ダイヤのA×BUNGO   作:スターゲイザー

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第二十一話 下克上を目指して

 

 

 

 関東大会は青道高校が優勝して幕を下ろした。

 喜ぶのも少しだけにして、本番である夏の予選を前に練習試合の申し込みが殺到していた。

 

「東の名門である帝東がこの時期に青道に来るとは」

 

 関東大会から1週間後の土曜日。何時ものように観戦に来たOBの1人が呟いた。

 帝東高校は甲子園出場は春夏合わせて21回、全国制覇2度の全国区の名門である。名監督である岡本一八に率いられる今年のチームも強いと評判で、それほどの高校が五年以上甲子園に出ていない青道にまでやって練習試合をするだけ評価されているのだとOB達も鼻高々だった。

 

「ボールフォア!」

 

 OB達が鼻高々だったのも試合の途中まで。

 6回裏2アウト満塁で押し出しの四球で3点目を取られた時、OB達の口から一斉に溜息が漏れる。

 

「今日の石田はイマイチだのう」

「うむ、関東大会は凄かった反動かねぇ……」

「打線が好調だから寧ろ練習試合で不調が表に出て良かったと思うべきですよ」

「夏の本番の時さえ好調に戻っていればいいわけですしね」

 

 関東大会での文悟は正に圧倒的という表現が似合うほどに完璧な状態だったことを観戦したOB達は良く知っている。

 投手に好不調の波があるのは野球の経験者ならば良く知っていること。公式戦ではなく練習試合で不調になるのならば仕方ないと受容の姿勢で試合を見守る。

 

「石田、次の回から交代だ」

「…………はい」

 

 なんとか後続の打者を打ち取ってベンチに戻って来た文悟は片岡監督からの指示に悔し気に奥歯を噛み締める。

 

「大丈夫か、文悟」

 

 打順的に文悟まで回ってくる可能性は薄い。

 グローブを外してベンチに座った文悟にプロテクター類を外した御幸一也が話しかけて来た。

 

「ごめん、一也。面倒かけた」

「調子の波があるのは仕方ないって。不調時に投げて帝東を6回で3失点に抑えたんだ。誰も文句言ってないだろ?」

「一也……」

 

 球威と球速は変わらないがコントロールが絶望的に死んでいる中でリードするのに悪戦苦闘しているはずの御幸からかけられた優しい言葉に、ホロリと来た文悟は感激した面持ちで見上げる。

 

「俺は文句を言うけどな!」

 

 ニカリと笑った御幸は自分で上げた株を簡単に落とす。

 

「コントロールが壊滅的なのは分かるけどさ。だからって満塁の時の押し出しだけは駄目だろう」

「4番相手に甘いコースを投げて長打を食らうよりかはマシだと思ったんだけど」

 

 一巡目で外野に運ばれ、タイムリーヒットを打った4番に対して文悟なりに考えた結果であり、厳しいコースを突くもストライクゾーンを外れてしまったのは不可抗力のつもりだった。

 

「長打は確かに最悪のケースだ。でも、コントロールと違って球速と球威は何時もと変わらない。しかも2アウトでフルカウントだったんだ。多少コースが甘くても低めに集めていれば長打の可能性は低い。よしんば打たれたとしても守備陣を信用してほしいところだったんだ」

 

 結果論として、4番を歩かせて次に勝負した5番は外野フライで失点は1点に抑えることが出来た。

 

「低めに抑えようとしても浮いちゃうんだよ」

 

 速球派の宿命か、コントロールが悪いとどうしてもボールが浮いてしまうので低めに集めるのが難しい。

 

「そこはそれ、根性でどうにかしろ」

「根性って……」

「もしも、1点を争う場で同じように逃げの意識を持ってたら負けるぞ」

 

 理屈も何もあったものではないが、去年の夏の稲実戦で1点に泣いた文悟は自己弁護の言葉を続けられない。

 

「練習試合は公式戦と違う。負けても影響は薄いけど、戦う姿勢はどっちでも変わらないだろ」

 

 エースとしてチームを背負うなら縮こまって攻めの姿勢を忘れるな、と暗に込めた御幸の言葉に関東大会で多くの投手に投げ勝って来て慢心していた自分に気付き、文悟は頭が下がった。

 

「うん、ごめん」

 

 絶対に打たせない、打ち取るという意識を持って投げていなかった。不調であることを理由にして勝負から逃げたことは事実なので謝罪する。

 

「分かればよろしい。さあて、エースの為に追加点を上げて来るかね」

 

 尚、そう言って凡打で直ぐにベンチに戻って来た御幸に冷たい視線が集まったそうな。

 

「川上も調子悪いのかな」

 

 投手として不調でも打者としては関係ない。

 文悟に代わってマウンドに立った川上が2失点しながらも、回を終えてレフトの坂井一郎と代わって守りについていた文悟はベンチに戻って御幸にこっそりと耳打ちする。

 

「調子は…………悪くはないと思う。ただ」

「ただ?」

「どうにもピリッと来ない」

 

 文悟の交代に合わせて宮内啓介と代わった御幸はベンチから見ていた感想を吐露する。

 

「コントロールが悪いわけでも、球が走ってないわけでもない」

 

 宮内が構えたところにボールは投げれてるし、変化球のキレも何時も通り。

 

「実際、点を取られたのも代わったばかりの7番にホームランを打たれただけだし。まだ勝ってるから監督ももう少し様子見るはず」

 

 とはいえ、関東大会でも似たようなシーンが見られ、その場合は文悟か丹波が応援登板することがあっただけに御幸の表情は渋い。 

 

(調子の波はあれど基本的に負けの少ない文悟(エース)と、切れ味の抜群のカーブとフォークが持ち味の丹波さん(2番手投手))

 

 そして川上が抑えとして勝ち切るのが昨年の夏以降の青道の投手の回り方であった。

 

(文悟は言うに及ばず、丹波さんも最後の年だから気合が違う。対して川上は……)

 

 秋大会で三死球をしたシンカーは未だ使えず、順調な成長をしているが2人と比べれば物足りなさを感じてしまう。

 

(期待できる1年が入って来たんだ。何時までも安泰ってわけじゃないんだぜ、川上)

 

 先発である文悟の剛速球の後で、抑えである川上の技有りの制球術は青道勝利の必勝パターンであった。

 川上自身も崩れるとは考えもしていないだろう。1年生が入って来ても大した危機感もなさそうな川上に内心で厳しいエールを送る御幸だった。

 

「相手の投手交代?」

 

 エース(文悟)が代わって抑え(川上)が怪しい中で、帝東も勝つ為の一手に出た。

 

「3年生エースを代えて、あれは1年か?」

 

 ほぼ同じタイミングでエースに代わってマウンドに上がったのは線が細く小柄だったので御幸は1年生と読んだ。

 

「捕手は川上からホームランを打った7番だし、このタイミングでバッテリーごと入れ替えるなんて」

「自信があるんだろう」

 

 同じ投手としての勘でマウンドに立つ1年生の眼を見た文悟は不思議な確信を持って御幸の疑念に対する答えを導き出した。

 

「文悟の例もあるから1年で台頭してくるのは珍しい話じゃないけど……」

 

 御幸も文悟の動物的な勘を信頼していたので疑いはしない。

 

「左のサウスポーか。名前は確か…………向井太陽」

 

 投球練習を終えて、始まった7回裏の攻撃で青道はこの試合で始めての三者凡退を喫することになった。このことがただでさえホームランを打たれてグラついていた川上の精神に後押ししてしまうのだと誰も気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一軍が帝東相手に10-9で辛くも勝利した後、Bグラウンドでネットスローでフォームを固めていた沢村栄純と、その横でネットスローで低めを狙って10球投げたらダッシュを繰り返していた降谷暁は高島礼に呼ばれて向かうと、既に数人の部員がいた。

 

「クリス先輩と……」

 

 2人が二軍に上がってからすっかり保護者扱いされている滝川・クリス・優が居るのはおかしいことではない。

 高島以外に他に2名の姿があって沢村は何故呼ばれたのだろうと、足元がフラついている降谷を連れながら考える。

 

「明日の試合のことは聞いているわね、2人とも」

「俺が3回、降谷が3回ずつ投げるって聞いてます」

 

 数日前に聞かされていただけに今更の確認に沢村は内心で首を捻る。

 

(確か一軍の人だっけ?)

 

 この場には高島、クリス、沢村と降谷の他にもう2人居て、この場に居ることから考えて三軍の可能性は薄い。かといって二軍で見た顔ではないので、残すとしたら一軍のみ。

 

「この2人は一軍の川上君と宮内君。何故、ここにいるかというと、明日の試合には彼らにも出てもらうから」

「一軍の人が二軍の試合に、ですか?」

 

 グロッキーな降谷もこのメニューに慣れて来たこともあって少し回復してきて、高島の言葉で誰もが抱く当然の疑問を吐く。

 

「関東大会の選手枠は18人、対して夏の予選は20人。残る2人は一軍から選抜されることになるのだけれど」

 

 一度言葉を止めた高島がクリスをチラリと一瞬だけ見た。

 

「場合によっては一軍の者を落として、2人以上を一軍に上げることもある」

 

 つまり、川上と宮内はその振るいにかけられたのかと降谷が納得している横で沢村は眉根を寄せていた。

 

「クリス君には今更だけど、1年生の貴方達もこれが二軍での最後のチャンスになるわ」

「最後!? もう次で! で、でも夏まではまだ1ヶ月以上も」

「合宿を含め、選出した20人を中心に練習していくことになるの。焦るかもしれないけど、これが現実よ」

 

 言われて後ろを振り返れば公式戦に出られるのは一軍のみ。

 本番とされる夏の予選を前にして試合に出られる者だけを鍛えるのは当然のことで、一軍に上げれなければ練習することも出来なくなるのが強豪校のやり方なのだと理解せざるをえない沢村は強く拳を握った。

 

「6回までは降谷君、沢村君で投げてクリス君が受ける。7回からは川上君がマウンドに上がり、宮内君が受ける。その結果と内容次第で夏が決まる」

 

 どのような結果になっても悔いのないプレーを、ともう一度言い残して高島は去って行った。

 気負っている様子の川上を連れて宮内もいなくなり、残った沢村と降谷は呆然と立ち尽くしていた。

 

「厳しいと思うか?」

 

 3人とは違って移動する必要がなく残っていたクリスの問いに沢村は強く歯を噛み締めながらも顔を上げる。

 

「こういう環境だと覚悟して来ましたから大丈夫です」

 

 認識していたよりも厳しい環境だというのは、同室になった倉持洋一から増子透がたった1回のエラーでレギュラーから外されたことを聞いた時に思い知っているから沢村は前だけを見る。

 

「ただ、今日の試合で打たれたからって二軍の俺達と比べられるなんて」

 

 帝東との試合は沢村達も観戦していた。

 文悟が6回で3点も取られたことも驚きであり、今思い出したが7回から出たさっきまでいた川上も6点取られた。回数を考えれば確かに川上の失点は多いだろうが1年生で実績のない沢村や降谷と比べるのは少しおかしいと思えた。

 

「今回だけのことじゃないが、それだけお前達2人が期待されているということだ。第一、不服ならば見合った結果を出せばいいだけだ。降谷はどうだ?」

「特に思うところはありません。僕はただ投げるだけですから」

 

 取りあえず自分が投げられればそれでいいと思っている降谷はチャンスさえ与えてくれるのならば他に言うことはない。

 

「なら、いい」

 

 1年生2人は自分のことだけを考えているが、3年生のクリスにとっては最後の夏だというのと怪我のブランクがあっただけに、もしも自分が一軍に上がるとしたら同学年の宮内を蹴落とすことになるのだから思うことは多い。

 

「明日は3回とはいえ、試合で投げるんだ。後は最終調整だけにするとしよう」

 

 思うところがあろうと捕手が揺らげば投手に強く影響する。特に1年の2人の精神力は未知数なので気を使い過ぎて過ぎるということはないので、表向きは何も変わらないまま2人に告げてブルペンに向かった。

 

「…………左右と上下か」

 

 投球スタイルからして真逆な2人は、身に着けた制球術もまた対照的だった。

 

「いや、なんか申し訳ないっす」

 

 狙ったわけでないのに類似する制球となってしまったことを今更ながらに知り、渋い顔をするクリスに謝ってしまう沢村であった。

 

「2人が悪いわけじゃないから謝る必要はない」

 

 真ん中付近に行くことも多いので文悟クラスと比べると頼りないにもほどがあるが、沢村はスピンの効いた綺麗な直球を、降谷は偶に下に叩きつけるが直球並の速度でストンと落ちる変化球を身に着けた。

 

「明日に備えて今日は早めに休んでおけ。間違ってもこれ以上の投げ込みはするなよ」

 

 気質を見抜いていたクリスの命令に2人は揃って顔を逸らしたのだった。

 

「100人近いうちの部でレギュラーの座を掴めるのは、たった9人。公式戦に出られるのは20人。分かるか、チャンスすらないことが多い者の中でお前達は千載一遇の機会を得たんだ」

 

 だからこそ、不安になるのだと顔に書いてある2人にクリスは穏やかな口調で続ける。

 

「この1ヶ月のお前達の努力を知っている。実力を出し切ることだけを考えろ。余計な雑念も疲れもピッチングに響くぞ」

 

 たった2年しか違わない年の差とは思えないほどの年輪を覗かせ、もう一度だけ告げる。

 

「今日はもう休み、明日に備えろ。それが最善の行動だ」

 

 この1ヶ月、親身になって練習を見てくれたクリスの優しさを無下に出来るほど2人は恩知らずではなかった。

 

 

 





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