ダイヤのA×BUNGO   作:スターゲイザー

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つ、ついにストックが切れました。連続更新もここまでになるのか……!






第二十四話 合宿の夜に

 

 

 

「グラウンドに礼!」

『したぁっ!!』

 

 5日目の夜、練習試合の前日の締めであるベースランニングを終えて礼をした後、全精力を使い果たした1年生が崩れ落ちた。

 2年と3年も荒い息を吐きながら座り込んだり、膝に手を置いて支える者が多い。

 

「ふぅ、流石に足がガクガクだ」

 

 体力自慢の石田文悟もまた揺れる足を支えながら立つだけで精一杯だった。

 

「…………毎日、練習後に自主練やって死んでないだけ十分に化け物だよ」

 

 文悟に付き合って自主練を行い、1年よりかは多少マシな屍状態になっている御幸一也は一度物凄い小声で嫌味を言った後、今度こそ物言えなくなった。

 

「え、なんだって? お~い、一也。生きて…………ないか」

「南無南無、成仏しとけや」

 

 勝手に殺すな、と文悟の隣で手を合わせている倉持洋一に文句を言おうとした御幸は口を開く元気すら残っていない。

 

「だから文悟に付き合うのはよせって言ったのに。去年で懲りとけよ」

 

 去年の夏前合宿と冬合宿で同じように文悟と一緒に自主練をして最後には死んでいたのに何故こうも繰り返すのか、少しだけ付き合った倉持にはさっぱり理解できない。

 

「一也は俺が運ぶから、1年は頼むな」

「おう、風呂に放り込んどくわ」

「それ溺れ死ぬやつだから止めたげて」

 

 一応、文悟に止められても結局は3人とも風呂に投げ入れられたそうな。

 

「死ぬかと思った……」

 

 倉持らに風呂に運び込まれて汗と泥に塗れた体は綺麗に出来たものの、疲れで湯船の中で寝て水死体になりそうになったのは何度か。

 

「これで後は試合だけだね。2人とも出番があるんだから頑張って」

 

 対戦相手的に自身に出番があるとしたら明後日の修北戦ぐらいだろうと予測している小湊春市の言葉に、沢村栄純と降谷暁は揃って足を止めた。

 降谷の背中に鼻をぶつけた春市が痛みに涙目になっていると、沢村がギシギシと音が立ちそうな動作で振り返って来る。

 

「プレッシャーをかけるなよ春団治!!」

「誰が春団治だよ」

 

 もしも目を隠すように伸びている前髪がなければ兄である亮介のようにブラックデビルの如き笑顔を目にしたのだろうが、振り返る動作だけでフラついている沢村が見ていなかったのは幸運なのか不運なのか。

 

「1回だけでもあれだけの人達に後ろを守ってもらうと半端な真似は出来ない」

 

 夕方前から陽が完全に没しても続いていた片岡監督による地獄のノックを受けても声を張り上げることが出来ていた守備陣を思い出して降谷も遠い目をする。

 

「だろ! 珍しく意見があったな降谷!」

「僕だけで投げ切るのに」

「やっぱりか! この裏切り者!!」

「…………叫べる体力がある栄純君が羨ましいよ」

 

 水と油とまでは言わないが個が強い分だけ目立っている2人。特に沢村にはまだ叫べる体力があることに、途中で地獄のノックを抜けさせられた春市としては思うところが多い。

 

「ところで2人はどこに行こうとしてるの? 部屋違うよね」

 

 2人の部屋は共に1階、春市は2階なので風呂から上がった後は部屋に戻るのかと思ったら上階への階段に足をかけた2人に聞く。

 

「俺はクリス先輩の部屋に。明日の打ち合わせとか、心構えを聞いておこうかなと」

「僕は御幸先輩に」

 

 たった1回だけしか投げることはないと聞かされていてもプレッシャーを感じていたが故に、それぞれの担当の捕手のところに向かおうとしていた。

 理由に納得した春市と3人で階段を上ると、My枕を抱えた御幸が廊下を歩いていた。

 

「また先輩達から逃げたんすか?」

 

 初日の段階で投げることが出来ない不満から風呂上がりの御幸を捕まえたものの、部屋に連れていかれて屯している3年生達の相手を代わりにさせられて1人だけ逃げたことを根に持っていた沢村の言葉には棘があった。

 

「うっさい。文句があるならお前らがあの人達の相手をしろよ」

「誰が好き好んでパシリをしたいと思うものか!」

「え」

「え?」

 

 将棋を覚えたばかりで弱い結城哲也の相手を延々とさせられ、飲み物を買いに行かされたりした経験を何度もしたくない沢村と違って降谷が少し残念そうにしていたが、それはともかくとして。

 

「あの調子だと中田はまた俺達の部屋に泊まるだろうから場所を開けてやってんだよ」

「物は言い様のような」

 

 春市が微妙に納得のいってなさそうな微妙な顔をしている。

 

「今日もクリス先輩の部屋に?」

 

 御幸が避難したのがクリス達の部屋であると後で聞いたので降谷は率直に訊ねた。

 

「ああ、クリス先輩に明日のことで話もあるしな」

「む、負けん!」

 

 ギュルン、と沢村の靴が廊下で音を鳴らす。

 

「クリス先輩、あなたの沢村が来ましたぞ!」

 

 沢村がクリス達の部屋の辿り着くその一瞬前、ガチャンと鍵の締まる音が鳴った。

 

「……………言葉が足りないというか、多すぎるというか」

 

 ドアの壁が薄いので廊下の会話は筒抜けなのでクリスにも沢村の叫びが聞こえたのだろう。

 

「何故だァアアアアアアアアアアアアアアアアア!! あなたの沢村が来たがっ?!」

「じゃあ、僕は部屋に戻るよ」

 

 いらない噂を立てそうな叫びを阻止せんとドアが勢いよく開き、沢村が鼻を痛打して蹲る横を通って春市は部屋に戻っていくのだった。

 春市が同室の前園健太のお蔭で前向きになる大分前、開かれたドアの向こうから現れたクリスの顔は不機嫌そうだった。

 

「人の部屋の前で大声を出すな」

 

 尤もな注意に各自で謝罪をしつつ、なんとか室内に入れてもらうことが出来た御幸・降谷・沢村が見たのは入り口に背を向けている文悟の背中だった。

 

「石田先輩?」

「ああ、駄目だって降谷。今の文悟は聞こえてないと思うぞ」

 

 後輩として先輩に挨拶をしなければと考えた降谷が声をかけるも文悟は振り返りもしない。寝ているのだろうかと考えて靴を脱いで室内に足を踏み入れ、肩に手を伸ばそうとしていた降谷を御幸が止める。

 文悟は床に三角座りをしながら一心不乱に何かを見ている。その見ている物が何かを御幸も知っていた。

 

「今日もですか?」

「ああ」

 

 勝手知ったるクリス達の部屋で、My枕を脇に置いて御幸も文悟の隣に座る。

 

「試合前に見た方が投げる気持ちが変わるんだそうだ」

 

 人数分のクッションや座布団など用意などないので、自分は椅子に座ってクリスもDVDプレーヤーの画面に移す。

 

「これってうち(青道)の試合?」

 

 位置的に立ったまま後ろから同じように画面を見た沢村は映っている者達が青道のユニホームを着ていることに気付く。

 

「でも、何人か見たことない人が…………これって、もしかして去年の?」

「去年の夏の準決勝で稲実に負けた試合だ」

 

 映っている選手達の大半が今のスタメンとは違う。1年生である降谷も上級生の全員の顔を覚えているわけではないが、少なくとも今の一軍と二軍にはいない者の多さから予想した通り、文悟が見ているのは去年の夏で負けた試合を録画した物である。

 

『9回裏同点で稲実の攻撃、投げるのは6回から投げて未だノーヒットの石田君! 5点差から追いついた青道に流れが来ています!』

 

 実況のがなり立てる声が安物のDVDプレーヤーのスピーカーから室内に響き渡る。

 

『おおっと、初球セーフティバントだっ!? 前に出た内野陣の頭上を越えて…………セカンド小湊君のファインプレーも間に合わずセーフ!!』

 

 それでもマウンドにいる文悟は慌てず揺るがず、代走として出て来た神谷・カルロス・俊樹に盗塁をされるも3番打者を三振に切って落とした。

 

「凄ぇ……」

 

 映像として見ていても分かるほどに文悟が神懸かっていて、見入っていた沢村は自分の口から言葉が漏れていることに気付いていない。

 

『迎えるは今日ホームランを含む3打点を上げている――』

 

 青道が5年も甲子園に行けていないことを知っている降谷は結末を知っていても過程は知らないので見入っていた。

 

『またもや初球バントっ!? こ、これは誰も予想できない!!』

 

 初見の沢村と降谷も、まさか4番がセーフティバントをするなど予想だにしておらず、目を見開いている間に三盗を試みていたカルロスが一塁がアウトになっている間にホームベース目掛けて走った。

 

『代走のカルロス君が三塁を回り、ホームに突っ込み―――――――セーフ!! 審判は判定はセーフ!』

 

 1年2人が判定に呆然としている間も文悟は微動だにせず、ただ流れていく映像を見続ける。

 

『青道の夢はまたもや稲城実業の前に――』

 

 ブツン、と最後にマウンドで呆然と立ち尽くす文悟の姿を残して何かが途切れるような音と共に映像は終わった。

 

「ふぅ…………あれ、なんで一也が?」

 

 クリスが消した映像を数秒見た後、大きな溜息を吐いた文悟は直ぐ隣に御幸がいるのに気づいた。

 

「俺だけじゃないぞ。沢村も降谷も居る」

「あ、本当だ」

 

 キョトンとした顔で周りを見渡して、1年生2人に目を瞬かせた文悟は足を崩す。

 

「金丸は?」

「俺の代わりに3年のパシリをしてくれてるところ」

「一也、お前な……」

 

 この部屋はクリス・文悟・金丸の3人部屋。他の1年2人が居るのに金丸が居ない理由である張本人が笑顔で返す姿に頭が痛いとばかりにクリスが嘆息する。

 

「初日は俺達が生贄にされましたよ。降谷は何故か楽しそうでしたけど」

「しょうがねぇじゃん。なんでかみんな俺達の部屋に集まってくるんだから。お前らも後ろを守ってくれる人がどんな人達か知るのも悪くなかっただろ?」

 

 通いの者達は合宿の時は寮に泊まる。

 2年の田中が御幸達の部屋に泊まるのだが、ゲーム仲間の倉持がゲームをやりに来るのは別に構わない。ただ、同じ通いの結城哲也が覚えたてで下手くそな将棋を指す為にやってきて、便乗した伊佐敷純や増子透までやってきて使いパシリにされてしまう。

 

「だからって後輩に押し付けるのは感心しないな。仕方ない」

 

 椅子から立ち上がったクリスに文悟が顔を向ける。

 

「俺が行きましょうか?」

「いや、お前は明日先発なんだ。ゆっくりしとけ」

 

 サンダルを履いてクリスは部屋を出て行った。

 

「クリス先輩は何しに行ったんですか?」

「金丸を解放しに」

 

 降谷は成程と納得して、沢村と共に御幸を見る。

 呆れた視線を向ける2人と共に文悟が御幸を指差す。

 

「沢村も降谷もこういう自己中な先輩にはならないようにな」

「「はい!」」

「良い返事だこと、けっ」

 

 悪い例として挙げられた御幸は鼻を鳴らして、直ぐに表情を一変させて1年生2人を見据える。

 

「その話は横に置いといてだ。お前らも今のビデオを見て思うところがないわけじゃないだろ」

 

 横に置いておいていい話ではないが、向けられた話題も1年生2人には無視できる話ではなかった。

 

「夏の予選は負けたら終わりの一発勝負のトーナメント。去年、文悟は稲実をほぼ抑え込んだに等しいが青道は負けた。勢いでは完全に勝ってたのに、だ」

 

 そこで一息分だけ間を開け、あの日の光景を思い起こしながら口を開く。

 

「たった1球で、勝負が決まることもある。きついぞ、先輩達の夏を終わらせたら」

「1年を脅すなよ」

「あいたっ」

 

 言葉面ほどには痛そうではない御幸が頭を擦っていると、明日の試合で登板予定だった1年生2人は完全に委縮していた。

 それを見た文悟は自分以外にフォロー出来る者がいないと気づく。

 

「2人はそんなに気にしなくていいって」

 

 薄く笑う文悟に何故か沢村の背が粟立った。

 

「俺が相手に打たせない。決して、青道は負けないから」

 

 降谷が時折出すオーラではない。結城哲也の溢れんばかりのオーラともまた違う。

 

1番(エース)、だからですか?」

 

 圧倒される。格が違うと認識させられる。

 渇いた口を辛うじて動かして沢村は問うていた。

 

「それもある」

 

 プロ野球において、エースが付ける背番号に統一性はない。しかし、日本の高校野球においては違う。

 高校野球において投手が1番(エースナンバー)を付けるのはやはり特別なのだ。特別でなければならない。

 

うち(青道)では、3学年とマネージャーと監督陣を合わせれば100人を超える。その殆どが野球に人生を賭けていると言っても過言じゃない。1番(エースナンバー)をつけてマウンドに上がるということは、100人とその家族、更には多くの人の人生を背負って投げることと同じだ」

 

 降谷は大袈裟だと思った。

 思ったが文悟の全身から放たれるオーラに圧倒されて何も言えない。

 

「自分の指先から放たれる球に全てが懸かっている。そんな感覚にすらなる。チームの顔であり、象徴であり、絶対的な存在。コイツにならば、全てを託してもいいと仲間からそう思われる者でなければならない」

 

 文悟が辿り着いたエースの形。

 

「極端な話、1番(エースナンバー)を背負った瞬間から自分を殺さなければならない。自分では無い別人に、勝利だけに全てを捧げられるチームの為だけに存在に」

「要するに自己犠牲だと?」

「ちょっとニュアンスが違うな」

 

 分かり難い上に極端な理屈を言っている自覚があるからこそ、ズレている降谷の回答に笑った。

 

「決して自己犠牲なんかじゃない。1番(エースナンバー)の本質はそんな簡単なモノではないから」

 

 やはり分からないという顔をする1年生2人に文悟は無理からぬことだと理解しているから考えを押し付けることはしない。

 

「ついでに、俺からも1つ」

 

 ある意味で文悟のエース論を組み立てた張本人である御幸がニヤニヤと笑いながら続ける。

 

1番(エース)の想いは野手に伝染する。その逆もあるようにな」

 

 好プレーが続ければ投手も投げやすい。

 

「投手がどれだけ強い気持ちで投げているのか、同じグラウンドに居ると不思議と伝わって来るもんだ」

 

 関東大会を制したところで抱いた無意識の驕りでエースの気持ちが陰っていた帝東戦で周りが何も言わなかったのは自分で気づいてほしかったから。

 

「野手も同じ質量でそれに応えたくなる」

「その想いがまた投手に返って来る」

 

 立て直せなかったので交代させられ、御幸の説教で改めてから日課として稲実に敗けた時の映像を見て心に刻み込み続けて来た。

 

「信頼し信頼された時のマウンドは最高だぞ。沢村は俺を超えるエースになるんだろ?」

 

 その問いに沢村は――――。

 

 

 






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