低め〇/リリース○/奪三振/クロスファイヤー/威圧感/速球中心

尚、特殊能力に関しては高校時点のみでプロは別基準とする。

           投球比率(%)、平均球速
フォーシーム        53   152 
ツーシーム         12   150
高速チェンジアップ     5    130
カーブ           25   135


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