ダイヤのA×BUNGO   作:スターゲイザー

20 / 38
第二十話 教えて、クリス先生

 

 

 

 紅白戦で認められ、二軍に昇格した沢村栄純と降谷暁は滝川・クリス・優の指導を受けることになった。

 十分に結果を出したクリスが一軍に上がらなかったのは1年生の指導役になる為だと知っているのは数人だけ。

 

「2人には課題が多い」

 

 片岡監督から1年2人の指導を任せられたクリスから告げられ、沢村も降谷もムッとした顔を浮かべる。

 

「何がですか?」

 

 紅白戦で自分達の球を何なく受け止め、誰よりも試合をコントロールしていたことを間近で無意識に感じ取っていただけに理由もなく受け入れられるものではない。

 

「沢村は新しいフォームがまだ定まっていないから制球が安定せず狙った場所にボールが行かない。紅白戦で増子以外に打たれたなかったのは奇跡に近い」

「ぐっ」

 

 体の影に隠れて左腕が全然見えないと思ったら突然、球が現れる変則フォームはストライクゾーンから外れていても出所が見えずにいきなり球が投げられるから軌道が読めない。ムービングボールであることも合わさって初見殺しとしては十分。

 

「ボールを使ってネットスローをしてフォームを固めることを優先する。後、守備が杜撰過ぎだ」

 

 守備の下手さに関しては沢村も痛感していたので項垂れるしかない。

 

「色々と言いたいことはあるが、これ以上は言っても仕方あるまい。様々なケースを想定して、どう動くかを頭に叩き込め。後は只管反復して体に覚えさせるしかない。これは降谷にも言えることだぞ」

「…………はい」

「嫌そうな返事だな」

「いえ、そんなことは」

 

 とは言いつつも、率先してやりたくはないという思いが顔で丸分かりの沢村と違って、降谷は表情の変化が薄く多少分かり難いながらもクリスにはお見通しである。

 

「野球は投手がボールを投げて初めて動き出すスポーツだ」

「そんな当たり前な」

 

 野球をやっているならば誰も分かることを言い出したクリスに沢村は思ったことを口に出し、降谷は内心で思うだけに留めた。実に対照的な2人であった。

 

「そう、当たり前のことだ。だが、本当に分かっているか? 投手ほどボールを触っているポジションが他にないということの意味を」

 

 知識だけはあった文悟とは違って、真っ白な1年生2人が理解していないことにクリスは先行きが不安になった。

 

「投手が全打者を三振に取れるのならば何も言うことはないが、現実を見れば半分も三振を取るのも難しい」

「石田先輩は都大会で半分以上三振を取ったと聞きましたが」

「何事にも例外はある」

 

 ゴホン、と降谷のツッコミに咳払いをして話を戻す。

 

「1本もヒットを打たれない。四球も含めてランナーを出さないまま終わるのは極めて稀だ。例外はあるが……」

 

 話を戻そうとして、都大会で文悟が1人もランナーを出さずにコールドによる参考記録ながらも完全試合を成し遂げたことを思い出した。例外が多い気がしてしまうが強引に本筋へと意識を帰還させる。

 

「内野手とのセットプレー、ベースカバーの遅れ、ほんの小さなミスがチームに敗戦を招くことがある」

 

 去年の夏の予選で、たった1球の対処を誤って青道は稲城実業高校に敗れた。

 敗北という結果を前にしては、想定外など言い訳にもならないのだから。

 

「投手とは、最もボールに長く触れているポジションであるからこそ、その役割は他のポジションよりも大きい。故に投手こそがチームの中で誰よりも野球に詳しくなければならない」

「だ、誰よりも……」

「詳しく!?」

 

 野球の知識の浅さ、実戦経験のなさを誰よりも思い知らされてきた2人にとって重すぎる言葉だった。

 

「今はそこまで重く受け止めなくていい」

「え、いいんですか?」

 

 少しだけ固かった表情を緩めたクリスに肩透かしを食らった沢村が思わずと言った様子で口走る。

 

「一朝一夕で知識を詰め込んだところで、実践できなければ何の意味もない。まだ1年なんだ。目の前のことから順番にやっていくといい」

 

 マウンドに立ってボールを投げたい2人としては、やることは多いが挫けて足を止めるつもりは毛頭ない。

 

「ところで、僕の課題はなんなんでしょうか?」

 

 話の一区切りがついたところで降谷が手を上げた。

 この流れで聞くタイミングか、とクリスは思わないでもなかったが文悟も似たようなことをしたことがあったので、剛速球投手は天然なのかと類似点を見つけてしまった妙な納得を覚える。

 

「言う前に手を見せてみろ」

「手?」

 

 疑問を抱きつつも、御幸以外にも容易く自分の剛速球を捕球して、且つアドバイスを言える人の言ってくれることに逆らう理由のない降谷は右手を差し出した。

 

「雑だな」

 

 軽く見ただけで直ぐに降谷が日々のケアを全くしていないことを見抜いたクリスは思った通りの展開に溜息を吐いた。

 

「降谷、お前の球は全体重を指先に集約して投げることで重く速い剛速球になる。今のままでは直に自分の投げる球に指先が耐えられなくなるぞ」

 

 例えば試合中に爪が割れるなんてこともありうる、と降谷はそんなことかと重くは受け止めなかった。

 クリスはそんな降谷の油断を見逃さない。

 

「投手にとって指先は命、僅かな異変が投球に影響してくる。全力を尽くさずに負けた時の言い訳にはならんからな。これがまず第一だ」

 

 投げられればそれでいいと思っている降谷の間違いを糾しつつ、最も大きな問題を突きつける。

 

「重く速い…………これはエースである文悟と似ている。1年前ならともかく、現段階の2人の能力には大きな開きがある。下手をすれば文悟が部を去るまで控えに甘んじることになる可能性もある」

「嫌です」

 

 怪我をせず、両者が順調に成長していった場合の未来想定図に降谷も顔を横に振った。

 

「最初は御幸先輩に受けてもらうだけで満足していました。でも、それだけじゃ、もう満足できません」

 

 御幸に受けてもらうという目標は入部後の能力テストで達成している。

 苦労もせずに簡単に叶ってしまっただけに欲望は先へと進み、市大三高戦を見て、紅白戦で投げて、目標は更に大きく遠くへと進んでいる。もう、ただ受けてもらうだけでは満足できなくなっていた。

 

「現時点では石田先輩には敵わない。このまま成長しても駄目。なら、俺はどうやっていけばいいですか?」

 

 今の自分では文悟に遠く及ばないことは降谷も理解していたからこそ、そこで思考停止するのではなくクリスに指針を求めた。

 

「まずは己と文悟の違いを認識することだ」

「違い、ですか」

「剛速球、重く速いは似ているとしても違うところはある」

 

 ヒントを与えられた降谷は精一杯慣れない頭を酷使して考えた。

 

「こ、コントロールですか?」

「後はスタミナを初めとして、変化球もだな」

 

 列挙すれば山ほどの量になるので、その2つだけを上げる。

 

「文悟の場合、絶好調時は最速でも捕手が構えた場所にピタリと投げることが出来る。これは長年の練習の成果であり、1年や2年で同じ領域に至るのは降谷以外でも難しい」

 

 逆に不調時には捕手が構えた場所からズレることが多く、それを計算に入れてミットを構えるとまたズレるという奇怪な事態に陥ったりもするが今は関係ない。

 

「コントロールが良いということは、打者にとっても予測が立てやすい側面もある。逆の場合は、言わなくても分かるだろう」

「打者が予測が立てにくい、ですか? でも、それは……」

「当然、捕手からすれば戦術を立てやすいコントロールが良い選手の方が助かるが、このバランスが中々に難しい」

 

 降谷の隣で話を聞いている沢村の頭から煙が出ている。

 

「ある程度のコースを狙えるだけのコントロールと、必要な時に必要な場所に投げられるコントロールがあれば良い。降谷が目指すのはこの領域だな」

 

 手っ取り早く答えを言ったクリスに降谷は渋面を浮かべる。

 

「難しいです」

「まあ、直ぐには難しいだろう。一球一球を丁寧に、まずは1試合を投げ切るよりも1イニング、1イニングよりも1人の打者に全精力を傾けるぐらいの気持ちで投げるのが良いだろう」

 

 紅白戦で低めを強く意識で3イニングを投げただけでフラフラになっていた降谷に対する最大限のアドバイスだった。

 

「クリス先輩! (わたくし)めもフォームが固まった暁には変化球を覚えた方が良いのでしょうか!」

 

 取りあえずコントロールが良すぎるのも考え物という結論に至った沢村が自分に話に焦点を戻さんと大きな声で訊ねる。

 

「お前はその逆だ」

「へ?」

 

 文悟と同じカーブを、と内心で考えていた沢村は予想外の返答に目を丸くする。

 

「沢村の投げている球は降谷とは対照的に、変化球を投げているつもりはなくとも指先のズレで打者の手元でボールが上下左右に変化しているムービングボールだ」

 

 手元が見えない変則フォームと合わさって、実に打者が打ちづらいボールである。

 

「俺ってそんなボール投げてたんだ……」

 

 投げている当人にとっては真っ直ぐの直球のつもりだったので、そう言われれば思い当たる節がちらほらと。

 

「変化球の逆と言うと、真っ直ぐの直球ですか」

 

 沢村とキャッチボールをした時にグニャグニャと動く気持ち悪さを感じていただけに降谷の方が正解に辿り着くのが早かった。

 

「その原型に関しては既に出来ている。紅白戦で最後に増子に投げたボールだ」

「ああ、あのボール」

 

 沢村も入部後の能力テストで1球だけ良かったあの感覚よりも更に上だった時のことを思い出し、クリスが言いたいことの半分程度は理解できた気がした。

 

「沢村、フォーシームと言って分かるか?」

「外人のラッパーですか?」

 

 クリスの慎重な問いに、頓珍漢な返答を返した沢村に流石に降谷も目を剥く。

 

「やはり知らないか……」

 

 守備練習の時に沢村を怒っていた二軍選手ではないが、これでよく野球をやっていたものだとクリスも逆に感心してしまう。

 

「フォーシームはストレートを投げる時の基本的な握り方だ。こうだ、見てみろ」

 

 人差し指と中指を並べ、ボールにある縫い目に交差させて握っている状態を見せる。

 

「俺もこの握りですよ?」

「じゃあ、握ってみろ」

 

 手元にあったもう1つのボールを投げて渡す。

 何が違うのだろうかと降谷は縫い目を気にせずに握る。

 

「見比べてみて違いはないか?」

「どこにも」

「縫い目が違うよ」

 

 チームメイトには恵まれなくても幼少の頃からきちんとした指導を受けて来た降谷が全く気付いていない沢村に横から助け舟を出す。

 

「おっ、おお!?」

 

 指の配置だけで縫い目のことなど頭にも無かった沢村は指摘されて目を見張る。

 

「フォーシームは縫い目に指をかけているから投げればスピンがかかりやすくなる。クセ球の真逆、綺麗なスピンの効いたストレートは大きな武器に成るだろう」

 

 将来的には自分の意志でボールを動かせる投手になってほしいが、今の段階で告げるのはまだ早いと考えたクリスの口から語られることはなかった。

 

「僕の変化球はどういうものがいいんでしょう」

 

 早速、ネットに向かって新フォームを意識しながらフォーシームでボールを投げている沢村を尻目に降谷が訊ねる。

 

「カーブは止めておいた方がいいな。文悟と被るし」

「となると、スライダーやフォーク辺り」

「変化球は適性もあるから実際に試していくしかない」

 

 人には向き不向きが有り、あっさりと出来てしまうことがあれば、練習しても出来ないこともある。

 変化球の握りと投げ方を一通り知っているクリスの助言もあって、やはり制球に難はあるが1ヶ月後にはSFF(スプリットフィンガー・ファストボール)を習得したのだった。そしてほぼ同じ頃、絶好調状態を維持している文悟と最後の年で奮起した丹波の快投もあって青道は関東大会を勝ち抜いて頂点に立った。

 

 

 






感想・評価待ってます。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。