ダイヤのA×BUNGO   作:スターゲイザー

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都大会ベスト16を決める試合は都合により一日早くなりました。




第十五話 中心とした渦

 

 

 

「おかわり下さい!」

 

 青道高校野球部の青心寮の食堂にて今日も朝から元気な声が連呼する。

 

「こっちもおかわり!」

 

 青心寮では食事時、ご飯は必ず3杯食べなければいけないという鉄則の掟があった。

 しかし、幾ら育ち盛りで幾らでも食べると言われる少年達でも限度はあった、特に新1年生には。

 

「うぷっ」

 

 食堂の一番奥まった列の1年生達の中から嘔吐く音がひっきりなしに聞こえる。

 

「大丈夫か、東条?」

「正直しんどい……」

 

 人並みには食べるが流石に2杯が限度な東条秀明を心配している金丸信二も3杯目に手をつけられない。

 

「幾ら体作りも練習の一部だとしても3杯はきついよな。しかもあれだけ走った後で」

 

 基本的に1年生は朝練の間、体作りの為にランニングをするのが慣例だという。

 実際、金丸達も走ったのだが馬鹿がいた所為で余計に疲れた。

 

「フハハハハハハ、このぐらい食べられなくてどうする!」

「テメェの所為だバカ村!」

 

 東条を挟んで反対側で食べていた沢村栄純の無責任な発言に金丸は箸をテーブルに叩きつけた。

 この食堂にいるのは1年生だけではないということを金丸は失念していた。

 

「そこの1年、食事中は静かに」

「うっ!? す、すみません」

 

 金丸達がいる側から一番遠くから聞こえて来た静かな叱声に、金丸は借りて来た猫のように縮こまりながら謝って席に座る。

 

「やーい、怒られてやんの」

「すみませーん、この馬鹿がもっとご飯を特盛りにしてほしいそうです」

「カネマール?!」

 

 人をイジらば特盛一丁お待ちどう。

 結果として沢村の茶碗には、どうやって載せたのかと頭の中で疑問符が浮かぶほどの特盛具合であった。

 

「今年の文悟枠はあの沢村なのかね」

 

 テレビが近い一番手前のレギュラー席の一角で、2年生3人で並んで座っていた内の1人である倉持洋一がポツリと呟いた。

 

「俺?」

 

 3杯目を易々と平らげて、1年生には前人未到の領域としか思えない4杯目に取り掛かっていた石田文悟が自分の名前を呼ばれて首を傾げる。

 

「本人に自覚がないところが特にな」

 

 去年、飛び抜けていた文悟に対抗しようとして頑張った過去を思い出し、箸を咥えた御幸一也は遠い目をしていた。

 たった半日程度で消えた御幸が抱いていた一方的な対立心を見ていた倉持としては、流石に簡単な誘導に引っかかって寝坊した沢村が文悟並の選手とはとても思えなかった。

 

「まあ、ただの体力バカの可能性もあるけどよ」

「それがそうでもないんだよな、これが」

 

 罰走としてタイヤを引いて走っていた倉持達に少し遅れながらも付いてきた沢村の体力は倉持も認めるところだったが、御幸が沢村に注目している点は別にあった。

 

「さっきから気になってたんだけど、一也は沢村のことを知ってたのか?」

 

 後もう1杯はいけるな、と腹の具合を確かめつつ文悟は御幸の言い様から初対面ではないと見た。

 

「前に東さんと勝負した中学生がいたって言ったことがあるだろ」

 

 文悟は記憶を思い出すように眉間に皺を寄せて、ようやく思い出した。

 

「つまり、その中学生ってのが沢村だったと」

 

 話の繋がりから察して、東と勝負した中学生=沢村栄純という図式を脳内で成り立たせた倉持は呆れを滲ませた。

 

「良く監督が怒らなかったな。高野連にバレたらマズいことになってたぞ」

「監督は文悟の病院に一緒に行ってたから知らないって」

「ああ、あの時か」

 

 夏の予選で稲城実業高校に負けてから投げ過ぎな傾向にあった文悟を心配したクリスによって病院に行く際、高島が中学生の練習見学に付き添い、太田部長が別件でいなかった為、片岡監督が車を運転せざるをえなかったので沢村とは会っていなかった。

 

「で、その勝負は?」

「三振で東さんの負け」

「へぇ……」

 

 恐らく別グラウンドで練習に集中していてそのことを知らなかった倉持も今はプロとして活躍している東が三振したと聞いては沢村を見る目が変わらざるをえない。

 

「クリスさんにその話をしたら、入学前に文悟に送ったトレーニングメニューをダウングレードしたやつを礼ちゃん経由で送ってみたんだけど、あの感じだと割り増しでやってたんだろう」

 

 食事のことに関しては茶碗3杯を食べる必要があると記していたので実践していて余裕はあったのだろうが、流石に3杯目が特盛になっては限界値を超えてしまって口に含んだまま涙目になっている。

 

「ふぅん、じゃあ、期待できるってことか」

「さあ、そこまでは言えないさ」

「そこは期待できるって言っておこうよ」

 

 からかい甲斐のある後輩が入って来た程度にしか思っていなかった倉持ですら淡い期待を抱いたというのに、当の御幸がやんわりと否定したので文悟も突っ込まざるをえなかった。

 

「東さんの場合は油断とか慢心に合わせて情報の無さもあったから勝てたけど、もう一打席勝負してたら多分、ホームラン打たれたと思うぜ」

「一打席だけの勝負なら基本的に投手の方が有利だもんな」

 

 その投手がどんな球種を投げるのか、直球のノビはどの程度か、変化球の切れはどれほどか。

 情報があるプロでも3割打てばスタメンを張れる。アマではレベル差が大きいので打率はあまり当てにならないが、それでも基本的には投手が有利なことには変わりない。

 

「無名の中学生が今じゃプロになった高校生から三振を取ったのは事実だけど、実力かまぐれかは直に分かる。焦ることはないさ」

 

 特盛ご飯が呑み込めずに口をパンパンに膨らませている沢村を2年生スタメンは静かに見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沢村はトレーニングメニューの中で食事も練習の内と知って、通常ならばギリギリでご飯3杯を食べられるようになっていたが、特盛は流石に限界を超えてしまった。

 

「あ~、気持ち悪ぃ」

 

 外で少し吐いた後も胃の凭れに苦しんでいる沢村の後ろで、普通盛りでも無理して食べた降谷暁や小湊春市などは死んでいたりする。

 

「毎年の風物詩だな」

 

 3年生の滝川・クリス・優にとっては同じ光景を見るのは三度目である。

 

「去年、1日目から完食して平然としてたのは文悟だけで、今年は沢村が行くかとも思ったが」

「自分で馬鹿やらなければそうなったのにな」

 

 グラウンドに戻りながら偶々、クリスと一緒になった丹波光一郎は苦しそうにしている1年生達を見ながら嘗ての自分を思い出す。

 

「文悟みたいに飛び抜けている奴だと思うか?」

「青道にはいなかったタイプなのは認めよう」

 

 沢村の実力は未だ未知数であることを認めながらも、丹波は安易に自分が追い抜かれる立場にあるとは認めなかった。

 

「この夏が最後なんだ。1年に一軍の座を奪われてなるものか」

 

 3年生は夏で負けたら即引退が決まる。しかし、その前に一軍に選ばれなければ舞台にすら上がることも出来ない。

 

「俺も負けてはいられないな」

 

 クリスの立場は2番手の投手と見込まれている丹波よりも状況は良くない。

 

「怪我の方はどうなんだ? 完治はしていると聞いているが」

「練習でも試合でも今のところ痛みはない。ただ、1年近く試合から離れたことの方がイタい」

「実戦の勘が鈍っている、か」

「戦術的な面はともかく、特にバッティングがな」

 

 怪我をした右肩を軽く触ったクリスが少し自嘲気味に漏らす。

 

「試合の時に記録員としてベンチに入っていたから戦術的な鈍りは無くとも、バッティングだけは怪我の間は振ることも出来なかった影響は大きい」

 

 正捕手である御幸と試合後にミーティングを行っていたこともプラスに働いている。しかし、怪我の影響で1年近くバットを振ることも出来なかったクリスの勘はあまりにも錆び付いていた。

 

「少し振っただけで分かった。以前とは比べ物にならないほど鈍っていると」

 

 夏までに鈍りを落とすことが出来るのかという不安が常にクリスの内にあった。

 

「夏までにその鈍りを落とすんだろう。フリーバッティングに付き合え」

「いいのか?」

 

 予想外の提案にクリスは目を瞬いた。ようやく二軍に上がったばかりのクリスに一軍の丹波が投げるのは普通あり得ないからだ。

 

「俺が一軍に上がった直後にクリスが怪我をして、お前と組めたことはないんだ。最後の夏ぐらいはバッテリーを組んでみたい。それにこれは俺自身の為でもある」

 

 強面の顔とは裏腹に頬を微かに朱に染めた丹波が続ける。

 

「70球を超えると、どうしてもコントロールが甘くなってしまう。フォームをチェックしてくれ」

「無茶を言う」

 

 が、怪我から復帰したばかりとはいえ、カーブは全国級と言われる丹波の練習相手は今、最もクリスが欲しい錆び落としの機会だった。

 

「クリスなら出来ると思っているから頼んでいる」

「そこまで言われたら断れないな」

 

 フォームチェックもしながらだと集中が削られるが大義名分は得られる。何よりも向けられた信頼にクリスも応えたかった。

 

「1年生は集合!」

「恒例の能力テストも始まるようだ。俺達も移動するとしよう」

「ああ」

 

 片岡監督と青道OBコーチがグラウンドに現れ、腹ごなしに準備運動をしている1年生を集める姿を見送ってクリスから丹波を促してAグラウンドに向かう。

 

「なっ、なんで!?」

 

 ようやく胃の凭れも大分マシになっていたところで、能力テストがあるとは知らなかったがやる気になっていた沢村は片岡監督と青道OBのコーチ陣の後ろに文悟と御幸の姿があったからである。

 

「御幸一也! どうしてお前がここに……」

 

 最初は威勢よく、しかし徐々に声のトーンが落ちて行ったのは強面の片岡監督に睨みつけられたからである。

 

「お前ね、年上を呼び捨てってどうよ」

「すみませんでした」

 

 幸いにも当の御幸が近寄りながら気軽に声をかけてくれたお蔭で直ぐに謝る機会も出来たので大人しく頭を下げる。

 

「秋体でうち(青道)の試合を見たって礼ちゃんから聞いたから文悟のことを知っても驚かねぇけど、相変わらずの大物っぷりに逆に安心したぜ」

 

 寝坊した後で罠にかけられるなんてこともなく、遺恨がないから言うことにも素直に従う。ヤクザもかくやの強面が凄んでいて、その理由が御幸の言った通りだとするならば謝るのに十分な理由であった。

 

「アンタら…………先輩達はスタメンだったはずじゃ? もしかしてあれからレギュラー落ち」

「やっぱり失礼だぞ、お前」

 

 確かに青道の名を背負って試合に出るレギュラーがするような仕事ではないが御幸にも事情がある。

 

「文悟は昨日の試合で投げたから今日は軽めのメニューの予定だったんだけど、急遽OBのコーチの1人が来れないことになって1年の能力テストを手伝うって言い出してな。ついでだから俺も手伝うことにしたんだよ。あ、知り合いだからって加点はしないぞ」

 

 試合は増子透のエラーもあったりしたが勝利した後にOBが来れないことが分かり、文悟が手伝いを申し出たことに片岡監督は少し考えた後に了承した。

 

「頼まねぇよ。俺はここに自分の力を試しに来たんだから」

「へぇ、文悟を超えてエースになる為に来たんじゃなかったっけ?」

「むぅ……」

 

 最初は前者で、秋季大会を見てから後者の理由も含むようになったのだが、詳細に説明するには突発的な出会いだっただけに沢村自身にも整理がついていなかった。

 

「まあ、どっちでもいいけどさ、お前もさっさとスパイクに履き替えてBグラウンドに急いだ方が良いぞ。このままだと遅刻扱いになっちまうかも」

「へ?」

 

 言われて周りを見れば、御幸と話している間に他の1年は既に移動してしまっている。

 

「早く言えよ!」

「だから、言ってやっただろうに」

「ありがとうございました!」

 

 話が横に逸れてしまっても付き合ったのは沢村自身である。

 文句を言うのは確かに筋違いであると認める思慮は沢村にもあったので、ちゃんと礼を言って急いでスパイクを履き替えに向かう。

 

「大丈夫かねぇ」

 

 ド天然の文悟とはまた一味違った癖のある性格の沢村に一抹の不安を抱きつつも、自分から手伝いを申し出たくせに遅れては片岡監督に怒られるので御幸もそそくさと移動を始めるのだった。

 

 

 




以下、文悟の打者としての能力表です。

1年時
守備力2/肩5/走力3/体力4/精神力4
打力4/ミート4/パワー3

2年時
守備力3/肩5/走力3/体力5/精神力5
打力5/ミート5/パワー4


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